ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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びっくりした

 航海は順調に進み、予定通り北の島に船を着岸したがそこには私たちの船とは別に小型の船も着岸しており、あれがベルガラックから差し向けられた追手なのだろうと思われた。

 島には船の上からでもいかにもな暗雲が立ち込めているのが見え、なんとなくゾワゾワとして落ち着かない。

 

「気を付けて」

 

 準備が終わったエイトさんに、他に言葉が見つからずそれだけ言うとエイトさんは笑って頷いた。

 

「はい、リツさんも陛下とミーティア姫の事をお願いします」

「はい」

 

 今更ながら出来るならついていきたい。心配だ。未だに首を掴まれた手の感触は忘れてはいないが、いざ追いつくとなると恐怖よりも心配が先に立つ。ついていっても足手まといになるのが関の山なので我慢するが。

 なんとも言えない気持ちで姫様や王と見送り、不気味な黒々とした雲が漂っていたので王と姫様は先に船室に戻ってもらった。

 警戒にあたるライアンさんとしばらくエイトさんが向かった先をなんとなしに見つめていると、不意に下から声をかけられた。

 

「お前たちは何者だ?」

 

 甲板から下を覗き見ると、騎士風の長い髪をオールバックにした男がこちらを見上げていた。男の横には魔法使いっぽい男女の姿もある。

 

「尋ねるのならば、先に名乗るが道理。そなたらは何者だ?」

 

 ライアンさんが私の肩に触れて後ろに下がるように目で示した。

 

「我らはとあるお方より密命を受けている。身分を明かす事は出来ん。が、一つ忠告をしておいてやろう。この島の中央にある古い遺跡には近づかないことだ。もしこの忠告を無視して遺跡に向かうのなら何が起こっても知らないぞ」

「それはどういう意味ですか?」

 

 せっかく危険だからと隠してくれようとしたライアンさんにすみませんと頭を下げて、聞き捨てならない事を言う彼らに問いかける。

 

「遺跡の事を何かご存知なのですか?」

「ふん。知らないのなら、首を突っ込まない事だな」

「……ベルガラックの方ですね」

「なっ」

「小型船といえど、船を所有している方は多くありません。そしてベルガラックのギャリング氏が殺され敵討ちに数名この島に向かったという情報がありました」

 

 素性を言い当てられ目を見開く男に、理由を言うと少し落ち着いた顔になった。

 

「私たちの仲間も遺跡に向かっているのです、何かあるのなら教えていただけませんか?」

「お前たちは何故遺跡に向かう?」

「そちらと同じ理由かと。私たちもずっと追っているんです」

 

 男は私の言葉を聞くと後ろの二人と二、三言葉を交わすとこちらに向き直った。

 

「そういう事であれば我らも急がねばならぬ。何もしていないとあっては契約違反だからな。

 もし、遺跡でお前たちの仲間を見かけたら助言ぐらいはしてやろう」

 

 それだけ言って、「ではな」と男は背を向け、後ろの二人は軽く会釈をして行ってしまった。

 話は聞けなかったが、あの様子だと敵対するつもりはなさそうだ。ここから動けないので今できることは無いかと、ライアンさんに少々のお小言をいただきつつ、こっそりため息をつく。

 海風なのに、変に乾いたような冷たい風を受け少し寒い。ライアンさんに船室へ戻りますと言って下へと降りる途中、ああそうだと思い出した。

 今日は姫様の魔法の練習を見る予定だった。あのゼシカさんが二人で練習してもいいという許可を出してくれたのだ。ゼシカさんが姫様の練習を見れる時間はそれほど多くないので、今まで一緒に練習を見てきた様子から、私と二人でも大丈夫だろうと判断したとのこと。

 但し、私には余計な助言はしないようにと釘を差してきた。構築陣の完成度とか不備を指摘するのはいいが、魔力操作に関してはアウトだと。そもそも私のやり方がゼシカさんにも理解できないので、助言にならないどころか混乱させるだけだと。まぁそこはわかっていたので頷いたが、けんもほろろに言われるとせつない。

