狩人は四方世界の夢を見る   作:赤い月の魔物

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どうにもならんよ・・・

君はもう、悪夢にいるのだから・・・


2話 見慣れた景色

「狩・・・人・・・?」

 

狩人と名乗った目の前の男を見ながら女神官は呟いた。しかし女神官が思うような狩人とは想像とは余りにもかけ離れていた。全身の殆どを覆い露出を極限まで抑えた装束。右手に持っている持ち手の側にも短い刃が付いた変わった形状のサーベル。そして腰にぶら下げている鉄の筒のような物など凡そ女神官が知識として知っている狩人とは全然違ったのだ。彼女の中では弓など持ち森の獣を狩って食糧を得たり、害獣の駆除などをする者達だと思っていたのだが目の前の人物はとてもそうには見えなかった。

 

「運が良かったな。人攫いにあったのならそのまま儀式の生贄に捧げられてもおかしくなかったがお前はそこに転がっている怪物の材料にされそうなだけだったというわけだ」

 

淡々と彼が自身の身に起こりえる事だった事をさも当たり前のように述べた。視線を向けた先に横たわる老婆のような怪物。そして自分と同じように椅子に拘束され、目玉を抉り取られ生き絶えた人達。自分も狩人と名乗った彼が後一歩遅ければ同じ運命を辿っただろう事は想像に難くない。目前にまで迫った死を思い出し再び恐怖に身が竦むが気丈にも狩人に視線を向け声を絞り出した。

 

「あの、これは一体・・・?」

 

女神官の視線の先を狩人は一瞥すると怪物の事と察したのかすぐに答えた。

 

「俺も名前は知らん、気にした事もない。ただこうして生きた人間の目玉を集める連中としか言えんな」

 

「ひ、人の目を・・・どうしてそんな事を・・・!?」

 

「さぁな。だが神々の墓を暴く為に使った事は俺にもある。あまり役には立たなかったが」

 

「そ、そんな・・・」

 

想像も付かない悍ましい所業に女神官は顔を青ざめる。しかも目の前の男が人間の目玉を使って神の墓を暴いただのなんだのと言っていたが此方は女神官には理解が及ばなかった。そもそも神の墓など暴けるものなのか?その先に何があるのかなどは今の彼女には想像など望むべくもなかった。

 

「まぁ死んだ連中の事を考えても仕方が無い。俺は行く」

 

「えっ・・・?」

 

そうして踵を返してこの場から狩人は立ち去ろうとする。女神官はその背中に咄嗟に声を掛けた。

 

「あ、あの!」

 

「今度は何だ?」

 

不機嫌な様子で此方を振り返る狩人の瞳にたじろぐがここで怯むわけには行かない。彼の様子からして置いていくつもりだったのだろうがこんな所に置いて行かれようものならまたああいった怪物が現れたら今度こそ終わりだ。今の非力な彼女は怪物と戦うどころか自身の身を守ることすら出来ないのだ。それにここがどこであれ元いた場所へ帰る為にもこんなところで待ちぼうけになるわけには行かなかった。

 

「わ、私も行きます!」

 

「・・・・・・・・・」

 

不機嫌そうな顔が一転今度は呆れたような表情になる。何か気に障るような事を言っただろうかと考えていると狩人が口を開いた。

 

「・・・それは付いて来るという意味か?」

 

「は、はい。そうですけど・・・」

 

狩人は目を閉じてマスク越しにも分かる溜息を吐いた。

 

「何が出来る。少なくとも自分の身を守れんようでは連れていけん。俺は守ってやれるような戦いは出来んぞ」

 

「っ・・・奇跡が使えます。けど・・・」

 

現状女神官には杖が無かった。一日に三回使える奇跡も杖が無ければ使えない。祈りを届ける触媒が無ければ奇跡も意味を成さないのだ。

 

「なんだ。その奇跡とやらが役に立たんのか?」

 

「そうじゃなくて・・・その、杖が無いんです。奇跡を使う為の・・・」

 

「杖・・・これの事か?」

 

