狩人は四方世界の夢を見る   作:赤い月の魔物

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ああ…ああ…聞こえてきたわ、あの音が。私を導く声が





6話 狂声

「・・・この歌・・・」

 

階段を上がり上の階層に行こうとした矢先に微かに聞こえた声は二人の耳に確かに入った。それによって狩人の足が止まり何事かと女神官も顔色を伺う。マスクで隠れて相変わらず表情は読みにくいがその目は細まり険しい表情になっていることが伺える。

 

「なんでしょうこの声・・・歌なのですか?」

 

「・・・良いか。鎮静剤をすぐ飲めるようにしておけ。なんなら松明の変わりに握り締めていても構わない」

 

「え、それって・・・」

 

「何度も言うがこの世には見ては行けないものがある。・・・いやこの場合は『いる』か」

 

「それとさっきの歌に何か関係が?」

 

「『奴』の場合は特にタチが悪い。常に耳を澄ませろ。あの声が大きく聞こえるようになったらとにかくどこか身を隠せる場所を探せ」

 

早口で捲し立てる狩人を見て女神官は杖を握る手に力を入れ気を引き締めた。

 

「よし―行くぞ」

 

深呼吸した狩人がそう言って歩き出すのに合わせて後ろをついて行く。・・・先ほどの声が聞こえなくなった。遠くへ行ったのだろうか?

 

「・・・聞こえなくなりましたね」

 

「聞こえなくなっている時が一番危ない。・・・どこにいるか分からないんだからな」

 

・・・ギルドの二階廊下を歩くが道端に冒険者らしき死体が倒れているばかりで何も見つからない。しかし冒険者ギルドの中でもベテランの冒険者でも・・・あの獣達には勝てなかったのだろうか?その疑問を女神官は狩人に聞いた。

 

「この人達は・・・その、獣に勝てなかったんでしょうか。こんなに沢山いたのに・・・」

 

そう言うと狩人は周囲を見渡してから手近にある死体の前にしゃがみ込むと何かをしているようだった。

 

「勝てなくは無いかもしれん。獣とて生き物だ。血を流させたり首を飛ばせば殺せるわけだしな。だが・・・この死体を見てみろ」

 

「?何か・・・」

 

言われるがままに死体を見てみる。特におかしなところは見当たらない・・・と思いきやマジマジと見続けると違和感があることに気付く。体のそこかしこが血で汚れているにも関わらず不思議な事に外傷が見当たらない。衣服はどこも切り裂かれたりしておらず肌に傷があるわけでもない。その代わりなのか目に鼻や口、耳といった場所から血が噴き出したような跡があった。

 

「この人・・・傷がない・・・?」

 

「『奴』を見たんだろう。そしてそれが脳の限界を超えて発狂した」

 

「そんな・・・どうしようもないんですか?見るだけでその、狂ってしまうなんて・・・」

 

「如何に屈強な戦士だとしても超常ならざる力の前には何も出来ん。『奴』を見て自ら発狂したのか『奴』の視界に入ってしまったのかは不明だが・・・」

 

「え?・・・待ってください。見られても駄目なんですか!?」

 

狩人から何気なく告げられた言葉に顔を青くする女神官。それでは本当にどうしようもないではないか。この銃だって視界が塞がってしまえば狙いをつけることもできないのだ。

 

「というか本来なら見られるのが不味い。俺もどういう理屈か知らんが奴らに見られていると身体の内側から傷を負う」

 

「そ、それじゃあどうすることも出来ないじゃないですか!出会ったら逃げるしかないんじゃ・・・あっ」

 

そこまで言って女神官は狩人が言っていた事を思い出した。この世に見てはいけないものがあると自分達が到底叶わない存在が身近にいることに恐怖し体が震える。

 

「一応対処出来ない訳じゃない。『奴』に見られてもすぐに傷を負うわけじゃないし殺られる前に殺れば奴の視線も効果を無くす。問題なのは見た人間自身の問題だ」

 

「狩人さんは・・・その、大丈夫なんですか?見ても・・・」

 

不安げな表情で女神官が狩人に尋ねた。もし狩人が発狂して襲いかかってこようものなら・・・そうでなくても彼がここまで警戒するのだから相当な強敵であることが伺える。自らよりも遥かに大きい人狼(罹患者の獣)を容易く狩っていたのに今回の敵にはこうまで念入りに警戒するあたりかなり厄介であるようだった。

 

()()()()()()()()からな。だが奴から見られるのは話が別だ。長時間見られると普通に死ねる」

 

言外に大丈夫という狩人の言葉に女神官は違和感を感じた。・・・死ねる?それではまるで何度か死んだような言い方ではないか。それにそれを飽きるくらい見たというのはどういうことなのだろうか?仮に死んだなら目の前にいる狩人は何なのか?