 まぁ、たぶんゼシカさんは私や姫様が待っているだけでは落ち着かないだろうと思って言ってくれたのだと思う。実際とても落ち着かないのだが。

 姫様の部屋に伺って、魔法の練習をどうするか聞くとすぐにやりたいとの事だったのでその場で始めた。

 船上なのでメラではなくヒャドをするようにゼシカさんからは教えられている。

 私は邪魔にならないよう腕に触れ、真剣な表情でヒャドを唱える姫様を見守るが、まだまだ構築陣の形成があやふやで発動までには至っていない。

 ゼシカさん曰く、この最初の発動が大変らしい。一度成功すると次の魔法もかなりやりやすくなるようで、本当はメラの方がやり易いから苦労するだろうとも言われた。私から見るとヒャドもメラもそう変わらない難易度だと思うが、もしかすると適性みたいなのがあるのかもしれない。

 私の場合はアミダさんから教わった時、結果的にメラからだったが、そのあとはヒャド、ギラ、バギ、イオ、ホイミ。そして教わった訳では無いがキアリー。もはや適性なにそれおいしいの?状態である。

 そういえばキアリー連呼して使えたのは誰にも言うなって言われたなぁと思い出す。あれは知らない構築陣の魔法でも使えるようになるのがあり得ないからかな?

 うんうん唸りながら頑張っている姫様を見ると、メラが出来なくて唸っていた自分と重なる。

 ずっと姫様は頑張っていたがなかなか進捗は芳しくなく、ひと休憩入れましょうと声を掛ける。ずっと集中していたままの姫様は力なく頷いて椅子に座りちょっと悔しそうだ。

 

「私も最初にメラを教わった時には全然出来なくて大変でしたよ」

「そうなのですか?」

 

 私の時の事を言えば、姫様は驚いた様子で聞き返してきた。

 

「リツお姉さまは、もっと簡単にされているのかと思っていました」

「それが言われている事が全然わからなくて、ミーティア姫のように構築陣を出すことも出来ない状態でしたよ」

「ええ?」

 

 両手で口を押え、本当に? と目を丸くする姫様に笑って頷く。

 

「教えて頂いていた方にはダメだこりゃと言われて、それでもうダメ元でいいから私の手を使ってやってみてくれないかとお願いしたんです。そうやったらなんとなくわかって、それからやっと使えるようになったんですよ」

「手を?」

「はい。こう後ろから手を重ねてもらって」

 

 姫様の手に自分の手を重ねて見せると、姫様はじっとそれを見つめて言った。

 

「あの、それをミーティアにもやっていただけませんか?」

「これを?」

「はい、ミーティアもそれで何かわかるかもしれません」

「ええっと……」

 

 ぎゅっと手を握られて言われ言葉に詰まった。

 私はやってみるのはいいのだが、これって止められてた事に抵触するのでは……

 

「もちろん、ゼシカさんにはミーティアがお願いしたとお話しします。リツお姉さまに無理を言ってやってもらったと、ですから」

 

 と、思ったら姫様はわかって言ったようだ。

 そこまで覚悟してるなら私も一緒に怒られる覚悟をしようではないか。

 

「わかりました。ただ、たぶん私に教えてくれた方はゼシカさんと同じやり方で魔法を使っていたと思います。私はそれとは違うやり方みたいなので、その時のように出来るかどうかはわかりません」

「構いません。お願いします」

 

 迷わず頷く姫様に、行き詰まってたんだろうなぁと思う。

 たぶん藁にもすがる気持ちなんだろう。そういう気持ちはわかるので、姫様を促して立ち上がり、テーブルの上に用意していたバケツに照準を合わせて姫様の手に自分の手を重ねる。

 そして自分の魔力の栓を開けるのではなく、姫様の力を……と、考えるができない。

 いや、これ、アミダさんどうやったんだ??

 

〝逆にすればいいのよ〟

〝逆?〟

〝リツのを使えばできるわ〟

 

 私のを? と、いうと姫様と私の位置を逆にするってこと?

