ここにある墓石は、すべて彼らの…名残です
もう、ずっと前の話ばかりに思えますが
「ん・・・んん・・・あれ・・・私は・・・」
朧げながらも意識を取り戻した女神官は薄らとその瞳を開けて起き上がる。自分は確かさっきまで辺境の街にいて・・・何かが光ってその後・・・そこまで思い至ってガバりと立ち上がって周囲を見渡した。周囲には白い花が咲き乱れその花に囲まれるように墓石のようなものが連なり、正面には石造りの階段がありその先には小さな建物が大樹の下にひっそりと佇んでいた。そして階段の下で何やら誰かが座り込んでいた。恐る恐る女神官が近づくとその人物は眠っていた。スースーと寝息をたてていてその横顔はまるでこの世の人物とは思えない美しさを持っていた。こげ茶の長いスカートにそこから生える革のブーツ。手には花模様をあしらった手袋をし、上にも複雑な模様をあしらったケープのような物を羽織っている。頭は帽子を浅めに被りその隙間からは灰のような髪が顔を出している。しかしその手をよく見ると人には有り得ない物が女神官の目に映った。
それは決して人には無い球状の関節だった。よく見るとその肌も雪のように白く不自然な艶を放ち、凡そ人肌とは思えない質感が感じられた。それを見て女神官は一つの疑問を抱いた。
「これは・・・人形・・・?」
思わず呟いた女神官の声は誰の耳に入るとも言えない小さな物だったが聞こえたのか目の前の・・・人形?らしき物が目を開け動き出した。それはこちらに気づくと驚いたような表情を浮かべると立ち上がり佇まいを直すと口を開いた。
「ああ、すみません。少し眠ってしまっていました。初めまして。小さなお客様。私は人形。この夢で狩人様のお世話をしている者です」
「え?あ、は、はい!初めまして!私はえっと・・・」
「ふふふ。大丈夫ですよ。貴方の事は狩人様より伺っていますから」
「え?狩人さんが・・・」
「はい。何でも『変な奴』を拾った。とおっしゃっていました」
「へ、変なって・・・」
貴方にだけは言われたく無いです。なんて言おうとしたが当の本人がいないので言葉を飲み込んだ。
そして自然と会話をしてしまったがどうやら目の前の人・・・もとい人形は喋る事ができるようだった。魔力が込められた何かなのだろうかと疑問を抱きつつも何よりその身長に驚かされる。自分は確かに小柄な方かもしれないがそれでも目の前の人形は一般的な女性と比較してもかなりの身長だ。下手な男性よりも大きいかもしれない。マジマジと見つめていると人形が首をかしげていた。
「?どうかなさいましたか?」
「い、いえ!何でもないです!」
ブンブンと手を振る女神官を見て人形はクスりと笑って見せた。その顔に思わず見惚れてしまうが即座に現実へと引き戻された。
「気付いたか。特に変わりはないようだな」
階段の上から狩人が歩いてきた。血塗れだった服装は真新しい綺麗な物になっており武器も持っていなかった。
「は、はい。あの、ここは・・・?」
周囲を見渡しながら女神官はこの場所について尋ねる。さっき目の前の人形は夢と言っていたが・・・
「ここは狩人の夢だ。本来なら血の医療を受けて狩人になったものが見る夢だが・・・」
夢?自分は夢を見ているのか?つまりこれは起きたら忘れる出来事だと?その言葉を聞いて上手く理解出来なかった女神官は自分の頬をつねって見るが痛みを生じただけで目の前の光景が消えることはなかった。
「・・・夢の中に身体ごと入っていると思え。どういう理屈か知らんがお前もこの夢を見ているならここを拠点替わりに使えるからな」
いまいち要領の得ない内容に納得がいかないが少なくともここにいるうちは安全なようだった。ならばどこかでゆっくり―
「だが、その前に必要な物を揃えるぞ。最低限の物をな」
狩人が歩いた先には何やら大きな水盆がありその中からは様々な物を持った小人のような者達が上半身だけを出して手を叩いていた。しかしその顔はどれも目や口と思しき場所が空洞になっていたり、片方の目が何かで肥大して潰れていたりしたりなどと控えめに言っても醜悪な外見だった。真っ白で骨ばった身体や腕もその不気味さを助長している。