唐突に狩人はどこから取り出したのか女神官に向けて何かを放り投げた。咄嗟に小さな身体で受け止めるようにしてそれを受け取るとやや汚れてしまってはいたものの紛れもなく自分が使っていた地母神の神官が持つ杖だった。

 

「これを、どこで?」

 

「ここに来る道すがら落ちていた物だ。まだ真新しさが残っていた物だからと拾っただけだが・・・」

 

杖をぎゅうと握り締め息を吐く。少なくともこれで何も出来ない訳では無くなった。とは言っても問題は肝心の奇跡が役に立つかどうかなのだが。

 

「まぁいい。それで何が出来るんだ」

 

「え、と私が使えるのは《小癒(ヒール)》と《聖光(ホーリーライト)》が使えます。回数は一日三回まで、です」

 

「・・・少ないな。どんな効果なんだ」

 

「《小癒(ヒール)》は傷を癒す奇跡で《聖光(ホーリーライト)》はアンデッドを祓う光を放つ奇跡・・・です」

 

質問に答える中女神官は疑問を感じた。最初に地母神の事に関しても知らないようだったし奇跡についても知らないようだった。奇跡はともかくとして世間知らずでも一般的な五柱の神々については知っていると思うのだが地母神の事を知らないとなると他の神々についても知らなそうであった。

 

「・・・それで身を守れるのか?どうも直接戦えそうには見えんが」

 

「直接は・・・その・・・ダメかもしれません。で、でも私に出来る事なら何だってしますから!だから・・・!」

 

実際に彼からすれば女神官を連れていく理由など無いだろう。だがそれでもまだ成人もしていないうちに死ぬつもりも女神官にはなかった。

 

「―――分かった、好きにしろ。ただし最低限自衛の術は覚えてもらう。いいな」

 

「!は、はい!頑張ります!」

 

なんとか了承の言葉を貰うと女神官はパァと明るい表情を浮かべ頭を下げた。人知れず狩人が再び溜息を吐いたが女神官には聞こえなかった。

 

「取り敢えずこれを飲め。これが飲めんようなら置いていくぞ」

 

そう言って狩人は女神官に小さな小瓶を手渡した。手のひらサイズの小さな瓶は中身が見える透明な物で中には黒ずんだ液体で満たされておりコルクで栓がされていた。何かの薬物か何かだろうか。かすかに鼻につく不快な香りも相まってこの手の知識が無くとも明らかに良くない(ヤバい)物であることは女神官にも分かった。

 

「あ、あのこれは・・・?」

 

「どうした、早く飲め。置いていくぞ」

 

「わ、分かりました!飲みます!飲みますから!」

 

謎の液体の正体を尋ねるが催促されただけで答えは得られなかった。どちらにせよ置いていかれたら堪らないので栓を抜くと中からは濃厚な香りが広がる。女神官はその()()に覚えがあった。

 

(こ、この匂い・・・これって・・・!?)

 

ゴクりと喉がなる。()()を飲めと言うのだろうか。この男は。恐ろしい者を見る目になっていた女神官が狩人を見ると変わらず目線で早くしろと言っていた。

意を決してぐいと女神官は一気に瓶の中身を煽った。同時に口の中にドロりとした温かな―血の香りが広がり、一気に不快感が身体を支配した。口に含みはしたものの全てを飲み込むことは出来ず、思わず床に突っ伏して吐き出してしまった。

 

「―ッ!!うっ・・・げほッ!ごほっ!っう、おぇえぇぇ・・・!」

 

咳き込みながらも吐き出す量を限界まで抑えた女神官は上出来だろう。本来ならまともな人間が飲む物ではないのだから気を保っているだけでも十分だった。口元を拭いながら顔を上げると何の気なしに此方を見つめる狩人の姿があった。

 

「・・・まぁ初めて口にしたにしては及第点だ。だが戦闘中に吐き出すな、死ぬぞ」

 

もうちょっと何か掛ける言葉があってもいいのではないかと女神官は目で抗議するが流されてしまった。まだ冒険者の道を歩んでもいないのに得たいの知れない血液を飲まされるとは思わなかったがどうやらこれでようやく同行の許可は得られたようだった。