 そう思ったが、それが正解なのかにゅーちゃんは答えなかった。

 

「えーと、姫様。提案なのですが、私がやっているように、私にしてもらっていいですか?」

「え? ミーティアがやるのですか?」

 

 姫様の戸惑いもわかる。出来ないからやってもらおうとしてるのに、なんで出来ない側がやろうとするのか。

 私も同意見だったが、物は試しですと言いくるめて位置を逆に。

 ものすごく戸惑った顔のまま、姫様は促されてヒャドを唱えた。

 いとも簡単に私の掌の先に、氷塊が生まれてバケツの中に落ちた。ちなみに魔力は私のが使われたようだ。

 うん?

 うん??

 にゅーちゃんに言われたからやったものの、なんで? 姫様自身は発動できないのに、これではまるで私が魔法生成装置になったような……

 そこまで考えて、ハッとした。

 アミダさんが危惧してたのこれか!

 魔法を使えない者でも、私に魔法を使わせる事が出来て、しかも知らない魔法も連呼すれば使えるとか、とてもいい魔法兵器ですね。ニッコリ。って事か!?

 内心愕然としていると、姫様がポツリと言った。

 

「あの、わかったような気がします。リツお姉様、触れていていただけますか?」

「あ、はい、もちろん」

 

 姫様の声で我に返り、姫様の腕に触れる。姫様はすぐに目を閉じて集中し、ヒャドを唱えた。そして姫様の掌の先に、氷塊が生まれバケツの中に落ちた。

 

「魔力を構築陣の形にするのではなく、イメージした構築陣に魔力を流すのですね!」

 

 興奮した様子で振り返る姫様に、私はいやぁな冷や汗が出た。

 なんか発言からして、ゼシカさんの教えてたやり方じゃなくて私に近い方法でやっちゃった感がある。これ、ゼシカさんに叱られそうな予感が……

 しかし目の前で出来たと、素直に喜ぶ姫様に水を差すことも出来ず、はははと乾いた笑い声をあげるしかなかった。

 心配していた遺跡に出向いていたメンバーが帰ってくるまで、私は二重の意味でそわそわする事になったのだが、結論からいうとゼシカさんには溜息をつかれただけで終わった。私と二人で練習するという時点で何かしらやってくれるだろうと思っていたらしい。そんなつもり微塵もないのだけど、ゼシカさんの私に対する悲しい信頼が見て取れた。

 まぁそれは余談として、帰ってきた面々が言うにはドルマゲスが遺跡に入るのを目撃したものの、闇のようなもやに阻まれて遺跡に入ろうとしてもいつのまにか外に出てきてしまうらしい。丁度居合わせたベルガラックから来ていた例の傭兵が、サザンビークにある魔法の鏡が闇を払うという話をしていたのも聞いて、そっちに行ってみるか、もしくは私がどうにか出来ないかと考え一旦戻ってきたらしい。

 いや、さすがに空間がねじ曲がっているようなものに手出し出来ない。何かしてみろと言われても攻撃魔法ぶっ放してみる程度しか思いつかないし。

 試しに言ったら攻撃魔法はもうゼシカさんが叩き込んでいた。さすがです。

 だがそれも闇に吸収されるように消えたとの事。であれば、お手上げだ。一応情報屋にも連絡してはみるが、皆さんの判断と同じく魔法の鏡なるものをあたってみるより他はないと思う。あとは占いとか。

 という事でサザンビークに行く事となったが、残念ながら一行の中でサザンビークに飛べる者がおらず。ただ、トルネコさんがすごく早い足を貸してくれるところがあるという事で、馬に乗れるエイトさんとククールさん、そして何故か私で先行する事になった。まぁ、ルーラを使えるメンバーではあるのだが、それは別に後で連れて行ってもらってもいいのでは? と思わないでもない。

 疑問符を浮かべていると私を推薦したトルネコさんが、魔物に好かれやすいから念のためと、なんだかその足が何かわかってしまうような事を仄かした。

 十中八九魔物なんだろうなぁと思いつつ、船を岬の教会近くに停泊させてベルガラックに飛んでからてくてくと歩く。

 

