異変解決の翌日、博麗神社で宴会が開かれた。
「えー、皆さんお手元にコップは行き届いたでしょうか?」
魔理沙が皆に向かって訊く。既に全員コップを持っており、その瞬間を今か今かと心待ちにしている。ちなみに飲み物は大半が酒で、オレだけジュースだ。
「では…異変解決を祝して〜か〜んぱああい!」
『かんぱーい!』
次の瞬間、溜まったものが爆発したかのような勢いで場が賑やかになった。
「元気だなぁあいつら…」
元気というより馬鹿なだけかもしれないが。
「貴方はお酒飲まないの?」
そんな声がしたので振り向くと、アリス・マーガトロイドが酒のコップを手にしたまま立っていた。ちなみにこの場には異変に関わってない連中も大勢居る。宴会と聞いてやってきたらしい。
「いや、オレ未成年だし」
幻想郷に未成年という概念が有るのかは分からないが、酒が絡むと大抵ロクな事にならないので自粛していた。
「この宴会の主役も貴方なのになんでそんな端っこの方にいるのよ…」
アリスが呆れた様に訊いた。
「苦手なんだよこういうの…って、いてぇ!」
突然何かが突っ込んできて、オレの腹に激突した。見るとそれは…。
「わはー!」
「る、ルーミア?」
「お礼を言いに来たのだー!助けてくれてありがとうー!」
「おう、助かったならよかった」
ルーミアは嬉しそうに笑う。この笑顔を守れて良かったと、心から思う。
「それで…ね」
「ん?」
なんだコイツ?顔が赤いぞ?
「ふふ…」
「……ってルーミアさん?なんで抱きつこうとするんです?」
「こうするのがお礼じゃないの?」
「んな事あってたまるか!礼儀作法を学び直せ!今すぐに!」
「でも、こうすると嬉しいんでしょう?」
「…おい、それ誰から聞いた?」
「スキマ妖怪さんからだよ?」
「あ の バ バ ア …」
軽く殺意が沸いた。というかオレが女性恐怖症なの知ってるんだろアイツ。確信犯じゃねえか。
「今は私を見て?」
頬を染めながらそんな事を言うルーミア。
コイツ…場の雰囲気に酔ってやがる…でないとオレに女性が寄ってくるなんて事は無いはずだ…。
というか寄って来られるのも困るのだ。女性恐怖症だから。
そんな感じでうだうだしていると、今度は背中を叩かれた。アンラと戦った時の傷が癒えてないのに…不幸である。
「痛い!?」
「よう坊主!今回は世話かけたな!」
勇儀が豪快に笑う。
「勇儀姐さんか…」
「まあ、飲め飲め!」
そう言って自分が飲んでいた酒を渡してくる。これ断わったらぶっ飛ばされるな…。
「分かりましたよ…」
渋々頷き、飲もうとするが…いやまて、これ間接キスじゃね?勇儀がニヤニヤしている辺り、コイツも確信犯らしい。
「どうした?なんか問題でもあったか?」
「問題しかねぇよ!」
まさかこれも紫の差し金か…?アイツはオレを殺したいのか?
と、そこで思い付いた。
(そうだ!華扇さんなら助けてくれるんじゃ?)
