横島友人帳。   作:ちょりあん

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夏目と嘘

「神に連れ去られて消えたって……まさかそんな!流石にそれは無茶苦茶だ!」

 

「うーむ、にわかには信じがたい話だが……」

 

「一体どういうことなんだ、キコ?」

 

 いきなり飛び出した突拍子もない話。

 神様が横島忠夫さんを連れ去った?信じられないし、理解出来ない。

 

「どういう経緯がありそうなったのか……あの時の私には理解できませんでした。ただ言葉通りの事が起こったのです。神が突然現れて、タダオを連れ去ってしまった……申し訳ありません、私ではこれ以上の説明が上手くできません」

 

「あ、いや……すまない。お前を責めているわけじゃないんだ。ただ、驚いて……その、本当に神様が?」

 

 まずは落ち着いて話を聞いてみよう。判断するのはそれからでも遅くないはず。

 キコは、はい。と頷き口を開いた。

 

「……タダオと過ごした時間は本当に短い期間でした。タダオが現れたのがその年の夏のこと、そして連れ去られ消えたのもその年の夏です。その短い時間しか、タダオはいなかったのです。妖にとってその程度の時間は瞬きをしたようなもの、この辺りの妖がタダオを知らないのは無理もありません」

 

 なるほど。つまり、横島忠夫さんはその時期に何処からかふらりと現れて何処かへと消えてしまったということか。

 神様が連れ去った云々は置いておいて、短い期間しかこの辺りにいなかった。だから他の妖怪は彼を知らない。

 確かにそれなら納得出来る。

 

「レイコの事はよく分かりません。タダオが消えた後、それからは私を避け無視するようになりましたから……。タダオが消えた理由もよくわからず、レイコには避けられ、あの時は本当に悲しく住処で毎日泣いたものです」

 

「キコ……」

 

「ですが、今ならわかります。レイコはタダオが消えた事に耐えられず、周り全てを遠ざけるようになってしまっていたのだと」

 

 初めて出会えた同じ妖怪を見ることが出来る人間。

 まだキコの話だとそこまで仲良くはなってない感じだけれど、きっと最後の方は仲は深まっていたんだろう。

 それはキコの様子から伺える。

 

 そしてそんな人が急にいなくなってしまった……。

 レイコさんはまた孤独になり、周りを拒絶し、おれが見てきたあのレイコさんになったのだろう。

 

「そもそも、それは本当に神だったのか?」

 

「先生?」

 

「神が人を連れ去る……どうにも気になってな。そこんとこどうなんだ?おかっぱ」

 

「誰がおかっぱですか白ブタ。それに嘘ではありません。妖とは違う、明らかに大きな存在。あれは間違いないなく神の類です」

 

 ぐぬぬ。と、お互い睨みあいながら会話する二人。……器用だな。じゃなくて。

 

「先生、やめろよ」

 

「ちっ、コイツの話だけではよくわからん。他にその神を見た妖はいないのか?」

 

「む?腹の立つ言い方ですが、他の妖ですか……あ!レイコの孫、ヒノエ様は知っていますか?」

 

「ヒノエ?ああ、知ってるよ。たまに会いに来てくれるよ」

 

「それは何よりです。タダオが連れ去られる時、そこにヒノエ様もいましたので」

 

「……え、ええ!?」

 

「なんだとー!?」

 

 ヒノエはレイコさんと交流があった妖怪で、レイコさんを好きでいてくれて、レイコさんの孫であるおれのことも助けてくれたりする。

 頭もよく、妖関連の知識も豊富で頼りになる妖怪だ。

 妖艶でたまに身の危険を感じるけど相談にもよく乗ってくれている。

 

 まさかそのヒノエが横島忠夫さんを知っているだって?

