[完結済み] この素晴らしい田舎生活に祝福を! 作:Rabbit Queen
ほたるん回です。今回は少しシリアス多めなのでご注意。
お泊り会で少しだけお互いの距離を近付けたカズマと蛍。
しかし、二人はそれ以降会う事はなく、ぎこちないままであった。
そんなカズマの元に、とある少女から電話が来て――
「蛍ちゃん、もう少しだからね」
蛍ちゃんをおんぶし、俺は来た道を戻る。
応急手当はしたとはいえ、ばい菌が入ってしまっているかもしれない。急いで戻って、家の人に見てもらわないと。蛍ちゃんは大丈夫ですと言ってくれたけど、きっと我慢してるに違いない。俺に出来ることは、なるべく彼女が怪我を気にしないように会話し、彼女の家に送り届ける事だ。
一歩、また一歩、歩いていく。急ぎたい気持ちを抑えなるべく揺らさないように歩いている俺に対し、彼女は、蛍ちゃんは呟いた。
「……あの、和真さん。私……」
暑い日差しが、少しだけ距離を置いてベンチに座っていた俺と蛍ちゃんを照らすように突き刺さる。眩しくて、暑くて。でも、そんなものよりもこの沈黙が俺には耐えられなかった。何の話題に食いついてくれるか、何を話したらいいのか、1人悩む。いや、きっと蛍ちゃんも同じように悩んでいるのかもしれない。地面を見て考えていた俺はふと顔を上げた。
雲ひとつ無い空でオンステージを楽しんでる太陽が輝きづつけていた。
「――それじゃ、明日の朝10時に楓ちゃんのところでね」
このみんとの会話を終え、彼女が先に電話を切るのを待ってから受話器を戻した。
自分の部屋に戻り、今日は見たい深夜アニメがなかったのでそのままベッドに潜り込む。
既に眠気で半分寝かけていた俺は、明日の予定に遅れないようにとベッドの上に置いていた時計のアラームを付けてそのまま瞳を閉じて眠った。
それから数時間後、設定していたアラームが鳴り始めた。眠い目を擦りながら手探りで鳴り続ける時計を掴む。アラームを止め、大きく背伸びをしてベッドから起き上がると、顔と歯を磨きに一階に降りていった。シャコシャコと歯ブラシを口の中で優しく動かしながら、昨日の夜の会話を思い出す。珍しくこのみんから電話が来た俺は、彼女がいう提案を黙って聞いていた。
「カズマくんと蛍ちゃんさ、まだまだぎこちないじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「この前のお泊り会で誤解は解けたけど、もうちょっとお互い踏み込んでも良いんじゃないかなって思ってね?」
「うーん、このみんの言うこともわかるけど、やっぱり無理してまでそうするのは気が引けるというか……」
「大丈夫だよ!だって、この提案というか、遊びに誘ってくれたのは蛍ちゃんだから」
「え、蛍ちゃんが?」
「うん。蛍ちゃんがね、もうちょっとカズマくんの事知りたいなって相談してきてね。それじゃ、一度遊んでみたらどうかなって言ったの。そしたら、私からカズマくんに遊びに誘ってくれませんかって頼まれてね」
「あぁ、なるほど。それで遊びの誘いか。いやそれにしても、蛍ちゃんが……」
「どうかな?蛍ちゃんも無理には誘ってなかったし、私も提案したとはいえ、無理には言わないよ。ただ、私としてはそれがきっかげで仲良くなってくれたら嬉しいかなって」
「……わかりました。蛍ちゃんがせっかく誘ってくれたんだし、乗ってみるか」
「ほんとー!?いやぁ、よかったよかった。それでね、場所と時間なんだけど――」
がらがらがらと喉を鳴らし、口の中に入れていた水を吐き出す。鏡で磨き残しがないか確認し、歯ブラシとコップを置いていた場所に戻して洗面所を出た。時間まではまだ余裕があるし、朝ご飯を用意して1人静かに食べる。使い終わった食器を洗い、蛇口の締め忘れや電気の消し忘れがないか確認して玄関に向かうと自分の靴を履いて外に出る。鍵を閉めて、改めて外を見る。珍しく今日は暑かった。日差しが強く、これじゃ外で遊ぶのは大変だなと思いつつ、俺はこのみん達が待つ駄菓子屋さんの前まで歩いていった。
