「はぁ、はぁ……っ! ひ、久々に全力で走った……っ」
あの後自分でも不思議なくらい全力で走った。急いでいたつもりは無いがそれ程までにこの思いを伝えたいのだろう。
膝に手をつき額の汗を拭いつつ公園を見渡す。
「……どうやら向こうはまだ来てないか。まぁ急にお願いしたしなぁ、理人にも迷惑かけちゃったし」
今度何かご馳走しよ、なんだかんだいつもカバーしてくれてるしこういう時にでも感謝は伝えないと。
──なんて考えてるとタッタッ……と公園の入り口に一人の少女が息を切らしながら入ってきた。白い髪をなびかせる少女は、先程の僕と似たような格好で息を整え公園を見渡し始めた。
「……ひ、柊……くん……」
視線が合う。
いつもと雰囲気が違う気のする倉田さんに僕は近付き手を差し伸べた。
「僕もさっき着いたばかりなんだよね。……取り敢えずそこ、座る?」
倉田さんは無言で頷き、僕の手を握り返したのだった。
呼吸も整ってきたところで倉田さんが口を開く。
「ご、ごめんね柊くん……久々にこんな走ったから……」
「いや僕の方こそ変に急がせてごめんね」
「いや、私が勝手に急いだだけだから柊くんは別に……。あ、それで森川くんに聞いた話なんだけど──」
倉田さんはさっそく本題に入ろうとする。……さて。
「ん。そうだね本題に入ろっか」
ベンチに肩を並べ座りながら僕は話を始める。
深呼吸をし心を落ち着かせる。大丈夫、と自分に言い聞かせ思いを伝える。
そう僕の間違いを、失敗を完全に訂正できるとは思わない。だけど伝えるんだ。きっと僕はこうして伝える事しか出来ないから……。
「……先にごめん、って謝るよ。僕から始めたのにこんな状況になっちゃって、本当にごめん」
「い、いや柊くんが謝ることじゃ……! 私の方こそ……」
僕は理人を通じて倉田さんを呼び出した。その時理人にはある言葉を伝えていた。その言葉は「倉田さんに謝りたい。そして向き合って話をしたい」ということ。
だから倉田さんは僕が謝るということを知っている。だがそれを受け取れるほど倉田さんは素直ではない、それを知っている──いや、昔から変われてないからこそ僕は話を続ける。
「……改めて言うけど倉田さんは変わったね」
「──っ」
倉田さんが警戒するのが感じ取れる。
そう、それはいつか僕が倉田さんに投げかけた言葉。だけどあの時と今の僕は心持ちが違う。
「──でも、きっと変わってもいないんだ」
「え……?」
何が何だか、といった表情。それもそうだろう。
「あの時の倉田さんと今の倉田さんは違う。人前で歌って……きっと人によっては倉田さんが星となり道を示してくれてる存在になってると思う」
少なくともMorfonicaの人達はそんな感じがする。それに倉田さんは気付いてないのだろうけど……。
「きっと中学の時のクラスメイトもきっとライブ中の倉田さんを見ると「変わった」って言うと思うよ」
現に僕のクラスメイトの何人かは中学の時の倉田さんを知ってる。その人達はMorfonicaのボーカルが“あの”倉田ましろ だなんて最初信じなかったくらいだ。
「でもねそれと同時に倉田ましろは何も変わっていないんだよ」
「それって、どういう……」
きっとこの言葉も倉田さんの掲げる理想とは真逆の言葉になる。でも……。
「僕が何よりも怖いのは知ってる人がまるで知らない人のようになること。見た目であったり性格であったり……でも倉田さんは違ったんだ。最初は変わってしまったと思った。あんなに
あの時見た変化が大きい? 別人? いいや違う。そう思ったのは僕が弱いから。あの約束のために倉田さんは頑張っただけなんだ。
「だからもう一度あの時の答えを言ってもいいかな? あのライブの時の返事を、もう一度させてほしいんだ」
倉田さんの瞳を見据えながら伝える。今なら言える、僕の目の背けなかった答えが。
それに対して倉田さんは無言で頷く。
心の中で感謝を伝え一呼吸、そして僕は口を開く。あの時伝えれなかった素直な気持ちを──。
「頑張ったんだね倉田さん。本当に凄いと思うよ」
短く、そう伝える。
「…………ぁ」
その僕の言葉に倉田さんは声を漏らし、そして頬に一粒の雫が流れた。
それはやがて大粒の涙となり頬をつたい、僕らが座るベンチへと落ちる。
「あ、あれ……なんで、どうして……。ご、ごめんね変なとこ見せちゃって……でも、涙が止まらないの……」
目元を拭いながら「なんで、なんで……」と自分に問いかける倉田さんはあの頃と変わらない少女のままだった。
「っ、ごめんね……急に泣いちゃって……」
「いや別にいいよ。やっぱり倉田さんは倉田さんなんだな、って思えたし」
「な、なにそれ……」
良い意味で言ったつもりだったんだけど……倉田さんは気に食わなかったみたいで少し頬を膨らませた。
「まぁまぁ。……それはそうと今度からは近くで倉田さんを応援するよ。ファン、ってやつ?」
「う……なんか変な気持ち。普通に応援してくれればいいから……」
「光る棒とか振ろうか?」
「もう! だーかーらー!」
軽口を言い合う僕らはあの時の関係に戻ったようでとても心地良かった。その日僕らは日が暮れるまで話し合っていたのだった。