[完結済み] この素晴らしい田舎生活に祝福を! 作:Rabbit Queen
一穂はカズマに真実を打ち明ける。
それは、忘れていた記憶。思い出さなければならない、使命。
カズマは、何を思うのか。
れんげ達は、何を想うのか。
一つの夏が、終わろうとしている。
⚠今回一番内容濃くて長いのでご注意。(1万3千文字)
「何を、言っているんですか?」
俺は一穂さんに言った。
この人は、なんて言った?
俺が、なんだって……?
「混乱してるよね。一つずつ話すから、しっかり聞いてね」
そして、一穂さんは俺に語ってくれた。
俺が、異世界の人間だということを。
その世界で、人々とその世界を守るために冒険者をやっていた事を。
大切な仲間達が居て、その人達が今も俺の帰りを待っていることを。
一穂さんの知る事全部を聞かされて、俺は、やっぱり理解が出来なかった。
「どう?理解できたかい?」
「そんな……そんなこと、信じられるわけないじゃないですか!」
俺は怒鳴った。
当たり前だ。
俺が冒険者?
違う世界から来た人間?
待ってる仲間が居る?
それがもし本当だとしたら、何故今このタイミングで言うんだ?
それじゃ、それじゃまるで――
まるで、俺にその世界に今すぐ帰れって言ってるみたいじゃないか……。
「……そうだよね。急にそう言っても、そうなるよね。ごめんね、カズマ君。わかってた事なのに、こうするしか私には出来なかったんだよ」
「謝られたって……知りませんよ、そんな世界のことなんて」
「おいカズマ」
「楓さんは、黙っててくださいよ!」
「……」
こんな訳のわからない話をされるために、俺は呼ばれたのか?
こんな話を聞かされて、元の世界に戻るように言われる為に、俺は呼ばれたのか?
今日の花火大会は、俺に最後の思い出を作らせる為に、やったのか?
なんだよそれ。意味わかんねぇよ……。
頭の中が混乱して、それで感情が高ぶって――
「――落ち着いてください。カズマさん」
そんな俺の前に、光が現れて、そしてその中から、一人の女性が現れた。
まるで女神のような彼女を、俺は知っているような気がして……
いや、俺はこの人を――知っている?
「え……エリス様……?」
自然と、言葉が出ていた。
そして同時に、俺の中に、全ての記憶が蘇った。
そうだ――俺は、異世界に転生したんだ。
俺にはアクア、めぐみん、ダクネスという仲間が居て。
冒険者ギルドの仲間達や、元魔王の幹部が経営してる店があって。
それで、それで俺は。
俺は、その世界で、魔王を倒す役目を持っていたんだ――。
「ああ……ああ……っ!」
「――思い出しましたか?カズマさん」
「俺は!俺は!!」
「カズマ……」
「で、でもなんで?なんで俺、ここに居るんですか!?」
「――それは、ちょっとした、事故だったんです」
「事故……?」
そう、それは、なんてこともない、事故だった。
全ての始まりは、俺達が冒険続きで休む暇もなく、依頼をこなしていた日々の事。
心身ともに疲れていた俺はある日、アクア達と共にウィズの店に行った。
何か、癒やされる物を探しに。
それが、始まりだった。
「――そして、めぐみんさんが魔道具を発動させ、カズマさんの意識が別の世界に飛ばされてしまったのです」
エリス様は説明してくれた。
ウィズの店で見つけた、自身が望んだ夢を見せてくれる魔道具を俺達が見つけた事を。そしてその魔道具は魔力が高くないと発動できないと聞き、アクアがめぐみんをそそのかし、めぐみんが怒って発動させてしまったことを。ダクネスが身を挺して俺達の前に立ったが、魔道具が俺を選んでしまったということを。そして、俺の意識が飛んでしまい、身体だけがアクア達の所に残っていること。
問題は、もう一つあった。
その魔道具は、「自身が望んだ夢を見せてくれる魔道具」という内容で商品棚に置かれていた。
だが、めぐみんが発動させた時、彼女の魔力が強すぎたため、本来なら夢を見させるだけの魔道具は、意識だけが別の世界に飛ばされてしまったのだ。
俺の意識はいろんな世界を巡り、だが留まることはなかったらしい。
それが、何故かはわからないがこのれんげちゃん達が居る世界に辿り着いた。
エリス様は、俺が現実世界で過ごしてみたかった日々を叶えてくれる世界が、貴方を引き寄せたのかもしれないと言った。
そして、エリス様はもうひとつ、俺に伝えることがあって、ここに来た。
わかってはいたが……もう、あまり時間がないらしい。
その魔道具は、使用者の魔力によって一定の期間夢を見させるというものだった。
本来なら既に起きているはずなのだが、そもそもここは夢ではない。
めぐみんの魔力で暴走してしまった魔道具は、ウィズの解析により、一定の期間の間だけ俺はこの世界に居られるらしい。
それは、夏の始まりから、終わりまで。
正確には、夏休みが終わるまでの間だ。
なんでそんな、ピンポイントなのか。俺が何をしたっていうんだ?
