狩人は四方世界の夢を見る   作:赤い月の魔物

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貴方方の目覚めが有意なものでありますように


1話 狩りの夜は終わらない

匂い立つ。―ああ、実に匂い立つ。

 

人の形をしていながら既に人で無くなった存在から肉を引きちぎるようにノコギリ鉈を抜いた。

 

足元には沢山の死体。どれもこれも瞳は蕩け、体からは凡そ人の物とは思えない体毛に覆われ、腕の長さが違う物もいる。

 

いくら狩っても無くならない。夥しい獣の数。ちぎれた臓物。噴き出た鮮血。

 

どこもかしこも獣ばかりだ。みんなどうせそうなるのだろう。

 

ああ、神父よ。教会の強き狩人よ。貴方が言っていた事は正しかった。

 

夜明けを迎え、意志を継ぎ、人の進化たる幼年期のはじまりを迎えても尚あの夜が明ける事はなかった。

 

力無き人々の悲鳴、獣の唸り声。狂人共の笑い声。

 

ああ、まったくもって嫌気がさす。

 

今一度眠ろう。夢へと帰ろう。

 

夜は明けない。まだ悪夢は続いている。まだ見ぬ悪夢がある。

 

俺は、それを狩らねばならん。

 

俺は狩人だ。無慈悲で、血に酔っていて、未だに夢を見続けている。

 

 

 

 

「お帰りなさい。狩人様」

 

 

 

 

彼女が座り込んでいた足元には新たな墓石が立っていた。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

「ふぅ…」

 

辺境の街にある神殿…その中でも心優しい神様とされる地母神の神殿に一人の少女がいた。彼女は孤児で齢は十四。明日に十五歳を迎え道を選ばねばならない。そのまま神殿で神官として仕えるか。神殿を出て世の中を生きていくのか。彼女は未だ幼いながらも、熱心な地母神の信者だった。神殿で物心がついた頃からは地母神の教えを守り、毎日の祈りも欠かせない。そんな彼女は神官長から任された雑用をこなし一息ついていた。

 

(いよいよ明日です…!)

 

明日を迎えれば自分は十五になる。神官や司祭として神殿で生きる事も良いのだろうが、それ以上に彼女には外の世界へ出て、冒険者の役に立ちたいという願いがあった。およそ五年前であったか。神殿を治療所として開放した時に多くの傷ついた冒険者達が運びこまれてきた事があった。なんでも大掛かりな依頼だったのだとか。あの時は今以上に何もできずに多くの人のお手伝いで手一杯だったのを覚えている。そんな時に自分でも何かしてやれないかと思い続けてずっと今日まで生きてきた。

 

神官としては既に二つの奇跡を授かっている身としては尚更だった。彼女は熱心な信者でありながら優秀な神官だった。才能に恵まれていたと言ってもいい。彼女は神殿で生きるよりも外の世界で多くの人を助けたいと思っていた。心優しい少女ならそれは当たり前だろう。

 

「あ…」

 

ふと赤みがかった空を見る。もう既に日は沈みはじめ、綺麗な夕焼けの空が街を照らしている。彼女は神殿から見た景色を胸に焼き付けて、神殿の中へと戻っていった。

 

「今日は疲れたでしょう。夕食の時間には呼びますからゆっくり休みなさい」

 

「はい、ありがとうございます。神官長様」

 

自室へと戻り質素ながらも柔らかいベッドへと身を投げる。

 

明日からどうしようか。どんな出会いがあるだろうか。

 

そんな事を考えているうちに意識がまどろみ始める。寝るにはまだ早いが神官長も夕食には呼ぶと言っていたのを思い出し彼女はそのまま睡魔に負け眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

「ん…ぅん…」

 

眠りに落ちた女神官が意識を戻すと体に違和感を感じた。どうやら少し眠るはずが熟睡してしまったらしい。寝ぼけ眼で周囲を見るとすっかり暗くなっていた。

すっかり寝過ごしてしまったと彼女が意識をハッキリさせ―

 

 

体を起こそうとして自身の異変に気づいた。

 

「えっ…!?な、なんで…!?」

 

自身の体が動かない。というより動けないという方が正しかった。何しろ今の彼女は椅子に手足を縛り付けられて一切の身動きが取れない状態になっていた。幾重にも重なるように手足は縄で括りつけられ、簡単には外れそうにない。仮に今の女神官が力の限り身を捩り、暴れたとしても華奢な彼女では外すことも出来ないだろう。椅子は見たところ木製のようだがまるで地面に打ち付けられているかのように微動だにしなかった。

 

慌てて周囲を見渡してここがどこなのかを確かめようとするも辛うじてわかるのはここがどこかの牢であるということ。そして自分はそこへ囚われたという事だった。

 

「だ、誰か!いませんか!?」

 