 

「そんな話、ヒノエからは聞いたことなかったけど……」

 

「ヒノエ様はタダオを毛嫌いしていましたから。わざわざ話す必要はないと思ったのかもしれません」

 

 そういえばヒノエは男嫌いだったな。

 レイコさんにそっくりなおれの事は気に入ってくれているが、すっかり忘れていた。

 

「レイコの孫。よろしければヒノエ様に話を聞いてみてはどうでしょう?私よりもより詳しく話を聞かせてくれる筈です。タダオを呼び出すのはその後でも構いませんので」

 

「そうしてくれると助かるけど……いいのか?」

 

「はい。私もあの時の事が気になっていました。ヒノエ様ならきっと答えてくれます」

 

 幼く、自己がまだハッキリとしていなかったキコとは違い、ヒノエなら当時の事も細かく覚えているだろう。

 もっと詳しい話が聞けるはずだ。

 

「わかった。明日はまだ学校があるから放課後訪ねてみよう。先生、悪いけどおれが学校の間にヒノエに声をかけておいてくれないか?」

 

「めんどくさいが仕方ない。ま、おそらく中級たちの所にいるだろ。声はかけといてやる」

 

「ありがとう、先生」

 

 これで明日、ヒノエに横島忠夫さんの話が聞けるだろう。

 神様に連れ去られた場面にヒノエは居たという。一体その時何があったのか……。

 なんて考えていると、先生がキコに声をかけた。

 

「それはそうとおかっぱよ」 

 

「なんですか?白ブタ」

 

「どうしてヒノエには様づけなんだ?」

 

「何を当たり前の事を、ヒノエ様は力の強い上級です。お世話にもなりました。敬うのは当然です」

 

「だったら私にも様をつけろ様を!私も上級だぞ!」

 

「寝言は寝てから言うものですよ?何処にそんな珍妙な姿をした上級の妖がいるのですか」

 

「なんだとー!!」

 

「何ですか!!」

 

 と、また始まる取っ組み合い。今までもそうだけど、先生はその姿だと舐められるというかバカにされるというか……。

 ヒノエや先生を知る妖怪からも笑われてたっけ。

 

 さてと、そろそろ止めるか。

 

「二人共いい加減にしろ!!」

 

「「あいたーー!?」」

 

 こうしてその日の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 それから時間は進み翌朝、ニャンコ先生は朝食を食べてからすぐに出かけていった。

 少し用を済ませてからヒノエを訪ねるらしい。

 

「いってきます、塔子さん」

 

「はい。いってらっしゃい、貴志くん。気をつけてね」

 

「はい」

 

 塔子さんに見送られて、家を出る。

 少し歩いて振り返る。すると塔子さんが道先まで出てきてくれて小さく手を振っていてくれた。

 ほんの少しの気恥ずかしさと、大きな暖かな気持ちが胸を満たす。

 おれも小さく手を振り返し、学校へと向かった。

 

 

 

「あら、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 登校途中、近所の人たちからちらほら挨拶される。

 そういえば此処に来た頃は、挨拶なんてされなかったっけ?それだけ受け入れられてきたってことなんだろうか……。近所の人に挨拶されるようになるなんて昔のおれに言っても信じないだろうな。

 

「夏目はレイコと違い、人に嫌われてはいないのですね」

 

「そうでもない。昔はレイコさんと一緒で人に気味悪がられ、嫌われていたよ。僕を引き取ってくれた藤原夫妻……滋さんと塔子さんの所へ来てからさ、変わったのは」

 

「どうして変わったのですか?」

 

「いや、変わったっていうのは違うのかも……。人の優しさや暖かさ、それが分かるようになったんだと思う。昔は人の嫌な所ばかりしか見えていなかったから」

 

「……夏目はいい人に巡り会えたのですね」

 

「うん。幸運なことにね」

 

 ところで。

 

「なんでいるんだ、キコ?」

 

 気づけばいつの間にか隣にキコが並んでいた。

 先生と一緒に中級たちの所に行ったんじゃなかったのか?

 ちなみにキコには夏目と呼ばれている。

 いつまでもレイコの孫だと長いので好きに呼んでくれていいと言った所、先生やヒノエたちみたいに夏目と呼ばれることになった。

 

「夏目は学校とかいう人の子が通う場所へ行くのですよね?」

 

「ああ、そうだけど……」

 

 あれ?何か嫌な予感が……。

 

「私、前から学校という場所に興味があったのです!」

 

「もしかして学校に……」

 

「行ってみたいです!!」

 

「ええ……」

 

 正直あまり気は進まない。キコが何かするとは思ってはいないけれど、人の集まる場所に妖が来るのはどうなんだろうか?

