24
おろおろするヤンガスさんをエイトさんに任せて船の中に逃げる。いい大人が情けないが、あれ以上の言葉が思いつかなかった。
船の中に入ったところ、ちょうどエントランスのような広い空間に姫様が居た。確かに王の姿は見えない。
「陛下は――下ですか」
尋ねようとしたら姫様が下に続いている階段を見たのでなるほど下かと納得して荷台にまわる。洗濯物は影になっているせいで未だ半乾きといったところだ。ついでに保存食の状態を確認しておこうとあさっていると、何か違和感を覚えた。
「……釜?」
あの特徴的な釜が無い。王が持っているのだろうか? かなり大事そうにしていたから可能性は高いが……微妙に邪魔なんだよな、あれ。かさばるし。
「きれいな馬ですね」
時間があるので姫様の鬣を編みなおしていると居合わせた町人風の男性に声を掛けられた。
「ええ、そうですね」
「じっと見ているとなんだか気品すら感じます」
……何だこの人。馬が好きなのか? 馬泥棒とかじゃないよな? さすがに船の上でそんな真似は出来ないだろうけど……
「貴女の馬ですか?」
「いいえ。叔父様が大事にされている馬です」
「貴女にとても懐いていますね。毎日世話を?」
「世話という程の事は出来ていませんが、一緒には居ますから」
「それにしても見事だ……」
若干近づいた男性に姫様は僅かに後ずさった。
「すみません、あまり近づかないでもらえますか? 慣れた人でないと警戒します」
男性の前に腕を伸ばして邪魔をし、対面になるように男性に向き直り姫様を後ろにやる。
「あぁ……すいません。つい見とれてしまって」
頭を掻いて謝る男性にこちらも首を振る。ただの馬バカとか動物好きとか、そういう類なら全く持って問題はない。但し、近づくのだけは遠慮してもらう。フレンドリーな姫様だが、さすがに男性に近づかれるのは嫌だろう。現に私の後ろで固まっている気配がする。
「同じ船に乗ったのも何かの縁ですし、よければお名前を教えてもらってもいいですか? 私は港の宿で働いていましたサイリスです」
「はぁ……リツですが」
「リツさんとおっしゃるんですね。可愛らしい名前ですね」
まぁ女性名ではあるから大ざっぱにわけたらカッコイイというよりは可愛いという分類だとは思う。だがこの辺では聞かない名前じゃないんだろうか。
「ゼシカお嬢さまと一緒に居ましたけど、どういう関係なんです?」
「どういうと言われても……」
これから一緒に旅をする間柄ではあるが、具体的に言葉にするとなると適当なものが見当たらない。そもそも、この男性に話す事でも無い。
「ゼシカお嬢さまが親しげに同年の方と話されていたのが珍しかったものですから。唐突にすみません」
そういう事か。確かにゼシカさんは町娘と親しく話をしている様子は無かった。船、ドルマゲス、の二つしか見えていないような突進ぶりなのでその気が無いというよりは、そういう考えに至っていないと言った方が正しそうだ。
「いえいえ。少しだけ魔法を扱いますので、それで興味を持たれたようです」
「そういえば海の魔物を追い払った旅人がいると聞きましたが、リツさんがそうなんですか?」
「まさか。私は魔物を前に腰を抜かしている方の人間ですよ」
「はは、そうですよね。こんなに可憐な方が魔物と対峙するなんて事がある筈ないですね」
この男性、何が言いたいのだろう。一応、謙虚と義理と言う名のマナーで会話を行っているのだが、全く持ってニュアンスが通じてない気がする。
「どうしてまたリツさんみたいな方が旅をされているんです?」
「どうして、とは?」
「いえ深い意味はありませんが、危険な旅なんて似合わないなと思って」
そりゃ私だって貧弱な私がこの世界で旅をする事が大変だろうという事は理解している。エイトさんヤンガスさんと比べて足が遅いという自覚もある。
「恩返しの下準備のために、でしょうか。旅に向いていない自覚はありますけど、そうしたいと思ったので」
