理人との下校中、買いたいものがあるから、とショッピングモールに足を運んだ僕ら。理人が買い物をしてる間、僕は店の外の休憩スペースでゆっくりとしていた。
ショッピングモール内は平日といえどやはり賑わっていた。僕は今二階に居て、一階を見下ろせる場所に座っているのだが、僕らのように学校帰りの生徒や子供を連れた親が沢山居た。
店内放送、BGM、客の声……とザワザワという言葉が相応しいくらい音が入り交じってる。
「(二階、人少なくてよかった)」
そんな中で僕はというと、小さなテーブルに突っ伏して人の少なさに安堵していた。
目を閉じて理人が来るのを待つ。人混みは嫌いだけど、そこで生まれる音は不思議と嫌いではなかった。ある程度の人は少しザワザワしてる方が寝るのは落ち着く、というがそれのようなものなのだろうか。
「────ぇ」
あぁ、でも案外悪いものでもないみたいだ。普通に寝れそう。
「──く──!」
近くで声が聞こえるけど……他の人を呼んでいるのだろう。だってここはショッピングモール。ピンポイントで僕を呼ぶなんて、知り合いでもない限り有り得な──。
「柊くん!!」
「っあ!?」
耳元で大きな声が聞こえ跳ね上がる。
自分でもどうやって出したのか分からない声は置いといて、大きな声……それも理人ではない声に戸惑いを隠せない。
「やっと起きた。何度も呼んでたのに……もうっ!」
眠りに落ちる寸前で起こされハッキリとしない意識の中、周りを見渡す。すると僕の横に最近縁の深い学校の制服を着た少女が立っていた。
「あれ? 柊くん? おーい、起きてるー?」
「…………倉田さん?」
「ちっがーーーーう!!」
少し顔を上げると髪を二つに結んだ、いわゆるツインテールの少女が立っている。
「あぁ……二葉さん、だっけ」
「正解! ちゃんと名前覚えてくれて嬉しいな。……ってどうしたの? キョロキョロして」
「いや、桐ヶ谷さんは居ないよね、って」
「?」
繋がりのない言葉に首を傾げられる。
ただ前に会った時に桐ヶ谷さんが居たから、今回もセットでいるんじゃないか、と思ったからだ。
何となく、と言ってその行動を誤魔化し話を元に戻した。
「あ、でも」
二葉さんは少しニヤリとしながら面白がるように付け加える。
「ましろちゃんは一緒に来てるよ。今本屋さんに行ってるんだ」
……本当に最近縁が深いようだ。
二葉さんのその言葉に僕はため息をつく。それは、理人の買いたいものというのが本だからだ。つまり僕らは今日、本屋に来る為にショッピングモールに来たという事になる訳で……。
頭に浮かんだ一つの予想、それは見事的中する事になる。
「おーい柊ー!」
「も、森川くん……! 待って……っ」
今度は聞き慣れた声に名を呼ばれる。
声の聞こえた後ろの方を見ると、理人と理人に手を引かれながらワタワタとしてる倉田さんが居た。
「聞いてくれよ柊! 今そこで倉田と会ったぜ! あと新刊買えた!」
「うん、見れば分かるよ」
片手に倉田さん、片手に本を持ってるから文字通り見れば分かる状態だった。
「とりあえず手、離しなよ。倉田さん困ってるから」
「ん。あぁ、わりぃわりぃ」
「あ、う、うん」
理人が手を離したところで僕は鞄を持って椅子を立つ。
「よし。じゃあ帰ろっか」
「「え!?」」
「──え?」
何かおかしな事を言っただろうか。理人と二葉さんが全く同じ反応をする。
「もう帰んのか!?」
「だって理人用事済んだでしょ。僕は着いてきただけだし……終わったなら帰ろうよ」
「せっかく中学時代の友達……知り合いに会ったんだぜ? 少し話していかね?」
「そ、そうだよ! ね? ましろちゃんも柊くん達と話したいよね?」
「え。わ、私?」
何故そこで倉田さんを巻き込むんだろ。絶対めんどくさいって思ってるよ。
「う、うーん……う、うん……?」
倉田さんは少し悩み、渋々といった様子で──いや、ただ流されただけかもしれないが頷いた。
「あー……分かったよ。じゃあフードコートでいい?」
……一瞬、何かを訴えるような目でこちらを見られたので僕も仕方なく行く事にした。
「よし──」
「人が少ない、か」
「よく分かってる」
「大体その言葉から始まるだろ」
フードコートに着くや否や、僕と理人の会話に二葉さんは頭にはてなマークを浮かべる。倉田さんはというと、何度かこのやり取りを中学の頃に見てるので懐かしむようにくすりと笑った。
僕の言ったようにフードコートには人が少なかった。カップルがチラホラと居るくらいで、団体という団体は僕らくらいだった。
「あ! みんな待ってて!」
席に座ると二葉さんが直ぐに立ち上がり、冷水機のところまでトコトコと歩いていく。三人分の水をコップに注ぎ、それをこちらに持って来てくれた。
「はいっ、どうぞ!」
「ありがとう、つくしちゃん」
「お。サンキュー」
「ふふん。これくらい当然だよ! なんせ私、しっかりしてるからね」