 

「一先ずこれを持て。明かりは多い方がいい」

 

そう言って狩人は松明を女神官に渡すと空いた左手に腰にぶら下げていた鉄の筒のような物(獣狩りの短銃)を取った。いつの間に持ち替えたのか先ほどまでサーベル(落葉)を持っていた右手には鋸の刃が付いた鉈のような物(ノコギリ鉈)を持っていた。

 

「行くぞ。遅れるな」

 

「げほッ・・・は、はい!」

 

先程の血の匂いがする液体(鎮静剤)の影響でむせてしまったが精一杯の返事をして女神官は狩人の後ろをついて行き―

 

一度だけ自分が居た場所を振り返って目を伏せると再び歩きだした。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

狩人は困惑していた。

 

正直な所を言えば余計な事をしたと思っている。嘗ても人と話すことはあったが避難場所を教えれば勝手に移動してくれたり扉越しに話して協力関係を結んだりした程度で直接同行すると言った人は始めてだったからだ。別次元の狩人と協力することはあったが同じ次元で協力もとい共に行動したのは精々鴉羽の女狩人と共闘した時くらいだった。彼女は腕利きで良かったがこの少女はどうだろうか?じぼしんとやらの神官だと言うが正直な所戦うどころか己の身を守ることすら出来なそうだ。手に持った杖で戦う事が出来るなら話は別だがこの華奢な体格を見るに獣と戦わせれば瞬殺されるだろう。それこそ初めて獣に相対し素手で殴りかかった己のように。

 

まぁいい。最低限身を守る術、もとい時間を稼げるだけの事を教えてそれで死ぬようならそれで構うまい。元より狩人にまともな奴などいようはずも無い。それは自分とて例外では無かった。獣達からすれば極上の餌が転がっているように見えるであろうし人攫い共からすれば絶好の贄だろう。

 

・・・どうしたものか。別に死んだところで何もない。見知らぬ少女が一人死んだところで何も思わなかったではないか。それは変わらない。長い夜の中でいつしか獣を狩っているつもりが上位者という神殺しに、同胞を殺す狩人狩りになっていたのも昔の話だ。今更・・・

 

『君はただ獣を狩れば良い。狩人とはそういうものだよ。直に慣れる・・・』

 

今は亡き助言者の言葉が脳裏に浮かんだ。獣、獣だ。

 

俺は狩人だ。無慈悲で血に酔っている狩人だ。

 

例え見慣れぬ悪夢でもそれは所詮一夜の出来事に過ぎない。

 

なのに何故だ。妙に、脳が、震える。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

あたりは暗く、女神官が持つ松明と狩人が腰に付けている小さなランタンの明かりをもってしても周囲は暗闇に飲まれている。歩きながらも先ほど狩人がいきなり自分が飲まされた液体を飲みだしたのを後ろから見ていたが平然としていた。やはり何かの劇薬の類では無かったのかと想像をするがすぐに振り払った。血の匂いがする薬物など元が何であったかなど考えたくもなかった。

 

唐突に狩人が止まり左手を女神官の前にだした。それに従って止まり彼の行く先に視線を移すと暗闇で何かが蠢いてるのが女神官にも見てとれた。すでに血の匂いがあたりを支配しており気分を害してもおかしくはないのだが先の件もあってかそこまで不快感は押し寄せてこなかった。目を凝らして奥に蠢く物を見るとそれは四つん這いになって地面に這いつくばり何かを貪っているようで全身が黒い体毛に覆われていた。遠目で見てもかなり大きくあれが立ち上がれば女神官の身の丈など優に超えるだろう。

 

(まさか、人狼(ウェアウルフ)・・・!?)