周囲に助けを求めてみるも声は返ってこない。暗い牢にむなしく声が響いただけだった。

 

何故、どうして?分からない。自分が何をしたというのか。まさか人攫いにでもあったのだろうか?だとすれば神殿の皆は?助けは来るのか?未だに外の世界を知らぬ彼女は一気に不安が押し寄せ恐怖に押しつぶされそうになった。

 

そして薄暗い空間に目が慣れてくると自分の他にも囚われた人がいるのがわかる。自分も含めて五人。どうやら皆同じ姿勢で一列に並べられているようで、周囲を見ると自分が一番右にいるようだった。

 

隣にいる人に声をかけようとして女神官は異常に気づいた。暗くて表情を伺う事は出来ないが、何やらぶつぶつと呟いている。

 

「あ、あの…大丈夫ですか…?」

 

それでも自分の安否より相手の安否を気遣うあたり彼女は優しかった。それが相手に届くかどうかは別だが。

 

しかし返事は返ってこない。先程から変わらず何か呟いている。どうやら彼女の声は届いていないようだった。

 

どうにかして脱出しないといけないが抜け出そうと体を動かしてみようとするも椅子がギシりと音を立てるばかりで身動きは取れなかった。

 

自分の信じる地母神に祈りを捧げるにしても自分が授かったのは癒しと光の奇跡だけ。例え使えたとしてもこの状況を打破する事は出来ないだろう。つまり自分は来るかも分からない助けをただ待つことしか出来なかった。

 

(地母神様…どうか、ご加護を…!)

 

その声はもう届かないのだが。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

意識が戻る。もう随分と慣れたものだ。夢から目覚め、夢へと帰り、また目覚める。幾度も繰り返し、獣を狩る。狩人とはそういうものだ。

 

まずは現状…もとい場所の確認をする。ここはどこだろうか?パッと見たところでは隠し街に雰囲気は近い。しかし冒涜的な街並みでは無く至って普通の家屋が並んでいる。なんとも平和な街並みだ。勿論人の気配がしない事を除けばの話だが。

 

(今宵は随分と匂い立つ…まぁ多くを狩るだけだ。普段と何も変わるまい)

 

重苦しい空気が蔓延し、外には血の匂いが溢れている。まぁここがどこでも関係はない。例えいるのが獣で無いにしてもそれは狩人の前では等しく獲物に他ならない。気色悪いナメクジだろうと、同胞であろうと襲い来るならそれは等しく狩りの対象である。

 

さぁ狩りを始めよう。

 

獣狩りの夜は再び訪れたのだ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

あれからどれ程の時間がたったのか。女神官は暗い牢の中でただ目を閉じて静かに祈りを捧げていた。手足を拘束され身動き一つ取れない状態だったがこうでもしないと今すぐにでも恐怖で押しつぶされてしまいそうだったのだ。それに先程からだろうか?遠いところから雄叫びのような、叫び声のような音が聞こえている。ただ獣が吠えているような音も混じっているようで助けがきたという訳でもないようだったが。もうこのままずっと…と思いかけていたところで不意に目の前の牢の扉が開いた。

 

「っ!?」

 

ゆっくりと開く牢の扉を見て即座に助けを求めようとするが中へ入ってきた存在を認識すると同時に女神官は絶望した。

 

何故ならばそれは明らかにまともな存在とは思えなかったからだ。

 

まず目を引いたのは全身をすっぽりと覆う黒いボロ布、そしてそこから伸びる骨ばった手足。段々と近づいてきたそれは大きく背を曲げており顔を覆う布から見える口元を見る限りでは痩せ衰えた老婆のような、そんな存在だった。極め付けに手には何やらスプーンのような形状をした鉤爪のような物を持っていた。

 

少なくとも目の前の存在が自分達を助けようとしているわけではない事を女神官は一目で察した。しかし牢が開いた以上は好機でもあった。どうにか抜け出す算段を考えているうちに目の前の老婆らしき存在は自分のいる位置とは反対へと歩いていく。やがて左端の人物の前にたどり着くとその人物を顔を掴み

 

 

持っていた鉤爪のようなもので目玉を抉り出したのだ。

 

 

「ひっ…!?」

 

 

「ぎっああぁああぁぁあ!!あああああああああああ!!!」

 

先程までは声もあげなかった人物から聞くに耐えない悍ましい悲鳴が上がる。そして悲鳴に混じりグジュグジュ、ブチりという何かが千切れる音と共に夥しい量の血が噴き出ていた。生きたまま抵抗することも出来ずに左端の人物は両目の眼球を抉りだされていたのだ。その恐ろしい光景から目を逸らすものの声だけは遮断することが出来ずダイレクトに鼓膜に悲鳴が響き渡る。

 

「い、いと慈悲、深き…」

 

