32
冗談交じりで威力皆無の見た目だけ派手なメラを投げたら、エイトさんとククールさんは絶叫を上げ――で、私は本気で怒られた。
そんなに怒らなくてもいいじゃないか。怪我無かったんだし。驚いただけで終わったんだし。というかそもそも人を使ったのが始まりだったわけで。
そう思ったが完全に分が悪く非難めいた視線の集中砲火。唯一ゼシカさんが苦笑してくれたが、王も姫様もやり過ぎという顔をしていた。王はともかく、姫様にあんな顔をされるとはダメージが……
どんよりしたまま足を動かす。何をしでかすか判らないと言われて先頭を歩かされているので、余計に溜息が出る。ちらっと後ろを振り返るとエイトさんとククールさんがタッグを組んで前を向けと手で指示してくる。酷い。
その二人の後ろでヤンガスさんが申し訳なさそうな顔をしているので、力なく笑って前を向く。最初こそエイトさんに追従していたが、二人がかりで怒られている私を見て気の毒そうな顔になっていたので、この中で一番優しいかもしれない。顔に似合わず。
「これ私だから平気ですけど、普通は女性を先頭切って歩かせるとかしたら駄目ですよ?」
ぶーたれながら、今後私に対するノリと同じノリで女性を扱われると危ないと思って忠告のような非難のような抗議のようなものを言ってみる。
「大丈夫です。あんな事が出来るのはリツさんぐらいですから」
キッパリとエイトさんに言われた。ついでにゼシカさんが「それに関しては同意するわ」と追撃をかけてくる。
「だよな。だいたいどうやって……」
ククールさんも乗っかってきたかと思ったら、不意に言葉を切って横に並んできた。
「悪い、もういいわ。馬車まで下がってろ。前は俺が歩く」
私は瞬きを一つ。いきなりの方向転換に面食らったが、何故かに気付いてポンと手を打ってエイトさんに『説明する?』と目で聞いてみる。エイトさんは『した方がいいだろうね』という顔で頷いたので、了解と頷いて隣で真面目な顔して歩くククールさんの肩を叩く。
「魔物の事に関して危惧されているのでしたら、大丈夫ですよ」
「過信してると身を滅ぼすぞ」
ククールさんは少し厳しい口調で忠告してくれた。私は頬を掻き、それもそうなんだけどと思いつつ何度目になるかの説明を試みる。
「過信に関してはおっしゃる通りだと思うんですけど……私の場合、魔法が使えるから負けないとかそういう話ではなくて、単に魔物が出ないという事を言ってまして」
そういえば魔物はそれでいいが、野盗とか出たらアウトかもしれない。すぽんと頭から抜けていたがヤンガスさんだって元々はそうなのだ。ある意味過信してたかもしれない。
「魔物が出ない? せいすいか?」
怪訝そうに問い返してきたククールさんに意識を戻し、曖昧に頷く。
「まぁそんな感じでしょうか。魔物と遭遇した事がほとんど無いんですよ」
「運がいいんだな」
魔物が寝てしまう体質? の事を運がいいと捉えるならば、確かに運がいい。こちらに来て早々魔物に襲われる事もなくトロデーンまで連れて行ってもらえたのだから。
「まぁ運がいいというのは外れてないですね。
ただ、そういう話とも違うんですよ。私の周りだと何故か魔物は寝てしまって襲ってくる事が無いんです。全く無いという事は無いみたいですけど、でも外を歩いていて魔物に出くわしたのは数えるぐらいしかなくてですね」
「なんだそりゃ」
「なんだそりゃと言われましても、実際そうなので。但し、私が離れると目を覚ました魔物が一時的に活発になってしまうみたいです」
「本当なのか?」
ククールさんは振り向いてエイトさんに聞いた。ははは、完全に疑ってかかられている。
もっとも、疑うなら疑うで構わない。教会関係の人間には疑われた方がむしろいいかもしれない。ククールさんの場合はほぼ追放に近い形なのでどちらでもいいが。彼から情報が団長さんへと渡る事はまずないだろうし。
「本当だよ。ここまで一度も会わなかったでしょ?」
「…………リツって、何者?」