……いや、もしかしたら、心当たりはあるかもしれない。
こういう夏休みを過ごしたかったという後悔が、俺の心の奥底に残っていたのかもしれない。
それが原因だとしたら、仕方ないのかもしれない。
エリス様は言った。
今すぐ、アクア達が居る世界に戻るべきだと。
期限内に帰れなければ一生ここに残ってしまうらしい。
それは、唯一、この世界に残ることが出来る手段。
だが、もしここに残れば、俺の今までの冒険は、ここで終わることになる。
アクア達のところには帰れなくなる。
もう二度と、あいつらには会えなくなる。
それは、やっぱり、寂しい。
だから俺は、エリス様の言う通り、戻ろうとした。
――そう思っていた俺の肩に、一穂さんが手を乗せた。
「カズマ君。もう少しだけ、私の話を聞いてくれるかな?」
「一穂さん……?」
「まずね、勘違いしているかもしれないからこれだけは先に言わせてほしい。私が説明したのはエリスさんに頼まれたって事もあるけど、君に帰ってほしいからではないんだよ」
「……」
それを聞いて、少しホッとした。
確かに、急な話で混乱はしていた。
でも事情がわかった以上、一穂さんが俺に帰るべきだと伝えるのは、間違いではなかった。
そう、思っていた。
けど違った。
俺は、この人をずっと見ていたのに、その考えを、一穂さんの考えを、俺は気付かなかった。
「そうですか……、それだけでも聞けて嬉しかったです!ごめんなさい一穂さん。怒鳴ってしまって……それと、急に帰ることになって、本当にすみません。俺、ここでの生活は、本当に、本当に楽しかったです!」
「うんうん」
一穂さんは頷いた。
頷いて、言ったんだ。
「それだよ、カズマ君」
「……え?」
「カズマ君は、楽しかった?今日までの日々が」
「そりゃ、すごい楽しかったですよ。いろんな思い出が出来て、友達も出来て。……可能なら、ここに残りたいなって気持ちも……」
「それなんだよ、カズマ君」
一穂さんはそう言って、エリス様に一度視線を送り、楓さんを見て、
そして、再び俺の目を見て言った。
「私はね、カズマ君」
「正直こう言っちゃうのは君を悩ませるから駄目なのは分かってるんだけど……」
「私は、残ってもいいと思ってるんだ」
「残る……ですか?」
「うん。でもねカズマ君。それは、私の意見だから」
「一穂さんの意見……?」
「私は、残ってほしいという意見。エリスさんは、帰ってきてほしいという意見。二人共、意見が別れてるよね?」
「はい」
「じゃあ、カズマ君の意見は?」
「え……?」
俺の意見。一穂さんはそう言った。
「私が残るように引き止めるのも、エリスさんが戻るように説得するのも、いくらでも出来る。意見を言う事は、誰でも出来るんだよ」
「えっと……」
「でもねカズマ君。私はまだ、君の意見を聞いていないよ」
「君の意見は?君の意思は、どうなのかな?誰かの意見に従ってそのまま受け入れるのは、君の考えなのかな?」
「それは……」
「結果的にはそうなると思う。うん。でもね、結局最後に決めるのは自分なんだよ。自分で考えて、自分で決めることが大事なんだ。誰かの意見に乗るのではなく、自分でちゃんと考えて」
「カズマ君は、今日までの日々を楽しいと言ってくれた。同じように、君が居た世界での出来事も、辛いだろうけど、君にとっては楽しい日々だったと思う。大切な仲間が居るのもわかる。守らないといけない使命があるのもわかる。……でもね、本当に、それでいいのかな?もしカズマ君の心のどこかに、少しでも違うというものがあるのなら、私はエリスさんの言葉に黙って従うのは違うと思います」
「……」
「――かずほさん、言っている意味が私にはわからないのですが……」
「カズマ君。よく聞いて。私はこれから君に、君自身に、大きな問題を与えます。君は、それをどうか乗り越えてほしい」
「問題……?」
「――かずほさん?」
「ごめんねエリスさん。でも、私は大人で、教師だから」
「一穂さん……?」
「カズマ君」
「教師として、最初で最後の宿題を出します。ここに残るか、元の世界に戻るか、君自身が考えて、決めなさい」
最初で最後の宿題。
一穂さんはそう言った。
「――かずほさんっ!?」