 

「ダメ……でしょうか?」

 

「人の目があるし不審がられるから相手はできないし無視をする形になってしまうぞ?」

 

「構いません。私は学校とやらを見てみたいだけで、別に夏目に迷惑をかけたいわけではないので」

 

「学校の人にイタズラとかするなよ?」

 

「もちろん!いい子にしていますとも!」

 

 ポンと胸を叩いて頷くキコ。自信満々な感じだけどなんだか不安だな。

 だけど、断るのもなんだか忍びない。それに――

 

「……分かったよ」

 

「ありがとうございます、夏目!」

 

 こんなに嬉しそうに笑うキコをみると、まぁいいかという気持ちにもなってしまう。

 

「それでは夏目、手を繋ぎましょう!」

 

「手を?」

 

「はい。タダオと……レイコとは時々でしたが、よく手を繋いでいたので。ふふ、懐かしいです」

 

 キコの小さな手がゆっくりと触れる。

 レイコさんもキコとこうやって手を繋いで歩いたのか……。

 妖怪たちの思い出の中、レイコさんは冷たい笑みを浮かべていた。きっとそれは孤独に生きるレイコさんの……。

 そんなレイコさんがたまにとはいえ妖怪であるキコと手を繋いで歩いていたという。

 その時レイコさんはどんな表情をしていたのだろうか。

 

 暫く二人静かに歩く。

 周りを見ればちらほら他の生徒たちが歩いているのが見える。

 

「夏目、夏目は病気なのですか?」

 

「え?いや、至って健康だけど……いきなりどうしたんだ?」

 

 不意にキコがそんな事を言ってくる。

 おれが病気?一体どこからそんな話が出てきたんだ?

 

「向こうに歩いているのは、じょしこーせーという女子ですよね」

 

「言い方がちょっと気になるけどそれであってるよ」

 

「では何故夏目はじょしこーせーに飛びかからないのですか?」

 

 ズドー!

 

 ズッコケた。

 盛大にズッコケた。

 

「い、一体全体どこからそんな話が出てきたんだ?」

 

 人に注目されないように慌てて起き上がり、顔を押さえながら尋ねる。 

 

「いえ、健全な男子ならば『じょしこーせー』を見かけたなら飛びかかるのは常識だと伺っていたので」

 

「そんな常識聞いたことないよ!誰に聞いたんだ!?」

 

「タダオです」

 

 横島忠夫ーーーー!!!!

 

 一体妖怪であるキコになんて事を吹き込んでいるんだ!

 そもそもキコの外見は小さな女の子だぞ?そんな子に変なこと教えるなよ!!

 

「キコ……それは嘘だ。そんな常識、人には存在しない。いや、してたまるか」

 

「なんと!それは本当ですか!?確かにその後タダオはレイコに折檻されていましたが……まさかタダオが私に嘘を……!?」

 

 嘘と分かってショックだったのかワナワナ震えるキコ。この件に関してはフォローしませんよ横島忠夫さん。

 

「で、では『じょしこーいしつ』があれば覗きに行くのは人の国の長が決めた決まり事というのは!?」

 

「嘘だ。そんな法律通ってたまるか!」

 

「で、ではでは『おんなぶろ』があれば同じく覗く、または下着を物色しにいく事は命よりも大事な男子の儀式だというのも!?」

 

「それも嘘だ!そんな命捨ててしまえばいい!!」

 

「なんとー!?」

 

 横島忠夫ーーーーーー!!!!

 アンタは一体何を教えているんだ!?

 

 キコからスケベな人とは聞いていたけど、想像以上の人だよこの人!!

 

「そんな……まさか……嘘です……」

 

 茫然自失になりフラフラするキコの手を引きながら歩く中、当初とは違う不安が頭をよぎる。

 

「横島忠夫さん……本当に呼び出して大丈夫なんだろうか?」

 

 新たに生まれた不安に頭を悩ませながら、とりあえず学校へと向かうため歩きだした。

 

 

 

 

 

 




名前だけヒノエさんようやく登場。
キコは横島に洗脳されていました、なんてこった。な回でした。
そして相変わらず話があまり進まない……。次は学校でのお話です。タヌーマくんが登場します。
よかったらまた次回も見てくれると嬉しいです。


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