「何か、大変な理由があるんですね…」
男性は神妙な顔つきになって目を伏せた。
「よければ――うわっ!?」
一歩前に出て接近してきた男性を、それまで背後で固まっていた姫様が前に出て押しのけた。
「姫様?」
たたらを踏んだ男性はともかく、急に前に出た姫様に驚いて小声で声をかけると泣きそうな顔で姫様は私を見た。それからぶんぶん首を振って必死に何かを伝えたそうにするのだが、何を伝えたいのかがわからない。必死なのだけは理解できるのだが。
「どうされました? どこか具合が?」
尋ねるが首を振るばかり。終いには私の肩に顔を乗せて動かなくなってしまった。なんだかよくわからないが首を撫でながらホイミやらキアリーやらついでにキアリクをかける。『痛い』というサインは無いがこんなに取り乱す姫様は初めてなので動転していると見ていい。
「リツさん?」
後ろから声をかけられたが、振り向けない。声からしてエイトさんだと思うのだが。
「あなたは?」
「あ、いえ私は……失礼しました!」
サイリスとかいう男性が走って行く気配がすると、姫様の顔が肩から離れた。
「急にどうされました? 具合が悪いのではないですか?」
姫様に再度尋ねると、まだ泣きそうな顔ではあるが幾分落ち着いた表情でゆっくりと首を横に振った。
「どうしたんです?」
「ちょっと私にも。急にこの状態になられたので」
小声で返すと、エイトさんは甲板に続く扉を振り返って納得したように頷いた。
「姫様、大丈夫ですよ。リツさんはどこにも行ったりしませんから」
「はい?」
エイトさんは私の疑問の声を無視して姫様に優しく語りかけている。私から見ると良い絵面なのだが、内容が意味不明だ。
何故か姫様もそれでほっとしたような顔をして、それから何かに気付いたように顔を赤らめて恥じていた。
「リツさんはこの旅が終わるまで一緒に居てくれますよね」
「それはもちろん。もとよりそのつもりですが……」
問われつつ、姫様の反応の意味を考えていると見えてきた。
この一行の中で女は姫様と私だけ。ゼシカさんはカウント外だ。そこに見知らぬ男が私に声を掛けてきたので警戒したというわけか。
「ね? だから大丈夫ですよ」
エイトさんの言葉に姫様は恥ずかしそうに頷いている。
「気付かず申し訳ありません。もちろん、姫様を置いてどこにも行ったりしませんよ」
そんな事は当然だ。こんな子供を放っておける訳が無い。そもそも男共が姫様の世話をするとか同じ女として絶対嫌だ。
「兄貴~ そろそろ港に着くみたいでげすよ~」
甲板から駆け込んできたヤンガスさんにエイトさんは片手を上げて応じた。
「わかった。リツさん、僕は陛下を探してきますから姫様をよろしくお願いしますね」
「もちろん。陛下は下みたいですから、よろしくお願いします」
「ヤンガスはここに居てくれる?」
「合点承知したでげすよ!」
……これ、ヤンガスさんを見張りにしてるよな。気の所為じゃなくて多分そうだよな。うーん、微妙。魔物相手は無理だが、一般人相手なら普通に応対出来るつもりだ。まぁ姫様の護衛と思えばいいかと思考を投げ出し途中になっていた鬣の手直しに戻る。毎日暇さえあれば手入れしているのでさらさらでいい感じだ。とても満足。
「リツ嬢さんは器用でげすねぇ」
「服とかは縫えませんからそこまで器用ではないですよ」
こっちの女性は普段着は自分達で作ってしまうのでそれと比べられると太刀打ちできない。
「それでもアッシには指の動きがわからないでげすよ」
編んでいる手元を見て言うヤンガスさんに笑いがでる。昔、兄にも同じ事を言われた事がある。長男はひっじょーにぶきっちょだった。
思い出して笑っていると、下の方から王とエイトさんの声が聞こえてきた。
「問題ないわい。リツに任せておけば良いようにしてくれるはずじゃ」
「それは私より確かでしょうけど、いきなりそれを渡されてもリツさんも困りますよ」
