東方幻想記 THE NOVEL(休載中)   作:転寝

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最弱の英雄

「―答え合わせ、してやるよ」

 アンラ・マンユは薄い笑みを浮かべたまま言った。

 コイツはオレを試している。ここまで来たヤツがどんなものなのか、見定めようとしているのだ。

「…お前は自分の欲を消費する為に幻想郷に来た。そのターゲットに選んだのがルーミアだ。だが…アイツは人を食べたくないから我慢していた。ルーミアの欲はあまりにも膨大で、ルーミアから漏れて邪気として幻想郷に広まり、それを一定量吸収したものは狂気に呑まれ、自らの欲求に従って動くようになる…これがオレの出した結論だ」

 そもそも、他にも狂気に侵されたヤツはいるのに、何故ルーミアだけがあんな姿になっていたのか―その答えは、異変の発端がルーミアにあるからだ。

 加えて最初にオレと出会い、喰らった時ルーミアは泣いていた。食べたいのに食べたくない―その矛盾と戦っていたからだ。その時には既に、アンラ・マンユは標的をルーミアに定めていたのだろう。

「…正解だ。八雲紫が連れて来ただけはあるな」

 アンラは愉しそうに嗤った。

「なあ、もういいだろ?異変の元凶は暴かれて、お前はもう打つ手が無いはずだ。ルーミアの中から出ろよ」

「コイツの中、案外居心地が良くてな…出る気にならねぇんだ」

「だったら―追い出してやるまでだ!」

 オレはアンラに向かっていく。刹那―アンラの表情が変わった。

 愉しそうな顔から、狂気を帯びた顔に―。

 

「―来いよ愚者。オレにその覚悟を見せてみろ」

 そして。

 

 

 博麗霊夢は落ち着かない様子で辺りを歩き回っていた。

 無銘がルーミアの精神内に入って、もうすぐ一時間が経とうとしている。いくらなんでも遅過ぎると霊夢は思った。

「何かあったのかしら…」

「あの子なら大丈夫…と言いたいけれど、今回ばかりは流石に無茶かもしれないわ」

 紫は鋭い目でルーミアを見る。当然といえば当然の事だが無銘もルーミアも意識を失っており、目を覚ます気配もない。

 二人が不安を抱えたまま待っていると、不意に複数の足音が聞こえた。

「おい!無銘は大丈夫なのか!?」

「無銘くんは!?無銘くんはどこ!?」

 魔理沙とお空が息を切らしながら訊く。

「彼は…多分無事よ。今、ルーミアの中に居るわ」

 二人は神妙な顔になり、黙った。お空が無銘の傍に跪き、その手を握る。

 紫は意識を失ったままの無銘を見る。心無しか、彼の表情が苦しいものであるように思えた。

 

 

「あ…………が…………」

 赤黒い液体が飛散する。それはルーミアの精神内に満ちている光と混ざり合い、直ぐに判別がつかなくなった。

 戦闘開始から数分、オレは既にボロボロだった。

 人と神―その差は圧倒的だった。それでも抗おうとしているオレは誰がどう見ても負け犬で愚者だ。

「…お前、本当に人間か?」

 よろよろと立ち上がるオレに、アンラが呆れた様な表情で訊いた。

「自分の姿を見てみろ…傷が無い箇所は無いぞ?それにお前、両足のアキレス腱削がれてるのに何で立てるんだよ」

 マジで何者だ―そう呟くアンラの身体には傷一つ無い。

「…うる、せぇ………オラァァァァァァァァァァァァァ!!」

 オレは殆ど残っていない力を振り絞ってアンラに突撃していく。

 然し、

「あらよっと」

 捨て身の突撃はアンラに届かなかった。

「え」

 不意に、バランスを失い倒れ込む。

 遠くに誰かの腕が転がっていた。

「…あ、あぁ……」

 いや、違う。

 あれは―。

「オレの…腕」

 左腕が無くなっていた。あの一瞬で、アンラに削がれたのか。

「精神が強いのか、或いはただの莫迦なのか…そんな状態になって、何故まだ立てる?」

 必死に、右腕を伸ばす。

 這い蹲って、多分もう動けない。

 だけど、この腕が届けば。

 ヤツに触れさえすれば、きっと―!

