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勝手に体が動くこの現象には覚えがある。主にトラウマ的なものを植え付けられたあの時と同じだ。
「テ、テアー……モグ?」
「あなたはどうしてそれが欲しいの?」
「わ、ワシの芸術に応えられるのはこれだけモグ」
「そうなの? うーん、でもそれはあの子のだし」
〝この子に合いそうな楽器って何かしら?〟
頭に響く自分の声に、微妙に違和感を覚えつつ巨大もぐらを眺める。
この巨大もぐらに合う楽器と言われてもなぁ……音楽なんて本人の好みだから『これだ』なんてものは無いと思うんだよなぁ……
強いて言えば、ハープが気に入っているのなら独特な音が好きなのかもしれない、ということぐらいか。例えばハンドパンとか。でもハンドパンは衝撃に弱いから乱暴な扱いをされると音が悪くなるし、もぐらの手で演奏できるのかどうか。まぁそれを言ったらハープだってそうなのだが。
〝へえ、面白いわね。こんな感じかしら?〟
私の手が目の前に円を描くと、一瞬藍色の靄が広がって……ハンドパンが現れた。
まじで、現れた。質量保存の法則がまるっと無視された。
〝ちょっとやってみて〟
突然の要望に面食らうが、UFO型の鈍色の輝きを放っているハンドパンに釘付けの巨大もぐらを見て、仕方なくその場に胡座をかいて膝の上にハンドパンを乗せ、カバーを外した。
凹みは八つ。スナップを効かせて指で弾くと、どことなくバリ風のようであり哀愁の漂う音色が響いた。その音色に懐かしさを感じながら、音程の低い方をお腹に向ける。真上の出っ張りを撫でるとバイオリンのような音が出たので、私が触ったことのあるタイプで間違いないだろう。
正直ハンドパンについてはあまり詳しく無い。学生の頃、こういう物が好きな先輩からニュアンスで教わったのみだ。最近できた楽器らしくて教本を見たことがないし、楽譜も見たことがない。先輩曰く自由だが、だからこそセンスを要求される楽器との事。
久々なので少し緊張する。深呼吸を一つして、最初は左手でベースとなるリズムを作り右手で主旋律を奏でる。単音から和音へ、和音から音をずらし、指を転がすように重なる音色を増やしていく。
ノスタルジックな響きが洞窟内で反響し、そこここで垂れる水滴の音と響きあい不思議な空間を作り出す。洞窟コンサートとかいうものを聞いたことがあるが、こういう効果を楽しんでいるのだろう。なかなかどうして、嫌いじゃない。
終わってみると巨大もぐらは、そわそわした様子でこちらを窺っていた。
「気に入ったかしら? よければそのハープと交換したいのだけれど」
「……し、仕方ないモグ。テアーがそうまで言うなら交換するモグ」
「よかったわ。ありがとう」
そそくさとハープを渡してくる巨大もぐら。
なんだか穏便にハープを奪還できたが、いいのだろうか。あの楽器って脆いと思うのだが。
〝あら、ハープよりは強いわよ? あちらは弦だもの。限界があるわ〟
じゃあ金属製のあれの限界って……考えない方向でいこう。藪蛇になりそうだ。防具より強度の高い楽器とか誰得だよ。
ポンポンとぎこちない音を出し始めた巨大もぐらと、それをはらはらしながら見守っているもぐら達。巨大もぐらは音が出て調子づいたのか、また野太い掠れた声で歌い始めた。
あ。もぐらのお願い忘れてた。
と、思ったのだが微かにハンドパンから構築陣が浮かび上がり、周りにいたもぐら達は不思議そうな顔をしてお互いに顔を見合わせていた。どのもぐらも煩そうにしている様子がない。
〝あれって、何か細工してあるの?〟
〝細工と言えば細工ね。貴方の力を借りたから、音色が共鳴力を持っているの〟
〝いつの間に。というか私の力ってなんぞや?〟
〝さっき使ってもらった時にちょこっと。貴方が感じていたこの音色に対する感覚を、音色を通して共鳴させているの。共感に近い力かしら〟
〝……さようですか〟
〝あ、考える事をやめたでしょ〟
自分の声とやりとりする違和感と、謎な内容に容量超えしたら割合多くの人間がそうなると思う。
