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ルーラで戻ると、日暮れの城の前にエイトさんが一人立っていた。エイトさんはすぐに気付いてこちらに駆け寄り、
「遅いから心配しました――って……あの、彼らは?」
私だけではないことに気づいて足を止め、戸惑いの顔を見せた。
「モリーさんです。二人はモリーさんのお知り合いで戦士のライアンさんと商人のトルネコさんで、こちらはモリーさんの所で働かれていたグラッドさんです」
さすがにモリーさんの顔は覚えていたようで、それは分かるけどという表情をして状況説明を求めるような視線を送ってきた。
「人手が足りないという話になったじゃないですか。で、人手です」
「……………モリーさんが?」
「と、後ろのお方も」
「……………本当ですか?」
私にではなく、モリーさんに尋ねるエイトさん。
モリーさんはいつものように腕を組み不敵な笑みを浮かべて鷹揚に頷いた。
「いかにも。ガール、いや、チャンピオンには負けたのでな。バトルロードは暫く休業だ」
「負けた? チャンピオン?」
「あ、これお土産です」
はいどうぞ、と英雄のヤリを手渡す。
「お土産って……こんないいヤリ、どうしたんです? って、いやいやそうじゃなくて、その三体は」
気づかれました? そりゃ気づかれますよねぇ……
私の足元にはチビイカとスラリン。そして横にはジョーさんがいる。ついでに言えばライアンさんの傍にはホイミン。
ことの発端はライアンさんだった。
ホイミン(あのホイミンじゃなくて、こちらで懐かれたらしい。どんだけホイミスライムに縁があるのだ。そしてそのネーミングって適当なのか情が深いのか……)を一人には出来ないと連れて行く事になり、そしたらうちのメンバーが大ブーイングを起こした――らしい。世話をしていたグラッドさんの通訳なので定かではないが、ガッシャンガッシャン鉄格子を揺らされてちょっと怖かった。グラッドさんは四十代の朴訥そうなおじさんなのだが、その魂はさすがモリーさんに見出されただけはあった。なんと、チャンピオンのチームを世話したいから自分もついて行くと主張したのだ。一歩も引かぬという気迫をにじませた顔で。その時、まだ私はチビイカ達を連れて行くとも行かないとも言っていなかったのだが、絶対に行くのだと言って聞かない――実際言葉を挟む隙も無かった――グラッドさんに、これがドラクエ恒例の「はい」しか選べない選択肢かと現実逃避をしてしまった。そして目出度く大人数での帰還となったのだ。
ちなみに残りの嵩張るお土産と追加購入の物資はライアンさんが持ってくれている。婦女子に重い荷物を持たせるのは酷だろうと言われて。予想以上にライアンさんが紳士だ。これで歳が近かったら惚れてたかもしれない。
グラッドさんも同じく荷物を持とうとしてくれたが、お世話用の道具やらなんやらで結局持てなかった。天然の気があるようだ。歳が近かったら揶揄いまくっていただろう。
尚、英雄のヤリを私が持っていたのは、全部持たせる事への抵抗を主張した結果。
「それもまた後で説明します。とりあえず紹介の続きをさせてもらいますね。
こちらは、私達の実質取り纏め役のエイトさんです」
「ライアンという。よろしく」
「トルネコと申します。よろしくお願いしますね」
「グラッドです。チームの世話はお任せください!」
「あ、これはご丁寧に……チーム……? えっと、エイトと言います。こちらこそよろしくお願いします?」
ひとまず無事に挨拶出来たところで、日も暮れているので船へ急ごう。そうしよう。と、煙に撒くのにはさすがに無理があった。エイトさんは混乱しながらも「すいませんちょっとお待ちいただけますか?」と私以外の面々に断りを入れて彼らから私を引き離すように距離を取った。
「………どういう流れです?」
「簡単に説明しますと、モリーさんに船の護衛が出来そうな人が居ないか聞いたら、交換条件でチャンピオンになるよう言われた結果、うちのチームが快進撃を繰り出して全ランク制覇を成し遂げ見事にチャンピオンになりました」
「………はい?」
「その結果、高ランクに所属していたライアンさん、トルネコさんとも知古を得まして、彼らの目的とこちらの利益とが一致したのでお誘いをしました。ちなみに当初モリーさんに聞いた船の護衛役はモリーさん自身です。で、モリーさんも一緒に来たという流れです」
エイトさんはこめかみに指を当て、呑み込みづらそーに目を細めた。
「えー……っと。リツさんはあちらの方々は信頼出来ると考えたわけですか?」