何者って……。
気が付けば何故かエイトさんやゼシカさんの視線まで頂いてしまっていた。
「ご期待にそえず申し訳ないですが、一般人です」
「いっぱん……」
「いっぱん……」
「それはないわね」
「それはないでがす」
ククールさんとエイトさんが同じ言葉をつぶやき、ゼシカさんとヤンガスさんに即座に否定された。
そりゃまぁ、土台が一般人でも経験は一般人のそれでない自覚はある。だが、四人とも明らかにそういうのとは違う理由で否定してきているのだから、ちょっとやさぐれたい。絶対さっきのメラが尾を引いているせいだ。線香花火の見た目だけ取り出したメラなのにそこまで警戒しなくたっていいじゃないか。
いじけて姫様の横に行くが、姫様も興味深そうに私を見るので泣きたくなった。
「あ、あれじゃない? アスカンタ」
ゼシカさんの指さす方を見ると、大きな建物の姿が見えた。
こちらの方角で遠目に分かるような大きな建物を所有しているのはアスカンタ以外に無いようなので、間違いないだろう。
「ねぇ……変な幕みたいなのが掛かってない?」
「……本当でがす。あんな黒い布、あっしは見てないでげすが……」
「何でもいいだろ? 早く行こうぜ」
ククールさんが先頭をずんずん進み、それに合わせてこちらの歩も早くなる。城下町に着いてみるとゼシカさんとヤンガスさんが言った黒い布というのが良く見えた。
おそらく城だと思われるが、一番高い建物の上から黒い布が吊るされており、ついでに城下町の人々の服装も黒系統で統一されていた。
対してエイトさんは頭は赤いバンダナで黄色い外套に青い服。ゼシカさんは紫の服に赤いスカート。ククールさんは上下とも真っ赤っか。王は黄色に近い橙色の外套。
この中で姫様と私が一番地味というか、このモノクロの色感の中でもそんなに浮かないような気がする。姫様は大人しめの青い外套を羽織っているだけだし、私は枯れ草色の外套をすぽっとかぶっている。
「じゃあ私は陛下と姫様と一緒に宿を確保してきますね」
いつもの要領で王を抱えて足が止まっているみなさんの横を過ぎて宿らしき建物へと入り、陰気な主人に一泊を頼んだ。
王を見ても大して反応しないので、よっぽどの事があったのだろうと思ったがあまり考えない様にして荷物の整理や溜まった洗濯物の始末にかかる。
井戸の近くで一人黙々と洗濯物をしていると、目の前にトーポさんが現れた。
「大丈夫じゃないようじゃの」
トーポさんは少し曲がった腰を伸ばして私の後ろ――たぶん、城を見上げて言った。
視点の先には、黒い幕があるのだろう。
「身体は大丈夫ですか?」
「わしゃ平気じゃよ。あの程度でどうにかなったりはせん。すまなかったな……姿を見せるわけにはいかないんじゃ」
「いえ、ご無事であればそれで」
トーポさんはその場にしゃがみ、私に視線を合わせた。
「怖い思いをさせてしまったの」
「………いえ、怖いというか」
この街へと入り喪の色を見て、瞬間的に院長さんの最期が甦った。
人体から棒切れが出ているというありえない光景が生々しく甦り、足が竦んだ。冗談を言ったり笑えたりしたので平気だと思っていたのに、意識を逸らそうとすればするほど、この手を包んでくれた暖かいしわくちゃの手を思い出してしまって、身体が震えそうになった。それは怖いからなのか、悲しいからなのか、やっぱりわからない。
ただ――
「――人って、あっさりと死んでしまうんですね」
その事実から、何となく目を逸らしたいのだと思う。
「そうじゃな。あっさりと、こんな老いぼれじゃなくとも、あっさりと死んでしまう。生きておるのじゃから、それも仕方のない事かもしれんが……やりきれんの」
呟くトーポさんは、何かを思い出すように目を眇めていた。
「エイト達に気を使わせたくないというのはわかるがの、それで心を壊しては元も子もない。心を壊してしまうと……身体も壊れてしまうんじゃよ」
