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「どうしたんです?」
「いえ、ちょっと推測が外れたかなって」
一人でお金を得る手段があるのなら、職が見つからなくても当面は食べていけるだろう。年齢による衰えが出ればその限りではないが、ここの人達は老後の事とか先の事をあまり計画しない。日々の暮らしこそが重要で、未来に焦点があたる事は稀だ。ヤンガスさんもその例に洩れないだろう。
では何故行動を共にするのか。年下のエイトさんを立てようとするのか。
王に対する態度からして王を本気で王だと思ってはいない。姫様に関しても馬姫だとかふざけた事を言っているので同様。王族をネタに何かするという考えはまず無いだろう。
……まさか本気でエイトさんを兄貴分として見ているのだろうか。いくら何でもそれは年齢差がありすぎるような気が……それに男としてのプライドとかどうなるのだろう……?
「陛下に声を掛けてきますから先に食堂へ行っててください。もう夕食は用意出来るみたいですから」
悩んでも答が出る類の問題ではない。エイトさんには先に食堂へいってもらい、部屋で地図とにらめっこしていた王に声をかけて早めの夕食にする。
王に食事をしながら今後の予定を伝えると、こちらも私が乗船する事についてあっさりと許可を貰う事が出来た。どうやら私のやりたい事は尊重される風向きのようだ。数日前には休めと怒られたばかりなので、この変わり身の早さは有り難いが理由を考えると単純なのも上に立つ者としてはどうなんだろうと微妙な気分になる。
まぁトロデーン自体国土はあるが、支配階級の人間はそれ程多い様子ではなかったし王家に対する民の信頼も厚かった。どこかの物語に出て来そうな陰湿陰険な派閥権力争いとは縁遠いだろう。狸になる必要が無いのだから単純でもいいわけだ。
食事を終えてさっさと眠りにつくと早く寝たおかげか日が昇る前に目が覚めた。おかげで洗濯をする余裕まであった。そんなに着替えを持ってきているわけではないので、こまめに洗っておかないとすぐにストックが切れるのは地味に辛い。
干すところが無かったので馬車の中に紐を通してそこに掛けておき、宿に戻るとエイトさんと眠そうなヤンガスさんが宿の人から何かを受け取っていた。
「おはようございます。どうしたんです、それ」
近づいて指さすとエイトさんは紙包みの中を見せてくれた。中はトラペッタの町で貰ったのと同じようなサンドイッチだ。
「あの子が頼んでくれてたみたいです」
なるほど。しっかり食べてしっかり働けという事か。
それじゃあ行きますかと三人で船着き場へと向かうと既にゼシカさんは乗船しており、早く早くと手招いている。苦笑しながら乗船して船員の邪魔にならないよう船先の隅っこで待機。ゼシカさんはまだ諦めていないのか船員と交渉しているようだ。私達が危なくなったら出ると言って困らせている。
次善策を考える姿勢は賛成だが、話の持っていきかたが直球過ぎてもったいない。正面から攻めずに相手が言い逃れ出来る道を示せば割とあっさり黙認されるだろう。
ただ、良くも悪くも若者らしいエネルギッシュな姿は見ていてこそばゆいような、応援したくなるような、そんな気分にさせられる。
サンドイッチを頬張りつつ心の中だけでこっそり応援していると、出航合図であろう銅鑼の音が鳴り響きゆっくりと船が動き始めた。
大きな船だからそこまで揺れは感じないが、潮風に懐かしくなる。船に乗ったのは修学旅行以来だろうか。
「リツさんは船に乗った事があるんですか?」
サンドイッチを食べ終えて潮風に目を眇めているとエイトさんに聞かれた。