「あのー、トルネコさん」

「はい、なんでしょう?」

「もうわりと日暮れなんですけど、今から伺っても大丈夫なんです?」

「ええ、問題ありません。あの御仁は四六時中愛でていますから、いつ行ってもそう変わりないのです」

 

 何を愛でているのだ、何を。

 なんかすごい変人っぽいのだが。横でククールさんとエイトさんが引いてる気がする。

 

「誰しも何かしら執着があるものです。あの方はそれが人とは少々異なるだけで……まぁモリー殿よりかは一途だと思いますし」

 

 モリーさんより一途って、逆にあれな気もするが突っ込むまい。

 せめて見た目が目に優しい魔物だといいなー。

 そう思ってやってきたのは、ラパンハウスというところ。

 きてみてすぐにわかった。建物の形がもろにキラーパンサーだ。

 なるほどなぁ。確かにキラーパンサーに乗れるなら速そう。でもすっごく乗りにくそうなのだが……振り落とされそうっていうか……

 トルネコさんの先導でキラーパンサー型のお屋敷に入れてもらうと、キラーパンサー柄のコートを纏った小柄な男性が執務室のようなところで書類を広げて仕事をしていた。まさかと思うが、あれはキラーパンサーの毛皮だろうか……愛でているとトルネコさんは言ったが……どういう愛で方なのだろう……

 

「ラパン殿、お久しぶりでございます」

「ん? お、おお! これはトルネコ殿、久しいですな」

「ご健勝のようで何よりです」

「そちらもお元気そうで。今日はどのようなお話でしょう? 以前も申しましたが荷を運ぶには適さないのですが」

「いえいえ、それはもうお話を聞いて諦めております。今日はラパン殿の大事な子達を少しお借りしたく参ったのです」

「荷運びでない? となると、そちらの方々かな?」

 

 男性の視線が初めてこちらに向けられる。それまでトルネコさんオンリーだったのでお付きの人にでも思われていたのだろう。

 トルネコさんに手招かれたので横に並んでお辞儀を一つ。

 

「こちらの方はリツさん。そして、エイトさん、ククールさんです。今は共に旅をする仲ですね」

「ほほぅ、随分とお若い」

「実力は申し分ありませんよ。それに、リツさんはバトルロードの現チャンピオンです」

「なんと!? ではモリー殿が敗れたのですか!」

「ええ、それもスライムやプチアーノン、さまようよろいで、です」

「それは……トルネコ殿の言葉でなければ信じられないところですね」

「私も自分の目で見なければ同じでしょう。どうでしょう? 彼らに貸してはくださらないでしょうか?」

 

 ふぅむと男性は唸って腕を組み目を閉じた。

 

「ひとつ、頼まれごとをしてくださらんか」

「なんでしょう? 我々に出来る事であれば伺いますが」

 

 男性は一つの袋を机に置いた。

 

「これを、ここから東にある四つの像の真ん中で待つ友に渡してくださらんか。相性を見る意味でも貸し出すゆえ」

「……かまいませんが、これは」

「ご推察の通りです。本来であれば私が行くべきところなのでしょうが……」

「いえ、何か事情があるのでしょう。承りました」

「ありがたい、友は夜明けに姿を現すそうです。どうかよろしくお願いします」

 

 なんだかよくわからないまま話が進み、屋敷の外へと出るとキラーパンサーが檻から出されお座りをしていた。

 なんか、四頭共にキラキラとした目を向けられている気がするが、スルーしてその内の一頭にまたがる。一応簡単な鞍のようなものがあるが、ほぼ、しがみつくように乗っている。せめてもの救いは鬣がある程度長いので手に巻きつけてしっかり握れるところだろうか。などと自分をごまかしてみるがもうすでに気絶したい。これ確実にロデオコースじゃないか。

