「まだまだ!血が足りないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
戦闘開始から数分後、エリスの攻撃は益々苛烈さを増していた。
だが、その攻撃はザクロに届かない。寧ろ合間に反撃されていた。
骨が砕ける音と肉を突き破る音が辺りを満たし、清潔な研究区画はエリスの血によって汚されていく。
然し、エリスは笑みを浮かべながらザクロに攻撃を加える。それに加え、傷を負った身体が少しずつ再生しているようだ。
つまり、戦闘は膠着状態に陥りつつあった。
「コイツ…頭おかしいだろ」
エリスの攻撃を弾き返しつつ、ザクロがぼやく。
「何回骨砕いたと思ってんだ…」
「死ね!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「訂正だ…人間性からして狂ってやがる…」
「アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!」
再び、エリスの攻撃。普通の人間ならば木っ端微塵になる程の一撃は、然しザクロに届かず反射する。
自分の攻撃に骨を砕かれ、肉を裂かれながらもエリスは狂気的な笑みを崩さない。
…その姿は、正しく悪魔そのものだった。
「学習しないヤツだな…オレに攻撃は届かねぇよ」
「ァァ…?」
エリスは攻撃の手を止める。だがそれは一瞬の事だ。直ぐにまた激しい攻撃が飛んでくる。
イカれた、悪魔の様な笑い声と共に。
「アッヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
その笑い声を喧しいと思ったのか、遂にザクロがキレた。
「…うるせぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
エリスから放たれる攻撃を、今度は全て明後日の方向へと跳ね返す。
「さっきからテメェ…何がしてぇんだ?」
「血を寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うるせぇ!」
再び反射。それはエリスの足に当たり、僅かとはいえ彼女の動きを止めさせた。
「アハハハハハハハハハハ!」
「お前に聞いてねぇよ…悪魔。オレはエリスに用があんだよ…」
「くひひひひ………」
動けずに、それでも狂気に満ちた笑い声を発するエリスに、ザクロは問いかけた。
「テメェそのバカのままでいいのか?おい?」
「アヒャヒャ……」
「…
ザクロの言葉に、エリスの笑い声が止まった。
「オレみてぇなクズに頭下げた…あの妹はどうすんだよ?」
「あ…あう…」
エリスの表情が、苦しげなものへと変わっていく。その視線はザクロの後ろ、心配そうに姉を見つめるエレンに注がれていた。
「テメェみてぇなヤツには有り余るなぁ…?」
ザクロの脳裏には、「姉を助けてください」と自分に懇願するエレンの姿が浮かんでいた。
「あのガキがどれだけテメェを思っているのか、テメェには分からねぇだろうな」
まさか、自分がこんな言葉を掛けるとは…自分の行動が自分で信じられなかった。
(別に罪滅ぼしでやっている訳じゃねぇ…)
何故、オレはこんな事をしているのだろう。
少し考えて、思い至った。
(腹が立つ…本当に
かつて、大切なものを守る為に自分に挑んで来た少年。
彼はザクロに打ち倒され、傷付きながらも最後にこう言ったのだ。
『いつかお前にも出来るさ…守りたいものが』
(ああ…そうだよクソッタレ。オレはコイツを、純粋に助けたいと思った…)
その変化が、何を齎すのか。
今のザクロには、分からなかった。
「私は…私は…」
エリスは俯き、苦しげな声を上げる。
「お姉ちゃん!」
その様子を見兼ねたのか、エレンが声を上げる。
「戻って来て!悪魔に打ち勝って!」
「エレン……」
「お姉ちゃんは私にとって、たった一人の家族なんだよ!お姉ちゃんが居なくなったら、私は…私は…ッ」
エレンの声が涙を纏う。
その言葉に、エリスの表情が変わった。
悪魔のものから、人間のそれへと―。
「私は…悪魔なんかに負けない!またエレンと一緒に笑うんだから!」
「よく言った…後はオレに任せろ」
ザクロがニヤリと笑う。するとその左目が、赫く染まった。
右目よりさらに赤く、赫く染まった目。それは、暴力と惨劇の予感を内包した、禍々しい目だった。
それからエリスに近付き、その身体に傷を付ける。
「あぁぁっ!」
エリスは叫び声を上げ、その場に倒れた。
「お姉ちゃん!?」
「安心しろ、暴走を止める為に少し傷を付けただけだ」
その一部始終をニヤニヤと笑いながら見ていたマッドが、乾いた音を立てながら手を叩く。
「流石だねぇザクロ君…エリスちゃんの闇を喰らい、暴走を止めるとは…」
「ここで終わりだ…オレもお前も」
ザクロは白衣の科学者を鋭く睨み付ける。
「この因縁に終止符を打つ。どちらかが生き残り、どちらかが死ぬ…残された道は、それしかねぇだろ?」
「そうだねぇ…だが勝つのは僕だ。研究材料に殺される科学者なんている筈がないからね」
マッドは白衣から一本の注射器を取り出し、中の薬品を自分の腕に打つ。
瞬間、その身体が膨張し、マッドは異形のバケモノへと変貌した。
「さぁー…始めようか」
「はん…死ぬのはお前だ、マッド」
それに応える様に、ザクロの腰からも赤黒いオーラの塊が飛び出し、尾の様な形に固まった。自分が蓄えた闇を、身体の外に出したのだ。
「バケモノ同士、仲良くしようぜ」
「君じゃ僕には、勝てないよッ!」
マッドが異形の腕を振りかぶる。ザクロの身体を貫くはずのそれは、あっさりと反射されてマッドの身体を貫いた。
傷口から、灰色の液体が零れ落ちる。マッドは自分に起きた事を理解出来ていない様子だった。
「……は?」
「それで終わりか?」
「き、貴様…何をしたァッ!」
「…そうか、テメェはオレの能力を知らねぇんだったなぁ…まあいい、それも一興だ」
余裕の表情を浮かべていたザクロは、次の瞬間、ハッキリとした怒りを浮かべて叫んだ。
「何も知らずに死ね!マッド!」
ザクロの尾が、マッドの肩を深々と貫き、抉った。
だらしなく悲鳴を上げながら倒れるマッドを尻目に、ザクロは姉妹の方を見る。
倒れた姉を、妹が優しく抱きかかえている。何故かその姿が、昔の自分と重なる様な気がした。
それを見て、ザクロは思う。
(オレはあの姉妹を助ける事にしちまった…ほっとけなかったんだ、仕方ねぇだろ。だが、やると決めた以上はやる)
―これはオレの、みっともねぇ覚悟だ。