するとオレの考えを読んだかのように勇儀が言った。
「ちなみに、華扇ならもう出来上がってるぞ」
「え っ」
見ると、べろんべろんに酔い潰れた華扇がうわ言を呟いている。
「か弱い私を許して…」
「充分バケモノだよ!」
か弱いなんてどの口が言うんだか…というかあの人鬼だよな?酒には強い筈なんだが…。
その時、また腹に何かが激突した。
「ふにゃぁ…」
「うにゃぁ…」
すっかり出来上がった吸血鬼が二人、オレの腹に頬擦りしている。
「コイツらもかよ…」
「何よ、カリスマが来てあげたんだから喜びなさい」
ブレイクするカリスマも無いくせによく言うよ…。
「ねね、お兄様…ちょっと血が飲みたいの」
「悪い様にはしないわよ?」
「貧血にはなるだろ…」
まあ少しくらいならいいんだけど。
「ねね、いいでしょぉ…?」
「血を吸われるの、気持ちいいわよぉ…?」
血以外の何かも吸われそうだった。
「というかお前ら、酒臭いぞ…相当呑んだな」
まあ今まで来たヤツは全員酒臭かった。アルコールの匂いが脳を刺激して、それだけで酔いそうだ。いくら宴会だからといってこんなに呑む事は無いだろうに。
そんな事を思っていると、近くで底抜けに陽気な声がした。
「ほら呑め呑め!酒はまだまだ大量にあるぞ!」
そんな感じで全員を扇動しているのは
「萃香テメェ…呑ませ過ぎだぞ…」
「おお英雄!別にいいじゃないか…無礼講ってヤツだ」
それよりも周り見てみろよと言って、萃香はニヤリと笑う。
言われた通りに周りを見てみると、大勢の少女に囲まれてるではないか。
「…なんでオレ囲まれてんの?」
「どうやら酒がいい感じに回ったらしくてな…焚き付けたら悪ノリしてくれたよ」
「…つまり?」
「この宴会の男女比から考えて…お前、襲われるな」
「………………」
シンキングタイム、3秒。
そして、
「うおあああああああああああああああ!?」
オレは叫びながら出せる限りのスピードで逃げ出した。
『待ちなさああああああああああああい!!』
それを追いかける幻想少女達。何故か全員鬼の形相である。
「うるせえ追いかけてくるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ドタバタと、やかましい足音を立てながら逃げ回る。
「お、鬼ごっこか?鬼さんも参加してやろう」
酒を飲み干した勇儀がそんな事を宣う。
鬼が一匹追加された。多分捕まったら命は無い。
「私も参加しようかしら?」
「絶対捕まえて血を吸ってやる!」
吸血鬼二匹追加。最早カオスである。
オレは外に出て、息を整えていた。空には満月が浮かんでいて、夜風が心地好い。
「さ、流石にここまでは追ってこないはず…」
そう呟いて後ろを振り向いたオレは固まった。まだ追いかけてくるし何故か増えている。
「待ちなさい」だの「一緒に居ようぜ!」だの「血を吸わせろ」だの兎に角やかましい。
普通の男にとっては天国だろう。然しオレは女性恐怖症…マジで逃げないと冗談抜きで死んでしまう。
「ま、マジで勘弁してくれえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
オレは情けなく叫びながら、月明かりの下をただただ逃げ回った。
*
逃げ回る無銘と追いかける幻想少女達を見ながら、八雲紫と西行寺幽々子は談笑していた。
「平和ねぇ…」
「そうね…まったりしていていいわぁ」
「今夜は月も綺麗だし、文句ないわね」
「ご飯も美味しいしね〜」
紫は目を瞑り、呟く。
「ああ、こんな平和が……」
「―ずっと続けばいいのにってか?」
突然、第三者の声が割り込む。
驚いた二人の間に、いつの間にか一人の人間―否、人間の形をとった何かが居た。
「間失礼するぜ」
男とも、女ともつかない声。
今回の異変の元凶―アンラ・マンユは初めからそこに居たかのようにくつろいでいた。
「…………」
二人が無言で戦闘態勢を取る。それを見て、アンラは目を細めた。
「安心しな。今宵のオレは機嫌がいい…それに、これは思念体だ。本体は赤坂の中に居るっての」
「…何の用?」
警戒を解かず、紫が訊いた。
「バカ共の面を拝みに来たんだよ。思った以上に愉快な連中じゃねぇか…ククッ」
アンラは本当に愉快そうに笑った。幽々子もまた、警戒を解かずに訊く。
「…ひとつ、聞かせなさい。貴方が無銘の中に居て、何が変わったの?」
「ん?オレはアイツに欲を送り込んでいるだけだが?」
当たり前の様に、そう答えた。
「食欲、性欲、睡眠欲―即ち三大欲求と、攻撃欲…これを常に流しているんだよ」
「…そうすると、どうなるのよ?」
「まあ、簡単に言うとよ…今の赤坂は常に何倍も食べ、常に誰かを犯したく、ありとあらゆる時間に睡魔に襲われていて…そして、常に誰かを殺したがっている」
