見たまえ!青ざめた血の空だ!
「えっ・・・!?こ、ここって・・・!?」
目の前に広がる光景に女神官は驚愕した。それもそのはず自分が人攫いにあってどこか遠くにいるのかと思っていたら自分の住んでいた街だったのだから驚くのも無理はなかった。だがそれ以上に驚くべきは街の様子だ。月で照らされたとはいえ夜にしては明るいのはその街の住人達が原因だった。
住民と思しき者達は皆一様に松明や斧などを持ち武装しておりその身体からは先の獣の特徴と同じ黒い体毛が生えてきており、片側の腕が倍近い長さになっている。さらに辺りに広がる臓物や血の匂い。周囲を見渡せば死体がチラホラと見える。かつて女神官が見慣れていた平和で活気に満ち溢れていた辺境の街の面影はもはや見る影も無かった。
「知っているのか?」
狩人が顔だけを向けて女神官に問いかける。知っているどころの話ではない。孤児であった自分が拾われ育った街なのだから。凄惨な光景に思わず目を背けたくなるが女神官は震える声で狩人に答えた。
「ここ・・・私が、住んでいた街です。それがどうしてこんな・・・」
ただでさえ顔色が悪かった女神官の顔が見る見るうちに青ざめていく。実際彼女はすでに気が気でなかった。神殿の皆は?神官長様は?無事なのだろうか?周囲の建物を見ても明かりがついている建物は何一つ見当たらなかった。
「ほう・・・」
そんな女神官の心境は知らずに狩人はまるで興味深いとでもいうような声を出した。だがその表情…もとい目元は都合が良いと言うような目をしていた。女神官から松明を取り上げると変わらず淡々とした声で声を掛ける。
「街でおかしなところを見つけたらすぐに言え」
「っ・・・・・・はい。わかり、ました・・・」
現実に引き戻された女神官は絞り出すように震える声で答えた。顔にはすでに生気が無くなりその姿はまるで心が死んでしまっているようだったが狩人は気にした様子もなかった。。
「一先ず大通りは避けて行くぞ。数が多すぎる。奴らの声である程度の音は誤魔化せるがなるべく音は立てないようにしろ」
「はい・・・」
狩人に連れられるまま路地裏から路地裏へ路上を横ぎるようにして場所を移していく。そうして少し広い場所に出たところで見覚えのある建物が現れた。
「あっ・・・!」
「どうした?」
一瞬言っていいものか迷ったが女神官は先にある建物を指差しながら言った。
「あの建物・・・地母神様の、私が住んでいた神殿です」
「・・・・・・・・・」
言われて狩人はその建物をじっと見つめている。少し上の方を見つめているが何かあったのだろうか?女神官が首を傾げていると狩人が口を開いた。
「概ね中の様子を見たいのだろう?」
「えっ!?と、その・・・」
自分の考えを見透かされて思わず驚いた声がでてしまう。即座に口を手で抑えるが今は大丈夫なようだった。狩人は呆れた様子だったが周囲を見渡すと再び女神官の方へと顔を向けた。
「一つ言っておくがこの世には見てはならない、知らなければ良かった事など山ほどある。お前は今からそれを見ようとしている事に気づいているか?」
「それってどういう・・・」
「そのままの意味だ。・・・おそらくお前が望むものは無いぞ」
「・・・それでも、です。それでも気になるんです。・・・お願いします」
ペコリと綺麗なお辞儀をする女神官を見て狩人の目は変わらなかったが心なしかどこか憐れんでいるように見えた。勿論今の彼女にその表情は見えなかったが。
「あそこへ行くにはあの扉の前の群衆を倒す必要があるが・・・見ろ」
狩人が指差す咆哮を見るとそこには斧と松明を持った者、長い鋤を持った者、そして何やら長い鉄の筒を持った者。そしてそこに控える二匹の犬が見えた。
「投擲は出来るな?大雑把で良い、これを壁に叩きつけろ。そうすればあの犬共を誘い出す事が出来るはずだ。誘い出したらこれを投げて燃やせ」
狩人は二つの瓶を女神官に手渡した。片方は何やら赤い液体の入った酒瓶のような物。もう片方は布で栓をされたアルコールの匂いがする物だった。片方はよく分からなかったがもう片方は恐らく燃やせと言った事から火炎瓶だろう。・・・いきなりの実戦に手が震える。弱気になっていたのもあって自然と口から不安が零れた。
「大丈夫でしょうか・・・」
「出来なければ死ぬだけだ。腹を括れ」
無神経な物言いにむっとなるが女神官はぐっとこらえた。経験も何も無い自分ではどちらにせよ従う他無いのだ。身を潜めてギリギリまで近づくと狩人が後ろに手を翳す。
「・・・ここが限界だな。良いか、教えた通りにやれ。犬を始末したら即座に隠れろ」
「っはい・・・!」
「よし。好きなタイミングで投げろ」
そう言うと狩人は屈んだ姿勢で