「ごめんなさいエリスさん。貴方との約束は、ただカズマ君を見守ってそちらの世界に戻す事でしたよね」
「でも、私は教師なので。彼にとって、私は大人で、お姉さんなので。ただ見守るだけじゃなく、子供に正しい事を教えるのも、私の役目なんですよ」
「でもそれも、ただ与えるだけでは駄目なんです。私達は道を教えるだけで、進むか戻るか、時には、自分で考えさせないとだめなんです。それが一番大事だと思ったことなら尚更です。大事だと思ったことを、人に任せてはだめ。自分で考えることをやめたらだめ」
「もしそれをやめてしまったら、本当に守りたい物を守る時に選べなくなってしまうから」
「例え最初に誰かに理由をつけられたとしても、最後に選ぶのは彼だから」
「だからこそ、今回はちゃんと自分で考えなさい。自分が居るべき場所と、その理由を」
一穂さんの言葉は、俺の心に痛いほど伝わった。
思えば、俺の人生は誰かに頼まれて、仕方なく自分が動く事が多かった。
異世界に飛ばされてからそれを強く実感した。
アクア達の力を借りて何とかなることが多いが、結局根本は俺が頼られるばかりで
頼られる事は嬉しいし、俺が動かなければもしかしたら……なんてこともあったかもしれない。
だからこそ、一穂さんの言葉は痛かった。
今までその場その場でどうにかしてきたから。
周りに頼られて、仕方なく動いていたから。
自分でちゃんと考えるという宿題は、自分が思っていたよりもずっとずっと、難しい問題だった。
「まぁ私としては人手が減るから残って欲しいけどね~」
重くなった場を和ますように、一穂さんは笑って言った。
でもやっぱり、今は誰もこの状況を笑えなくて。
「あっはっはー……あれれ?」
「先輩、笑えないっす」
「……やっぱり?」
「はぁ……おいカズマ」
呆れた楓さんは、俺に目を向ける。
「はい?」
「まぁそういう事だ。お前が自分で考えて、そんで決めろ」
「決めろって言われても……どうしたら、いいんでしょうか?」
「知らん」
「えぇ……」
楓さんはあっさり言った。
「先輩も言ったろ。お前が決めろって。私に聞くな」
「いやそうですけど、アドバイスくらいは……そ、そうだ!楓さんの意見はどうですか?」
「私?」
「はい!」
「どっちでもいい」
「えぇ……」
どっちでもいいって、えぇ……。
俺の存在って、実はそんなもんなのかなぁ……。
「私よりも他に聞くべき相手がいるだろ。そいつらに聞いてこい」
「聞くべき相手って、れんげちゃん達の事ですか?」
「ああ。んで、ちゃんと向き合ってこい。自分達でちゃんと考えて、お互いの気持ちをぶつけ合う時間くらいはあるだろ。そうでしょ?エリスさん」
「――確かに、時間はまだありますが……私としては早く戻って来てほしいです」
「急かすのは男性でも女性でもモテない原因になりますよ。少しくらい待たせてやるほうが、そっちの世界に居るカズマの仲間達にも効果的ですよ」
「――理解はできます。ですが……」
「あの、エリス様」
「――かずまさん?」
「俺、考えたいです。自分で、ちゃんと」
「――」
「お願いします。もう少しだけ、俺に時間くれませんか?ちゃんと答えは出しますので!」
「――わかりました」
「あ、ありがとうございますエリス様!」
「――私は先に戻ります。かずまさん」
「はい?」
「――彼女達は、貴方が戻ることを望んでいます。勿論、私個人も」
「え、エリス様……」
「――ではまた、最後の日に」
そう言って、エリス様は光の中に消えていった。
最後の日、それは決して遠くない。
俺の答えは、気持ちは、どうなるのか。
この時の俺は、何もわからなかった。
その日、和真は一人で考えたいからと、エリスが帰った直後に一人帰っていった。
楓と一穂は、和真が帰った後も二人で話していた。
「お疲れさまでした。先輩」
「楓もおつかれー。いやー、疲れた疲れた」
いつものようにのんびりとした口調で呟いた一穂。
だが楓は気付いていた。
所々、一穂の言葉が震えていた事を。
「……本当に、お疲れさまでした」
楓の言葉に、一穂は今の自分の状態が本当は楓に気付かれている事を察した。
「……うん。ありがとう。楓」
そして、少しだけ沈黙が流れる。
お互いの気持ちを整理するために。