駄菓子屋さんにたどり着いた時、まだ誰も居なかった。外のベンチで待とうと思ったが、流石に暑いので既に開いていたお店の中に少しだけお邪魔することにした。中に入ると、楓さんが椅子に座ってテレビを見ていた。彼女は俺に気付くと、だるそうに右手を上げて左右に振った。
「よう。いらっしゃい」
「こんにちは楓さん。少しだけ、お邪魔していいですか?」
「なんだ、すぐ帰るのか?」
「帰るというか、ちょっと待ち合わせしてるんですよ」
「へぇー……うちの店の前を待ち合わせにするとはいい度胸だな」
「え、いや、あの」
「……冗談だ。まぁ、ゆっくりしていけよ。あ、一個でもいいからせめてなんか買ってけよ?」
「勿論ですよ。それじゃ、何にしようかな~」
何にしようか悩み、キョロキョロと見渡す。あれも良い、これも良いといろんな商品に目移りしながら、結局俺が選んだのは、ジュースだった。お菓子でもよかったんだが、今日は特別暑い事を思い出し水分補給も兼ねて飲み物にした。ジュースを買った俺は、このみんと蛍ちゃんが来るまで楓さんと雑談をしていた。
それから数十分が経って、蛍ちゃんが現れた。俺は飲み干したジュースの空き缶をどうしようか悩んで、楓さんが処分しとくと言ってくれたので彼女に渡し、蛍ちゃんに手を振って、駆け寄った。
「こんにちは蛍ちゃん」
「こ、こんにちは。和真さん」
やはりというか、俺が声をかけると彼女は一瞬驚き、返事をした。まだ俺達には少しだけ大きな壁が残っている。それを今日乗り越える為に蛍ちゃんは勇気を出して俺を誘ってくれた。このみんも、その提案に乗って、今日こうして俺達の予定を組んでくれた。
それは嬉しいし、俺としてもやっぱり蛍ちゃんとは仲良くしたいと思ってる。だから、今日は俺も頑張るかと思ったんだが――彼女の様子を見る限り、まだまだそれは難しそうだ。まぁ、まだ今日は始まったばかりだ。 時間は沢山ある。焦らず、ゆっくり距離を深めよう。
「……全然来ませんね」
「うん。全然来ないなぁ」
そうして、俺は蛍ちゃんとこのみんの事を待っていたのだが……来ない。
おかしいな、時間を間違えたか?それとも、彼女に何かあったのだろうか?俺は心配になり、ここで待つべきか彼女の家に行って確認してくるか悩んだ。そんな俺と蛍ちゃんに対し、お店の中に居た楓さんが外に出てきて声をかけてきた。
「あー、カズマ。実はさっきこのみから電話来てな。なんでも、今日は来れないらしいぞ」
「え、マジですか?」
「ああ。まぁ、そういうことだ。今日はお前達二人で遊んできたらどうだ?」
「え、えーと……」
「んじゃな」
「あ、ちょっと!楓さん!」
楓さんは必要な事だけ言うと店の中に戻っていった。俺は困惑し、距離を置いて隣に座っている蛍ちゃんを見た。彼女もまた、困ったような顔をしていた。
「えっと……ど、どうしましょうか?和真さん」
「うーん……このみんも居ないとなると、流石に蛍ちゃんもきついだろうし……今日は、やめておこうか?」
「……」
このみんが居るから蛍ちゃんは俺を誘ってくれたと、そう思った。彼女が居ないのなら、蛍ちゃんも喋りづらいと思うんだ。だから今日は諦めて、また別の日に――そう思っていた俺に対し、蛍ちゃんは小さく呟いた。
「……私は平気です」
「うん?」
「わ、私は、平気です。二人でも。だからその、和真さんがよければ、二人で遊びませんか……?」
まだ少し緊張していて、でもその目はしっかりと俺を見ていた。彼女がその場の雰囲気で言ったのではなく、本心だと俺は思った。ほんとに、強い子だ。怖いだろうに、不安だろうに……それでも、蛍ちゃんには蛍ちゃんなりの考えがあったのだろう。俺は頭を掻いて空を見た。未だに輝き続ける太陽が、まるで付き合いたてのカップルを茶化すように日差しを浴びさせてくる。
わかってるって。だからそんなに日差しを向けないでくれないか。暑いから!
