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ルーラの目標とするため、エイトさんと私(護衛のトーポさん付き)、それとエイトさんについて行くと言ったヤンガスさんが船を降りて建物を目指した。
ククールさんとゼシカさんは船の護衛として残ってもらっている。王は降りたそうにしていたが、エイトさんについてアスカンタに行くわけにもいかないし、私の雑用に付き合ってもらうのもアレなのでお留守番だ。姫様ももちろん、お留守番。一室を急いで整えて寛げるようにはしておいたが、いろいろやっておきたい事は多い。ドラクエに分身の術とか無いだろうか。………無いか。
現実逃避はそこそこに物資調達のついでにと、エイトさんに船員についての相談をする。
操舵技能についてはあまり重要ではないが、留守番要員は必要と思われる事、また、スライムが乗り込んで来てしまっている事を伝えると「魔物に怯えず留守番してくれる人が必要ですね」と許容してくれるらしい返答をいただいた。ひょっとしたら国宝パクリ問題に気を取られていたからかもしれないが。
それはそれとして、エイトさんにも人夫を募るツテは無いため各々で船員探しをする事になった。下手な弓矢も数打てば、だ。
遠目に見えていた建物に近づくと、城らしい造りである事が見て取れた。城下町も無いのに、お城。町がないのはあり得るだろうが、この寂れた感じの場所にいったいどうやって物資を運び建造したのだろうか。人足も集まり難そうな立地なのに。
疑問は置いといて。中には入らず、急いでいたエイトさんが先にルーラを唱えたので何となく手を振って見送る。
「いってらっ――」
エイトさんが飛ぶのと同時に、桟橋に停めていた船も光に包まれて飛んで消えたのが見えた。
「……………」
……タイミングから見て、たぶん、エイトさんのルーラで共に移動したと思われるのだが……あの船、何らかの形で持ち主として認められたらルーラで移動させる事が可能だったのだろうか?
巨大質量が飛んで消えるというびっくり現象に、暫し呆然と空を見上げてしまっていた。
が、突っ立っていても仕方がないので振り上げたままだった手を降ろし、私もトーポさんを肩に乗っけたままパルミドへと飛んだ。
みんな船に乗ってるし大丈夫だろう。うん。集合場所が変わったわけでもなし。気持ちを切り替えている間にパルミドへと降り立ったので、絶叫系の恐怖を感じずに済んだのは幸いなのか何なのか……
パルミドも二度目となると道がわかるのでさっさと進む。情報屋の住む部屋は相変わらずごちゃごちゃとした道の先で、隠れるように存在していた。
「貴方ですか。依頼の件なら完了していますよ」
ドアを叩いて顔を見せるなりそう言った情報屋に面食らった。
「そんなに日数経ってないと思うんですけど」
「情報を撒くぐらいなら簡単ですから。杖の方はまだ調査中ですが」
中へ招き入れられ、ソファを勧められて座る。街の雑多な見た目を裏切る座り心地は相変わらずだ。
「どんな感じですかね? 効果はありそうですか?」
「酔いどれの名が皮肉になるくらいには効いていると思いますよ。本人は心当たりが多すぎるのか戦々恐々としながら仕事をしています」
あらま。本当に働いているのか。というか、よく働かせてもらえる場所があったな。
「どこで働いているんです?」
「酒場です。酒場にいながら一滴も飲めないんですから、皮肉にもなります」
「それはそれは……まぁ身から出た錆ですから一生懸命働いてもらって、お酒が完全に抜けたら解除という事で」