お互いの感情を隠すように。
「……どうするんですかね。あいつ」
先に話したのは楓だった。
「うーん、どうだろうね。こればっかりは、私もわからないなぁ」
本当なら、彼に寄り添ってあげるのが正解だったのかもしれない。
あんな事を言ったけど、逆に考えれば全て放り出して彼一人に判断を任せたということになる。
教師として、大人として、なんて綺麗事を言ったけれど、これでは、失格だと感じた。
多分、きっと、どこかで彼に頼っているのかもしれない。
自分達にとって、良い答えを出してくれるという事を
私はどこかで願っていたのかもしれない。
「人に教えるって、難しいねぇ」
今はただ、任せるしかなかった。
そして、改めて、自分達も向き合わないといけないと感じた。
自分の気持ちと、彼の気持ちに。
「先輩は、どうなんですか?カズマに、残って欲しいですか?」
だから、今はただ、純粋に。
「うーん。そうだなぁ」
純粋に、思った事を。
「私は、やっぱり……残って欲しいかな」
この気持ちを、ただ思うがままにさらけ出した。
「皆揃ったね」
一穂がその場に居る全員を見渡す。
れんげ、夏海、小鞠、蛍の四人は一穂を見る。
一穂を見守るために来ていた楓も、一穂を黙って見ていた。
「ねえねえ、なんなのん?」
れんげは言った。
れんげだけではない、その場に居る他の三人も同じように言おうとしていた。
彼女たちは急に集められた。一穂から、大事な話があるからと。
「ごめんね急に集まってもらって。どうしても、話しておかないといけない事があります」
「それって、和真さんのことですか?」
蛍が言った。
彼女はこの場に和真が居ないことに少し疑問を抱いていた。
いつもは四人で遊ぶ事も、今では和真を入れて遊ぶことが多かったからだ。
何をするにも、そこには和真が居て、彼が、見守ってくれていた。
そんな彼が、ここ最近姿を見せなかった。
最初はたまたま忙しいのかと思っていた。
でもそれが何日も続くと、流石におかしいと感じていた。
だから蛍は疑問に思った。何故彼が居ないのか。
「ん、そうだね。カズマ君の事で、皆に集まってもらいました」
「どうせかず兄がまた何かやったでしょー」
夏海が言った。
れんげも、小鞠も同じように思っていた。
しかし、そんな夏海の言葉に、一穂は何も言わなかった。
いつもなら違うよと否定したり、ツッコんできたり、何らかの反応があった。
でも今回は違った。
「……え、ちょ、かず姉?反応なし?」
「かず姉、大丈夫?」
夏海と小鞠は困惑した。
「駄菓子屋、ねえねえがおかしいのん」
れんげが楓に言った。
しかし、楓も何も言わなかった。
ただれんげを見るその目は、とても悲しそうだった。
「……駄菓子屋?なんなのん、なんの話なのん?」
れんげは少しずつ不安になる。
何か、聞いてはいけないような、そんな不安があった。
そして、長い沈黙が流れた後、一穂がようやく口を開いた。
「……れんげ、前に見せてくれた、あの絵を見せてくれる?」
「あの絵が見たいん?」
「そう。お願いできる?」
「わ、わかったのん!」
姉がいつもと違う。
それを確信したれんげは、姉の頼みを聞き入れ急いで自分が前に描いた絵を取りに行った。
一穂は、れんげが帰ってくるまでの少しの時間を、自分の心を落ち着かせる為に使う。
いつものように。平然を装わないと。
でも、考えれば考えるほど、それは難しかった。
一穂が何も言わなかった理由。
それは、和真が思った以上に、れんげ達と仲良くなってしまったから。
そして、そんなれんげ達も、和真の事を大切な存在だと思い始めたからだ。
ただ仲が良いなら、そんなに悩まなかった。
でも、彼の存在は意外にも、れんげ達の心を動かし――
そして、自分の心も動かされていたから。
だから、言えなかった。
言おうとして、震えてしまった。
きっと言えば、皆が悲しむ。
そして、それを口にする自分も、悲しんでしまうから。
「もってきたのん!……ねえねえ?」
それでも言わないといけない。いや――言うんだ。
彼女たちの為に、自分の為に。
彼だけを悩ませてはいけない。
皆で悩んで、皆で、答えを出そう。
「ありがとうれんげ。……それじゃ、ちょっと聞いてくれるかな。カズマ君の事を」
