25
姫様の鬣の仕上げに戻り手早く編み込んで紐で括り全体を整える。ぼちぼちな出来だ。エイトさんは荷台から何かを取り出そうとしていたが、何故か暫く固まっていた。
「リツさん……ここに干すんですか?」
何を? と思ってそっちを見て洗濯物の事だと気付く。ついでに固まっていた理由も判った。
「干す場所が無かったので。移動も出来るからもってこいですよ。あと、マナーとして見なかったふりは必須ですからね?」
「いや…僕はそれでいいかもしれないですけど、リツさんはいいんですか?」
下着を見られてもいいのかって問いだろうが、全くもって問題ない。下着というより肌着という代物なので羞恥心など無い。強いて言えば反応される方が困るといったところ。
「見て見ぬふりをしていただけるのなら、何ら問題ありません」
「……それでいいんですか」
微妙な顔をされた後、疲れたように肩を落とされた。
「まぁ、リツさんですもんね」
どういう意味かねエイトさん。
少しばかり問いただそうとしたところでヤンガスさんとゼシカさんが連れだって戻ってきた。特に険悪な空気ではないのでまあまあうまくやっているのだろう。ゼシカさんから手帳を返してもらっていると港に到着し、みんなでぞろぞろと船を降りた。
何気なく船に乗り込んでしまっていたが、料金は魔物を追い払った事でとんとんにしてくれていたようだ。思い出して慌てて引き返したら船員に苦笑しながら要らないと言われてしまった。
降りた先もやはり港だが、こちらはあちらの港町よりも幾分規模が小さめだ。奥に見える建物は立派だが、それが町の外との壁の役割も果たしているようで、その建物と手前に広がるバザーの広場で全てのようだ。
「さて、どうしましょうか」
隣のエイトさんに聞いてみると皆足を止めた。
「そうですね……一旦ここでドルマゲスの目撃情報が無いか聞いてみましょう。何もなければ先に進むという事でどうですか?」
うん。それ以外に無いだろう。
王に視線を向けると鷹揚に頷いている。
「でもさ、ここでドルマゲスの話が聞ける? いつも通りに見えるんだけど」
「見かけたってだけなら騒ぎにはならないでげすよ」
「まぁそれもそうね」
先に先にと進みたがっている風のゼシカさんだが、ヤンガスさんの言葉に頷いてあっさりと引いた。思ったよりもさばさばしている。ヤンガスさんも拍子抜けしたような顔をしているのでこの先、然程ストレスを感じないで済むだろう。前線の負担が軽いのは良い事だ。
「僕とヤンガスとゼシカで話を聞いてきますから、あの建物に行っていてもらえますか?」
来たばかりの町なので王を一人にするわけにもいかない。ゼシカさんは顔が利くので話を聞く班に回った方が得策。ヤンガスさんは言うまでもない。という人選か。
「判りました。では参りましょうか」
姫様と王に声をかけ、のんびりと町を歩く。ちょっとだけ何を売っているのか気にならないでもないが、並べられた品物を見るだけでも何となくどういうものが置いてあるのか判るので良しとしよう。
歩いていると案の定、王に視線が集まったが私と談笑しているところを見て奇異なものを見る程度に抑えられている。よく判らないものというのは怖いものだが、自分よりも非力そうな私が近くでへらへらしているのだから危険度は低いと判断したのだろう。簡単なものだと思うが、自分がそちら側でも同じように思うだろう。
建物に入り、一階にあった宿の人にこの先の町の名前やら距離やら確認していると、思ったよりも早くエイトさん達はやってきた。ゼシカさんが急かしたというわけではなく、本当に手がかりになりそうな話が全く無いとの事。なら、次の町に行きましょうかと町を後にした。
「静かね」
草原を歩いていると、ゼシカさんが不意に呟いた。私達は思わず顔を見合わせたが、エイトさんがお任せしますみたいな感じで頷いたので口を開く。
「私が居ると魔物が寝てしまって遭遇する事が無いみたいなんです」
「……は?」
「何でなのかは判らないんですけどね」
目を点にしたゼシカさんに曖昧に笑って頬を掻くと、今度はじろじろと頭の天辺から足のつま先まで見られた。
「村の神父様でもそんな事出来ないのに……リツって本当に」
「人間ですよ」
一度言われた事なので先に言わせてもらう。
「怪我をすれば血も出ますし、お腹もすきますし、眠くもなります。最近は寝坊する事が多くて参ってますね」
「寝坊って……」
ゼシカさんはクスリと笑うと肩を竦めた。
「何でなのか判らないなら仕方ないわね。でも、その事は言いふらさない方がいいわよ? 絶対悪党が利用するに決まってるわ」
「私もそう思うので内緒でお願いします」
「もちろんよ。みんなは知ってるの?」
ゼシカさんの視線を受けて頷く面々。
チン!
