「痛てて…本気出さないでくれよ…」
妖夢にフルボッコにされたオレは、大の字で寝転がったまま空を見上げていた。というかスペルカードをまともに喰らって「痛い」で済むとは…いよいよ人間離れしてきたか?
「す、すみません…つい熱く」
まあ、一本取れたし良いんだけどな…。
「む、無銘さん!大丈夫ですか!?」
その時、聞き慣れない声がして、昨日助けた女の子が此方へと駆け寄ってきた。その後ろから西行寺様も着いてくる。
「お、おう…大丈夫だぞ」
「よかった…」
オレが上半身を起こすのを見て、女の子は新底安堵したように胸を撫で下ろした。
「ってか、昨日の子だよな?なんでオレの名前を…」
「あ、えっと…それは…」
「私が教えたのよ」
西行寺様が女の子の肩に手を置いて言った。
「おろ?西行寺様が教えたんですか?」
「あ、えっと…そうです!」
女の子は口篭りながらも頷いた。なるほど、納得。
「そうか…いや、いきなり名前呼ばれたからちょっと気になってな」
「す、すみません…」
「いや謝ることは無いけど…」
すると、やり取りを傍で見ていた妖夢が女の子に訊いた。
「えっと、貴女は…」
「私…私は、ハミリヤです」
「ハミリヤさん…いい名前ですね!」
ありがとうございますと女の子…ハミリヤは微笑んだ。
何となく、健気な子だなと思った。
「それで、ハミリヤはどうして空から?」
「えっと、それは…ひ、ヒミツです!」
「ヒミツか…まあいいけど、何かトラブルとかに巻き込まれてるなら言えよ?」
そういったものじゃないですとハミリヤは首を振った。
「それより無銘さん、疲れてませんか?」
「そ、そうだな…確かに疲れてはいるけれど」
ハミリヤはいきなり話題を変えた。何か、知られたくない事でもあるのだろうか。
「座っていてください!今、お茶を淹れますね」
「あ、私がやりますよ?」
「いえ、大丈夫です!」
「そ、そうですか…」
「はい!待っていてください」
言うが早いか、ハミリヤは屋敷に戻っていった。
「な、なんなんだ…?」
「さ、さぁ…」
オレと妖夢は目を丸くしてハミリヤの後ろ姿を見ていた。ただ一人、西行寺様だけが何処か真剣な目付きをしていた。
*
「お待たせしました!」
暫くして、ハミリヤがお盆に湯呑みと急須、そして煎餅を載せて戻ってきた。丁寧に人数分のお茶を注ぎ、手渡す。
「どうぞ!」
「おう。ありがとう」
一口飲んでみる。程よい温かさと緑茶の風味が心地良かった。
「うん、美味い!」
「本当ですか…!?」
ハミリヤの顔がぱあっと輝く。
「ああ、ちょうどいい温度で飲みやすいぞ」
「嬉しいな…」
ハミリヤは頬を少し赤くした。照れているのが見ていて分かる。
「むっ…」
「無銘頑張ってね私は逃げるわ」
妖夢がむっとした顔をした瞬間、西行寺様が早口でそう言って素早く離脱した。
「え、なんで逃げるんすか…」
「無銘さん!私の茶菓子も食べてください!」
妖夢が自分の分の煎餅をオレに半ば押し付けるようにして手渡してくる。
「へ?お、おう」
貰えるなら遠慮無くいただくことにして、オレは煎餅を齧った。醤油の香ばしい風味が口に広がる。
「美味いぞ!」
「よかった…」
「む〜!」
すると今度はハミリヤが頬を膨らませた。何か…二人で争ってる?
「あれ?あ、あの…」
「私のお茶も飲んでください!」
ハミリヤはオレの湯呑みを掴み、急須からお茶を入れて渡してきた。
「わ、わかってるって…」
すると妖夢が煎餅を差し出す。
「茶菓子も!」
「え?ちょ…」
『さあ!私のお茶(茶菓子)を食べて(飲んで)ください!』
何故か声を揃えながら詰め寄ってくる二人。オレの目の錯覚じゃなければ謎のオーラが出ていてとても迫力がある。というか怖い。
…どうしてこうなった?