パリーンと瓶が割れる音と共に犬がそちらを振り向き一目散に駆け出し壁に染み付いた液体に一心不乱に群がっている。そこ目掛けて女神官は火炎瓶を力の限り投げ込んだ。瓶が地面に落ちて割れると共にごうと炎が燃え盛り群がっていた犬は二匹共炎に包まれ燃え尽きた。安堵する間も無く咄嗟に近くの木箱の影に身を潜める。それと同時に狩人が飛び出した。狩人が真っ先に向かったのは鉄の筒のような物を持った群衆だった。狩人に気づいた群衆が鉄の筒を構えるがすでに遅く、腕を切り落とされそのまま返す刃で首を落とされた。残った二人の群衆も斧と鋤を持って狩人に振りかぶるが狩人の左手に持った
(!?ッ)
夥しい量の血が噴き出し臓物が散らばる光景を見て思わず女神官は口元を抑えたが、ここに来る前に狩人に言われた事を思い出し留まった。戻りかけた中身を必死に抑え込むようにうずくまる。
「―っ・・・ぐ・・・ぅぇ・・・」
「早いうちに慣れておけ。毎回吐いていたら持たんぞ」
「ぅ・・・はい・・・」
鉈を回収した狩人がすでに側に来ていた。もうすでに持たなそうなのだが深呼吸をしてどうにか落ち着かせると杖を支えにして立ち上がる。
「先に言っておくが後悔するなよ。ここに行くと言ったのはお前だからな」
「はい・・・。分かっています」
「・・・ならいい。行くぞ」
コンコン、と狩人が神殿の扉を叩く。反応は無い。もう一度狩人が同じように扉を叩く。同じように反応は無かった。狩人がドアノブに手を掛けると鍵は掛かっていないようだった。
「・・・本当に良いんだな?」
「はい。・・・私は、大丈夫ですから」
そう言うと狩人はそれ以上何も言わなかった。扉を開けると中からは強く鼻腔をくすぐる匂いが漂い、窓から僅かに月明かりが差し込んで神殿の中を照らしていた。だがやはり中は暗くいつの間にか狩人が松明を二本取り出して片方を女神官に手渡す。二本分の松明の明かりが内部を照らし目が明るさに慣れてくると―
中は酷い有様だった。
神殿の床は血の色で赤く染まり、まるで絵の具が飛び散ったようだ。そして真っ赤に染まった血の床に無造作に倒れている人達。・・・そのどれもが女神官と同じ白を基調にした布地に青と黄色で彩られた神官服を着ていた。女神官の頭が真っ白になる。狩人は言っていた。後悔はするなと。望むものは無いと。分かってはいた。だがそれでもあんな絶望的な光景を見ても尚微かな希望に縋った。そしてそれは見事に砕かれたのだ。
「ぁ・・・ぃ・・・いや・・・こんな・・・」
その目に涙を溜めながらふらふらと覚束無い足取りで奥に足を運んでいく女神官に狩人は黙って付いて行く。その目はやはりというか冷め切っていた。
「誰か・・・誰でもいいですから・・・一言で良いんです・・・返事を、してください・・・」
か細い声で絞り出すように今にも泣き出しそうな声で女神官は辺りを見渡す。しかしその声に応える者は誰もいなかった。かすれて震えた小さな声が神殿の中に小さく木霊しただけだった。そんな中女神官は一人の死体を見て足を止める。うつ伏せになって倒れており顔は分からないが日焼けした葡萄のような褐色の肌、波打った黒い髪。それは女神官が姉のように慕っていた人物であった。活発で明るく、きびきび仕事をこなす太陽のような女性だったのだがそれもすでに物言わぬ屍と化していた。
「ぅ、ああ・・・うぁあぁぁあぁぁぁぁ!!」
慕っていた人物の屍を目の前にしてついに女神官は膝から崩れ落ちた。両手で顔を覆い恥も外見もなく涙を流し泣きじゃくった。予想は出来たはずだ。警告はされていたのに心のどこかでそれを受け入れられずにいた。その事実は未だ十五に満たない少女には余りにも重すぎた。昨日まで共に過ごしていた人物が皆死んでいたのだ。少女の心を折るには十分だった。何かの間違いだ。これは何かの悪い夢なのではないかと思おうとするもここまで体験がすでに夢で無いことなど知っているが故にそれは酷く女神官の心に突き刺さった。
「おい」
「ぅ・・・ぐすっ・・・ぁぁ・・・」
そんな事を知らんとばかりに狩人は声を掛ける。女神官は未だに泣き続けている。それを尻目に狩人は小さく舌打ちすると一人奥へと向かった。
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泣き崩れた女神官を放置して狩人は神殿の中を探索する。血に酔い、悪夢を巡り、狩りに生きた者に慰める手段は持ち合わせていなかった。情けない事だがどちらにせよあの様子では何を言っても届かないだろう。死体が着ていた衣服を見る限り仲間か同僚の類だろうと狩人は当たりをつけた。だがまだ人として死ねただけ狩人は良いと思っていた。人が獣に身を墜として殺しあうよりは遥かにマシだろう。そして人が獣に墜ちるうえで何よりも聖職者こそが恐ろしい獣になるのだから。しかし実際生きている人間が他にもいれば情報が手に入ったのだがこれでは望むべくも無い。・・・あの神官の娘にどう見えているのかは分からないがすでに空には
―悪夢は巡り、そして終わらないものだろう!
