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「逃げなくてもいいんじゃないかの?」
「いえ、逃げ、ます!」
全力ダッシュ中に平然と声を掛けてくるトーポさんに全力で意思表示。後ろから『まってー』とばかりにポテポテ、トテトテ追いかけてくるキノコと狐に顏が引き攣っているのが見てわからないのかとばかりに、全力表示。
たぶん、おそらくだが、反応的に『魔物使い』なのだと思う。思うのだが、魔物使いは一度戦って起き上がるところから仲間になるかならないか決まるのではなかったか? しかもこんな風に追いかけてくるとか無いのではないか? この際、そんな疑問はどうでもいいが、とにかく追いかけてこないで欲しい。『いいえ』ならば大人しく立去って……
「どうした?」
急に足を止めた私に、トーポさんも足を止めてくれた。
「トーポさん。対話を試みてみますので、サポートをお願いします」
「対話?」
そう、対話だ。完全に失念していたが、魔物が仲間になる場合は倒した後に起き上がってきて仲間になりたそうにしているというような表示が出て『はい』を選択すると仲間になる。『いいえ』を選択すると大人しく帰っていくのだ。つまり、対話出来る可能性がある!
追いついたキノコと狐と対峙し、私は息を吸った。
「申し訳ありませんが、私にはあなたがたを養う力が無いのでついてこられては困ります。元居た住処に戻っていただけませんか?」
こちらに合わせて足を止めたキノコと狐はそろって首を傾げた。
「元居た場所。ねぐらです」
あっちだろ。と、来た方を指さすとキノコと狐はそちらを見て、また首を傾げた。
くそ。こいつらかしこさが高くないのか? いや諦めるな。かしこさがほとんど無い魔物でも『いいえ』を選択すれば帰ったではないか。
「ほら、あちらでしょう? 私についてきてもいい事なんてありません」
キノコと狐は私に近づくと、足元に蹲り丸まってしまった。
まぁわかってはいた。ゲームとこことは同じようであって同じではない。二者択一の選択肢で進む世界ではないのだから、こういう事にもなろうというものだ。
「……どうするかのぉ」
「どうするも何も放置するしかありませんね」
「お前さんはそれでいいのか?」
「魔物を連れて村には戻れません。エイトさんもさすがに驚くでしょう」
「そうじゃが……こんなに寛いでいる魔物を見るのは初めてでの……引き離すのはちと可哀そうかもしれんなと思うて」
丸まる魔物をしみじみと観察するトーポさん。
キノコの方はビジュアル的にきついが、狐の方はまぁ大丈夫だ。だけど魔物には変わりないので来てもらってはお互いに苦労する。
「一緒に居た方が可哀そうな事になります。人の反応を見る限り、魔物は排除するという対象に見られる事が多いようですから」
「……お前さんは魔物の事をどう思っているんじゃ?」
しゃがんで観察していたトーポさんが顔をこちらに向けた。
「魔物は魔物だと思っていますが……?」
「………なるほど」
それ以外に何があるのだろうと思っていると、納得された。
「あのヤンガスという者と同じか」
ヤンガスさんを引き合いに出されて、ようやく質問の意図に思い至った。
「そういう意味でしたか。……そうですね、何もされなければ特に敵対する相手ではないかな、と思っています」
怖いとは思うが殲滅しなければならない相手だとも思っていない。言って見れば野犬と同じようなものだ。
「何かしてきた時の対応は手厳しそうじゃな」
笑って言われ、私は大真面目に頷いた。
「命かかってますから」
「お前さんは単純明快だの」
ははは。それ、良く言われます。
「じゃあ帰りますか」
「ん?」
立ち上がったトーポさんに、せーので走ってもらうように言って懐からキメラの翼を取り出す。疑問顔だったトーポさんもキメラの翼を見て何をするのかわかったらしく、笑いながら付き合ってくれた。
魔物から一時的に離れたところで素早くキメラの翼を投げると、ふわりと身体が浮き上がり一瞬にしてリーザス村の入り口へと舞い戻った。トーポさんとしっかり手を繋いでいたので、まだましだったがかなり怖かった。地面に激突するんじゃないかと思った。
「………大丈夫か?」
「……すみません。ちょっと腰が抜けそうになって」
へたり込んでしまったが、完全に腰が抜けたわけではないのですぐに立ち上がる。あまりぐずぐずして休む時間を削るのも得策ではない。トーポさんはネズミ姿に戻り、私も宿に戻ってそっとベッドにもぐりこんだ。
寝るまで魔物の事についてどうエイトさんに話そうかといろいろ考えていたが、起きてみるとすっからかんのベッドが三つあり、またやってしまったと呻くはめになった。
「お連れさんはすぐに戻るから休んでいてくれって言ってたよ」
ちょっと早い昼食をいただきながら、おかみさんから言伝を承るが気分はどん底だ。三日ぐらいなら徹夜出来ると思っていたのに、こちらに来てからというもの全く自分の体力に自信が持てなくなった。
エイトさん達は何かの用事で外に出ているのだろうが、大丈夫だろうか……トーポさんが居るので大丈夫だと思うが、魔物がわんさか出てたりしないだろうか?