洗濯を続ける私の横に来て、トーポさんは私の頭を撫でた。一生懸命洗濯をしているから、頭を撫でられたところで気にもならない。気にならない筈なのに、ぼろりと涙が零れた。
「よう頑張った。痛かったじゃろう。怖かったじゃろう。よくエイト達を助けてくれた。本当にありがとう」
何で泣いてるのかもわからないまま、トーポさんの優しい手があとからあとから涙を押し出す。言葉にならない想いが胸の内に渦巻いて、それを吐き出す事も出来なくて、唯一零れる涙だけがはけ口のようで。
涙が止まる頃にはすっかり遅くなってしまい、慌てて洗濯物を片付け宿へと戻ると心配してくれたエイトさんが出てくるところだった。
腫れた目元はホイミで治したので、いつもどおりテヘヘと笑いつつ洗濯物してましたと言うと苦笑された。
「遅いから心配しました。大丈夫だとは思ってましたけどね」
「すみません。ちょっと熱中してしまいました。
そういえばククールさんのはどうしましょ? 私がやった方が手っ取り早いし効率的だと思うんですけど」
ククールさんは自分でやると言ったので手を出してはいないが、エイトさん達と動くなら役割分担した方が負担は少ないだろう。
「うーん。本人が根を上げるまでって言ったら絶対根を上げないですよね?」
「だと思いますよ? かなり頑固っていうか、決めた事は覆さないタイプだと思いますから」
ゼシカさんの一件はもともと狙ってというものだ。これと同じではないだろう。
「ですよね……まぁ支障が出れば本人も考えると思いますから、それまではいいんじゃないんでしょうか」
「そうですね。とりあえず様子見ですね」
「……あの、リツさん……有力な話は聞けなかったんですけど、ちょっと気になる事があって……全くの寄り道になってしまうんですけど……」
「何かあったんですか?」
歯切れの悪いエイトさんに問うと、ここアスカンタの王様が王妃様を亡くされて二年もの間ふさぎ込んでいるというものだった。ふさぎ込むのは仕方ないが、エイトさんが気にしているのは二年という長いスパンで政を放棄している点。兵の立場からすると気が気では無いらしい。上が飾りなら放棄していても実務レベルがかろうじて支えるだろうと思ったが、実務レベルが困っているという話を聞いてそれは拙いと同意。
で、実際のところ王様がどの程度動いていないのかと聞くと、引きこもり状態との回答。夜には部屋から出てくるらしいが、昼間は籠りっぱなし。だれが声を掛けても出てこない、食事もろくに取っていない。そりゃ周りが困る訳だと納得した。
「一応、夜だと会えるみたいなので……おせっかいの自覚はあるんですが」
「そうですねぇ……国交を考えると、おせっかいでも様子を見た方がいいかもしれないですね。国交、ありますよね?」
「はい。トロデーンとはそれほど交流はありませんが友好国である事は確かです」
であればこちらの身分を明かさないまでも、アスカンタが荒れるのは好ましくない。心情的にというより、乗っ取りなんかされてトロデーンにとって良くない治世になったら問題だ。
夕食の後、出かけるエイトさん達を見送りながら、この国って他国の人間でも夜に城に入れるんだなぁとしみじみしていると、王に早く休めと言われてしまった。
姫様のところへと駆けていく背を流し見て、宿の中へと入ろうてして――足がもつれて倒れ込みそうになったところを腕を引かれ支えられた。が、足に力が入らずそのまま座り込んでしまった。
「おいおいおい……具合悪いのかよ」
腕を引いてくれたのは先程エイトさん達と一緒に出掛けた筈のククールさんだった。
「いえ、健康ですけど……」
立ち上がりたいのに、足に力が入らない。あの時と同じだ。痺れているわけでもなく、触れている感覚もあるのに動かす事が出来ない。まるでギアが噛みあっていないというか、完全に外れているというか、とにかく一ミリも動かせない。ただ、あの時と違って今回は大腿から下のみなので這う事は出来そうだ。
「ところでククールさん」
「ん?」
参ったなと頭を掻いてしゃがんだククールさんは生返事。たぶんどうしようかと考えてくれているのだろう。