「はい。陛下や姫様の事までは話していませんが、ドルマゲスを追っている事は話しています。その上で協力を取り付けました」
暫しエイトさんは難しい顔をしていたが、一つ頷いた。
「わかりました。リツさんがそう言うのなら信用します。でも、先に相談して欲しかった、かな」
それはそうだ。と思ったので、素直に私も頭を下げる。
「その点については本当にすみません。ライアンさんもトルネコさんもあちこち飛び回っている方なので次いつ会えるか判らなかったもので……いえ、引き止める事も出来ましたし言い訳ですね。ごめんなさい」
本当のところ、まさかのライアンとトルネコの出現に慌てていたというのが大きい。少しばかりのミーハーな部分があったのも否めない。ゲームと現実の彼らが同一だとは限らないのに、先走ったのは早計だったかとこちらに戻る途中ちらと頭を過ぎったりもしたのだ。
「気を付けてもらえればいいですよ」
エイトさんは笑って軽い調子で言ってくれたが、こうして考えると自身の軽率さが際立つようで居た堪れない。
「戻りましょう、みんな心配してますから」
促され、そうですねと戻ろうと足を出したところで、
「そういう所を見ると僕も気が楽になる部分もありますから。まぁお互い様で気を付けましょう?」
ぽん。と肩を叩かれ、エイトさんに先に行かれる。
「……………成長率高すぎじゃないっすか?」
零した呟きは夕暮れに消え、一瞬呆けた後、私も急いで戻った。
モリーさん達には隠すような内容でもないので、私が事前連絡を入れていなくて驚かせたという事を説明したら、暖かい視線と苦笑を貰った。外見が幼く見えるらしいので小さい子の失敗とでも考えているのだろう。痛い。
溜息をつきたくなるのを堪えながら船へと歩いていると、横に並んだエイトさんがそういえばと声を潜めて聞いてきた。
「リツさん。モリーさん苦手だったんじゃ?」
「それなりに苦手です。でも人となりは悪くないと思いまして。それに魔物に怯えないという人選からして普通の人が選べないですし」
エイトさんは『あーなるほど』という顔をした。
「みんな驚くだろうなぁ」
「説明は私からしますが……案外みなさん平気だと思いますよ」
なんたってナメック星人のような王が大丈夫だったんだから。ククールさんも何だかんだ順応性あるし、戸惑うのは最初のうちだろう。ゼシカさんは問題ない。彼女の肝の太さはメンバー中最大を誇っている、と思う。ヤンガスさんはエイトさんが良ければオールオッケーとなるので、こちらも問題ない。
「エイトさんの方は大丈夫でしたか?」
「あぁ、はい。どう説明したものか困りましたが、結局そのまま説明したら、もともと譲るつもりだったので構わないとお許し頂けました」
「そのまま話すとか勇者ですか」
「……言い訳が思いつかなかったんですよ」
ちょっと拗ねたように言うエイトさんに笑ってしまう。エイトさんらしいと思ったが、正直なところまさかそのまま話すとは、だ。私も私でやらかしているが、エイトさんもエイトさんでやらかしているとは……。今度こういう事があったら一緒に行こう。エイトさんが拘束される事になったらやばい。
「ところでここはどのあたりになるのですかな?」
やや後方を歩いていたトルネコさんが、辺りを見ながら疑問を口にした。日も暮れ、薄暗い中で周囲の様子はよく見えない。
「位置的にはマイエラ修道院の北になります。北の大陸との間にある小島ですね」
エイトさんの説明に、なるほどとトルネコさんは頷いた。
「では後ろのお城はメダル王のお城でしたか」
メダル王?
「今は王は臥せっているので、王女が代行されているようですよ。先程挨拶をしてきました」
「メダル王……女? が、一人で治めておられるんですか?」
もしやという気持ちを抑えて話を繋げるために水を向けると、エイトさんは頷きながら応えてくれた。
「家臣は少ないそうですが、資産を動かして維持しているみたいです。あ、いや、増やしているのかな? 小さなメダルというものと宝物庫にあるものを交換しているようなので」
いるのか。この世界にもメダル王……じゃなくて王女だけど、いるのか。
「どんなものを交換しているんです?」
「交換ですか? すみません、そこまでは聞いてなかったです」
あまり興味が無かったらしいエイトさんが申し訳なさそうに頬を掻いた。それを聞いて宜しければと口を開くトルネコさん。
「以前聞いたものと変わりなければ、あみタイツ、お洒落なベスト、てんばつの杖、金塊、ほしふるうでわ、きせきのつるぎ、しんぴのよろい、オリハルコン――」
オリハルコン!?