一穂は少しずつ、丁寧に、説明していった。
彼女達の前には、事前にエリスに渡されていた魔道具が置かれていた。
それは、今まで異世界で活躍したカズマの姿を見せるものだった。
れんげ達は黙ってそれを見る。そして聞く。
和真がこの世界の人間ではないことを、一穂は丁寧に、話していった。
「……す、すごいじゃんかず兄!!」
最初に喋ったのは夏海だった。
和真の活躍を見せられ、真実を聞かされた彼女たちは信じられないという目をしていた。
あのれんげでさえも、何も言わなかった。
そんな中で、夏海が喋ったのだ。
「だって、異世界の人間なんだよ!?武器とかもって、モンスターとかと戦って!世界守るとか、カッコいいじゃん!!」
夏海は興奮していた。
その心は純粋だった。
正義のヒーロー。彼女の心が高まるには十分の言葉だった。
興奮した夏海は、喋り続けた。嬉しそうに。
その姿が、蛍や小鞠、楓や一穂には眩しくて、悲しくて。
そしてそんな夏海の姿を、れんげが一番近くで見ていた。
これから彼女に告げないといけない、ある言葉を抱いて。
「ふぅー!喋った喋った!いや、めっちゃ興奮した!!」
満足した夏海はその場に座る。
皆黙ってその姿を見ていた。
……れんげ以外は。
「なっつん」
「うん?どうしたれんちょん」
「なっつんは、いいのん?」
「何が?」
「かずにぃが、ヒーローで」
「そりゃ、いいでしょ!だってヒーローだよ!?皆を助けたりするんだよ!?そりゃあこがれ」
「かずにぃがその世界のヒーローなら、ちゃんと役目を果たさないといけないん」
「え?」
れんげの言葉を、夏海は最初理解できなかった。
何故れんげはそう言ったのか。
何かおかしかったのか。
夏海は周りを見渡す。
小鞠は夏海を心配そうに見つめていた。
蛍は膝を抱えて、今にも泣き出しそうだった。
楓や一穂は、何も言わなかったが、悲しい目で自分を見ていた。
そして理解した。
れんげの言った言葉の意味を。
「……え……かえるの……?かず兄……」
そう自分が口にした瞬間、和真と過ごした日々を思い出した。
一緒に遊んだ日々を、一緒にバカやった日々を。
全てが懐かしく思えて、それが今後できなくなる。
夏海は、やっと今の状況を理解した。いや、向き合ったのだ。
本当は気付いていたのかもしれない。でも、気付きたくなかったんだ。
和真が居なくなるという現実に。
「や、やだ!いやだよ!?」
夏海は叫んだ。
さっきまでの興奮を忘れるくらいに。
「なんで!?なんで帰らないといけないの!?」
「夏海」
叫ぶ夏海を、楓が止める。
「いいじゃんここに居たって!!かず兄だってそれを望んでるはずだよ!?」
「夏海」
夏海は止めなかった。
楓の言葉を、自分の声で消そうとした。
「その世界だって、他にヒーローがいるんでしょ!?だったら、かず兄一人居なくなるくらい」
「夏海っ!!!」
でも、無理だった。
楓の聞いたことのないような怒声に、夏海は黙り込む。
「なんで……なんで……」
夏海は拳をギュッと握りしめる。
その手の甲には、小さな雫が何度も落ちてきていた。
「ね、姉ちゃんは!?姉ちゃんはどうなの!?」
涙を流しながら夏海は小鞠に聞いた。
小鞠は、泣かなかった。
一穂や楓に比べたら、自分はまだまだ子供だって事はわかっている。
それでも、泣かなかった。
ここに居る
「……わかんないよ。だって、突然言われたんだもん」
夏海は黙って小鞠の言葉を聞く。
「でも、残ってほしいか、そうじゃないかと言われたら、わたしは残ってほしいよ」
「だ、だよね!?」
「うん。残ってほしい」
「じゃ、じゃあ姉ちゃんは同じ意見ってことで!」
「でもね夏海」
「……姉ちゃん?」
「かずまさんの意見は、どうなるの?」
「え……?」
夏海は困惑した。
小鞠は、今にもまた泣き出しそうな夏海の目を見て言った。
「かずまさんの想いは、どうなのかな。わたしたちが勝手に決めて、それで残ってもらって、それで、いいのかなって……」
「いや、だってそれは……!」
「ごめん夏海。でもわたしは、わたしの意見は、かずまさんに任せたいと思ってる」
「……」
小鞠はそう言って黙った。
「な、何言ってるのかわかんないよ姉ちゃん……ほ、ほたるんは!?ほたるんは、わかるよね!?」