〝もー。にゅーちゃんって呼んでって言ったのにー〟
あまつさえ、自分の声で『もー』とか不満そうに口を尖らせているとわかる口調で聞かされる始末。やめて、わたしの
〝だって忘れちゃうんだもの。寂しいじゃない〟
〝忘れる?〟
〝また後でね。今度は忘れないでね?〟
頭に響く声はそれきり止んだ。
テアーとやらは随分可愛らしい性格のようだが、なんだか振り回されそうで怖い。
まぁそれはともかくとして、ぼうっとしているエイトさんにハープを渡す。
「大丈夫ですか?」
「あ……はい」
エイトさんは不思議そうな顔をして巨大もぐらを見た。
「さっきと同じ声のはずなのに、全然違うんです。って、リツさんは何ともなかったんでしたね」
「あー。はい。まぁ。とりあえずここを出ましょう」
どこかふわふわした様子のエイトさん。何か変な薬でもやったんじゃないかという様子だが、離れていた他のメンバーも同じような状態だった。どうも鈍い反応なのでその場でリレミトにより脱出。洞窟の入り口に瞬間移動の如く移動したら、夢から覚めたような顔に変わった。
「何、今の」
「何だったんだ、今のは」
ゼシカさんとククールさんが声を合わせるように呟き、こちらを見た。
「あ。先ほどの現象、その他もろもろについては質問されても返答出来兼ねますので」
前もって言うと二人ともぐっと言葉に詰まったような顔をした。
「はーリツ嬢さんはすごいでがすねー。聞いたこともない音楽だったでがすよ」
「驚くのそこじゃないから」
「そこもまぁ驚きはしたが、あんなものどっから出したんだよって話だろ。エイトは近くで見てたんだろ?」
「僕にもちょっと……いきなり現れたから、どうやったのか……」
困ったような顔のエイトさんに、ククールさんとゼシカさんの視線が再び私へと向けられる。
「まぁまぁ。聞かれても私も分からないので、今はそれを持ってイシュマウリさんのところへ行きましょう」
「自分でやった事なのにわからないって」
「事情は後で説明しますから、夜になる前に移動してしまいましょう」
尚も疑問を呈するククールさんを宥め、さっさとルーラを唱える。トラペッタでお留守番をしてもらっていた王と姫様と合流し、再びトロデーンへと戻る。
いばらに覆われたこの光景は、何度見てもしんどい。言葉少なく図書室へと入ると、夕暮れの茜色に本棚が照らされていた。月が昇るまでもう少しあるようだ。
「さっきの、どうやったのかそろそろ聞いてもいいか?」
姫様と手を繋いで並んで座っていると、ククールさんが手近なイスを引き寄せて聞いてきた。
「さっき? さっきとは何のことだ?」
何も知らない王が首を突っ込むように入ってきたので、簡単に巨大もぐら事件を説明していると、ゼシカさんとエイトさんもこちらにイスを持ってきた。ヤンガスさんはイスが小さいのかテーブルに座っている。
「私も全て理解していると言うわけではないんですけど」
ぞろぞろと集まってきた面々に一応、そう前振りをして時系列で出来事を並べてみる。
「以前ゼシカさんと出会ったあの港で、オセアーノンという大きなイカと出会ったんですけど、その時に『テアー』と呼ばれたのが最初だったと思います。私には何の事かわからなくて早々に忘れていましたが、アスカンタに行った時に実はイシュマウリさんと出会いまして。それで私がテアーなるものの欠片を魂に宿していると言われたんです」
「そのテアーっていうのが、あの楽器を出したの?」
「楽器? 何の話じゃ?」
ゼシカさんの問いに、王がさらに問いを重ねるので、それ以上話が広がるのを防ぐため手で待ったをかける。
「わかる範囲で説明しますから。
まず、テアーが何であるのかはハッキリしていません。イシュマウリさんも、テアーはテアーだとしか答えようがない事を言われていました」
精霊の類ではないかと考えている事は伏せる。以前エイトさんにも濁して言ったが、ここへきてから精霊という単語を耳にしていないのだ。精霊という概念が無いかもしれないのに、言えば今度はそれが何かを説明しなければならなくなる。この世界そのものを創った存在かもしれないなどと、どう説明しろと。