「昔一度だけ。エイトさんは?」
「小船はあるんですけど、ここまで大きいのは初めてです。あんまり揺れないんですね」
「船体が大きいほど波に影響されませんからね。ヤンガスさんも平気そうですけど、乗ったことはあるんですか?」
「あっしは南からこの船に乗って来たでがすよ」
「そうだったんですか」
「リツ嬢さんも船でこっちに来たんでげすか?」
「いえ。船は観光の一環として乗っただけです」
「観光? やっぱりいいとこのお嬢さんだったんでがすか」
「そうかもしれませんね」
旅行にも行ったし、お小遣いで遊んだりしたし。ここではそこまでなかなか出来ない。環境的な違いだろうけど、十分甘やかしてもらった事は事実だ。
「そういえばアミダさんが手が綺麗だって言ってました」
思い出したようにエイトさんが言い、そういう事もあったなと手を見る。来たときにくらべればちょっとかさついているが、あかぎれとかはしていない。アミダさんが使えとくれた軟膏のおかげだ。最初はこき使ってやるとか言っていたが、何だかんだいいながら心配してくれるのだからほんとツンデレだ。
「トロデーンに来る前はこれでも一人暮らしをしていたんですよ? 掃除も洗濯も食事も、ちゃんとしてましたから」
「一人?」
「家族はいないんでげすか?」
「いますけど、仕事の都合で離れていたんです」
「仕事ってーと、どんな事でげす?」
どんな……んー…難しいな……
「ここで言うと、魔法の開発でしょうか?」
一ヶ月の研修で自社システムを作って、その後はどんどん上流の仕事を経験させてもらって、こっちに来た時は人手が足りないプロジェクトに追加投入されたところだった。だから深夜に帰る事になって、暗がりで側溝の溝に気付かなくて……やめよう。
「魔法の開発?」
「魔法とは違いますけど、魔法の構築陣と同じようなものを作っていたんです。あれって法則性があって、それに従って効果が決まってるじゃないですか。同じように一定の法則の下に効果を決めた言語を使って魔法みたいなものを作っていたんです」
「ふーん……ちょっとアッシには難しいでげすが、リツ嬢さんはすごいって事だけはわかったでげす」
いやいや、判ってないって。私程度は全くすごくない。開発に特化した先輩とか恐ろしい指の動きをしているし、話してる内容の意味が半分もわからない。
「もしかして……あのメラのサイズって変えてるんですか?」
「まぁ。さすがに竈に火をつけるには普通に出したら大きすぎるので。一度やってアミダさんに怒られて懲りました」
取り留めもない話をしていると近くにいた船員が何かに気づいた様子で船縁から離れるように後ずさった。
何だろうと海を覗いた瞬間、巨大な触手が突き出たかと思うとイカっぽい軟体動物が海面を割って現れた。そのイカのようなフォルムに嫌な汗が流れる。これが『だいおうイカ』か? ぶっちゃけドラクエのドット絵にかけらも似ていない。バイオとかダクソと言われた方がまだ納得出来る。まずいと思ってもその生っぽい質感、威圧感に本能的に身体が強張って距離を取ることも出来ない。こんな体験は初だ。体験したくなかった。
「気にいらねえなあ。気にいらねえ。まったく気にいらねえ。いつもいつも断りなくこのオセアーノン様の頭上を通りやがって。
なあおい。まったくニンゲンってやつは躾がなってねえと思わねえか?
ああ思う思う! 前から思ってた!!」
いきなり触手を使ってプチ劇場を始めた『だいおうイカ』改め自称『オセアーノン』。その間に足を叩いて竦みを無理やり消し、エイトさんとヤンガスさんにスカラとバイキルトをかける。
「そんじゃまあ海に生きる者を代表してこのオレ様がニンゲン喰っちまうか?