「……何して遊ぼっか。蛍ちゃん」
しばらくして、駄菓子屋の前から離れていった二人。
それを、カウンターの前の椅子に座っている楓が見送ると、隣で隠れるようにしゃがんでいた少女に呆れるように言った。
「ほら、行ったぞ。全く……何でアタシがこんな事しないといけないんだ?」
楓の言葉に、カウンターの裏に隠れていた少女がピョコンっと頭と顔を出して言った。
「まぁまぁ。いいじゃない楓ちゃん。せっかく二人共いい感じなんだから、協力してよー」
和真と蛍、二人が駄菓子屋に来るように仕向けた張本人、富士宮このみが楽しそうに言った。
このみは実は和真達よりも先に待ち合わせ場所に来ていたのだ。そして、元々計画していた通りに事を運んでいった。それは、自分が急用で来れなくなったと言って二人だけにし、それを利用して二人の中を深めていこうというものだった。邪魔者が居てはなかなか距離が縮まらないと思ったこのみは蛍から遊びに誘われた時点でそう考えていたのだった。
そんなこのみの思惑に気付かず、和真と蛍は二人ぎこちなくも歩いていくのであった。
「こっちです、和真さん」
「へぇー、ここは教えられてなかったなぁ」
蛍ちゃんの提案で、俺と蛍ちゃんは山に来ていた。その場所は彼女が初めてここに転校して来た時に、れんげちゃん達に連れられて来た場所らしい。蛍ちゃんにとってその場所はとても大事な場所らしく、そこに俺を案内したいという事だった。ワクワクと、大切な場所に連れて行ってくれるという嬉しさで、俺はさっきまで鬱陶しいと思っていたその暑さを忘れていた。
それが、原因だったのかもしれない。
自分が大丈夫だからという気持ちが、蛍ちゃんの異変に気付かなかったんだろうと思うと、俺は自分を責めずにはいられなかった。
「蛍ちゃん、大丈夫?なんかフラフラしてるような……」
「だ、大丈夫です……!ちょっと、喉が渇いてるだけで……」
そう言った直後だった。
蛍ちゃんは地面に転がっていた石に躓き、転んだのだ。
普段の彼女ならきっと躓いても転ぶことはなかっただろう。しかし、今日は特別暑かった。
その暑さが、彼女の体調に変化を与えていて、そこに追加するように、俺に心配をかけまいと考えた彼女は緊張と我慢でそれを回避できず、転んでしまった。支える力もなく地面に強く転んだ蛍ちゃんの両足の膝からは血が出ていた。
「蛍ちゃん!?」
俺は急いで彼女に駆け寄った。
ジャージが汚れるのを気にせず地面に膝をつけて、彼女の身体を支える。
「ご、ごめんなさい……私……」
「今はいいから!それよりも、傷は!?」
蛍ちゃんの怪我をしている両足の膝を見る。血は少しずつ溢れていたが、幸いなことに黒いのは出ていない。俺はれんげちゃん用にと持っていた絆創膏とポケットティッシュを取り出し、蛍ちゃんの膝から出ている血を拭き取る。ティッシュが触れる度に蛍ちゃんは痛そうな声を上げ、その度に俺の胸も締め付けられる。なんて情けないんだ俺は。どうして気付かなかった?