いきなり電子レンジの終了音が鳴り響き、全員ビクリと身を固めた。
何故こんなところで電子レンジの音が? と疑問に思いつつも音の発生源である馬車を見れば、はっとしたような王が慌てた様子で荷台の中を覗き込んでいた。
「おお! リツ! 完成しておるぞ!」
完成と来れば船の中でやったあの釜の事だろう。一緒に荷台を覗くと激しくあらぶってらっしゃる釜がそこにあった。蓋が今にも吹っ飛びそうなぐらいあらぶってらっしゃるのだが、私はそれを開けなければならないのだろうか。……ならないのだろう。王の目がキラキラと輝いている。
おそるおそる手を伸ばして蓋を掴む。電撃とか感じない。良かった。意を決して開けると、中から何かが飛び出て落ちた。見れば、やくそう。いや、上やくそう?
「ふむふむ。やくそう二つで上やくそうが出来るようじゃな」
いやちょっと待て、これは本当に上やくそうなのか? 見た目が同じで別物の可能性だってあるだろう。何か識別出来る方法は……さすがに使うというのは怖いし……って、インパスがある。
こそっとインパスと呟いて見ると、上やくそう(?)から夥しい程の文字が溢れてきた。あまりにも文字の流れるスピードが速いので途中読めなかったが、上薬草である事は間違いないらしい。
ドラクエをプレイしている時も思っていたが、インパスとは不思議な魔法だ。宝物の中身判定はまだ理解出来るが、物が何であるか素人でも判ってしまうというのがどうにも慣れない。便利なので文句は無いが。
「確かに上やくそうみたいですね」
「次は何を入れるんじゃ?」
「上やくそう同士を入れて見ましょう。上位のものが出来そうです」
「そうじゃな」
荷物から私が作った上やくそうを一つ取り出し、今出来たばかりのそれと合わせて釜に入れ蓋をする。するとまた蓋があらぶりだしたが、暫くすると幾分納まり、カタカタと音を鳴らす程度になった。
「おお、予想通り何か出来そうじゃな」
「そうですね」
突っ込んでいた頭を荷台から引き抜くとこちらを注目している三対の目があった。
「あ。えーと、音の正体は錬金釜でした。どうやらちゃんと錬金出来るみたいです」
後半は小声で説明。エイトさんは「本当に出来たんだ」と呟き、ヤンガスさんはあんまり理解していなさそうな顔で「そうでがすか」と応え、ゼシカさんは「錬金?」と首を傾げた。
ゼシカさんには後で説明しますと言って、とりあえず止まった足を動かす。次の町はドニという名前で少し距離がある。ドニの前に修道院があるらしいが、宿などは無いらしいのでドニまで行かなければならない。港町の人は修道院まで行けばすぐだからと言っていたので、日が暮れるまでに修道院が目視確認出来るところまで行きたいところだ。
「ねえリツ」
「はい?」
馬車の後方でインパスの魔法をいろいろな物に試していたらゼシカさんが下がって来た。
「エイトやリツは『陛下』って言ってるけど、あの人……人なのかわからないけど、何なの?」
「あぁ私の叔父様です。変な薬を飲まされてあんな姿になっているんですよ。好奇心旺盛だから変な薬だとわかっていたのに飲んじゃったんですよね」
「それ、わかる気がするわ。陛下って言う事はどこかの王様?」
「本人はトロデーンの王だと言っていますね」
「それって自称じゃない。本当なの?」
「どうでしょう。どちらだと思いますか?」
問いかけに問いかけを返したら口を尖らせてしまった。
「名士の家の出であるゼシカさんなら、わかるのではないかと思うんですけどね」
ヒントを言うと、ゼシカさんは眉を寄せて腕を組んだ。
王を見ていれば市井に無い言動をしている事は容易にわかるだろう。あんなものを四六時中持続出来るのはよっぽどの役者か本物か。
