「マッド支部長!」
生物兵器研究支部、その研究区画の最奥に、一人の兵士が入ってきた。
ガスマスクに軍服と言った出で立ちの男は手に銃を持っている。然し、それがある事を忘れているかのように、酷く狼狽していた。
「何〜?この忙しい時に〜?」
マッドと呼ばれた男は、どうやら科学者の様だった。白衣に丸眼鏡の優男という身なりをしているが、口調は軽薄なものだ。
「侵入者です!」
「兵を出せ。それでいい」
兵士とは対照的に、マッドは楽観的な口調で答えた。
「それが…既に全戦力の七割は壊滅。研究区画の六割まで侵入されている状態でして…」
「はぁ?何言ってんの?何のための兵士だよ…折角研究資金の半分をお前らの為に投資しているんだからもっと働けよ…君ら魔獣に変えちゃうよ?」
兵士の言葉に、マッドは呆れたような声を出す。
「は、はい!申し訳ございません!」
兵士は先程よりも慌てた様子で一礼すると、部屋を出ていった。その様子を一瞥してから、マッドは眼前にあるものをうっとりと眺める。
「さて…そろそろ実験も最終段階だ。もうすぐで、僕の目的が達成される…」
マッドの目の前には、天井までの大きな筒型の容器があり、そこには一人の少女が沈んでいた。
少女を見ながら、マッドは乾いた笑い声を上げる。
…哄笑が、研究区画に響き渡った。
*
「撃て!撃てぇぇぇぇぇぇッ!!」
絶叫と銃声が場を満たす。
兵士達が持つ銃から殺意と共に放たれた銃弾は―一瞬の後、発砲した主を貫いた。
「作戦も無しにバカスカ撃ちやがって…」
ザクロはぼやきながら、只管銃弾を跳ね返していく。軈て、銃声は完全に止み、辺りには事切れた兵士達の死体が無数に転がっていた。床は彼らが流した血で真っ赤に染まっている。
「おいガキ、被弾してねぇだろうな?」
ザクロは彼の後ろに居るエレンに訊いた。彼女は目の前の惨状に真っ青になりながらも、「大丈夫です…」と頷いた。どうやら傷は負っていないらしい。
「なら進むぞ」
ザクロは自分が起こした惨状に何のリアクションをするでも無く、淡々と言うとさっさと歩いて行ってしまった。
エレンは何とか彼の背中を追いかけた。
*
その後も度々兵士や生物兵器の襲撃に遭ったが、彼らがザクロの前に立っていられたのは一瞬の事だった。ザクロからしてみればいい迷惑である。
そんな感じで淡々と進んで行き、遂に研究区画の最奥に辿り着いた。
見るからに研究所という雰囲気の場所だ。実際研究所なのだが。
そして―そこに、一人の男が立っていた。ザクロを見ると、嬉しそうに醜悪な笑みを浮かべる。
「やっぱり君か〜!」
「……ッ!この人は…!」
エレンが身体を震わせ、男を見る。彼はエレンに構わず、ザクロに視線を注いだまま言った。
「久しぶりだねぇ…No.0809」
「えっ…ザクロさんが0809!?」
エレンが驚いてザクロを見る。ザクロは顔を顰めて、男―マッドに言った。
「今のオレは0809じゃねぇ。ザクロだ」
「おっと、これは失敬…それでザクロ君は何の用があって戻ってきたんだね?」
マッドの問いに、ザクロは薄い笑みを浮かべて答えた。
「…
マッドは笑みを深める。
「うんうん、君は僕が作った一番の失敗作だからね〜」
「無駄話はいい。完成品を鎮圧した後テメェを殺してやるから楽しみに待ってろ」
「おお、怖い怖い。では始めようか…エリスちゃーん!」
マッドがそう叫んだ瞬間、彼の後ろにあった筒型の容器が破壊され…そこから、一人の少女が姿を現した。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
少女は嗤う。その姿を見て、エリスが叫んだ。
「お姉ちゃん!」
「…ソイツが完成品か?」
ザクロがマッドに問うた。マッドは大仰に手を広げ、歌う様に叫ぶ。
「ああそうさ!君とは違う…完成した悪魔だ!」
エレンは変わり果てた姉―エリスの姿を見て崩れ落ち、涙を零す。
「お姉ちゃん…」
その前に、一つの影。見るとザクロがエリスの方を、真剣な目付きで睨んでいる。
「…おいクソガキ。さっきヤツが言った通り、オレが0809だ。テメェの姉がこうなったのはオレの所為…だから、責任は取る」
ザクロはエレンの方を向き、薄く笑んだ。
「…テメェの姉貴、助けてやるよ」