「ごめん!本当にごめん、蛍ちゃん」
「な、なんで謝るんですか……悪いのは私なのに……」
転んでしまったのは彼女だが、彼女の体調に気付かなかった俺が全て悪い。もしも早く気付いていたら彼女は転んでいなかったし、こんな怪我もしていなかったはずだ。彼女は小学生で、俺は高校生だ。彼女にとって俺は大人なんだ。大人で、頼られる存在なんだ。そんな俺が保護者として、子供1人の変化にも気付かないなんて……くそったれっ!!
自分を強く叱る。
責めずにはいられなかった。だがそれよりも今は、蛍ちゃんをどうにかしないと。自分を殴りたい気持ちを抑え、冷静に、ただ冷静に今どうするべきか考え、彼女をおんぶして家に連れて帰ることにした。
そうして、俺は蛍ちゃんをおんぶして山を降りていた。
「こんなことになって、ごめんなさい」
「蛍ちゃんが謝ることじゃないよ。本当は、俺がちゃんと蛍ちゃんの体調に気付いてあげないといけなかったのに……本当に、ごめん」
「……」
「はは、全然ダメだな、俺って。こんなんじゃ、蛍ちゃんに嫌われても仕方ないかな……なんて」
「……」
「……痛くない?」
「……はい」
それから、俺は何度か声をかけた。
手探りで会話して、蛍ちゃんの気を紛らわせようと思った。
でも蛍ちゃんはただ黙って聞いていて。俺は、どうすればいいのか、わからなかった。
わからないまま、一歩、また一歩と歩く。
そして蛍ちゃんは、呟いた。
「……あの、和真さん。私……伝えたい事があって……」
「……なにかな?蛍ちゃん」
「あの……ありがとうございました。今日、遊んでくれて」
「……」
「私、今日ずっと言いたくて……お泊り会の時も、ペチと遊んでくれた事に、ありがとうって言いたかったのに、言えなくて……」
「……うん」
「今日は、絶対言おうと思って、それで……こんな怪我までして……迷惑かけて……私……うぅ……ぐすっ……」
彼女が泣いているのを、背中で感じた。
それは怪我の痛みなのか、情けない俺に対する不安で泣いたのか、わからなかった。
「……ごめんな、さい……私が悪いのに……泣いてしまって……私……わたし……っ!」
「……やーぶれかーぶれのやぶいしゃが~」
「……かずま、さん?」
俺はただ、歌った。
歌って、歌詞が一周して、笑った。
「……酷い歌だろ?」
「え、えっと……」
「れんげちゃんが歌っててさ。最初聞いた時、酷い歌だなと思ったよ。でも、気付いたら口ずさんでてさ。なんか、頭に残るんだよね」
「……」
「……俺もさ、自分が悪いって思ってるんだ」
「……でも、本当に悪いのは……」
「うん。聞いて、蛍ちゃん」
「……」
「俺も、蛍ちゃんも、自分が悪いと思ってる。どっちの理由もよく分かるし、それが譲れないのもよく分かる。俺も、本当は譲っちゃダメなんだって思ってるんだ」
「でも、このままじゃ俺と蛍ちゃんはきっと、それを抱えたまま、また距離を置いちゃうんじゃないかなって思ってさ」
「……」
「蛍ちゃんがせっかく勇気を出してくれて、俺を誘ってくれて。とっても嬉しかったし、俺も、もっと仲良くしたいんだ。蛍ちゃんと」
「……わ、わたしも」
「ん?」
「私も……もっと、仲良くしたいです」
「……そっか。よかった。だからさ、蛍ちゃん。今日は、お互いが悪かったということで、これでお終いにしない?」
「……でも」
「あー、まだ妥協出来ない感じかぁ。……それじゃあさ」
「……?」
「もしもまだ自分が悪いと思ってるなら、また今度、ここに連れてきてくれないかな?俺も、次はちゃんと反省を活かして飲み物とか持ってくるからさ」
「……」
「……蛍ちゃん?」
「……その時は、お弁当も、作ってきてもいいですか?」
