前回話した通りタケルは落ちません。ハジメのいない環境で頑張ってもらいましょう。
それでは第6話、Ready GO!
“南雲ハジメが奈落へ転落した”
クラスメイトがそれを受け入れるのは多少の時間が必要となった。そしてその現実を受け入れざるをえない理由となったのは、彼女の悲痛な叫び声だった。
「離して! 南雲君の所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」
香織は今にも奈落へ飛び込みハジメの後を追わんばかりの勢いでもがいている。その香織を雫と光輝が必死に抑え静止する。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
雫は香織のハジメへの想いを知っている、故にかける言葉が見つからずただただ名前を呼び続けることしかできなかった。
だが、光輝は違う。精一杯香織を気遣う言葉を投げ掛けるも、其処に含まれるハジメの生存は絶望的だとでも言うような発言によって、余計に香織の冷静さを奪っていた。
「無理って何!? 南雲君は死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
体が壊れんばかりの勢いで暴れる香織の様子を、クラスメイト達はハラハラしながら見ていた。
地球にいた頃、香織がハジメを構う事を快く思っていなかった者も、今の香織の様子を見ればただの親切心で構っていた訳ではない事も容易に想像がつく。
だがこのまま行けば香織の体は本格的に壊れてしまう……一行が不安気に見守る中、メルドが徐ろに近付くと、香織の首筋に手刀を落とす。するとカクンっと長い髪を振り乱して意識を失う香織。どうやらこれ以上は危険と判断し、無理矢理意識を刈りとった様だ。
その様子に不満を覚えたのか、光輝がメルドを睨みつけて一言物申そうとした時、我先にと雫が礼を述べた。
「すいません。ありがとうございます。」
「礼など……止めてくれ。もう一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む。」
「言われるまでもなく。」
そう告げると先導する為にその場を離れるメルド。怒りの捌け口を失い不満気な様子の光輝に雫が叱咤する。
「私達が止められないから団長が止めてくれたのよ。わかるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。」
その言葉を聞き冷静さを取り戻した光輝は香織を龍太郎に預け、前線へと向かう。雫も一行に続こうとするが、其処でふと未だに棒立ちしている人物に声をかける。
「木場君?」
件の人物であるタケルの名を呼ぶ。
「…………」
聞こえていないのか、反応を示さず奈落の奥の虚空を見つめていた。雫はその様子に違和感を覚えたが、今は脱出を最優先すべきと考え先程より大きめに呼びかける。
「木場君!!」
「……っ!……え?」
ようやく反応したタケル。だが、何故呼ばれたのかわかっていない様子。ポカンとしながら雫を見上げていた。
「その……迷宮から脱出するから、早く行かないと……ね?」
そんなタケルに少し畏怖の感情を抱きながらも、要件を伝える。
「……ああ、わかった。」
何処かボーッとした様に返事をし、隊の後ろから付いていく。
雫は何となく最後尾を歩かせるわけにはいかないと思い、自分がその後ろを歩く事にした。
◇
とっぷりと日も暮れたホルアド、無事迷宮から脱出した一行は前日に宿泊した例の施設で一夜を過ごしていた。
そしてハジメとタケルの自室には、未だにボーッとした様子でベッドに腰掛けるタケルの姿があった。
だが次の瞬間、目を見開いて立ち上がると一心不乱にトイレに駆け込んだ。
「うげええええ!!オエッ!!ゲホッゲホッ!!」
突如こみ上げてきた吐き気に苦しみ悶える。それでようやく完全に意識が明転した。少々趣味の悪い目覚め方ではあるが……
「はぁはぁ……くそっ!」
フラフラと立ち上がると部屋を出る。どこを目指すでもなく歩いていると、中庭へと到着した。そしてあの時……ハジメが落下した時の様子を思い浮かべる。
(ハジメが落ちた……ハジメが……)
噛み締める様に思考を巡らせる、だが……どれだけ考えても悲しみの感情は湧き上がってこなかった。
「……何で……何でやねんっ!何で何にも感じひんねん!目の前でハジメが……友達が落ちたんやぞ!?せやのに何でっ!」
意味がわからないという様に頭抱える。その時、タケルの脳内に声が響く。
──決まってるやろ?