夏海は次に蛍に聞いた。
「えっ!?」
夏海の言葉に、蛍はビクンと震えた。
蛍の目に映る夏海は、何かを自分に期待してる、そんな目をしていて、蛍は少し怖がっていた。
自分は転校生だから。別れる辛さは知ってるはずだった。
でも、自分の別れると、和真の別れるは、全くの別物だった。
いつか会えるかもしれない自分と、
もう二度と会えなくなるかもしない、和真の存在とは、全く別だと思った。
だから、夏海の言葉に蛍は、何も言えなかった。
「ねぇほたるん!!」
「わ、私は……私は……っ!」
迫る夏海に蛍は怯える。
「ちょっと夏海!」
そんな夏海を止めようと、小鞠は前に出ようとし――
「なっつん。だめなのん」
――止めたのは、小鞠でも楓でも、一穂でもなく、れんげだった。
「れんちょん……?なんで止めるのさ……」
自分の目の前に立ち、蛍を守ろうとするれんげに、夏海は驚いた。
夏海にとって、れんげは同じ意見だと思っていたから。
そんな彼女が自分を止めようと動いたことに、何よりも驚いた。
れんげだけは同じだと思っていた夏海にとって、れんげの行動はそれほどに辛かった。
「なっつん。だめなのん。ほたるん怖がってるのん」
「だって……だって!!皆おかしいんだよ!?皆、かず兄が帰ってもいいって!」
「なっつん、落ち着くのん。誰もそんなこと言ってないのん」
「でもっ!!」
「なっつん!!」
れんげは夏海の両肩を強く握る。
夏海は驚き、れんげの目を見た。
誰よりも小さい彼女の目は、誰よりも強く見えた。
「みんな、みんな同じ気持ちなのん。うちも、かずにぃには行ってほしくないのん。でも、それを決めるのは、かずにぃなのん。うちらは、かずにぃの想いに答えるだけなん」
「だって、そうなったら、かず兄が帰るって言ったら、かず兄が帰ったら……っ!!」
「その時は、みんなで見送るん。それがかずにぃの為になるなら、うちはそうするん」
「なんで」
夏海は再び泣き始める。
さっきよりも強く、想いをぶつけるように。
「なんで、なんでれんげは、そう言えるの?わかんないよ……なんで……」
「……あんなー」
「うち、うち、かずにぃが大好きなのん。大好きだから、かずにぃの気持ちを優先したいん。帰ることになっても、ここに残ることになっても、うちは、受け入れるん」
れんげの言葉に、誰も何も言わなかった。
ただ、夏海の泣く声だけが、静かに響いていた。
「ごめんね、れんちょん」
しばらくして、泣き止んだ夏海はれんげに謝った。
泣き疲れた夏海の目は真っ赤になっていた。
そんな夏海を、れんげは優しく受け入れた。
「大丈夫なん。うちは気にしてないん」
「……強いなぁ、れんちょんは」
そして夏海は蛍に目を向けると、頭を下げて謝った。
「……ごめんほたるん!うち、どうかしてた……ほんと、ごめん!!」
「そんな……私こそ、ごめんなさい。何も言えなくて……」
「いやいや!ほたるんは悪くないって!うちが悪いだけだから!」
「いや、でも……」
「いやいや」
「はいはいストップ」
蛍と夏海のやり取りを、楓が止める。
二人はお互いを見つめ、そして黙った。
二人を止めた楓は一穂に目を向ける。
れんげ達のやり取りを全部見守っていた一穂は言った。
「夏海の気持ちもよく分かるし、れんげの気持ちもよーくわかる。だからね、皆で、どうしたらいいか、考えてみない?」
「考えるって、何を?」
小鞠が訪ねた。
「残るか帰るか、大事なことだけど。カズマ君ならきっと答えを出してくれるはず」
「だから私達は、カズマ君が帰るにしても残るにしても、記憶に残るような、楽しい事を考えてあげない?」
夕暮れ時。
夕焼けを見ながら、俺は前に夏海と一緒に来た神社で一人佇んでいた。
「どうするかなぁ……」
俺は、まだ悩んでいた。
あれから数日が経った。エリス様が言うその日まで、もう残り少ない。
ここ最近は一人で居ることが多かった。
まるで、昔に戻ったかのように。
「昔か……」
その昔も、俺が元々居た世界の事なのか。
それとも、最初にこの世界に来た頃の事なのかは忘れてしまった。
そう思うほどに、俺は長くここに居たんだと実感した。
異世界では最初からアクアが居た。仲間もすぐ出来た。