「………本当、なのね?」
やや表情を強張らせたゼシカさんは、その辺りに気が付いたようだ。
「明言は避けさせてください」
「わかったわ……口にしない方がいい内容だものね。だけど本人がばらしちゃってるのはどうするの」
「あの姿で王だと自称して簡単に信じる者が居ると思いますか?」
「居ないわね…………叔父という事はあなたも」
「それは便宜上です。誰かの身内にする事で危険視される事を防ぐ狙いです。この中で最も私が貧弱ですからね。私が傍に居て笑っていれば何とかなります」
「そういう事。そういえば姫様っていうのも」
「ご想像にお任せします」
「………ねぇ、薬っていうのは本当なの? あの人だけならまだしも、お姫様まで薬を飲んだとは考えにくいんだけど。本当はドルマゲスが関係してるんじゃない?」
よくお気づきに。であればもういいだろう。反応からしてこちらの不利になるような事もしないだろうし。
「現場を見ていませんが、そう聞きました」
答えを言うと、ゼシカさんは溜息をついた。
「リツも大変ね。困った事があったら言って。私も協力するからさ」
「ありがとうございます」
それにしても、とゼシカさんは前を歩くエイトさんやヤンガスさんを見遣った。
「なんだか呑気そうなのよねぇ。あれ、大丈夫なの?」
「いえいえ、二人とも頼りになりますよ。魔物を追い払ったじゃないですか。腕は確かです」
「そうだけどね、でも何となく抜けているっていうか今一つしゃっきりしてないっていうか」
「辛口ですね」
「そう? 普通よ」
大抵の人は自分を普通だと主張するが、笑っていよう。ゼシカさんの言う通り、一見するとエイトさんは優しげで押しに弱そうなところがあり、ヤンガスさんは何も考えて無さそうなところがある。
「そういえばゼシカさん、着替えとかの荷物は無いんですか?」
「お金は持って来てるから大丈夫。買うわ」
軽く言ってくれるが、手ぶらで持てるお金の量には限界がある。洗濯を自分でした事は無いだろうから、都度服を買い替えるとなると物を選んだとしても出費は馬鹿にならない。
どうしようか迷ったが、どうせ暫く一緒に居るのだろうからと思って私は話し合いを決行した。
旅をする上で必要なもの、物価情報、場所によっては物資が手に入らない可能性があること、押し付けにならないように事実を一つずつ目の前に置いて呑み込んだところで次の事実を置く。
ゼシカさんは反発する事もなく、最後まで話を聞いてくれた。
「要するに資源は有限だから無駄な出費は抑えるべきって事ね?」
見事に一言に纏められてしまった。いやはや、若いのにしっかりした子だ。そこまで呑み込んでもらえるとは思って無かったのでちょっと驚きつつも肯定する。
「そうですが、今までと生活習慣が変わるので抵抗はありませんか?」
「そうねぇ……特に、かな。そのくらい覚悟してたもの」
強い目をして話すゼシカさんに、私は仇を討ちたいという気持ちが本物であることを悟った。出来れば、本物でない方が良かった。
「あ、ねぇねぇ修道院ってあれじゃない?」
危険な事に自ら足を突っ込む娘に、両親はどういう想いだったのだろうかと考えていると腕を引かれて馬車の影になっていた建物を指さされた。
三角州のような位置取りで川に挟まれた中に聖堂のような建造物が見えた。
「そうですね、たぶんあれでしょう」
「ねえエイト! あそこでも話を聞いてみる?」
「一応、そうしよう」
前に居るエイトさんがゼシカさんに応え、進路はそのままで一旦修道院で足を止める事が決定した。御者台に居る王の反応が無いので同意という事でいいのだろう。