「メタルキングヘルム、あとは沢山集めたら公開されるそうですよ」
トルネコさんの記憶力に感謝。
オリハルコンが貰えるというのなら、集める価値はある。ちょっと引き返して詳細を聞きたいのだが、この時間帯に行っては迷惑だろう。しかし……気になる。大変気になる。とっても気になる。いや落ち着け、つい先ほども軽率だったと自戒したばかりだ。
「リツさん?」
そわそわしているのがバレたのか訝しむエイトさんに、一瞬迷ったが実はと打ち明ける。
「トロデーン城から壊れた剣を持って来たじゃないですか」
「そういえばありましたね」
「あれ、オリハルコンがあれば直るかもしれないんですよ」
情報量の多いインパスにめげずに何度も挑んで調べたのだ。元々剣に使われた鉱物、即ちオリハルコンがあれば、錬金釜で修復が可能かもしれない。
驚いてくれると思ったのだが、エイトさんは苦笑を浮かべていた。
「リツさん。陛下みたいですよ」
……おぅふ。
先程までの興奮が潮が引いていくように静まった。
いや、まぁ、全く感化されていないとは言いませんけども。でもそれを抜きにしても多少興奮するのは仕方ないと思う。何しろ使えなくなった剣なのに宝物庫に後生大事に保管されていたのだ。しかも材質がオリハルコン。勇者の剣クラスの物ではないかと想像してしまうのも無理はないと思う。
その辺りのことをエイトさんに説明するのは難しく、黙り込むしかないのがちょっと悲しい。
「何か交換したいものがあるのですか?」
トルネコさんの問いに悲しみを抱えたまま曖昧に頷く。
「ええまぁ」
「それでしたら、いくつか私も所有していますからお譲りしましょうか?」
「いいんですか?」
「タダではないですが」
さすが商人。心得てやがる。
「おいくらでしょう?」
「いえいえ。貴女についてお聞きしたいんです」
「私?」
聞き返すと、そうだと頷かれた。はて、なんだろう。
「ライアンのホイミンを癒していたでしょう? 魔物を癒す術はモリー殿の専売特許の筈なのですよ。どうやったのかと思いまして」
なのですよと言われても、こちらはただの回復魔法をかけているだけなのだが。
エイトさんも私が特に変わった事をしているわけではない事を知っているので、私と一緒に困惑している。
「回復魔法が何故か効かないんです。薬草の類もですね。それを成したのがモリーさんなんですよ」
「トルネコ、ホイミンは薬草で回復するぞ?」
重々しく話すトルネコさんに、背後からのデッドボール。モリーさんと話し込んでいたライアンさんがフレンドリーファイアをかまし、何食わぬ――いや、何も意図していない顔でモリーさんと再び話し始めた。
トルネコさんはなんとも言えない表情をして、気を取り直すように首を振った。
「ライアンは例外と考えてください。ホイミンに対する執念が尋常では無いので」
あ。はい。了解です。
私は納得したが、エイトさんは困惑したまま。それでも話が進まないので了解の意味でだろう、頷いた。
「そう言われましても、特に変わった事はしていないんですけど……
ちなみにモリーさんはどうやって?」
「ある特殊な薬を使っているそうです。貴重なので市場には出回らないものらしいのですが詳しくは私も知りません」
そこは敢えて知らない方が厄介ごとにならないのだろう。トルネコさんも商売になるなら手を出しているだろう。
「特別なことは何もしていないですよ? 普通に回復魔法をかけているだけです」
「そうですか………ちょっと私にかけてもらってもいいですか?」
「回復魔法をですか? えっと……」
私はちらっとエイトさんを伺いながら言葉を濁す。
「その、今日は魔力があまり残っていないので明日でもよろしいでしょうか?」
ここへ帰るのもキメラの翼を使って戻ったのだ。多分もう少し程度なら平気な気がするが、エイトさんにふらつくところでも見られたら何を言われるかわかったものではない。
「そうでしたか。それは申し訳ありません。明日でも全く構いませんのでお願いします」
「わかりました」
「リツさん、魔力切れに?」
驚いた顔をしているエイトさんに、多分と返す。これまでバカスカ魔法を使ってもピンピンしていたので魔力は相当あると思われているのだろう。何をしたんだという視線を感じる。
「私がではなく、イシュマウリさんだと思います。ほら、船を浮かせた時です。魔力が姫さまを通じて彼の方に流れたのを感じたので」
「え、あれってそうだったんですか?」
コソっと話したら、全く思っていなかった様子で目を丸くするエイトさん。
「多分足りない力を補った結果ではないかと思うんですけどね。少しだるいだけで問題はないので心配無用ですよ」
「ほんとに?」
「嘘ならこうして歩いてないですって」
なるほど、それもそうかとエイトさんは割合すんなり納得してくれた。