 

「―っ」

 

そこまで考えて女神官はふるふると頭を振った。聞きたい事は沢山あるが一先ず置いておいておくことにした。目の前の変な狩人についてはいずれ聞くことにしよう。忘れていなければ、の話だけども。

 

「行くぞ。警戒は常に怠るな。気を抜いていいのは安全な場所だけだ」

 

「はいっ・・・!」

 

そうして再び部屋を片っ端から鍵を使って開けていく狩人。部屋の中はもぬけの殻だったり、先ほど同じような死体があったり時には中に人狼(罹患者の獣)がいたりしたがそれらは狩人が扉を開けるなり飛び込んで狩っていった。何度か銃を放って姿勢が崩れたところにあの内蔵を引きちぎるようなことをやっていたがすでに吐かなくなったあたり女神官は大したものだろう。決して良い気分にはならないが。

 

「ここもハズレか・・・次で二階の部屋は見終わる。次は―」

 

そこまで言い切ったあたりで狩人が言葉を発するのを止めた。何かあったのかと女神官も首を傾げるがその答えはすぐにやってきた。

 

ra―ra―rara―ra―♪」

 

「!隠れろ!場所が無いなら目を閉じろ!」

 

「え?え!?あの!」

 

しかし狩人が部屋を飛び出すのに釣られて女神官は()()()()()()()()()()。そして狩人が走った先にあるものを―彼女は()()()()()()()()

 

ra―ra―rara―ra―

 

無機質で言葉にするには難しい声を発していたのは・・・この世のものとは思えない者だった。全身から漂う血と臓物の匂いと返り血なのか赤黒く染まった服。そしてミイラと見まごうばかりのやせ細った身体。腕もここまでに見た群衆達と同じように不自然なくらい長くその腕はだらりと垂れ下がっている。そして何よりも最も目を引いたのは頭部が()()()()()()()場所だ。それはグネグネと蠢く―いくつもの目玉がついた巨大な脳味噌だった。その下には更に元ある腕より長い腕がついていたがそんな物よりもその頭部に目がいくだろう。

 

体が動かない―いや動けない。あれは―あれはあってはならないモノだ。あんなモノがこの世に存在していいはずがない。そこには生物の垣根を超えた冒涜的な存在が唯々在った。声が出ない。出せるわけもない。喉がつまり、息が詰まり、脳が理解することを拒んで体の震えが留まらずにひたすら警報を発している。今すぐに目を離さなければならないのに女神官にはそれが出来なかった。

 

「あ、あ、あぁ、あ・・・!」

 

「チッ・・・!」

 

狩人が走り出しその化物へ距離を詰める。見るに堪えない冒涜的な存在を前にして彼は臆することなく立ち向かう。女神官の方を見ていたせいで反応が僅かに遅れたが頭部から生えた長い腕で近寄ってきた獲物へと掴みかかるが狩人はそれをすり抜けるように躱すと鉈を変形させ醜悪な頭部目掛けて振り下ろした。

 

Gyaaaaaaaaa――――!!」

 

この世のモノと思えない声を出しながら化物は後ろへと崩れ落ちるように倒れ、霧のように消えた。その一部始終を見ていた女神官だったが今の彼女には頭に入ってこなかった。地面に座り込み身体を小刻みに震わせ瞳孔を大きく開き明らかに今見たモノに対する()()を感じていたからだ。

 

「早く飲め!」

 

「ひ・・・いや・・・あぁ・・・ぁ・・・!」

 

しかし女神官に言葉が届いていないのか彼女は怯えた表情で杖を握り締めながら掠れた声を上げるだけで一向に動く様子がない。それを見た狩人は自身の懐から鎮静剤を取り出すと彼女の頭を掴んで無理やり飲ませた。・・・濃厚な血の香りが広がっていきそれに伴い彼女の瞳にも理性の光が戻って―同時に大きくむせた。

 

「んぐ・・・!?ゲホッ!・・・うぇ・・・」

 

「隠れるか目を閉じろと言っただろう。何をやっているんだ」

 

「ぅ・・・ぐ・・・ごめんなさい・・・あの・・・さっきのが・・・?」

 

「ああ、そうだ。だがあまり思い出すな。勝手に気が触れられても困る」

 