「ひっ・・・!?あ、あの!この小さなのは・・・?」
「ここの夢で狩りの道具を売ってくれる使者達だ。言葉は分からんが中々愛らしいだろう?他にもこの夢の中には大勢いる」
「そ、そうでしょうか・・・?それに大勢いるって・・・」
外見は醜悪だがよくよく見ればその仕草には外見に似合わない愛くるしさが見えなくもないが・・・それでも女神官には手放しで可愛いと言えるような感性はまだ無かった。狩人が何やら水盆の使者達と取引をしているとローブの裾が引っ張られているような感触を感じ下に視線を向けるとそこには三匹の使者が何やら手招きをしていた。
「ひゃ・・・!あっ・・・ご、ごめんなさい!えっと・・・?」
驚いてしまったことに言葉が通じるのか分からないが一先ず謝ると手招きしている使者達の前にしゃがみ込む。使者達は何やら女神官に身振り手振りをすると地面に潜り込んで何かを取り出すとそれを女神官に差し出した。
「え、えっと・・・これは?」
一先ず差し出された物を受け取るとそれは長い紐と一緒になっている小さめの鞄といくつかの留め具がついたベルトだった。確かに今の状態では何かを持つにしてもしまうことも出来ないし、銃と杖を持てば両手がふさがってしまうのでありがたいのだが・・・
「あの・・・気持ちは嬉しいんですが、その、私はお金とか無いので・・・」
「気にするな。貰っておけ」
水盆の使者との売買が終わったのか狩人が話しかけてきた。
「俺も最初に来たときは使者から武器をもらったものだ」
「で、ですが・・・」
他者へ献身的にな奉仕をする事を習わしとしている神官の自分としては貰いっぱなしではいけないと思ったのだ。しかし女神官は現在金銭の類など持ち合わせていない。ようは対価として支払える物が無いのだ。
「それにこいつらは金ではなく遺志を糧にする。どの道お前には払えん。・・・どうしても言うならその無駄に嵩張る杖でもくれてやったらどうだ?」
「そ、それは駄目です!せっかく神官長様から頂いたのに・・・!」
「冗談だ。あとはそうだな・・・装飾の類か。帽子にリボン、包帯・・・何故か使者達はそういった物を好むからな」
「あ・・・それでしたら・・・」
女神官は帽子を取って自分の後頭部で結んでいた青いリボンを解くとそれを使者に向けて差し出した。
「その、よろしければこれ、とか・・・」
使者達はリボンを受け取るとまじまじと眺めた後それを上に掲げて女神官に向けて両手を上に広げた。
「bezf3qodec4d9hq@ー!d@94a7yee7zq@u!」
「・・・喜んでいるようだぞ」
「そ・・・そうなんですか・・・?」
そう言って貰った鞄を肩からかけ法衣の下にベルトを付けると短銃を腰の左側の留め具へとぶら下げた。
「武装が駄目なのならそう言った類の物なら平気だろう。あとこいつは絶対に持っておけ」
「?いったい何・・・うっ・・・」
そう言って狩人が渡して来たのは最初に飲まされたあの液体と何かの白い丸薬だった。夢の中だと言うのにすでに微かに漂っている血の匂いがあの出来事を思い出させる。白い丸薬の方は初めて見るがこれも何かの薬だろうか?
「鎮静剤と毒消しだ。悪夢の中を歩き回るならこの二つは持っておけ」
「これって鎮静剤なんですか!?どう見たって何かの血ですよね!?」
「・・・?そう言えば言っていなかったか。元は神秘の研究者共が飲んでいた物だそうだ。濃厚な人血の類は気の乱れを鎮めてくれると。気分は最悪になるがな」
「じ、人血・・・!?私そんなものを飲まされたんですか!?」
「血の匂いに慣れるには最適だっただろう?これから嫌というくらいついてまわるんだ。敵前で吐かれてもまずかったからな」
しれっと明かされた事実に女神官が抗議の声を上げるが狩人は何食わぬ顔で言い放った。もしかすると冒険者になってもこの匂いがついてまわると思うと己の選んだ道に不安を募らせるがそれを女神官は頭を振って振り払った。
(い、いえ大丈夫です!私は多くの冒険者さんのお役に立つって決めたんです!)