*
翌日。
「…今何時?」
「11時ですね」
「遅刻じゃねぇか畜生め!」
オレは起きて早々バリバリと頭を掻き毟った。おかげで寝癖が増えまくって鳥の巣頭の一歩手前みたいな髪型になってしまった。
「どうして起こしてくれなかったのさ!」
「だって…起こすと迷惑かなって」
「優しい迷惑ですねありがとうございます!」
妖夢にそう叫びながら増えた寝癖を押し込むようにして直し、飛び出そうとした瞬間、客間からハミリヤが姿を現した。
「どうかしたんですか?」
「冗談抜きで師匠に殺される!」
師匠…紅美鈴は怒ると怖い。マジで殺される。まだ死にたくない。
「…行くんですか?」
「…行くしかねぇだろ」
「あ!私も行きます!」
哀れみの籠った目でオレを見つめる妖夢と何も知らずにはしゃぐハミリヤの姿が対照的だった。
とにかく、行くしかない。死刑執行三秒前の様な気持ちを抱えながら、オレとハミリヤは紅魔館に向かった。
*
紅魔館。
「あの…」
「…何か言いたい事は?」
「遅刻してすいませんでした…」
目の前には清々しい笑顔をオレに向ける美鈴師匠が居て、然しその口から吐き出される言葉は表情とは真逆な内容だった。
「さて、どうします?三つ選択肢を与えますから良く考えて選んで下さい」
で、その選択肢というのが、
1、妖精百連勝
2、妖怪五十連勝
3、フランと三戦
…生かして帰すつもりは無いようだった。
「おい師匠!なんか忘れてない!?オレ、普通の人間!アイアム一般人!」
「なら私に二十連勝します?」
「妖精にケンカ売ってきますいや寧ろ売らせてくださいお願いします」
「い っ て ら っ し ゃ い」
…という訳で、師匠の最大級の笑顔に見送られてオレは妖精に片っ端からケンカを売り、見事に危険人物扱いされたのだった。
…不幸だ。
*
「行っちゃった…」
ハミリヤは叫びながら物凄い速さで去って行く無銘の姿を見て目を丸くしていた。
「…そういえば、貴女は?」
「わ、私ですか?私は…」
「無銘の付き人よ」
ハミリヤが名乗る前に、屋敷から出てきた人影がそう言った。紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「お嬢様、付き人というのは?」
「そういう運命が見えたのよ」
「は、はぁ…」
美鈴は曖昧な表情で首を傾げた。
「あの…私はどうすれば…」
「彼が帰ってくるまでゆっくりしているといいわ…咲夜」
「はい、お嬢様」
レミリアが何も無い所に声を掛けると直ぐに紅魔館のメイド長…十六夜咲夜が姿を現した。
「彼女にお茶を」
「畏まりました」
そう言うと、直ぐに咲夜は消えた。
「あの…」
「大丈夫、私には全て見えているわ」
「…え!?」
それはつまり…自分がどんな存在なのか、分かっているという事なのか。
「貴女らしくすればきっと後悔しないわ」
言われた言葉に、ハミリヤは俯く。
「じゃあ、私の限界はやっぱり…」
「…新月よ」
「そうですか…」
分かってはいた事だが、それでも気持ちが沈む。
私は新月までしか、あの人の傍に居れないのか…。
「…大丈夫、きっと大丈夫よ」
レミリアが勇気づけるようにハミリヤの肩を抱いた。それで少し安心出来たような気がした。
「…はい」
丁度その時、咲夜が戻って来た。
「準備が整いました」
「ありがとう咲夜、彼女を連れて行って貰える?美鈴、貴女も少し休みなさい」
「畏まりました」
「了解です」
三人が館内に消えるのを見届けると、レミリアは呟くように言う。
「…何か用?」
「あらあら、バレてた?」
その呟きに呼応する様に幽々子が現れる。
「…貴女、全部分かっているんでしょ?」
「勿論よ」
「…じゃあ、どれだけ悲しい結末になるかも分かっているのよね」
「それでも、ハミリヤには幸せになって欲しかったのよ」
「それは私だってそうよ!でもそれじゃ無銘は!」
レミリアが語気を強めて幽々子に言う。幽々子もまた、真剣な目付きでそれに応えた。
「彼には…乗り越えてもらうしかないの」
「必要犠牲だっていうの!?」
「そうよ」
幽々子は頷いた。
「それが、皆が幸せになれる方法よ」
レミリアはまだ何か言いたそうだったが、それを収めて静かに呟いた。
「…そう」
「分かって、これが最善なの」
「…絶対間違ってるわよ。そんなの」
それは、幸せとは言わないわ―レミリアはそう言うと、館内へと入っていく。
幽々子も扇で口元を隠すと、背を向けて歩き出した。
後には何も残らなかった。