「そ…それって…」
「ちなみに、今も欲は流れている…食欲はまあ解消出来ただろうし睡眠欲は寝れば消える。問題は後の二つだ」
アンラは愉しそうに口角を吊り上げた。
「ヤツは今、女に囲まれてさぞかし興奮してるだろうなぁ…もしかしたら、全員犯された後殺されるかもしれねぇな」
「…………」
紫の目が鋭さを増す。アンラはそれを見て、益々笑みを深くした。
「…
「ええ…貴方の話が本当なら、彼は有害という事になる。もしそうなら…排除しないといけない」
「…だがヤツはこうなる事を計算に入れていたようだ。まあ、無計画だった可能性もあるが」
「………?」
「ヤツは、欲を制御出来ている。単なる痩せ我慢かもしれんがな…お前らにはそれが出来るか?」
アンラの話が本当なら、無銘の「欲」はとてつもないものという事になる。それを我慢するには、多大なる精神力が必要になる筈だ。必死に耐えている彼を、一瞬でも排除しようと思うなんて…。
紫が唇を噛む。幽々子も俯いた。
「やっと事の重大さが分かったか…ククッ」
噛み殺すような笑い。
「なぁ…滑稽だと思わねぇか?助けたいってだけで人喰い妖怪を助け、傷付けたくないってだけで自分の欲を我慢する…面白いヤツだよ、本当に」
馬鹿なヤツだとアンラは嗤った。
「…貴方、今すぐ無銘の中から」
「また異変を起こすがそれでもいいか?」
「……………」
紫は黙り込む。アンラは二人に背を向け、呟くように言った。
「ヤツが絶対悪を背負っているのを、忘れねぇ様にする事だな」
アンラは歩き出す。途中で歩みを止め、また呟いた。
「おっと忘れる所だった…最後に予言してやるよ」
そして謳うように、呪いの言葉を紡いだ。
―
*
ああ…生きているって素晴らしい。
夢想封印とマスタースパークとスターボウブレイクが一斉に飛んできた時は、マジで生きた心地がしなかった。それでも逃げ切って今に至るのだが。
「生きているって、素晴らしい…」
オレが口に出して生の素晴らしさを噛み締めていると、足音と共に聞きなれた声がした。
「こんな所に居たの?」
ハッとなり振り返ると、お空が夜風に髪を靡かせながら立っていた。
「ごめんごめん…驚いた?」
「無茶苦茶ビビったわ…」
「あはは!」
「ったく…」
それから、しばらく無言で二人で月を眺めた。
「無銘くん…辛くない?」
不意に、お空が言う。
「…へ?大丈夫だけど…」
「私ね、分かっちゃったよ…無銘くんの事。少しだけだけど」
「………?」
「さとり様達を助ける時は最前線に立っていて、紅魔館の時は皆を庇って死んじゃって…勇儀姐さん達を助ける時も無理してたでしょ?」
悲しそうに、言葉を紡ぐ。
「ルーミアちゃんを助ける時も…楽には終わらなかったよね?」
「………」
「私は…賢くはないけれど、無銘くんが傷付いている事は…分かるよ?」
泣きそうな顔で、オレに向かって言う。
「だから…辛い時は、私を頼ってほしいな…」
「………」
コイツは。
オレなんかの為に、ここまで言ってくれるのか。
「…別に大丈夫だよ。傷付いてもいないし、辛くもないから…」
口から出たのは、偽りの言葉。
ここでお空に甘えたら…ダメだと思って吐き出した言葉だった。
「本当に…?」
「ああ、本当に辛かったらちゃんと頼るから…」
「………良かった…」
本当に安堵した様に、お空は息を吐いた。
「ほら、オレももう少ししたら戻るから先行きな」
「うん!また後でね!」
お空は笑顔になると、宴会場へ戻っていった。
それをぼんやり眺めていると、また誰かの足音。振り返ると、アンラがこちらに歩いて来ていた。
「お前さぁ…ずっと嗤ってたろ」
「いやぁ…あまりにも滑稽でな」
「ったく…」
アンラは一転して真剣な顔になる。
「何故、打ち明けなかった?」
「…アイツは優しいからな。打ち明けたら、多分どうにかしようと思うだろう。それじゃあダメだ…
英雄が救われちゃせわしないだろうとオレは言った。
「違いねぇな」
「だろ?」
「…ククッ」
「…ふふっ」
夜空に、悪神と愚者の笑い声が吸い込まれていく。
これから、一体いくつの死線を潜り抜ける事になるだろう…そんな事を思いながら、月を見上げる。
今日は満月。オレが幻想入りした時は、どうだったっけ?…考えてみても、思い出せなかった。
宴会場から誰かが呼んでいる。
オレは軽く手を上げて、仲間の元に戻っていった。
如何でしたでしょうか?
動画版ではもっと賑やかに、かつカオスな最終話となっております。是非、そちらもご覧下さい。
次回から1章EXを始める予定です。この作品の、もう一人の主人公の話となります。
それでは、次回以降もよろしくお願い致します。