 

「神であるオレから見ても…悍ましい」

 アンラが吐き捨てた。

「その強さ…狂気すら感じるぜ」

「強くなんかねぇよ…オレは弱い…」

 だから―色々なものを失った。

 だけど、それでも目の前にあるものだけは護りたいんだ。

 他の誰でもない、オレ自身の手で―。

 

「ふん」

 伸ばしていた右腕が引きちぎられた。

 最早悲鳴を上げる力も無い。

 ただ、呻く事しか出来ない。

「あぐ……がァ…」

「……ハハハハハハハハハハ!こいつぁ傑作だ!こんな哀れな姿になって、尚も抗おうとするなんてよ!」

 アンラの哄笑。

「全く、良く出来た愚者だよテメェは……実に滑稽だ!赤坂蜥蜴ェ!」

 それをぼんやりと聞きながら、オレは働かない頭でこの場に似つかわしくない事を考えていた。

 

(そういえば、前にもこんなことあったっけ…)

 

 

『お前には勝てねぇよ…楽になれ三下』

 

 ああ…。

 確か、外の世界に居た時の事だ。

 徹底的に打ちのめされ、自分の無力さを痛感した…そんな事が、あった気がする。

 あの時、確かにオレは弱かった。全てを投げ出して、楽になろうとした事もあった様な気がする。

 でも、オレは大切なものを護るために、戦う道を選んだ。

 たとえ、この命に代えても―そう誓った筈じゃなかったか。

 オレは…。

 

「…オレはもう、何も失いたくない…」

 そう。

 自分の身体なんて、どうでもいい。

 今は―ルーミアを助ける事が最優先だ。

 

 オレは立ち上がる。その動作はぎこちなく、両足で地面を踏みしめるまでに何度も血を吐いた。

「その身体でまだやるか…いいだろう」

 オレは前に進もうと藻掻く。それを哀れに思ったわけでもないだろうが、アンラはこんな事を言った。

「選択肢をやろう。オレに殺されるか、ここから逃げるか」

 …コイツは、一体何を言っているのだろう?

 なんて、馬鹿馬鹿しい事を聞くのか。

「………ハハハ…んなもん、決まってるだろ?わざわざ聞くんじゃねぇよ」

 それに―誰も死なずにこの状況をひっくり返す方法が、一つだけある。

 それは―。

 

「… ()()()()()()()()()()

 

「…はぁ?」

 流石の絶対悪もこれには驚いた様だ。怪訝そうな顔をしてオレを見る。

「ルーミアの中から出てきて、オレの中に来いって言ってんだよ」

 要はコイツがルーミアの中から出ればいいのだ。ならば簡単な事だ。

 移住―という訳でも無いが、アンラがオレの中に来れば問題は解決する。

「…お前、自分が何言ってんのか分かっているのか?」

「辛い思いをするのはオレだけでいいんだ。それにアイツは…ルーミアは、充分頑張ったよ」

 人を食べたいのにそれを我慢した。

 当たり前で、とても難しい事だ。

「アイツは!人間を喰うのが怖かったから一人で居たんだ!アイツの孤独が…お前に分かるか?」

「理解し難い感情だな。それだけの理由でアイツを助けようとするのか…赤の他人で、しかも人喰い妖怪なのに?」

「関係ねぇよ…アイツが人喰い妖怪だろうがなんだろうが関係無い。オレはただ、ルーミアを助けたいだけなんだ…苦しむ姿を、見たくないだけなんだ!」

「…バカめ。そもそもその取引はオレにメリットが無いだろう」

 確かにオレは無欲な人間だ。少なくとも自分で私欲を抑制出来る程度の理性はある。

 だが、

「あるさ…お前が喜びそうなのがな」

「ほう?」

()()()()()()()()()…それはお前にとってメリットなんじゃないのか?」

 それを聞いたアンラは笑いだした。

「ふふふ…フハハハハハ!そうだなお前はそういうヤツだった!」

 愉しそうに、笑い、嗤う。

「いいだろう赤坂蜥蜴…貴様のその選択、後悔するなよ?」

 

 

「一人は…怖いよぉ…誰か、助けて…」

 ルーミアは泣いていた。

 人喰い妖怪でありながら人を喰らう事を良しとせず、一人で居ようとした。

 だけど―一人は辛いし怖い。

 このままじゃ、厭だ。

 誰か助けて―そう泣いていた。

 

「ルーミア!」

 

 声。

 血塗れになり、ボロボロになりながら。

 無銘が必死に手を伸ばしていた。

 

「あ…」

「手を伸ばせ!」

 

 傷付きながらも、その目には光があって、

 

「お前を…助けに来た!」

 

 その声は、確かにルーミアに届いた。

 

 ルーミアが手を伸ばす。

 だけど、伸ばされた腕は届かない。

 

「届いて…お願い!」

 

 力の限り手を伸ばす。

 すると指先が触れた。

 あと少し、お互いに限界まで手を伸ばす。

 そして、

 

「掴んだ!」

 

 無銘の手が確りとルーミアの手を掴んでいた。

 

「……う、うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 ルーミアは無銘にすがりついて泣いた。

「ルーミア…」

「怖かった…一人は怖かったよぉ…」

 泣きじゃくるルーミアを、無銘は静かに抱きしめる。

 もう一人じゃないと、呟きながら…。

 

 

 こうして、後に「狂気異変」と呼ばれる事になる異変は幕を閉じた。

 これからどれだけ険しい道を進む事になるのか―身体の痛みによってぼんやりした意識の中でそんな事を考えながら、オレの意識は静かに落ちていった。




次回、1章最終話です。

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