 

声を上げそうになるが咄嗟に手で口を塞いで押し殺す。狩人が歩いて近づいて行くのを見て不安が押し寄せるが指示通りにじっとする。そしてその後音もなく忍びよっていたはずの狩人に人狼のような獣(罹患者の獣)が気づいたのか振り向いた。

 

「―ッチ・・・

 

狩人は小さく舌打ちをすると滑るように素早く距離を詰めると右手の鉈のような物を振り獣を引き裂いた。血が噴き出しあたりに飛び散るが返り血を浴びるのもお構いなしに狩人は得物を振るって獣を皮膚を引き裂いていく。そして獣は悍ましい外見をしながらも何も出来ずに地に伏した。狩人が周囲を見渡して手招きをしたのでそれに従ってついて行く。近づくにつれて強くなる血と臓物の匂い。皮膚を裂かれ肉を抉られた獣は従来の見た目も相まってより醜悪な外見を惜しげなく晒していた。

 

「・・・これが獣だ。すさまじい膂力と生命力。そして時に妙に賢しく襲い来る化物だ」

 

「獣・・・」

 

こうして近くで見ると明らかにその見た目の異常さに気づく。四肢は明らかに長くその太さから強靭であろうことは安易に想像出来る。開き切った瞳孔は蕩けてもはや理性など残していないことは明らかだ。全身を覆う黒い体毛も柔らかな物ではなくその身を守る鎧のようになっているようで、自身が立ち向かった所で容易く殺されてしまうだろう。

 

「しかし・・・」

 

「ふぇ!?あの・・・」

 

唐突に狩人が女神官に顔を近づける。顔から身体のあたりまでを撫でるように頭を動かすと何やら匂いを嗅いでいるようだった。

 

「・・・やはりか。鎮静剤を飲ませた程度では意味などなかったか」

 

「あの・・・何が・・・?」

 

疑問を問うとその答えは直ぐに返ってきた。最も顔は此方を向いていなかったが。

 

「匂いだ。真新しい衣服、血の匂いの染み付いていない身体。奴等が気づくわけだ」

 

自身から変な匂いでも出ていたのかと腕の匂いを嗅ぐが特に何も匂わなかった。それこそが今回は問題だったのだがそれを今の彼女が知らぬのは無理もないだろう。狩人は倒れ伏した獣の死体から臓物を腕で抜き取るとそれを女神官の前に差し出す。

 

「え・・・あ、あの・・・これは・・・」

 

「衣服に軽く染みこませて匂いをつけろ。自分でやらんなら俺が塗り付けてやる」

 

思わず後ずさった女神官の表情は絶望に染まった顔をしていた。女神官が一歩下がる度に狩人が一歩前に出る。トンと壁に背があたるとその表情はより怯えと恐怖を増していく。臓物の血を擦りつけるというのもそうだったが狩人が血塗れというのもあってその相乗効果は大きかった。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

一先ず外へ出るのが先決だと言われて狩人の後をついて行くが女神官の瞳からは早くも光が消えていた。真新しい神官服は所々が赤く染まり、全身からは血の匂いを撒き散らしている。必死の抵抗も虚しく血を塗りたくられたが死なない為には仕方が無かった。割り切れるかどうかはともかくとして。

 

そしてここまで歩いて来て周囲を見渡すと目に付く所がおかしい事に気付く。鉄格子が迷路の壁のようになっているこの場所は見れば見るほどおかしく、牢のようになっている所は少なくまるで鉄格子で作られた迷路のようだった。所々で死体を貪るあの人狼のような獣がいたが匂いを消した事によってか否か気づかれる事も無く狩人が次々と葬っていった。反撃の余地も無く一方的に殺していく様子はまさしく『狩り』であった。先を進み続けると光が見えてきた。どうやら自分は大分奥に囚われていたようだった。

 

「外だ。これから先外にいる連中に決して声を掛けるな。誰であれ獣狩りの夜にまともな奴はいない。命が惜しいなら指示に従え」

 

「!は、はいっ」

 

「よし、行くぞ」

 

連れられて女神官が目にした光景は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自分が住んでいたはずの辺境の街その物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




薄汚れた錫杖

悪夢の中で見つけた錫杖。少し汚れてはいるもののまだ新しい物。
丈夫な素材で作られているが特に仕掛けなども無く獣狩りには適さないだろう。かつては熱心な信徒が祈りを捧げるのに用いたのかもしれないが獣狩りの夜にそんな者はいないだろう。

悪夢に救いを求めたところで応える神はいないのだから。

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