「お、マジ?全然良いよ。むしろ食べてみたいな、蛍ちゃんのお弁当」
「が、がんばります……!」
「期待してるよ。お、見えてきた……あれ?」
「あれって……このみさん?」
俺と蛍ちゃんは山の登り口にこのみんが居ることに気が付いた。
このみんは楽しそうに手を振っていたが、蛍ちゃんの様子に気付くとすぐに駆け寄ってきたので俺は事情を説明した。
「ほんとうにごめんね、蛍ちゃん……」
「いえ、大丈夫ですから……謝らないでください」
後部座席に座っていたこのみんが、隣に同じように座っている蛍ちゃんに頭を下げて謝っているのを、助手席で座っていた俺はバックミラーで見ていた。あれから、事情を聞いたこのみんが持っていた携帯電話で楓さんに電話した。どうしたらいいか楓さんに相談すると、丁度楓さんの所に一穂さんが来ていたらしく、事情を聞いた一穂さんが車を出してくれると言った。俺たちは車が来るまで待ち、やってきた一穂さんに謝りながら車に乗り蛍ちゃんの家に向かっていた。
このみんは自分が二人になるように仕向けたから、それもあって事故が起きたんじゃないかと思っていた。俺と蛍ちゃんは違うと言ったが、彼女にも思う所があるらしい。埒が明かないので、今度は三人で遊ぶ約束をした。その時に駄菓子屋さんで何か奢ってもらう約束もして。
そうして三人で話してる内に蛍ちゃんの家に着いた。蛍ちゃんの様子を見て驚いていたお母さんに、俺は深く頭を下げて謝った。そんな俺に対し、蛍ちゃんは事情を説明し、自分が悪いと言った。蛍ちゃんのお母さんは蛍ちゃんの話を黙って聞き、彼女の頭を優しく撫で、そして、俺の頭も撫でた。
ありがとう。ただ、それだけを言って。
最後にもう一度謝って、俺とこのみん、一穂さんは車に帰っていった。帰り道からして、先に俺が降りないといけなかったのだが、一穂さんは先にこのみんを家に送った。俺は何も言わず、ただ一穂さんの行動を黙って受け入れた。俺は、一穂さんに怒られると思っていた。このみんが何か言いたそうにしていて、でも彼女は言うのをやめた。
またねカズマくん。そう言って、彼女は家に入っていった。
車は、俺の家じゃなく、宮内家に向かっていた。
一穂さんは黙っていて、俺も、黙っていた。
車の走る音だけが、静かに車内に響く。
この時間が、とても怖かった。
宮内家に着いた俺は一穂さんの後に黙ってついていく。玄関に入った時、れんげちゃんとひかげが居間から出てきた。俺を見るとれんげちゃんは喜んだが、ひかげは俺の表情を察してか、何も言わなかった。
一穂さんはれんげちゃんに、カズマ君に話があるから、後でね。と言って、俺を連れて奥の部屋に歩いていった。れんげちゃんは理解出来てない顔をしていたが、ひかげが居間に彼女を連れて行った。
奥の部屋に着くと、一穂さんは座りなさいと言った。
俺は従って、その場に正座した。
「そこまでしなくていいよ。普通に座りな」
「はい……」
一穂さんに言われて、俺はあぐらをかく。
少しだけ沈黙が流れ、俺は今日の事を謝ろうと口を開こうとした。
開こうとして……一穂さんに抱きしめられた。
「……え?ちょ、一穂さん?」
一穂さんは黙って俺を抱きしめると、右手で頭を撫で始めた。
「あの、一穂さん……」
俺が声をかけても、一穂さんは何も言わず、ただ、優しく抱きしめて撫でてくれた。
「や、やめてくださいよ一穂さん……じゃないと、俺、俺……」
それが暖かくて、気持ちよくて、それで、気付いたら――俺は泣いていた。
涙が溢れて、止まらなくて、ずっとずっと、自分の中に溜まっていた感情が、吐き出されていった。