そう言いながら狩人も鎮静剤を飲んでいた。先の化物の血や強引に口に流し込まれた鎮静剤で吐き気を催しながらも女神官は立ち上がった。・・・彼が飲ませなければ自分もここまでに見た人達のように全身から血を噴き出していたのだろうかと思うとぞっとする。短時間、それもほんの僅かに見ただけであれだったのだ。直に間近で見てしまった人達がどうなったかなど考えたくもなかった。・・・だんだんと落ち着いてきたがそれに伴い口内から感じる血の匂いで気分が悪くなった。

 

「ぅぷ・・・」

 

「一度戻るか?」

 

「いえ・・・大丈夫、です・・・」

 

「無理はするなよ」

 

相変わらず遠慮のない無愛想な言葉遣いで言い放つがその言葉には微かに・・・本当に微かだがこちらに対する気遣いが感じられた。気のせいかもしれないが。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

危なかった。先の状況を端的に表すならこの一言に尽きるだろう。彼女は気づいていないようだったが彼女の方へ振り返った際に体からは奴等に見られたときに生じる血の槍のような物が突き出ていた。あれは数本なら痛みを感じる事もないが何本も突き出ると急激に痛みを伴い傷を負う。まぁそれ以上に彼女が発狂しなかった事の方が驚きではあった。まぁまだ彼女は啓蒙が低いのだろう。そうでなければ聖職者といった人間はすぐに発狂する。無駄に頭がいいのも考えものだ。

 

二階の最後の部屋を手分けして探索している傍ら少女を見る。華奢な体躯。およそ血に塗れる戦いなど経験したことのなさそうな白い神官服。所々が血で汚れても尚輝きを放つ金色の髪。最初に見たときは付いてきたところですぐに心折れるか音を上げるだろうと思っていたのだが教養もあったようで精神的にも強かった。普通親しい人間全員の死体など見ようものならその時点で心折れ発狂してもおかしくはない。しかしこの少女は立ち上がった。前を向いてこの悪夢の中を生き残ろうとしている。ふと視線に気づいたのか少女がこちらを向いて小首を傾げている。

 

「あの・・・どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

少女が顔を元の方へ戻すと狩人は窓の外を見た。空には赤い月が浮かび禍々しい雰囲気を晒し出している。そして嘗ては人が賑わい活気のあったであろう美しい街並みも正気を失った群衆と獣で溢れ、家屋には何匹もの大小様々な上位者の眷属(アメンドーズ)達が張り付いていた。連中も数え切れないくらい狩ったが実に弱い奴等だった。そこらをうろつく発狂脳味噌(ほおずき)の方が遥かに厄介だ。何度奴等に喰われ夢を見たか。酷いときは奴等がいないにも関わらず目覚めた瞬間に体から血が噴き出したものだ。

 

今のところ(ほおずき)の声は聞こえてこない。・・・だが自分には微かにしかしハッキリと()()()()()()()が聞こえていた。

 

いるのだ。ここにも悪夢の元凶とも言える赤子が。かの悪夢の赤子(メルゴー)が何らかの理由で復活したのか、新たな赤子なのかは分からないが自身はそれを狩らねばならない。この悪夢が何故生まれたのか、などと考えるのは二の次だ。

 

己は狩人だ。狩人はただ獣を狩り・・・上位者(ナメクジども)を狩り・・・悪夢を終わらせるのだ。

 

さもなければ夜明けは訪れない。嘗ての夜(青ざめた血の夜)と同じように。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

(狩人さん・・・?)

 

先ほど視線を感じ振り返って何かあるかと聞いてみれば即座になんでもないと言われ再び部屋の探索をするが何もなさそうと思い狩人に声を掛けてみようとすると狩人は窓の外をじっと眺めていた。それに釣られるように女神官も窓の外へ視線を向けるが月明かりで照らされた街並み以外特に何かがあるわけでもなかった。

 

(狩人さんには・・・何が見えているんでしょう・・・?)

 

少し前に狩人が話していたが彼には自分に見えない何かが見えているようで度々言葉の端にそれを感じさせるのだがその事に対して聞いても「知らない方がいい」と言葉を濁されてしまうばかり。まぁつい先程まで気が触れそうになって(発狂しかけて)しまったのだが・・・

 

狩人は多くを語らない。こちらの身を案じてのことなのだろうがそれでも気になってしまうものだ。

 

(いつか、話してくれるのでしょうか・・・?)

 

そんな事を考えていると狩人が此方に視線を戻し声を掛けた。

 

「次に行くぞ。三階だ」

 

「!はいっ」

 

そう言って部屋を後にする狩人に続いて自分も部屋を後にした。今は前に進む他ない。過ぎたものはもう帰ってはこないのだから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

voeeeeeee...

 

 

 

 

 

 

 

 




ここではギリ発狂しなかった女神官ちゃん。良かったね!

尚啓蒙は高まった模様。<●>
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