理人に連れられてPoppin'Partyのライブを観てから一週間が経った。あの日以来僕はガールズバンドに少なからず興味を持ち始めているのだと思う。
その証拠にクラスの会話によく耳を傾けるようになった。
基本的に休み時間や昼食、一人でいる時間は常備しているイヤホンをスマホに繋いで音楽を聴いている。
音を音で遮断する、薄くも厚い壁。それを可能とするのがイヤホンという小さな器具。
それを使わずに会話に参加せず、本を読みながらも耳から情報を取り入れる。という事を最近始めた。
調べるよりも実際に観た人の声を聞く方がイメージをしやすい。そういう僕個人の考えからも来ることであった。
結果としてそれは良い方向に傾いていたのかもしれない。ライブを観て、クラスメイトがどうしてバンドの話で盛り上がるのかが、自分なりに分かってきたからだ。
この時代、この世代に生まれたからなのかは分からないが、確かに心に響くものはあった。それは確実と言えるだろう。
「行ってきます」
小さいと思っていたが、その興味というのは自分を動かす程の原動力となった。
休みの日に好きな物が発売されたからとか、友達との予定以外に自ら進んで外に足を踏み出すのは、覚えてる限りでは初めての行動だった。
どうして今まで影にしか居なかった自分がこのような光溢れる世界に一歩踏み出したのか、不思議でならない。
扉を開けると少し冷たい風が肌に触れる。太陽の日差しがとても眩しく感じ、反射的に目を細めた。
「……行こ」
ゆっくりと自分のペースで足を進める。先週は理人に急かされながらその場所に向かったが、今日は遅いペースでのんびりと向かう。
目的地はライブハウスCiRCLE。そこを選んだ深い理由はない。ただ、僕がガールズバンドと聞いてそこしか思い浮かばないから、そこを選んだだけだ。
……そういえば、と歩きながら先週出会った少女を思い出す。名前は確か、広町七深……だったと思う。
独特の雰囲気を漂わせ、変にズレてそれを普通という不思議な少女。
その広町さんのバンドに僕が倉田さんと姿を重ねた人が居る。自分では意識してなかったが、そう考えると僕がガールズバンドに興味を持ったのは九割はその理由なんだと思う。
残りは人を変えるのかも、という魅力。
音はある程度の物を容易く突破し、僕ら人に届く物だ。どんなに人と壁を作っていても、距離が離れていても、音というのはその人に届く。それも心にまで響き渡る。
「(確かにライブには不思議な力がある。あの時のあれは──)」
Poppin'Partyのライブしか観てないが、他のバンドというのも、どこか心を撃つようなライブなのかもしれない。
そうこう考えてる内に僕はCiRCLEが見える場所まで歩いてきていた。
「(人は……うん、そう多くない)」
遠くから眺める。
やはりライブがある時とないときでは盛り上がりが違うのだろう。それでも、盛り上がりではないがどことなく楽しげな雰囲気は伝わってきた。
再び足を進める。CiRCLEに近付くにつれ何かを背負う少女達や、手に持っている少女達とすれ違う様になる。その形から察するに、ライブで見た道具なのだろう。
笑いながら楽しげに会話する。「今の練習って──」「次のライブは──」など、様々だ。
その笑顔が眩しくて、僕は早歩きで通り過ぎCiRCLEの扉を開けていた。
「(あ──)」
気付いた時には中に入っていて、既に遅いと思った。
興味があるから行動した。だからCiRCLEに来た。しかしこれは、僕の何となくの行動と、思い付きの行動であって、CiRCLEに来たから何かをするという訳ではない。
つまり僕は現在、目的もないのにライブハウスに来た1人の少年でしかないわけで……。
「あれ? キミどうしたの?」
入口付近でで止まっていたからかカウンターの女性に声をかけられる。
「初めて見る顔だね。バイト希望?」
カウンターからこちらに歩いてきて、グイグイ来られる。
まずい。苦手なタイプの人間だ。
僕はたじろぐ。
幸いな事にCiRCLEの中に人は少なく、その居る人達というのは自分達の会話に花を咲かせているようで、こちらの事は気に止めてない様子だった。
「え、えっと」
「?」
ガールズバンドに興味があってここに来てみました、だなんておかしな理由だろうか?
というか、男がそういう事を言ってライブハウスに来るのはおかしいのか?