「っ!?」
聞こえた声に愕然とする。直接響く様な声がガンガンと脳を揺らしていた。
──
「違う!ハジメは……ハジメは違うんや!ずっと一緒におったんやぞ!?そんなその他大勢と同列な訳ない!」
──いいや?変わらんよ?お前は結局自分以外の事はどうでも良い。その証拠にお前はハジメが落ちた時、こう思ったはずや……
──“自分が落ちんくて良かった”ってなぁ!
「──!黙れえええええええええ!!!!!!」
頭を掻き毟り、頭に響く声を掻き消そうと暴れる。
「俺はそんな事思わへん!そんな事思ったらあかんねや!!
──現実を受け止めろよ。それがお前の障害やろ。何も恥じる必要なんかない。自己中な思考になるのは自閉症の特徴やろ?お前の中の自己中な自分自身……それがオレや。
「例えそうやとしてもそんなん理由にならへん!そんな事考えるのは、人としてあかんねや!頼むから俺の頭から出ていけぇ!!」
まるでチグハグな感情。二重人格などを疑われかねないほどだが、昔はこうではなかった。
昔のタケルは感情の赴くままに行動しており、それ故他人への配慮が出来ないという欠点があった。それが成長に伴い我慢できる様になったと言えば聞こえは良いが……要は感情を押し殺しているのだ。
“自分さえ良ければ良い”という自己中心的な感情と、“そんな事は許されない、考えちゃいけない”という自制心が半端に混ざり合い、複雑に入り乱れタケルを苦しめていた。それでもハジメや母の手前なんて事ない様に振る舞っていたが、今回の一件で一気に溢れ出してしまった。
──もう楽になれや。このまま押さえ込んでもええ事ないぞ?
「うるさい!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!」
──お前があの勇者を嫌ってるんは自分を重ねたからやろ?独善的で現実から目を背けてるその姿に自己中な自分自信を見たんや。
「そんな事ない!俺はちゃんと現実を見て障害と戦ってる!あんな奴と一緒にするな!」
──なら何でお前はもがいてる?オレという存在、感情を否定してる?それが何よりの証拠やろ?“そんな事思ったらアカン”という良心とオレの存在がグチャグチャに混ざり合った結果、お前の心は既にボロボロや。
「そ……れは……」
否定は出来なかった。現に今こんな幻聴紛いの言葉に苦しめられている程にタケルの心は弱りきっているのだから。
──それでもお前は周りには明かさず耐える。自分の力だけで頑張ろうとすると言えば聞こえは良いやろうが……その実お前は怖かっただけや。全て話して否定されるんが!拒絶されるんが!結局お前は誰も信用なんかしてなかった!
「……うるさい、うるさい!!!」
──自分1人で何とかしたくても、お前の障害はそれを許さへん。周りのサポートが必要不可欠や。でも、そのサポートをお前は少なからず煩わしいとも思ってた!違うか!?
「っっっ!ぐうううううう!!!!!」
──そして自己嫌悪する事でお前はそれを否定してきた!お前は周囲の人間どころか、自分すら信じられへんねや!
負の感情が押し寄せてくる。ハジメがいなくなり隙だらけになったタケルの心に、今まで抑圧していた感情が一気に押し寄せて来た。
──お前は結局ずぅっと、1人ぼっちやねん!
「やめろおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
暴れ続けるタケルだが、そこでふと視界に像を捉える。恐らくエヒト神を形どったであろう巨大な像に徐ろに近づく。そして──
「消えろ…消えろ…消えろ……消えろおおおおおおおおおお!!!!!」
雑音を消し去ろうと思い切り仰け反ると、そのまま銅像目掛けてその頭を振り下ろす。
「やめて!!!」
──だが、衝撃が襲う事はなかった。誰かがタケルを後ろから羽交い締めにして抑えていた。
背中に感じる特有の温もりと高音の声はその正体が女性であると認識させ、そして声の位置から自分よりも頭一つ分は大きいであろうこともわかる。そこから導き出される人物は──
「──やえ……がし?」
──八重樫雫、その人であった。
さて、今回は少々短めでお送りしました。
タケルの溜め込んでたモノが幻聴となって爆発しましたねぇ。
でもコレってあながち非現実的な事じゃないんですよ?何故って作者がそうだから。流石に幻聴は聞こえませんが……
自閉症由来の自己中な思想と、成長と共に育った自制心が拮抗して心がグチャグチャになる。もはや軽い鬱状態です。
実際自閉症やアスペルガーの人は派生して鬱病になったりもするみたいですしね。
さて、最後は済んでのところで雫に静止させられましたが、その後どうなるか……
それではまた次回、チャオ〜