アル中だと思うので、かなり難しいとは思うがそこは知ったことでは無い。そもそも手を出して来たのはあちらさんなので遠慮は無用だろう。ただ、私が仕返しを依頼する前に既に
「わかりました。そのようにしましょう。
それで、本日の要件は何でしょう?」
察しのいい言葉に、さすがだなぁと思いつつ本題にうつる。
「無事に船を入手したので、船乗りを探したいなと」
情報屋は軽く眼を見張ってから、顎に手を当て考え込んだ。
今、まじで入手したのかと思ったでしょ。私もまじで入手出来るとは思ってなかったですよ。
「たしか、ゼシカ・アルバートがお仲間に居ましたね」
「はい。あー、なるほど」
「アルバート家の名を出せるなら、ポルトリンクで協力してくれる者がいるかもしれません」
「出せるなら、ですねぇ。一応聞いてみますが望み薄だと思います」
家出娘だからなぁ。
「そうなると厳しいですね。船乗りは大抵誰かしら船長の下に着いていますから」
「そうですよねぇ……まぁ船を操作する能力は二の次として信頼の置ける留守番役がいればと。ついでに魔物を目の敵にしていない人がいれば尚ありがたいなと」
「それなら、モンスターバトルロードでしょうか。ただ、あそこはそれなりの地位にいる者がほとんどですから、子飼いや親しいハンターを紹介してもらうにも時間はかかるでしょう」
「ですよねぇ……モリーさんに聞いてみようかなと考えていたんですけど、難しいですよね」
そうなると私の次善策は尽きる。せいぜい行く街々で出会った人から人づてに募るぐらいか。
「あの御仁とお知り合いでしたか。であれば、モリー殿に協力していただくのが一番堅実でしょう」
「そうなんですか?」
情報屋は少し苦笑して頷いた。
「あのような格好をしていますが、義に熱く信頼できる方です」
へー。ただのバトルジャンキーではないのか。いや考えてみれば、ただのバトルジャンキーなら自分が戦いたがるか。
「ではこれからモリーさんのところに行ってみます」
「ご健闘を」
情報屋に礼を言って対価を払い早速ルーラで飛ぶ。安全装置なしのジェットコースターを耐えた後、森の中に建つ建物の側に降りた。
何度も飛んできたので慣れたと思ったが、着地した途端、がくりと足の力が抜けてたたらを踏んだ。
「大丈夫か?」
元の姿に戻って支えてくれたトーポさんに大丈夫と頷く。
「すみません、やっぱり怖いものは怖いらしいです」
「怖い……のう。お主、魔力切れではないのか?」
「は?」
言われてヒャドを唱えてみると、驚いたことに軽い目眩がした。
「………もしかすると?」
「自覚が薄すぎるじゃろ」
首を傾げて言ったら即効で突っ込まれた。
「えっと、その、以前魔力切れを起こした時は身体が動かなくなって意識がぶっつり切れたので」
「なんじゃそれは。普通は身体がだるくなって使用を控えるもんじゃぞ? 気絶するなど危険な状態ではないか。何をしたんじゃ」
「さ、さあ?」
「さあ?」
いや、そんな凄まれてもわからないです。なんかすいません。
「とりあえず、怠いだけで他は問題無いので行きましょう」
さあ行こうほら行こうと扉を開きトーポさんを手招く。釈然としない表情をしていたが、問答をする気のない私にため息をついてネズミの姿に戻って来てくれた。
いやぁ、今まで魔力切れの経験はあるから大丈夫と嘯いていたが、全くもってわからなかった。あっぶね。エイトさんにバレたらどやされるとこだ。どこかで魔力量の確認しないとまずいな。
それにしても、それほどの魔力を使った記憶がないのだが……いや、あれか?
