ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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眠って起きて驚いた

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 目の前に、私と同じ姿のものがあった。

 お互いに向かい合う形で、藍色の夜空のような空間に漂っている。

 見慣れた自分の寝顔を訳もなく見つめていると、瞼がふいに開かれた。

 

“初めまして”

 

 口は動いていない。けれど自分の声が耳に届いた。それは録音した声のようで、普段自分が発する声とは異なり奇妙な感じがした。

 

“……初めまして?”

 

 取りあえず応えてみた。が、口は動かず声だけがどこからか聞こえた。こちらはいつもの私の声だ。

 

“えーと、どちら様でしょうか?”

 

 浮かんだ疑問を問うてみると、目の前の私は微かに首をかしげた。

 

“さあ。どちらさまなのかしら?”

 

 恍けている様子はない。どう答えてよいのかわからない様子だ。迷っているのなら指標があればいいか。

 

“えーと、私は律と申します”

“ええ知っているわ。柏木律さん”

 

 自己紹介をした途端、目の前の私はとても楽しそうに頷いた。先方は私の苗字も知っているようだが、こちらはその正体が今一掴めない。自己紹介すれば相手も名乗ってくれるかと思ったが、ちょっとばかり仕来りというか風潮が違う相手なのかも。

 

“あーっと、すみません。私はあなたのお名前がわからなくてですね。私、なのでしょうか?”

“わたしはあなたでもあるわ。でも、あなたが感じている通り、あなたとは違うものよ”

 

 私とは違う。じゃあ、アレ?

 

“テアー、さん?”

“あなたにテアーと呼ばれるのは、なんだかくすぐったくて可笑しいわ”

 

 くすくすと目元だけで笑う様子は、私なのに私ではない可憐さがあった。仕草でこうも変わるとは摩訶不思議である。しみじみ見ている内に言葉は続く。

 

“あなたの言葉を借りるなら、わたしはあなたの世界のテアーじゃないの。だからあなたにテアーと呼ばれるのはね”

“はあ。そうなんですか?“

 

 テアーというのはやっぱり精霊とかそういう意味合いかな? 妖精さんも名前は知らないとか言っていたし。それにしてもこれが例の私に憑りついているかもしれない相手なのか。うーん、思ったよりも怖くない。というか、妙に親近感すらある。

 

“わたしはΝύξ”

“ニュ?”

“Νύξ”

“にゅ…”

 

 私の姿をした何かは肩をすくめた。

 

“にゅーちゃんでいいわ”

 

 にゅーちゃんて。緊張感皆無な名前だな。言えない私が悪いのだが、他に無かったのだろうか。

 

“えー……と、すみません。では、にゅーちゃんさん”

“にゅーちゃんでいいわ”

“……にゅーちゃん”

 

 微妙な心地で言えば、嬉しげに笑うにゅーちゃん。

 

“呼んでくれたのは姉妹たちだけだったから嬉しいわ。なぜかしらね、あの世界のあの子は呼んでもらえていたのに…わたしも同じようにしたはずなのにテアーって言われちゃった”

“はあ。そうなんですか。それって自己紹介してなかったから、とかではなく?”

“………そうだったかしら”

“イシュマウリさんも、お名前は知らないようでしたよ”

“あら。じゃあ言ってなかったかもしれないわ。これじゃ呼んでもらえないのも仕方ない事だったかしら”

 

 私の言葉に目を瞬かせ、あっけらかんとした様子で肩を竦めている。軽いノリの人である。

 

“テアーっていうのは精霊というような意味なのですか?”

 

 少し考えるように、にゅーちゃんは視線を上げた。

 

“そうねぇ。あなたの世界だと、女神が近いかしら”

“女神……ですか”

 

 じゃあテアーテアー呼ばれてたのは女神女神って呼ばれてたという事か。

 

“今のわたしはテアーとは呼べないものだけれど”

 

 悪戯っ子のように舌を出すにゅーちゃん。ふむ。口を動かせないわけではないのか。

 

“テアーの欠片と言われていたことですか?”

 

 口を動かして喋ろうとしたが、残念ながら私の方は口は動かない。どうもこの空間というかこの場所は私よりも、にゅーちゃんの方が自由に動けるらしい。羨ましい事だ。

 

“ええそう。ぱーんと弾けて、わたしは飛んだの。そして、気がついたらあなたの中にいた。あなたはとっても居心地がいいわ。とっても素直で可愛くて、あったかい。ずっとまどろんでいたいと思ったのだけど、呼ばれちゃった”

“呼ばれた?”

“そうなの。誰だったのか思い出せないけれど。なんだかすごく気になって、気がついたら戻って来ちゃった”

 

 …………ほう。

 

“わたしとあなた、離れるには近すぎたみたい。ごめんなさい?”

 

 そこで疑問形で謝罪の言葉を言われてもなぁ……まぁ怒りはわいてこないし、今さらその辺の事を問いただしても仕方がないだろう。もう私は来てしまっているのだし。それよりもだ。

 

“まあ、仕方なさそうなのでいいです”

“ありがとう”

“私を元の世界に戻せます?”