「おかみさん、お風呂ってありますか?」
「あるにはあるけど水を汲むのが大変でねぇ」
別料金になると言われたので、設備だけ貸してもらえないかと聞いたら割安で貸してもらえる事になった。宿とは違う小屋のような建物がそれで、十日に一度ぐらいの割合で村全員が共同で使用しているらしい。見たら結構大きいので、そりゃ水を汲むのは大変だなと納得した。おかみさんが本当に一人で大丈夫かと聞いてくるのでもちろんと頷く。薪もそう要らないと言えばますます心配そうな顔をされてしまったが、こちらには秘策がある。ただのメラとヒャドだけど。
お風呂のタイプはお湯を沸かす釜と風呂桶が別になっているもので、沸かしたお湯を水を張った風呂桶に入れて調整する仕組みとなっている。とりあえず、釜の方を水で一杯にして、風呂桶の方は四分の一ぐらいの水を入れておく。
あとは釜の下でメラを持続させる。『メラ』というキーワードを言わなければ炎を滞留させる事が可能なので薪要らず。最初は炎の温度が低くて時間が掛かりアミダさんに無駄の一言を突き付けられたが、高温にする術を身に着けてからはため息交じりに黙認されるまでに至った。
釜を傷つけないよう温度に気を付けながらそうしているとぐつぐつと沸いてきたので風呂桶の方に流しながらヒャドで氷という名の水を追加してどんどこお湯を作っては風呂桶に流すを繰り返す。確実に風呂桶の方は人が入れる温度では無いがそれでいい。一時間程そうして風呂桶の方に回って見ると予想通り湯気がもうもうと立ち上っていた。よしよしと一人頷き熱そうな湯にさらにヒャドで細かな氷を落す。こちらも最初は大きな氷の塊になってしまい、粗熱を取る材料としては大き過ぎるので手で砕いていた。それが面倒になって最初から細かい氷は作れないのかと試行錯誤を繰り返す内に構築陣のある部分を変えれば調整出来る事に気付いた。今ではグラスに入れるサイズから樽のサイズまで自由自在だ。
「あ、お前こんなとこで何やってんだ?」
もう少しお湯が要るかなと思って釜の前で炎を出していると、昨日突っかかってきたバイキング頭のわんぱく坊主が後ろに居た。
「お風呂を沸かしてるの」
「風呂? 何で?」
「みんなで入ろうと思って」
「はあ? あ、お前それ魔法でやってんのか?」
「あぁうん。薪要らずだからいいでしょ~」
経済的だとアピールしたら、何故か呆れ顔をされた。
「お前馬鹿だろ。そんな事してたらすぐにまりょくが無くなるぞ。ゼシカ姉ちゃんだってメラを十回ぐらい使ったらきついって言ってたんだ」
「………」
そういえばこの状態って、魔力の消費どうなっているんだろ?
魔法を使う時の要領で無意識にやってたからよくわからない。……たぶん消費されてる? けどあの時みたいに倒れた事なんて無いしな……
「お前が魔法使いなら一緒に行ってもらえば良かった」
「ん?」
「ゼシカ姉ちゃんが一人で塔に行っちゃったんだよ! それであの兄ちゃんを塔に連れていったんだけど魔物が多くて……」
「え……」
ちょ……ちょっと待て。その『ゼシカ姉ちゃん』とやらは、魔物が活発になっているところを一人で行かれたと申すのか?
「うわっ! きゅ、急に立ち上がるなよ! びっくりするだろ!」
「少年、塔はどこに?」
「はあ? 行ってもお前には開けられないぞ」
「開かなければ開ければいいんだ」
「はあ!? お前何言ってんだよ!」
「『ゼシカ姉ちゃん』が心配だからエイトさんに見て来て欲しいって言ったんでしょ?」
「そ、そうだけど!」
「魔物が多かったんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ塔の場所を教えて?」
「……あっちの方角だよ……俺が連れてってやるよ」
「それはしなくていい」
「なんでだよ! 扉が開けられないって言っただろ!?」
「開かなければ開ければいいと言ったでしょ? 大丈夫。開けられない扉なんて無いから」
微笑んで言ったら、わんぱく坊主は押し黙った。
「悪いけど、釜を見ててくれる? 沸騰してるから誰かが怪我しないように」
「え……わ、わかったよ」
よしよしと頭を撫でて踵を返す。
走りながらピオリムを重ね掛けして速度を増す。王も姫様も姿が見えなかった。だから全員で行ったのだと思う。でも向かった先が塔だと姫様は入れない。馬車も外に置く事になる。エイトさんとヤンガスさんのどちらか残ったとしても守りながら戦うというのは大変だろう。『ゼシカ姉ちゃん』の方は一人。どちらも危ない。
スカラで体力増えないだろうかと片っ端から支援魔法を使いながら塔まで走りとおすと、入口のところに姫様と王、ヤンガスさんの姿が見えた。