脳裏に浮かんだのはイシュマウリさんの意味ありげな微笑。そして、姫さまに流れた魔力の感触。
思い浮かんだところで確認する術はなく、まぁいいやと思考を打ち切り地下へ。今日も今日とて闘技場は活気に満ち溢れていた。そして緑と赤が特徴的な御仁も今日も今日とて仁王立ちしていた。横にバニーさんもついている。反射的に声を掛けたくない衝動に駆られるが、それが目的なのでぐっと堪えて声をかける。
「こんにちは」
「ん? おお! ガールではないか! 最近見ないから心配していたのだぞ」
あら、いろんな人をスカウトしているだろうから覚えていないかと思ったが、そうでもないようだ。
「さっそく次のランクの挑戦を」
「ではなくてですね」
話を止めるとあからさまにガッカリされた。いやまぁ、モリーさんとの約束? があるので、そちらを無視するのも悪いとは思うのだが、こちらも気楽な旅をしているわけでもないので勘弁して欲しい。というか、あの約束はエイトさん主導でお願いしたい。
寂しそうな顔をする髭面のおっさんというビジュアルに、何とも言えないものを感じつつ、本題を切り出す。
「実はですね、魔物だからといって怯えず、かといって無闇に斬りかかる事もしない人物を探していまして」
「それならここに居る者はほとんどそうであるが」
「あ、はい。その上で私たちの船の留守番をしてくれる人を探していまして」
「船?」とおうむ返しに問われるので簡単に事情を説明した。その途中で以前話していた道化師の事と繋がったのか、その辺の事も聞かれたのでぼかして伝えると腕を組んで悩まれた。
「うーむ…………協力したいのだが……いや、そうか」
不意に迷いが晴れたような顔になるモリーさん。
「ガールよ、モンスターバトルロードのチャンピオンとなるのだ!」
なぜに?
「……その件はエイトさんに」
「まてまて、話を蒸し返そうとしているのではない。ガールがチャンピオンとなった暁にはこの私が共に行こうではないか!」
「モリーちゃん?」
鼻息荒く宣言したおっさんに私が突っ込むより先に、隣のバニーさんがブリザードの気配を纏わせて突っ込んだ。
おっさんは慌てた様子でバニーさんと後ろを向き内緒話を始めた。
「ほれ、ここ最近盛り上がりに欠けるとは思わんか? 各ランクの顔ぶれも固定化されつつある」
「まぁ………確かにそうね」
「よいか? ここでこの新人が破竹の勢いでランクを登って行くとする。そうすると?」
「……上位ランク者は危機感を抱くか警戒するか」
「負けた者は?」
「そりゃ悔しいでしょうね」
「それだ! それがないのだ! 相手が強いから負けるのは仕方がないと諦めるその姿勢がいかんのだ! 負けた悔しさをバネに次の試合に臨むのだ! それこそ熱き戦いの場であるバトルロードに相応しいと思わんか!?」
「……まぁ」
「それにだ、そんな事はないと思うが、もし、万が一、ひょっとしたら、なにかの偶然で私が敗れたりしたら、誰もが思うだろう! 自分もチャンピオンになれるのかもしれないと!」
「で、モリーちゃんは毎月のマンネリした消化試合の監督から解放されて自由になるのね」
「そのとおり! ………あっ……い、いや違うぞ? 断じてつまらないから自由なガールが羨ましいとか思ってないぞ!? 各ランクごとに工夫を凝らすべき点が見えてくる事もあるのだからな?」
二人の内緒話は声がでかいのでダダ漏れである。ついでにおっさんの魂胆も丸見えである。
だが、そういう事なら別段こちらとしては構わない。タダで留守番してくれそうだし。
問題は私たちのチームではモリーさんの出した条件を満たすことが難しいというところだろう。
「まぁいいわ。確かにここのところ面白みに欠けているのは事実だし。ただし、その子がチャンピオンになったら月に一度は挑戦を受ける事。それが条件よ」
「う、うむ」
「まぁ……挑戦者が現れればの話だけど」
モリーさんはわざとらしい咳をしてこちらに向き直った。
「あ、その条件で了解です」
「……う、うむ」
出鼻を挫かれてどもるモリーさんに続ける。
「ただ、すぐにというのは難しいです。何せ今のチームはさまようよろいにスライム、プチアーノンですから」
「……一回だけでも出てみないか? 確かガールのチームは出たがっていると聞いたが」
「そうなんですか?」
「世話係りの者がそう話していた」
「そういう事なら一度、あの子達に会えますか?」
「おお構わんぞ」
係りの人を呼んでもらい、その人に着いて行き面会した結果、出場する事となった。
そして阿鼻叫喚が始まった。
相方がインフルに罹患。隔離しながら子供の世話をして何とか治ったと思ったら階段でこけてケツ強打。時間差の泣きっ面に蜂でした。
インフル、お気を付けくださいませ。