「俺……ほんとは怖くて……!蛍ちゃんに嫌われてたらどうしようって……!一生傷が残ったらどうしようって……!親御さんに怒られたらどうしようって……!」
「うんうん」
「俺がちゃんとしないといけないのに、蛍ちゃんを傷つけちゃって……!蛍ちゃんは悪くないのに、彼女に謝らせちゃって……!」
「うん、うん」
「混乱して……本当は、もっともっと蛍ちゃんの為に言えることがあったはずなのに、何を言っていいのかわかんなくて……っ!」
「そっかそっか」
「俺……おれ……っ!!」
「大丈夫。皆ちゃんとわかってるから。大丈夫だよ、カズマ君」
それから俺は、泣き続けた。
情けなくて、でも抑えきれなくて、どうしようもなくて、ただただ、泣き続けた。
一穂さんはそんな俺を、ただ優しく抱きしめて、撫でてくれたんだ。
「それで、傷は大丈夫なの?蛍」
小鞠は蛍の膝を心配そうに見る。蛍の膝にはまだ絆創膏が貼られていた。
「はい、大丈夫です。傷はもう治ってるんですけど、念の為もう少しつけておきなさいってお母さんが」
「そっかそっか。でもよかった、怪我が治って」
蛍の膝の傷はもう治っていた。幸いな事に、傷は残らなかった。
自分の膝を優しく触る蛍に、小鞠は言った。
「それで、かずまさんとはどうなったの?」
「あ、はい。あれから少し経って、また遊びました。今度は三人で」
「いいなー。私も一緒に遊びたかったなぁ。夏海がどうしても部屋掃除手伝ってくれってうるさくてね」
夏海の話を楽しそうに話す小鞠に対し、蛍は一緒に笑って聞いた。
そして話題は和真の話になり、思い出したかのように小鞠が蛍に言った。
「あ、そうそう蛍」
「はい?」
「かずまさん、私の言ったとおりだったでしょ?優しいお兄さんだって」
「……」
小鞠の言葉に、蛍は一度黙り込む。
そしてすぐに、大きく頷いて彼女は言った。
「はい。とても優しくて、とても頼れて、とっても素敵なお兄さんでした」
もしも叶うのなら、和真のような兄が欲しいと強く心に抱いて。
「れんげー、そろそろお風呂に入りなさい……って、何してるの?」
「ねえねえ。絵日記書いてたん」
れんげは一穂に自信満々に日記帳を見せた。
一穂はれんげから日記帳を受け取ると、その中身を見る。
「いっぱい書いたねぇ。特にカズマ君の事がいっぱい書いてあるね」
「今年はかずにぃと一緒にいっぱい遊んだん!これからもいっぱい思い出作るーん」
「そっかそっか。……おや?」
一穂は日記帳に挟まれていた紙を見つける。
そっと取り出し、折りたたまれた紙を開いて中身を見た。
「……これって」
「それはうちが夢で見たのを絵に書いたん!うちもそれはお気に入りですのん」
「……うん。お姉ちゃんも、この絵は良いと思う」
「ねえねえもその絵の良さがわかるんなぁ~。うち、将来は画家もいいと思ってますん!」
「ほほう。れんげが画家かぁ。それはそれは、大変だ。今からいろいろ勉強しないとね。その前に、お風呂に入ってきな」
「あーい」
れんげは楽しそうにお風呂場に走っていった。
一穂は絵をもう一度見ると、そっと日記帳に挟んで戻した。
それから、一穂は楓に電話をした。
「……あ、楓?今大丈夫?……うんうん。そうそう、そろそろかなって思って」
「花火、買いに行ってくれる?カズマ君を連れて」
お疲れさまでした。
これで、各キャラのストーリーは終わりです。
残り三話となりました。結構、早かったですね。
次回の更新は月曜日です。お楽しみに。
余談ですが、文章の中に「俺はジャージが汚れるのを」という部分があります。
これ、読み直し作業中に見たら「俺はジョージが汚れるのを」という文章になってました。
いや誰だよジョージ……
ではでは。19時からゆるキャン一挙見てくるのでこれで。また次回。