「大丈夫じゃ」
「はぁ……」
何やら賑やかな様子でエイトさんと王が階段を上ってきた。
王は私に気付くと駆け寄って来てえへんと胸を張った。
「リツよ。おぬしに重要な役目を任せる」
「役目ですか。どのような内容でしょう」
「エイトよ、早く来い」
エイトさんは手に特徴的な釜を……嫌な予感がする。
「この釜、一見すると普通の釜のようじゃが、なんと伝説の錬金釜なのじゃ!」
一見して普通の釜には見えませんが……
「と言ってもなんのことかわかるまい。簡単に説明するぞ。この錬金釜はな、材料となるふたつの道具を入れることによって違う道具を生み出す魔法の釜なのじゃ! この釜があればなかなか手に入らんような道具でも自分で作り出す事が出来るぞ。旅立つ前にイバラの呪いに侵されたわが城からどうにかこいつだけは持ち出しておいたんじゃ。しかもあちこちガタがきてたのをわしが夜な夜な修理しとったんじゃ。
リツはこれを使って旅に役立つものを生み出すのじゃ」
錬金……何か違う世界の法則が混ざっている気がしないでもないような……それはともかく、このけったいな形の釜を押し付けられた感がひしひしとする。
「ええと、この釜の中に物を入れておくと別の物が精製されるという事ですね? ちょっと失礼します」
エイトさんが持っている釜の蓋を開けて中をのぞいてみると、うっすら紫色のもやがかかっており中がはっきりと見えない。うん、毒沼のような見た目だ。これ使ったら拙いんじゃないか? 下から突き刺さる期待の籠った王の眼差しをどうしよう。
「……とりあえず、まずは試しで薬草を入れましょう」
被害は最小限に。やばいと判れば王も納得するだろう。荷台の物置スペースに釜を置いて薬草を二つ取って中に入れ蓋をする。と、ガタガタとポルターガイストよろしく釜があらぶったが、やがて大人しくなった。
「……む? どうやら何かできそうじゃな。何が出来るか楽しみじゃのう。しばし時間がかかるゆえ、このままおいておくのじゃ」
背伸びをして覗き込んでいた王がそう言うので、カタカタ震えている蓋を見なかった事にして荷台の中に仕舞う。
これ、出来上がりとかどうやって知るのだろうか。蓋が吹っ飛ぶとかそういう合図とかだったらすごく怖い。というか、迷惑な仕様だ。さらに言えばあの紫色の毒沼のような中に手を突っ込んで取り出さなければならないのだろうか。ゴム手袋が欲しい。
『どうするよコレ』という気持ちでエイトさんに視線をやれば『よしなにお願いします』という顔があり頭を軽く下げられた。
ははは。エイトさん。遠慮しなくなったのは喜ばしいが、これを一人で見るのは嫌だぞ。という気持ちを込めて心からの笑顔を浮かべておく。
「何やってるんでげす?」
「あ、いや」
「なんでもないです」
半ば睨みあい状態になっているとヤンガスさんに突っ込まれて慌てて二人して手を振り誤魔化す。
「そろそろ港に着くんでしたよね。ゼシカさんに声を掛けてきてもらえますか?」
「いいでがすよ」
軽く請け負ってくれたヤンガスさんに、ハタと思い出した。
「ヤンガスさん!」
「なんでげす?」
慌てて呼び止めると、ヤンガスさんは足を止めて振り向いた。私は駆けより、こそっと聞く。
「ゼシカさん、苦手です?」
「げ……い、いやそんな事はないでげすよ」
「取り繕わなくても大丈夫ですよ。ああいう気が強い子が苦手なんですか?」
「苦手ってわけじゃないでがすが……なりゆき上仕方ありやせんが、娘っ子っていうのは、やれ足が痛いとか、疲れただとかいろいろ面倒でがす。
あ、リツ嬢さんはそんな事ないでがすよ」
なるほど、年齢的に若い女の子が苦手だったわけか。
「そういう事でしたらゼシカさんは私が探してきますよ」
「いいでがすよ。苦手だなんのって言って逃げるようじゃ男じゃないでがす」
ヤンガスさん……見かけによらず頼もしいじゃないか。
「じゃあすみませんがお願いしますね」
「任せるでがす」