 ここのキラーパンサーはよく人の言う事を聞くように躾けられているらしい。

 らしい、というのは全然そうとは思えないからで、何故ならトルネコさんが先導するはずが私が乗ったキラーパンサーが爆走を開始したからだ。

 一応どこに行きたいのかはわかっているみたいで、ラパンハウスの目の前に広がる湖を避ける形で南東方面からぐるっと回り込むようにラパンさんの言う場所へと駆けているようだ。

 そんな事を考えられるのは、爆走しつつも私の事を一応気にしているのか、思ったほど上下に揺れないからだ。ただ、それでも喋ると舌を噛みそうだし、いい加減握りしめている手が痛くなってきている。落ちたら骨折コース確実と思われるので、覚悟を決めてしがみついているが早く止まってほしい。

 私の願いが叶ったのは、それから30分程度経ってからだろうか。いや、そんなに経っていないのかも? 必死すぎて時間感覚がわからない。

 ガクガクしながら立ち止まったキラーパンサーから降りようとしたが、手が握った形のまま開けず、追いついたエイトさんに手伝ってもらってようやく地に足をつける事が出来た。私が乗っていたキラーパンサーは、キラキラしたお目目で、褒めて褒めてと私の顔に頬擦り……というか頭突きをかましてくれている。

 

「いやはや、懐かれるとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでした」

 

 はっはっは、と笑いながら追いついたトルネコさんが簡単な夜営の準備をしてくれる。正直足腰に腕に手がガクガク状態で何もできない。

 と、思っていたらククールさんがホイミをかけてくれた。どうも怪我以外に回復魔法を使う発想が無いので忘れがちになる。

 礼を言って、夜営の手伝いをしてやっと一息。キラーパンサー君は私の真後ろに陣取って伏せているのだが、これはあれか? どうぞ凭れてもいいですよ。ってこと? でもなんか違ったら悪いのでやらないけど。

 

「相変わらず凄いな」

「まぁ、私ではなくテアーのおかげだと思いますけどね」

 

 ククールさんの呟きに、私は肩をすくめてため息をつく。悪いことではないとは思うが、今回はちょっとキツかった。

 

「リツさん、寝てもらって大丈夫ですよ」

「え、いやでも」

「いいぞ。見張りだけなら俺とエイトで問題ない」

「私も大丈夫ですよ。野営には慣れていますから、三人で順番を決めましょう」

 

 そう言ってサクサク順番を決めてしまう三名。正直、回復魔法でガクガクなのはおさまったが、全身の疲労は残っており配慮がありがたかった。

 お言葉に甘えて早めに休ませてもらうと、あっという間に眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 囁くような、吐息と混ざるような、そんな小さな声が聞こえる。

 ぼんやりとした意識の中、夢に漂っているようなふわふわとした世界で誰かが呟いていた。

 

 

 あぁ やはり駄目になるのね 

 真似をしてみても 救いは奪われ 結局私の世界は壊れていく

 

 

 哀しみよりも、諦めの色が強い声だった。

 何かに疲れ、手放してしまいたいというような。

 

 

 

 ツさん…………リ…さん、リツさん

 

 身体を揺すられ、はっとして起きるとエイトさんがいた。

 辺りは薄っすらと明るくなり始めており、夜明け前だとわかる。ククールさんとトルネコさんもエイトさんに起こされたのか、若干寝起きの顔をしていた。

 

「早くにすみません。あれ、みえますか?」

 

 エイトさんが私たちにわかるように指さした先には、白じむ中、ぼんやりとした影があった。

 って、あれ………まさか、幽霊?

 反射的にエイトさんの後ろに隠れてしまう。いや、ほんと、それ系ダメなんです。ほんと。

 

「大丈夫です。敵意のようなものはありません。

 トルネコさん、もしかして友というのは……」

 

 エイトさんが言いかけたところで、地平線から朝日が顔を見せた。

 その輝きに大地が照らされていったとたん、ぼんやりとした影だったものがはっきりとした姿をとった。

 

「ええ、キラーパンサーの、彼のことでしょう」

 