雑談を交えつつ歩を進め、程なく船へとたどり着く。
船上へと戻ると、真っ先にヤンガスさんが駆け寄ってきて、モリーさんの姿に驚いていた。
二度三度と同じ説明を繰り返すのも大変なので皆に集まってもらいモリーさん達の紹介と経緯を説明した。
尚、朝食も昼食も保存食だったそうなので、食堂と思われるスペースで簡単な夕食を作って口にしながらの説明だ。
ゼシカさんはお嬢さん育ちであるから仕方ないにしても、ククールさんは騎士なら食事を作る事もあっただろうに……おかげで王が老け込んだように背を丸めて有難そうにスープを啜るという居た堪れない光景を見る羽目になった。
モリーさんを始めとする船の護衛メンバーについては、特に問題なく受け入れてもらえた。見知らぬ相手なので渋られるかなと多少身構えていたが、あっさりと認められたのはモリーさんのお陰だろう。濃いキャラに当てられて判断能力が低下したとも言うかもしれないが。
それは良かったのだが、バトルロードで優勝した話になった所で一様に『何してんの』的な視線を送られ、声を大にして言いたかった。『私は何もやっていない』と。
しかし、モリーさんやトルネコさん、ライアンさんを貶す事にもなりかねないことを言うわけにもいかず、内心グギギギと歯噛みしながら見返すしか出来なかった。腹いせに、ライアンさんに持ってもらっていた優勝商品をテーブルの上に乗せていく。
バニースーツ。理性のリング。豪傑の腕輪、斬魔刀。ドラゴンローブ。
聖者の灰は錬金に使用出来そうだったので別にしておく。
理性のリングはエイトさん、豪傑の腕輪と斬魔刀はヤンガスさんへ。問題はドラゴンローブとバニースーツだった。
「いや、普通に考えてゼシカが装備するべきだろ」
束の間の沈黙を破ってククールさんがドラゴンローブを指して言った。ライアンさんがうんうんと頷いているのは、防御力の高い防具を女性であるゼシカさんに進めた為だろうか。
「でもそれじゃ全体のバランスが悪いわよ。私ならコレを装備出来るんだからコレでいいわ」
バニースーツにもかかわらず現状の装備よりも良いという謎。そしてバニースーツであろうと恥じらいもなく男前な発言をするゼシカさん。
「いや、しかしな。さすがにこれは……」
「うーん……寒いと思うよ」
助けを求めるようにエイトさんに視線を送るククールさんと、的外れな意見を言うエイトさん。寒いだろうけど一番の問題はそこじゃないと思いますよ。何気にエイトさんって効率重視なところがあるのね……
これはダメだと感じたらしいククールさんの視線がこちらに向けられる。
「持ってきたのはリツなんだから、リツが決めてくれよ」
そうきたか。
いや、まぁね。もとよりゼシカさんがバニースーツを着る場合、単体で着せる気は全く無いのだが。そこはまぁアレなので敢えてこう返そう。
「戦闘については素人なので皆さんで判断していただくのが一番かと」
『お前なぁ』という視線をいただくが、実際戦っているのは彼等なので、素人が口を挟むものではない。先ほどの視線のお返しなどではない。
とりあえず休める場所を整えねばとその場を辞して、空いている部屋の寝具やらなんやらかんやら大急ぎで整えてモリーさん、ライアンさん、トルネコさん、グラッドさんを案内する。一部屋安いビジネスホテル並の狭さだが、ちゃんとした個室だ。狭さよりも個室である事に喜ばれた。チビイカ達は勝手に一室で遊んでたので放置。
明日の朝になったらまた食堂でご飯でも食べながら、細かい事について詰めましょうと伝えて別れ、一番大きな部屋に向かい姫様に遅くなったことを詫びて夕食を出し、食べてもらいながら問題がないか尋ねる。
目下一番の懸念はトイレ事情だ。私がいる時は衝立越しに触れている間に済ませることができるが、問題は不在の時。その時の対策は一応していたが、どうやら問題なかったらしい。テラスの一部を改造しておいた甲斐があった。少々不恰好になったのはご愛嬌。どんだけ精度を高めても所詮はバギだ。大工道具のようにはいかない。
他は特に問題がなさそうなので、残りのメンバーの部屋を整え、力尽きた。装備品の分配について決まったとククールさんに声をかけられたが、もういろいろありすぎて――そういえばこの船も空を舞った――疲れ果て、生返事を返して寝た。
翌朝、バニースーツのゼシカさんを目撃して吹き出し、急いで羽織るものを整えたのはいうまでもない。
というかゼシカさん、踊り子の服の時に渡したのをなんで着ないんだ。着てくれ、お願いだから。ナイスバデーを目の前にすると胸が痛くなるのだよ。
朝からぐったり気味で、朝食を作ったらエイトさんに休むよう言われてしまった。モリーさん、ライアンさん、トルネコさんと細かい事について話す予定だったのだが、それもエイトさんが引き受けてくれ、それならと姫様の食事も持って食堂を後にした。