満足気に胸を張りながら言い、椅子に座ろうとする。
「……なのに三つなんだ」
そんな時、普通に疑問に思った事が口から漏れてしまい、その言葉がどうやら二葉さんに刺さってしまったようだ。
その証拠に動きが停止してしまっている。
「そ、それは……ほ、ほら! 四つ一緒に持ってくるのは難しいから──」
「お盆、真横に置いてあるのに?」
「うぐっ」
たじろぐ二葉さんを見て僕の横に座っている倉田さんが何かの合図だろうか、机の下で手を突いてくる。
「柊くん、あまり言わないであげて? つくしちゃん空回りする事が多いから……」
「……あぁ成程」
こちらとしては自然に思った事を言ってただけなのだが、それが逆効果になってた訳だ。
要するに倉田さんは二葉さんはどこか残念な人、と言いたいのだろう。……随分オブラートに包んではあるが。
「でも……持って来てくれてありがとう。初対面で気が利くのは凄いと思うよ」
「……! そ、そうでしょ!」
落ち込んだり喜んだり、気分の上下が大変だなぁ。
そんなやり取りの後、僕らは普通に会話している。理人としてはやはり倉田さんが気になるようで……。
「つーか、本当に倉田変わったよなぁ」
「そ、そうかな……?」
水を飲んでいた倉田さんは理人の言葉に少し驚く。
「変わったって。バンドでボーカルだろ? 想像できねぇって」
「……そんなに昔と違うものなの?」
二葉さんが理人の話に興味を持つ。それに理人は力いっぱい頷いた。
「違う違う、全然違うぜ。な、柊」
飲んでいたコップから口を離してから僕は振られた話に加わる。
「うん。昔の倉田さんとは違うね」
人前で話す事だって緊張しすぎてまともに出来なかったのに、それが一つの空間の視線を集める位置に居るのだ、これが違うと言わずなんと言う。
「そ、そんなに……?」
やはり自覚がない。前に会った時にも思ったが、倉田さんは自分の変化に疎いところがある。それはきっと理想の自分の姿が高すぎる故に──理想しか見てないが故の結果なのかもしれない。
だから僕は思った事を口にする。変わるもう一人の自分を応援するように。
「倉田さんは“変わる為”に頑張ってるんだろうけど実際はもう“変わってる”んだよ。だって倉田さんは新しい世界に足を踏み入れて、その世界の道を歩いてるんでしょ」
知らぬ間に依存していた存在が先に歩いていく。穴が空いたような感覚に悲しくもなるが、変わりゆく姿に嬉しさも混じる。
あのとき素直に応援出来なかったから、今度こそは、今度は、と。
「僕の知ってるあの時の臆病な倉田ましろじゃない。今の倉田さんは、Morfonicaのボーカルの倉田ましろだよ。だから自信を持っていいんだよ」
ちゃんと今の自分を見てほしい。倉田さんは自分を低く見るだろうけど、本当は大きくなってるんだ、って。
「──僕は、応援してるから」
「「「…………」」」
喋り終えた時には三人とも無言で僕を見ていた。何かおかしな事を言っただろうかと不安になりつつ、僕は様子を伺う。
「ぁ……ありがと柊くん。そう、そうなのかな……私、変わった……んだね」
初めてこういう事を言われたのか、倉田さんはどういう反応をすればいいのかと戸惑ってる様子だ。かくいう僕もこんな事を言ったのは当然初めてで、少し気恥ずかしくなりつつある。
「変わったよ。ずっと隣に居た僕が保証する」
「柊くんが言うなら……。うん、そうなのかも」
まただ。
「“かも”じゃなくて“そう”だって。信じて、自分の努力を。今の自分がその結果だよ」
曇りなき瞳を見て僕は強く言う。
どんなに言葉に迷いがあっても、その目が見据える先に曇りなどない。
僕の言葉に倉田さんは無言で頷く。そして今まで黙っていた二人がようやく口を開いた。
「ほんと倉田と居る柊は素になるよなぁ。心開きすぎだろ」
「ましろちゃんも、何だかいつもと違う雰囲気でビックリしちゃったよ……」
遠回しに二人の空間を作っていたような事を言われ頬が熱くなる。
理人の言う素の僕、心を開く、というのは昼の会話に繋がるものがある。だか改めて考えるとそれくらい僕は倉田さんに心を許しているという事を実感してしまう。
「うぅ……」
倉田さんもそれは同じようで、顔を下に向けて照れ隠しをしているようだ。
「何か気になってきたな、倉田の── Morfonicaのライブ」
そんな中ボソリと理人が呟く。その呟きにすぐさま二葉さんが席を立ち上がった。
「それならさ! 今度の私達のライブ観に来てよ! 最高のライブをするから!」
二葉さんの言葉でいつか広町さんが言ってた言葉を思い出す。
「私も──」
倉田さんも、二葉さんに続くように先を立ち僕を見ながら。
「最高のライブを……新しい私を柊くんに見てほしい──っ!」
胸に手を当て、先程と同じ曇りのない瞳で言われる。少し呆気に取られたが、僕は迷いなく頷いていた。
「楽しみにしてるね。Morfonicaの──倉田さんのライブを」