この世界でも、れんげちゃんが居た。
一穂さんが声をかけてくれて、このみん達と出会って、友達が出来た。
元々居た世界に未練なんてものはもう無い。
でも、この世界と、異世界には、計り知れないほど多くの物を貰った。
これからもそうだろう。
どっちに行っても、そうなのだろう。
だからこそ選べなかった。
どっちの世界も好きで、どっちの世界にも愛すべき人達が居るから。
「贅沢な悩みなのかもなぁ」
俺が居た世界じゃ考えられない、そんな、重大な選択を、俺は迫られていた。
何度悩んでも、何度考えても、答えは出なかった。
どうしたらいいのか、わからなかった。
だから、だからこそ――
「あーいたいた。やっぱここに居たかー」
「もう!カズマくん、探したんだからね?」
ひかげとこのみん、この二人が現れて、この悩みを打ち明けるとは、思っていなかった。
「ひかげに、このみん……?二人共、なんでここに?」
「そりゃ、アンタを探しにきたに決まってるでしょうが」
「かずちゃん達凄い心配してるんだからね?ちゃんと後で謝りなよー?」
彼女たちはそう言って、それぞれ俺の両脇に座った。
本当なら、ドキッとするような、そんな場面。
でも俺は、そんなことよりも、自分を探してくれていた事が、凄く嬉しくて。
嬉しくて、そんな自分に情けなくて。
心配をかけてしまって、それでも自分を想ってくれて。
そんな彼女たちの行為に、とても救われて。
だから俺は――
「……あのさ、二人に、聞いてもらいたいことが、あるんだ」
俺は、二人に話すことにした。
ここに残ること。
元の世界に戻ること。
全てを、話した。
そんな俺の言葉を、二人はただ静かに聞いてくれた――。
最初は、笑われると思っていた。
バカにされると思っていた。
それでも、何か言ってくれるなら、きっと自分の悩みは消えるだろうと思って。
でも、彼女たちは、俺の話を聞いてくれて。
異世界での活躍を、嬉しそうに聞いてくれて。
アクア達とのバカな日常も、楽しそうに聞いてくれて。
全部を、ちゃんと聞いてくれて。
それが嬉しくて。本当に、嬉しくて。
強く、強く――ここに残りたいと思った。
「って感じでさ、ほんと、毎回毎回騒がしいのなんので」
「そっかそっか」
「なるほどねぇ」
一通り話し終えた俺は、満足感で満たされていた。
満たされていたけれど、やっぱり答えは出ないままで。
でも、残りたいという気持ちは、確かに強くなっていた。
「忙しいし、騒がしくて疲れることばかりだけど、嫌いにはなれなくてさ。結構、楽しい世界だったよ」
そう言った俺に、このみんが言った。
「カズマくんはどうしたいの?帰りたい?」
……それでも、異世界の話をする度に、戻りたいという気持ちも高まっていた。
アクア達の顔が浮かんで、辛く、でも楽しかったあの日々が蘇って。
話せば話すほど、今すぐ帰ってあいつらと冒険がしたいと思った。
でも、決め手はなかった。
嫌ではなかった。
ただ、何かが足りなかった。
「どうしたら、いいんだろうね」
思わず呟いた。
あぁ、俺ってそんなに弱ってたのかな。
俺の言葉に、このみんは呟いた。
「かずちゃんとかは、多分自分で決めなさいって言うと思うけど……わたしね」
「わたし、こういう世界も良いと思うの」
「カズマくんがゆっくり出来る世界というか、癒やされる世界というか……あはは、言葉にしようとすると難しいね」
「でもね、わたしは、良いと思う。カズマくんが、このままここに居る事」
そしてこのみんはニコッと笑って付け足した。
「だって、カズマくん面白いから。居なくなったら、寂しいもん」
目の錯覚だったかもしれない。
幻覚だったかもしれない。
あるいは、俺の妄想なのかもしれない。
そう感じるほどに、
このまま、その言葉に乗ってみるのも、いいのかもしれない――なんて。
「おやおや?このみはそういう感じなのかー」
そんな、いい感じの雰囲気をぶった切るように、ひかげが言った。
はぁ、お前はもう少し空気を読むことをだな……。
そう思った俺はふとひかげを見る。
ひかげは、ゆっくりと沈んでいく夕日を眺めながら、言った。
「でもすごいよなぁ。いくら戦う能力あっても、いくら強い味方が居たとしても、あたしだったら戦えないな」