 半透明のキラーパンサーは、いつの間にか出現した大樹の根本でお座りをして、じっとこちらを見ていた。

 トルネコさんは荷物からラパンさんから預かった例の袋を取り出すと、キラーパンサーに近づいて差し出した。

 お座りをしていたキラーパンサーは腰を上げゆっくりと近づくと、その袋に鼻先を近づけて小さく鳴いた。

 

「大丈夫よ。あなたのお友達が、あなたの大事な人を守っているわ」

 

 するっと私の口が動いて言葉が出た。

 あ、これにゅーちゃんだと思う間もなくキラーパンサーの顔がこちらを向き、のっそりとやってきて身体が硬直する。

 

"大丈夫よ。彼はあの人が心配だっただけだから。怖がらなくていいわ"

 

 ガチガチに固まっている私の手が動き、よしよしとキラーパンサーの頭を撫でる。半透明だけど、ふさふさとした毛並みを感じた。

 

「あんまりあなたが長くここに留まると、あなたの大事な人が心配してそちらに行ってしまうわよ?」

 

 にゅーちゃんは私の身体を使ってキラーパンサーの顔を覗き込んだ。キラーパンサーは、どことなく困ったような顔をしていたが、ふいっと顔を背けてそのままぐるりと背を向けた。そしてタンッと地面を蹴ると、そこに階段でもあるかのように空へと駆け上っていってしまった。

 

〝こんなところで命を落としたから、なかなか離れられなくなってしまったのね〟

〝こんなとこ?〟

〝世界樹の側よ〟

 

 私の身体は大樹を見上げた。よく見ればその大樹も透き通って見え………っうえ!? これ世界樹!?

 

〝そうよ。随分と昔に切り倒されてしまったようだけど〟

〝切り倒された!?〟

〝さすがに切り倒されたら枯れてしまうわ〟

〝ま、まじっすか。世界樹、枯れたの。っていうか、切り倒せるんだ……〟

〝朝露ぐらいならまだわけてくれるかもしれないけど、もう葉は望めないでしょうね〟

 

 ちょっと衝撃の情報に頭が停止していたが、朝露の言葉で突き動かされるように荷物を漁った。

 

「リツさん?」

 

 にゅーちゃんが私の口を使って話し出したあたりから、不思議そうにしていたエイトさんが声をかけてくる。

 

「ちょっと待ってください。トルネコさん、何か空瓶ありませんか?」

「空瓶? これでよければ。せいすいの空き瓶ですが」

 

 なんでもありますね。さすが商人。

 ありがたくお借りして、消えかかっている大樹に急いで近づいた。

 ……で、どうしたら?

 

〝お願いすればいいのよ〟

 

 お願い、ですか。

 戸惑いつつ空の瓶を持ったまま目を閉じ、どうか朝露を分けてください。と神社にお参りする気持ちで内心柏手を打った。

 

〝ほら、わけてくれたわよ?〟

 

 にゅーちゃんの声に目を開けると、空だった瓶が透明な液体で満たされていた。

 インパスを唱えると、世界樹のしずくと出た。

 

「……もらえた」

「もらえた?」

 

 訝しがるククールさんの声に振り向いて、瓶を見せる。

 

「こ、こ、これ、すごい回復アイテムなんです」

「何どもってるんだよ」

 

 そこはスルーしてください。貴重なものなので手が震えるし声だってどもる。そういえばトロデーンの宝物庫にも世界樹の葉があったなと頭の隅で思い出すが、原木? と対面した衝撃でそれどころではない。

 私が何をするのか様子を見ていたらしいトルネコさんは、あっと声を出し、消えゆく大樹と満たされた瓶を見比べ足早に近づいて来た。

 

「まさか、それは世界樹のしずくですか?」

 

 おお、さすがトルネコさん! よくご存知で!

 こくこく頷くと、やはりと言って日が昇り消えてしまった世界樹の跡を見た。

 

「世界樹が……枯れてしまう事があるとは……」

 

 トルネコさんの声には純粋な驚きがあった。

 私もびっくりしている。世界樹っていったらドラクエのナンバリングによってはあったりなかったりする存在だが、枯れているという情報は覚えている限り無かったと思う。


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