ああ、そうだったな。狂人め。簡単な話だった。
獣狩りの夜が何度も訪れるならそれは悪夢とて同じ事。同じように巡っているだけか。つまりこの悪夢を形作った畜生がいるということだ。せっかくの堪らぬ狩りの夜だと思ったのに気色悪いナメクジ共を狩らねばならんことに嫌気が刺すが獣がいないわけでも無し。狩人の口の端が僅かに吊り上がる。くだらん上位者共め。今の自分は貴様等と同じ土俵にいるのだ。決して生きて還れるとは思わぬ事だ。そこに形があり肉を裂く事が出来るなら殺せぬ道理などあるものか。―まずは・・・
「――――」
自らの獣性が高まって狂気に落ちかけたところで慣れた手つきで狩人は鎮静剤を煽った。
いくら幼年期を迎えたからと言って所詮その身は人の物だ。油断すれば獣に墜ちてしまう。自分は狩人である。狩人とは狩る側であって決して狩られる側では断じてない。一先ずあの泣きじゃくっている神官の娘をどうにかしよう。心折れて生きる気力を失ったのならおいていけばいい。あの様子ならもう既に抜け殻にでもなっていそうな物だが。
そうして狩人は女神官の元へと戻った。しかしこの後狩人の予想は大きく裏切られるのだがそれを狩人は知る由もなかった。
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コツコツと歩く音が近づいてくるのに気づいて女神官はようやく我に返った。と言っても一頻り泣きじゃくった後はその場に座り込んで糸が切れた人形のようにぐったりとしていたのだが。目元を袖でぐしぐしと拭うと足音の方へと顔を向ける。
「・・・すでに抜け殻のようになっているかと思ったがそうでも無かったか」
「す、すみません。私、その・・・わかっていた、はずなのに・・・」
つい先ほどまではそうだったのだがどうにか隠して弱々しくも女神官は謝罪の言葉を述べて狩人の方を見る。相変わらず目元しか見えないがその瞳は心無しか驚いているように見えた。
「まだそんな顔が出来るなら大丈夫そうだな。行くぞ・・・何かあれば言え」
「・・・はい」
無遠慮な言葉。しかしぶっきらぼうに言い放たれた言葉の割には出会ったばかりのような棘がなかったような気がした。気を使ってくれたのだろうか?・・・だが自分の身体が血に汚れているのを見て思い留まった。
「無駄にするな。こいつらがお前の仲間や同僚だったのなら・・・その死を、先人の死を無駄にするな」
神殿の入口の前で振り返った狩人が言う。こう言った言葉を掛けてくれるあたり悪い人では無いのかもしれないと女神官は思い始めてもいた。その言葉に後ろを振り返って共に過ごした皆の亡骸を見る。
「・・・はい。大丈夫です。もう、私は大丈夫ですから」
「・・・ならいい。行くぞ」
そうして扉を開けて外へ狩人が出るのを見るともう一度だけ振り返った。
(―必ず。必ず戻ってきますから。だから―)
どうか・・・見守っていてください。決して声には出さず心の中でそう言って狩人の後を追いかけた。
―その背を天井から見つめている者がいたが女神官がそれに気付くことはなかった。
なんか朝見たら日刊7位とかに一時的に載ってました。やっぱ皆啓蒙高めるの好きなんすねぇ。2話を投下した時点でお気にいりが300近く増えていたのにもビビリました。具体的に言うんと投稿主の発狂ゲージが上がります。
ダクソの方の作品でもそうですが誤字脱字報告ありがとうございます。同じ読みの漢字があると結構ミスり易いのは私の癖です。