ああ喰っちまえ!! 喰っちまえ!」
喋った事に突っ込む暇もなくオセアーノンとやらはその巨体を船先に乗り上げてきた。
船員退避――と、叫ぶ前にみなさん後方にダッシュされていた。一歩遅れて私も全力ダッシュ。だが途中で船が傾いているのに気づいた。振り返ってデカ物をみる。そして退避した人をみる。重量を比べると魔物に軍配が上がっているのは明白だ。
エイトさん達は薙ぎ払うように振り回される触手をかわしたり受け流している。全くやり合えないという様子ではない。よくもまあ不規則に動く触手をかわせるものだと思うが、気になるのは傾きに足を取られそうになっている点。
「ゼシカさん、ヒャド系使えますか?」
船員に引っ張られて後方に下がっていたゼシカさんに駆け寄り聞くと、彼女は首を横に振った。
「メラは使えるんだけど」
ならば一人でやるしかない。船縁からサイズと狙いを調整したヒャドを連呼。船に傷を与えないように氷の塊を張りつかせる。
「おいおい何やってんだ嬢ちゃん、狙うならあっちだぞ」
「しっかりしてよ!」
いきなり海に向かってヒャドを連発したので船員にもゼシカさんにも頭がおかしくなったのかと思われたようだ。だがある程度の大きさにしないと溶けて浮力にはならない。説明する間も惜しいのでひたすらヒャドを口にしているが、なかなか思ったように氷ができない。後ろからはやいのやいのと言われるし。
ちょっといらっとして構築陣のバランス無視してサイズと温度を最大限にして投下した。青い魔力光が海面に触れるや否や小船サイズの氷塊が出現して周囲の海水まで凍らし始めたので、これ幸いと同じ要領で投下しまくったら何とか浮上してきた。片側だけやると余計にバランスが悪いので反対側も急いで浮かす。
「………」
「………」
よし。これであのでかぶつがしがみついたままでも何とかなるだろう。ついでにこれ以上乗り上げて来ないように船縁から身を乗り出して海中にある足に狙いを定め氷漬けにしていく。狙いを重視するせいで温度は先ほどより甘いが、それでも氷に封じる事が出来た。
あとはエイトさん達の支援だ。時々火炎を吐いてくるのでフバーハを追加して、船が燃えそうになったら極小ヒャドで消す。かなり後方からちまちまと。
正直、この場から先は触手が伸びてきそうで近づきたくない。怖すぎる。
へっぴり腰の私とは完全に真逆のヤンガスさんは大木槌で足を叩き、エイトさんも目らしきところを重点的にブーメランで狙っている。意外とエイトさんがえぐい。戦略的に目を潰すのは有効だと理解してはいるが。しかし絵面的に、えぐい。
最初はだいおうイカかと焦ったが、これなら下手に後ろからメラミを飛ばすよりはこのまま船の破損を最小限にとどめていた方が無難だろう。
ほどなくしてオセアーノンはヤンガスさんの大木槌に顔面と思われるところを強打され、ひっくりかえるように海に落ちた。
盛大な水飛沫が上がったが、まだまだ油断はならないと警戒したままエイトさんが様子を窺っている。こっちも緊張したまま見守っていると、エイトさんはやおら振り返り微妙な顔で私を見てきた。
「あれって、リツさんが?」
大きな声で言いながら海面を指差すエイトさん。
エイトさんが警戒を解いたので駆け寄って見ると、指差した先には触手四本以外を氷漬けにされてぷかぷか浮いているオセアーノンの姿があった。姿勢を保とうにも氷の浮力が邪魔で起き上がれず、じたばたもがいているようにも見える。
「……海の魔物って窒息するんでしょうか」
顔と思われるところが下なので。
「リツ嬢さん……」
ヤンガスさん、言わなくてもわかっている。海の魔物が水中で窒息するわけが無い。あれ? でもそうすると水中から出ると逆に息が出来なかったりしないのだろうか? そんな様子は見られなかったが……魔物の生態はよくわからない。
「とりあえずあの氷なんとか出来ますか?」
「出来ますけど……また襲ってきません?」
「そうかもしれませんが、このままだとどうにもできないので」
「あ、じゃあ威力のある魔法を……使ったら港に波がいくかもしれないか。だったらメラを連発しましょう」
それなら安全だ。
「リツ嬢さん……一応確認しやすが、相手は身動き取れないようなんでげすが……」
「はい。あれならしっかり当てられる自信があります」
さすがにあの漂流物なら狙い重視ではなく、最大火力のメラを叩きこめるだろう。
「………リツさんって意外と好戦的ですね」
若干エイトさんに引かれた。
何故だ。襲われたのだから防衛するのは当たり前じゃないか。あれがまた起き上がって襲ってきたらどうするんだ? 海に引きずり込まれるとかされたらアウトじゃないのか?