「城に向かわれたのでは?」
「あぁ……ちょっと気になってな」
私の足に手を翳し、ホイミを唱えてくれた。まぁ案の定と言うか改善は見られない。ククールさんの顔がさらに渋いものになった。
「いやいや、深刻なものじゃないですから。一時的なものですから」
たぶん。たぶん、そうだったらいいなという希望的観測だが。宿の正面入り口に座り込んでしまったので、邪魔にならないようにずりずりと横へ移動しようとしたら溜息を付かれた。
「あ、重いですから結構ですよ。人ひとり抱えるのは腰に負担が掛かりますからね」
「あんたなぁ……」
大腿から下が動かないだけなので助かった。尻と手でなんとか動ける。
「足が悪いのか?」
「いえいえ。ぴんぴんしてますよ」
壁にもたれ掛ってパタパタ手を振る。
「エイトは知ってるのか?」
「持病も無いですから知りようもないですね」
溜息をつかれた。目の前で足が動かないって状態で平気だと言っても全く説得力が無いという事は認識しているが、事実だから仕方が無い。
「ちょ!?」
いきなり抱え上げられた。慌ててバイキルトを掛けるが、何しやがるんだこいつは。
「……支援魔法も使えるのかよ。あんたほんと器用だな」
「その前に、やるならやると言ってくださいよ」
「言ったら拒否するだろうが」
「しますよそりゃ。腰痛めますよ? 若さにかまけて無理してたら壊しますからね?」
「あー平気平気」
「あ、ストップ。待ってください、ベッドは無しです。椅子で、椅子に座ります」
部屋まで運んでもらいベッドに降ろされそうになったので、慌てて椅子に変更願う。さっき地面を尻で這ったのにベッドに腰掛けるなんてとんでもない。
「ちゃんと座れるのか?」
「大丈夫です。動かないのは大腿から下なので姿勢維持は上半身で可能です」
「………そうか」
椅子の背にしがみつく私を見て、なんとも言えない表情のククールさん。見た目が情けないのは承知の上だ。ちょっとは汲んでくれたっていいのに、まだまだ若い証拠だ。と、強がって見る。
「ところで何か用事があったんじゃないんですか?」
私は平気なのでどうぞ用事を済ませてくださいと勧めてみる。決して視線に耐えきれなくなったわけではなく、親切心で進めてみる。
「あー………いや、城を見た時に足が止まってただろ」
「足? あぁ、みなさん止まってましたね」
街中全部黒系統で統一されていたから、それも無理は無い。
「いや俺が言ってるのはあんただよ。城を見て血の気の失せた顔をしてたんだ。自覚あるか?」
「………なるほど」
無くは、無い。だが、それを見られているとは思わなかった。
「俺でよければいつでも胸を貸すぜ?」
茶化してくれるククールさんに、こちらもニヤリと笑って見せる。
「大変ありがたいお話しですけど、既に慰めて頂いた後なのでお借りする事はないかと」
「なんだ、エイトかよ」
「いえいえ。エイトさんはいろいろ手一杯になるのでそんな事出来ませんよ」
「……ヤンガス?」
『まさかな』という顔で聞いてくるククールさん。想像して笑いが出た。
「いえいえいえ。そんな事したらヤンガスさんは狼狽えまくりです」
「……ゼシカ?」
「前を見ている方の足をひっぱる事は出来ません」
「………あのちっこい不気味なおっさん?」
「騒がれるのは嫌なのでそれも無いです」
「……………馬?」
「心惹かれますが、無用の心配をさせるわけにはいかないのでそれも無いです」
「心配って……馬が?」
「まあまあ。私には内緒の強い味方が居るんですよ」
「わっかんねー」と言いながらククールさんは頭を掻いた。
「ご心配をお掛けし申し訳ありません。精神的にはこの通り大丈夫ですから」
「みたいだな。はー……味方ってマルチェロだとか言うなよ?」
「団長さん? ないない。恐くて近寄れませんよ」
「へぇ、リツでも怖いものがあるんだな」
軽く目を瞠って驚いた顔をするから何かと思えば、そんな事かい。