 

 にゅーちゃんの顔は曇った。

 

“ごめんなさい。わたしに世界を渡る力まではないの。テアーであった頃ならできたのだろうけれど”

“テアーであった頃なら、という事は弾ける前という事?”

“そう”

“あなたの他にもあなたのようにはじけ飛んでいったものがある?”

“……たぶんそうじゃないかしら。どうして弾けてしまったのかもわからないのだけれど、そうなる事を望んでいたような気がするから”

 

 目を伏せるにゅーちゃん。しょんぼりしてしまった姿は実に目に悪い。自分と同じ姿なのに何故こうも罪悪感を刺激する事が出来るのか。これがテアーの成せる技なのだろうか。

 参ったと思うのだが、そんなに深刻に感じていなかったりする。元々、難しい事であると覚悟はしていたのだから、呪いの方に専念できるとプラス思考でいけばいい。

 

“呪いの事はわかりますか?”

“呪い?”

“あの国の、トロデーンの呪いです。茨に覆われてしまって、生きてはいるけれど死んだような状態にされてしまった……あの呪いを解きたくて”

 

 にゅーちゃんは目を伏せ、黙り込んだ。

 私はじっと彼女の言葉を待った。

 

“………少し難しいかしら。一時的に解く事は出来るかもしれないけれど、ずっととなると呪いを掛けたものをどうにかしなければ、わたしが離れてしまったらまた茨に囚われてしまうと思う”

“そう……ですか……”

 

 元女神でも難しいとなると、本当にあの道化師をどうにかしなければならないという事になろう。掴まれた首の感触は未だにハッキリと覚えている。冷たい手の感触に握りつぶされる喉の痛みも。

 

“大丈夫?”

“あまり……でも”

 

 でも、エイトさんは立ち向かうだろう。なら、私も怖がってばかりもいられない。子供に任せて後ろで震えているだけなんて、いい大人のやる事ではない。さてはて……

 

“……あ”

“どうしたの?”

 

 これからやる事に意識を奪われていたら、いきなりにゅーちゃんが声をあげた。

 

“そろそろ夜明けみたい”

“夜明け?”

“そう、夜明け。名残惜しいけれど、今日はここまで”

 

 にゅーちゃんは居住まいを正してぺこりと頭を下げた。

 

“いままで迷惑を掛けてごめんなさい。器は殆ど整ったから、これからはあなたが不自由する事はないと思うわ。きちんと、あなたの意思の通りに動かせるから安心して”

“器? って……もしかして、あれです? あの身体が動かなくなるやつ”

“そう。ごめんなさい”

 

 何となくテアー関連だろうとは思っていたが、もう大丈夫というなら問題ないだろう。

 

“動くなら大丈夫ですよ”

 

 不意にお互いの身体が透けてきた。

 

“あなたがわたしを助けてくれたように、わたしもあなたを助けるから”

“助けた?”

 

 何の事だろうと問おうとしたところで、にゅーちゃんの姿が掻き消え、眩い光が辺りを覆った。

 

「…………っ?」

 

 むくりと身体を起こすと、弾力のあるウォーターベッドが目に入る。

 何だっけこれ。と考えていると昨日の出来事を思い出した。

 

「あー……そっか。宿に戻らずにこっちで寝たんだ」

 

 ベッドにしたキングスライム君はまだ眠っている様子で動く気配がない。

 んーと伸びをして外に出ると姫様は既に起きていた。朝のヒヤリとした空気が心地よい。

 

「おはようございます」

『おはようございます。お顔の色が優れませんが大丈夫ですか?』

「あぁいえ……」

 

 流石姫様だ。顔を合わせただけで指摘されてしまった。これだと下手に言い繕っても看破されかねない。

 

「…何と言うか、目が覚めてからどうもスッキリしないというか……何か忘れているような気がするのですが……たぶん気の所為なんだろうと思うんですけどね」

 

 喉の奥に小骨が刺さっているような感じで、どうもこう、落ち着かない。

 荷物の忘れ物ではないと思うし、金銭に絡むことでもないと思うのだが……

 

「まぁそのうち思い出すと思います。すみません、変な顔を見せてしまって」

 

 思い出せないのだから大したことではないだろうと笑って水を汲みに行き、いつものように顔だけさっと拭かせてもら……

 

「………え?」

「…どうかされたのですか?」

 

 いや、あの……え?

 目の前に、人の姿の……姫様が。で、私はそのお顔を布で拭いて……

 

「っ!」

 

 慌てて手を引っ込めたら、ふわっと姫様の姿が霞んで白馬の姿が現れた。

 

「…………ぇえ??」

『リツお姉さま? 大丈夫ですか?』

 

 心配そうな姫様の顔に、私は自分の額に手を当てて、とりあえず深呼吸した。

 

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