「おーい? キミー?」
こういう時に理人さえ居れば、と思うが居ない人物を願っても仕方のない事だ。
どうしよう……。
考えを張り巡らせて逃げ道を作ろうとする。その間、目の前の女性はわざわざ僕の回答を待ってるように見える。
どれくらいだろう、一分くらい? それともそれ以上? 自分では分からないくらいに考え事をしている時、願ってもいなかった救いの手は思わぬ形で現れた。
「あれ? ゆーくん?」
この声……。
「やっぱり〜! ゆーくんだ〜!」
振り向くとそこには先週会った広町さんが立っていた。
「七深ちゃん、知り合い?」
「はい、先週ここで会ったんです」
「んー、それじゃあここは七深ちゃんにお願いしてもいいかな? どうも知らない相手だと緊張しちゃうタイプの子みたいだから」
「任せてください〜。さ、ゆーくんこっちこっち〜」
「え、え?」
知らない間に話が終わっていて、気が付いたら広町さんに手を引っ張られていた。そのまま空いてる席に一緒に座る。
「こんにちはー、ゆーくん。えっと……何してたの?」
「何……? あれ、僕も分からない」
「えぇ……」
何と言われても答えようのない事だ。分からないものは分からない。
「へぇ〜! こいつが噂のゆーくんかぁ!」
「もうっ! 透子ちゃん! 初対面の人に向かって失礼だよ!」
──ついでに言うと、広町さんの隣に居る人達も分からない。
「え、えっと……広町さん、隣の方々は……?」
目線を逸らしながら言う。
何だか目だけは合わせていけない気がしたからだ。
「ん? あたし? あたしは桐ヶ谷透子! 月ノ森のカリスマで、Morfonicaのギター担当! よろしく!」
「もうっ、透子ちゃんってば……。あっ、私は二葉つくしって言います。よろしくお願いします」
「よ、よろしく。僕は柊結人……です」
勿論目は逸らしている。二葉さんはともかく、桐ヶ谷さんは僕の苦手とするタイプの人間だ。
だってあんなにグイグイ来られては、さっきのカウンターの人と変わらない。
僕の様子から何かを察してくれたのか、広町さんが話を振ってくれた。
「えっと、ゆーくんはMorfonicaって知ってる?」
僕は首を横に振る。
「マジかー! まだあまり知られてないんだな……ふーすけ! もっともっとライブして人気出すぞ!」
「透子ちゃん! 少し落ち着いて! 柊くんが困ってるでしょ!」
二葉さんの心遣いが身に染みてしまう。その二人の様子に苦笑いしつつも広町さんは話を続けた。
「まぁ結成したばかりでもあるからね、仕方ないか〜。えっとね私達のバンド Morfonicaは月ノ森の一年生で組んだバンドなんだ〜。………あ、月ノ森って分かる?」
「あ、うん。とも──知り合いがそこに行ったから、少しは。えーっと、お嬢様学校だったよね?」
忘れていた、というふうに言われるが月ノ森は分かる。倉田さんが進学した高校だ。
「お〜。外から月ノ森に来るのは珍しいからね〜、案外私達と知り合いなのかもー。っとと、話を戻すね。ゆーくんの言う通りお嬢様学校、って外からは言われてるね〜」
こほん、と咳払いをし二葉さんが話を繋ぐ。
「さっきななみちゃんも言ったけど、私達Morfonicaは月ノ森の一年生で組んだバンド。まだ結成したてで経験も浅いけど……これからもっと上手になって、もっと良いライブをするから!」
「う……うん、頑張って……」
勢いで身を乗り出す二葉さんに僕は困惑してしまう。詳しく知らない僕は頑張って、としか言えない。
僕らの話が終わったのを確認してから桐ヶ谷さんは自分達の用事の事だろう、を話し始める。
「そういえばシロとルイはもうすぐ来るんだっけか」
「え。うん、そうだねー」
「それならさ! シロへのサプライズで、シロとユイを合わせればよくね!?」
「あ〜。それいいね〜! 何だか楽しそう〜」
桐ヶ谷さんの提案に勝手に納得する広町さん。
別に悪い事じゃないから黙ってるけど、この人達なんでこう人にあだ名を付けるんだろ……。
「ねぇねぇゆーくん。この後時間あるー?」
「まぁ、あるけど」
「それならさ、私が前に言ってた子を見ていってよ〜。実際に応援してもらえるとその子もやる気出ると思うからさ」
その提案というものは広町さんのバンドの“自分を変える”という子に会ってほしいというものだった。
僕自身丁度気になってたのもあり、断ろうという気はなかった。むしろその子がどんななのかを見てみたい、そういう興味が人見知りを上回っていた。
「それなら……うん。少し会ってみようかな」
「よっしゃ! これはシロも喜ぶぞ〜! なんせファン第一号だからな!」
「うんうん。しろちゃん、もっと自信が着いちゃいそうだね〜」
僕の言葉を聞き自分の事のように喜ぶ二人。その二人の会話を聞いていたのか、二葉さんは携帯に来た連絡を嬉しそうに僕らに伝えた。
「ましろちゃんから連絡来たよ! もうすぐ着くんだって!」
伝えた、のだが……その二葉さんの言葉を僕は聞き逃さなかった。
“ましろ”確かに二葉さんはそう言った。
「ましろ……?」
月ノ森。自分を変えたいと願う少女。
ただ二つだけのワードにも関わらず僕は酷く胸騒ぎがした。
そんな事は知らず、桐ヶ谷さんはCiRCLEから出ていきその人物を迎えに行く。
「ね、ねぇ……広町さん……」
「ん? どうしたのゆーくん?」
「その、広町さんが前に言ってた子の名前って……」
「あー言ってなかったね。ごめんごめん〜。えっとね、その子の名前だけど──」
広町さんが口を開こうとすると同時に再びCiRCLEの扉が開き、桐ヶ谷さんが誰かの手を引き戻ってきた。
「ほーらシロ! ファン第一号だ! ちゃんと挨拶しろよー?」
そう言いながら桐ヶ谷さんはその誰かを押し僕の正面に立たせる。
「────え?」
その“誰か”は白い髪を揺らしながら僕を見る。
そして僕はその“少女”を見て、声が漏れていた。
「倉田、さん……?」
僕がその名前を声に出した時、少女は目を見開く。
そのまま少女は、逆に教えてもいない僕の名前を呼んだ。
「ひ、柊くん……?」
その日、僕が起こした小さな行動は、自分の中の止まっていたかもしれない時間を動かす事となったのだった。