震える声音で信仰する神の名前を言おうとするも次の人物からの悲鳴が上がる。そこで女神官はハッとした。目の前の老婆…もといこの怪物は順番に目玉を抉りさながら処刑しているのだと。突然に目の前に現れた死の恐怖に思わず涙が溢れ顔を濡らす。

 

必死に暴れて拘束を解こうとするもやはり縄は緩む気配を見せず椅子も微動だにしない。そうこうしている間にも老婆の怪物による処刑は進み自分のすぐ隣まで来ていた。

 

「い、嫌…!誰か…!」

 

歯がカチカチと鳴り震えが止まらず下半身が生暖かくなるのを感じたがそんなことを気にしている暇すらもなかった。

 

そしてついに隣の人物が両目を抉り取られ動かなくなると老婆の怪物がこちらを向きゆっくりと歩いて目の前まで来た。

 

「だ、誰か!!助けてください!!誰か!!」

 

顔を涙で濡らし恥も外見も無く女神官は力の限り叫んだ。それが今目前に迫った死に対する唯一の抵抗だった。しかし女神官の叫びも虚しく老婆の怪物は空いている方の手で女神官の頭部を掴もうとする。

 

「い、嫌…嫌…!」

 

これから自分は前の人達と同じように目玉を抉られて死ぬのだろう。犠牲になった人達の叫び声が耳にこびり付いて離れない。思わず彼女は目を閉じた。少しでも現実から目を逸らしこれが悪い夢だと思うように。

 

 

 

「………?」

 

しかし、いつまでたっても女神官が目玉を抉られることは無かった。

 

老婆の怪物は目の前で大きく姿勢を崩したように倒れ込んでいた。そして直後にビクンと体を痙攣させると背中から鮮血を噴き出して倒れ込む。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーー!!!」

 

甲高い声を上げて老婆の怪物はピクリとも動かなくなった。

 

「あ…ああ……」

 

状況の整理が追いついていない女神官の前に明かりがついた。

目の前には老婆の怪物と違い、至って普通の人が立っていた。その全身が血塗れで無ければもっと安心感を抱けたのだろうが。

 

まず目の前の人物を見て特徴的なのは鴉を模したであろう外套。黒い羽根は闇に紛れるようにありその顔は口元から鼻までもすっぽりとマスクで覆い、頭には枯れた羽根を模した帽子を被っている。松明を持っている左手には鈍く輝きを放つ手甲を身につけて足には煤けたブーツを履いている。

 

右手には西洋のサーベルのような剣を携え腰には小さなランタンを提げていた。僅かに露出している目元は片方が髪で隠れ右目だけがこちらを見据えていた。体格や目元を見る限りでは男のようだが…

 

「…ふむ。理性を失った獣とイカれた聖職者ばかりかと思ったがそうでもないようだ」

 

突如目の前の男が口を開いた。彼は味方なのだろうか。敵ではなさそうではあるものの今の自分では抵抗することすら出来ない。よしんば出来たとしても物の数秒で殺されてしまうだろうが。

 

「あ、あの…」

 

「口は利けるようだな。その前に…お前は誰だ?」

 

恐る恐る口を開くと目の前の男は姿勢を変えぬまま女神官を問いただした。

 

「わ、私は地母神様に仕える神官です。気がついたらここにいて…ここがどこかも分からない状態で…」

 

「…………」

 

フンと鼻を鳴らす音がマスク越しに暗闇に静かに響く。何かおかしな事を言っただろうか?今の彼ならば女神官を殺す事など容易い。右手の剣を刺すか、松明を押しつければ良いのだから。ビクビクと怯え、様子を伺っていると男が口を開いた。

 

「その、じぼしんとやらが何かは知らんがどうやらお前はまだまともらしい。ならさっさとここから出ることだ。ここはお前のような奴がいるところじゃない」

 

地母神様を、知らない…?そしてここから出るということはどういうことなのだろうか。自分のような者がいてはいけないとはどういう意味なのだろうか?突然の事に理解が追いつかず女神官は目を白黒させた。

 

「まぁいい。大人しくしていろ」

 

そういうと男は右手の剣を持ち替えると柄頭に着いた短刀を取り外し女神官を縛り付けていた縄を切った。キツく縛られていた為か手足が少し痛むが四肢の拘束が解かれると自由になると女神官は立ち上がってお礼を言った。

 

「あ、あの、ありがとうございます。えっと貴方は…?」

 

それとなく彼が何者なのかを聞いてみる。彼も冒険者なのだろうか?

 

 

 

 

「…狩人だ。名前は無い。何とでも呼べばいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い一夜のしかし小さな悪夢の中で二人は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかダクソのクロスオーバー書いてる途中に何故か急に閃いたんだ…ホント唐突にティンときちまったんだ。これも啓蒙ってやつだ間違いねぇ
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