「どうした。急に頭を振りだして。やはりもう一度鎮静剤を飲んだほうが・・・」
「嫌ですよ!なんで何とも無いのに血生臭い物飲まなくちゃいけないんですか!」
「お前の気が触れたと思ったんだが・・・」
「私は至って普通です!狩人さんに言われたくありません!」
「まるで俺が普通では無いみたいな言い方だな」
「普通の人は人の血を平気な顔して飲んだりしないです!」
「大丈夫だ。すぐにお前も慣れる」
「慣れたくないです!私の話聞いてましたか!?」
そんなやり取りを見ていた人形は笑っていた。女神官は知らないだろうが人形はずっと狩人の世話をしてきたがその狩人がここまで口を開いたのは久しぶりだったのだ。最初こそ色々と会話をしたものの
「お二人はとても仲がよろしいのですね」
「「どこがだ(ですか!?)」」
まったく同じタイミングで言い放った二人を見てまたも人形はクスりと笑う。これも一夜の一時の出来事に過ぎないがそれが狩人の少しばかりの癒しになれば良いなと思ったのだ。
「・・・まぁいい。これだけ元気が有り余っているなら出発しても良さそうだな」
「あ、そう言えばここからどうやって出るんですか?見たところ出口らしきところは・・・」
「確かこっちの方に・・・あれだ」
狩人は離れたところにある墓石に近寄っていくとその前にしゃがみこんだ。白い丸薬と血生臭い・・・もとい鎮静剤を鞄に押し込むと狩人の後ろをついて行く。
「ここに来る前の事は覚えているな?同じように手を翳せ」
「・・・はい」
女神官が手を翳すと前と同じように再び意識が薄れ始め今度は先ほどと違ってすぐにその意識は落ちその姿を消した。狩人もそれに続いて手を翳し同じように消える。二人が「目覚め」たのを見届けると人形は普段とは少し違う言葉ですでにいない二人を送り出した。
「いってらっしゃい。狩人様。小さな神官様。あなた方の目覚めが有意なものでありますように」
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「う・・・ぅん・・・」
「起きたか」
意識がハッキリせずまどろんでいた女神官であったが狩人の言葉で目をこすりながらも開けた。周先ほどと同じでギルドの広間で目覚めたようだった。相変わらず周囲は暗く窓からは月明かりが差し込んでいるくらいで・・・あとは前は気にしている余裕が無かったがこの建物内も人の死体で溢れている事だった。狩人はと言うと女神官のいる灯りの近くに胡座をかいて座っており月明かりに照らされて微かに青い瞳が此方を見つめていた。
(一応待っていてくれたんですね)
そんな事を思ったが口には出さなかった。おそらく口にすれば「置いていっても良かったのか」等と言われるだろうと簡単に想像出来たからだった。まだそんなに長い時間を一緒にいたわけではないがそれでもこのくらいは分かるようになった。
「お前が寝ている間に周囲を探索してみたがここの受付の奥に鍵があった。番号からおそらくは部屋の鍵なのだろうが一つだけ無い鍵があった」
「その鍵は・・・?」
「あそこの鍵だ」
狩人が指差した方向を見ると丁度裏口にあたる場所の扉だった。だが何やら扉の周りに白い霧のような物が見える。明らかに異様な雰囲気を放っているのがすぐに分かる。
「あそこだけ明らかに変、ですね。霧のような物も掛かっていますし・・・」
「ああ。あの奥に何かいるのは間違いない。鍵を持ち去った奴がいるのか一先ずこの建物を探る。やばいと思ったら銃を抜けるようにはしておけ」
その言葉に女神官は頷くと周囲の倒れ伏す人々を一瞥して両手を合わせて祈った。
「お優しい事だ」
「せめて、このくらいはしてあげたいんです。・・・私もこうなっていたかもしれませんから・・・」
「気休めにはなるだろうさ。だがこいつらの最大の幸運は人のまま死ねたことだ。・・・外の連中のように正気を失って化物になって殺し合うよりかは・・・遥かにマシだ」
そういった狩人の言葉には悔しさのような後悔の念が篭ったような感じがした。だがその事を聞く事は今の女神官には出来なかった。そして女神官は今の言葉で狩人に対する印象で一つだけ分かった事があった。狩人は確かにまともではないのかもしれないが決して悪人ではないということだ。まともではないが。
『守り、癒し、救え』
今の自分では誰かを守る事は出来ないし、救う事も難しいだろう。彼女にできるのは目に見える傷を癒す事だけだ。それでも・・・
それでも、こんな自分でも何か出来るはずだと。
自分は目の前の彼に助けられたのだ。ならば今度は自分がその恩を返すべきだ。
「そろそろ行くぞ」
「・・・はい」
どうしてかその背中は少し悲しげに見えた。
そうして歩き出してすぐ――
「ra~♪ra~~♪ra~rara~~♪」
「声・・・?」
「・・・この歌・・・」
少女の青リボン
とある神を信仰する心優しい少女が身につけていたリボン
鮮やかな青い色をしたリボンは可憐な美しい少女にこそ映えるものだろう
女神官ちゃん人形ちゃんとお話。
あれ?