「だって怖いもん。生き返るって言っても結局は死んでるわけだし、痛みはあるわけだし。あたしだったら自分の事だけ考えてひっそり暮らすかな」
「そう考えると、カズマってやっぱすごいって思うわ。なんだかんだ言って皆のために頑張っててさ」
ひかげの言葉を、俺は黙って聞いた。
その言葉の一つ一つが、自分の中の何かを刺激しているようで。
そんな俺を見て、ひかげは照れくさそうに、続けて言った。
「まぁ、正直、カズマが居なくなったら、あたしも寂しくなるとは思う。うん」
「でもなんだ、その、カズマのかっこいいところも、あたしは見たいなって思うんだよね。皆を助けるヒーローってやつ?」
「あたしは、似合ってると思うよ。カズマがヒーローやってるの」
らしくないかな、とひかげは言って顔をポリポリと掻いた。
そんなひかげから、俺は目をそらした。
恥ずかしかった。こんなにも、俺の事を考えてくれていた事に。
そんな
恥ずかしくて、情けなくて、口には出せず、俺は心の底から謝った。
そして改めて思ったんだ。
あぁ、俺って、本当に、皆に愛されてるんだなって。
「……帰るか。日も暮れてきたし」
夕日は既に消えかかり、あたり一面暗くなってきていた。
俺は、未だに自分の考えに悩みながら、彼女達を家に送った。
「ねぇれんげ」
夜。
布団に入った一穂は、一緒の部屋で寝ているれんげに声をかけた。
「どうしたのん?」
れんげはまだ寝ていなかった。
一穂はれんげに言った。
「れんげは、気付いてるんだよね?」
「……」
「れんげが描いたあの絵、あの絵のヒーローが、カズマ君だってことを」
「……」
れんげが一穂に見せたあの絵にはヒーローが描かれていた。
夢の中で見たという、とあるヒーローを、れんげは絵に描いたのだ。
その絵のヒーローが、和真だった。
れんげは最初知らなかった。
彼女がたまたま描いたその絵が、和真の意識をこの世界に辿り着かせてしまったことを。
だからこそ、一穂から真実を聞いた時、真っ先に気付いた。
何故、あの時一穂が絵を取りに行かせたのか。
何故、一穂が和真にその絵を見させないように言ったのか。
何故、この絵のヒーローと、一穂が見せてくれた映像の和真が同じ見た目をしているのか。
和真を強く想うからこそ、れんげはすぐに気付いてしまったのだ。
「れんげ?」
「……うちは」
「ん」
「うちは、かずにぃの気持ちに、答えるだけなのん」
「……無理してない?」
「大丈夫なのん。変なねえねえなんな。うち、もう寝るん」
「ごめんごめん。おやすみ、れんげ」
「おやすみなのん」
その日、一穂は眠ることができなかった。
隣で静かに泣くれんげの声に、ただ見守る事しか出来ない自分の未熟さを感じて――。
お疲れさまでした。
わかりやすく例えると、SAOみたいな感じです。
あっちと違っていつでも戻れますが……(ただし期限あり)
書ききれなかったので、ここで説明を。
一話の時点でエリス様は一穂に接触しています。
ただどう見守るか悩んでいた一穂に、れんげがたまたま接触した事をきっかけに、二話が始まってます。一穂がカズマに意見を言ったのは他にもあり、一番はれんげですね。
原作でほのかちゃんと別れた時、何も言えず急に居なくなりました。
今回は事前にわかっているので、その上で子供達がどう考え、どういう決断をするのかを見守ることにしてます。
それとエリス様について。
一話の時点でエリス様も勿論見守っています。
この時点で実は元の世界に戻せました。
ただそうしなかったのは、カズマのこれまでの苦労を知っていたため。
今回の原因であるアクア達の行いを見て、こちらの世界でのびのびと過ごすカズマを見て、エリス様はしばらく見守ることにしました。
ただ期限などは全く知らず、10話の時点でそれを知り一穂に再度接触しています。
カズマ達買い物組が出かけ、一穂が少し遅れて食事組に合流するという部分がありましたが、そこで会ってます。
花火に関しては毎年やっているのもあり、他に切り出す方法がなかったため。
こんな感じです。説明し忘れた部分があればあとで追記するかもです。
次回最終話。金曜日更新予定。
よければ、最後もお付き合いくださいませ。