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
いきなり割り込んできた声にさっと緊張が走った。
声の主はオセアーノン。そちらを見たら、うつ伏せから仰向けになってもまだもがいている姿があった。
「テアーに手を出したのは悪かったですけど、コレ、ワタシのせいじゃないんですよ。いやいやホントですって! だからこれ、何とかしてください! お願いしますよ!」
うねうねじたばたしながら言うオセアーノン。
………エイトさん、ヤンガスさん、わかったから。そんないじめっ子を見るような目で見ないでください。
しぶしぶ、氷をメラで溶かすとオセアーノンはのっそりと上体を起こした。
「はあ~助かった。いやーお強いですね。いえね、これはいいわけじゃないんですけどね、ワタシのせいじゃないんです。そうそう! アイツのせいなんです! こないだ道化師みたいな野郎が海の上をスイスイと歩いてましてね。ニンゲンのくせに海の上を歩くなんてナマイキなやつだと思って睨んだら睨み返されまして。それ以来ワタシ、身も心もやつに乗っ取られちゃったんですねえ。船を襲ったのもそのせいなんですよ。てなわけで悪いのはワタシじゃなくてあの道化師野郎なんですが、これはほんのお詫びの気持ちです。海の底に落ちてた物で恐縮ですが……」
いきなりノンストップでしゃべりだしたオセアーノンにポカンとする面々。と、私。
そして私の前に触手が差し出され、それに視線が集まる。次いで私に視線が刺さる。
仕方ないのでびくびくしながら受け取ってみると、腕輪のようだ。
「それじゃワタシはこのへんで退散しますね。ではではみなさん、よい船旅をば~」
触手を振って海中に沈むオセアーノン。後には微妙な空気だけが残った。
「思ったより強いじゃない! 正直あんまり期待してなかったからちょっとビックリしたわ!」
どうしようもない雰囲気を打ち破ったのはゼシカさんだった。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はゼシカ。ゼシカ・アルバートよ。あなたたちはなんていうの?」
「アッシはヤンガスでがす。こっちはアッシの親分であるエイトの兄貴で、こっちは兄貴の知り合いのリツ嬢さんでげすよ」
一番に復帰したのはヤンガスさんだった。私とエイトさんはまださっきの軟体動物の勢いにのまれたままで頭がついていっていない。
「エイトにヤンガス、リツね? 魔物を倒してくれて改めてありがと! これでドルマゲスを追えるわ! じゃあいろいろ準備もあるし一度さっきの港町に戻りましょう。私、船を戻すように言ってくるわ」
うきうきと駆けていったゼシカさんは途中で急に止まると、くるりと振り返った。
「あ、そうだ。ねえねえエイトとヤンガス。塔での約束忘れてたわ。盗賊と間違えちゃったこと、ちゃんと謝らなきゃね」
そう言うと一歩後ろに下がり両手を前に交差させてから腕を引いた。
「すんませんしたーっ」
見事な押忍だ。彼女は武道家なのだろうか。完全に魔法使い系だと思っていたのだが。
「じゃ言ってくるね」
さらりと元の調子に戻って船員に駆け寄っていく姿に、人は見た目によらないんだなとしみじみしていたら肩を叩かれた。
「あの……」
控え目にエイトさんが海を指さしていた。
まだ何かいるのだろうかと一瞬緊張したが、指さした先にあったのは船に張り付いている氷の塊たち。
「………すいません。今溶かします」
忘れてた。