「とある方ってイシュマウリさんの事だったんですね……」
「それって大丈夫なの?」
エイトさんが思い返すように呟く横で、懸念を深める様子のゼシカさん。
「私の口を使って話しかけられましたが、悪意だったり害意というようなものを感じなかったので特に危険な存在ではないと考えています。
それと、魔物に遭遇しない体質はこのテアーなるものが影響しているのだろうと、魔物の反応を見ていて感じました」
たいていの魔物は創造主たるテアーに対して好意的で、私を同一視している影響で結果的に私にも好意的なのだと思われる。
スライムの件や、先程のもぐらの件を思い浮かべたのか何となく納得顔をする面々。ヤンガスさんはあんまりわかってないようだが、そもそも大して気にしていないようなので関係ないのだろう。
「ハープを盗んだあのもぐらに話しかけたのはテアーでした。その後ハープの代わりとなる楽器が無いかと頭の中で聞かれて思い浮かべたのがあの楽器です。目の前に現れたので私も驚きました」
「その割には堂々と演奏していたように見えたが?」
「仕方ないじゃないですか。あそこで興味を持ってもらわないと、ハープと交換して貰えそうになかったんですから。そりゃ頑張りますよ」
ククールさんの突っ込みに、肩を竦めてため息をつく。
「正体はわからないけど、リツさんは危険だと感じてはいないという事ですか」
まとめるようなエイトさんの言葉に、肯定を示す。
「今回もハープが必要なのを理解して助けてくれたようなものですからね。何となくおちゃめな感じの人? なので、問題ないと思いますよ」
「相変わらずリツは気楽ねぇ」
頭が痛いと言わんばかりにこめかみを指で揉みほぐすゼシカさん。横でククールさんが「まぁリツが変なのは今更だよなぁ」と呟いている。
ははは。相変わらず酷い反応ですこと。
「リツお姉さまとお話が出来るのでしたら、直接お聞きになっては?」
「そうですね。また後でと言っていましたから会話する機会があったら聞いてみます」
仮に悪人だったとして「あなたは悪い人ですか?」と聞いて、イエスと答える者は少ないだろうが。姫様はその辺純粋だからな。
同じことを考えたらしいククールさんが微妙な顔をしていたが、純粋な姫様に配慮してか口にはしなかった。
「まだ月が昇るまで時間があるし、前に聞けなかった事をこの際聞いちゃいたいんだけど」
気持ちを切り替えるように、心持ち身を乗り出すようにして言ったゼシカさんに、はて、と首をかしげる。
「構いませんが、何でしょう?」
「魔法よ、ま・ほ・う!」
あ。あー……そういや何か言われてたな。
「それ、俺も参加で」
手を挙げたククールさんに、これは長くなりそうだなーとから笑い。
案の定、それから月が昇り扉が出現するまで以前申告した魔法について延々と説明させられた。いやぁまじでククールさんが覚えてたのには驚いた。
もう一つ驚いたのは姫様が意外と魔法に詳しかった事。以前シャナクの話をした時、王が姫様に尋ねていたが、それは姫様が一通りの魔法について勉強していたからのようだ。実際に使える魔法は少ないが、知識としてはククールさんやゼシカさんと並ぶ程だ。
王族の嗜みなのかと思ったが、エイトさん曰く男性の場合はまだしも女性では珍しいようだ。聞けば一人っ子なのでトロデーンに何かあれば前に立って守らねばならないと考えての事らしい。「結局魔法を使うことも出来ずに馬にされてしまいましたけど」と、申し訳なさそうに姫様は話すが、戦闘を経験したことのない人間がいきなり出来るわけがないのだ。それでも、時間があれば魔法を勉強したいと話す姫様にゼシカさんが大いに共感して先生役を請け負った。ちなみに、私だと普通の人と感覚が違うから不適当だと手をあげる前にゼシカさんにバッサリ切られた。
月の光で浮かんだ扉を潜る時になっても沈んでいたせいか「出来るようになったら、真っ先にリツお姉さまにお見せします」と慰められた。ありがとう姫様。でもね、どう頑張っても先生役であるゼシカさんの方が先に見ると思うのですよ。いや、うん。気持ちはとてもうれしいからホッコリしたけど。