数時間後。
オレはなんとか苦行を終わらせ、紅魔館へと戻ってくる事が出来た。本当に死ぬかと思った。
「お、帰ってきましたか。勝てました?」
「な、なんとか…」
結論。
チコク、ダメ、ゼッタイ。
「…大丈夫ですか?これタオルです」
「ああ…ありがとう」
ハミリヤからタオルを受け取り、汗を拭く。そこに咲夜もやってきた。
「食事の準備出来てるわよ」
「お、サンキュー…腹減って死にそうだ…」
「あ、私運ぶの手伝います!」
「え?大丈夫よ?」
「やります!」
やる気満々のハミリヤに気圧されるように「わ、分かったわ」と言って、咲夜は館内に戻っていった。ハミリヤがその後に着いていく。
なんというか、甲斐甲斐しい…のだが。
「ん〜…」
「どうしたんですか?」
「いや…ハミリヤ、オレに妙に優しいような気がして…」
オレの言葉に美鈴師匠もなるほどと頷いた。傍目から見てもそう映っているようだ。
「…まぁ、こんな事外の世界で言ったら周りから自意識過剰キモイ死ねという悪魔の言葉三点セットをプレゼントされるだろうな…」
「…外の世界ってそんなに厳しいんですか?」
「オレにとっては本当に生きにくい場所だったな…」
「何か、あったんですか?」
「……」
思い出したくもない。
「…無銘さん?」
「…本当に生きにくかった。無力で、何かを失う事ばかりだったからな…」
もう嫌なんだ。
オレの所為で、大切なものが失われるのは…。
…大丈夫ですかという師匠の声で我に返る。どうやら自分は相当険しい顔をしていたらしい。
「…悪い、少し考え事してた」
「は、はぁ…何か私に出来る事があったら遠慮なく言って下さいね」
「…ありがとうございます、師匠」
その時、咲夜の声が聞こえた。
「早く来なさーい!」
「そうだったメシだ!わかった!今行くー!」
オレは先程まで渦巻いていたモヤモヤした気持ちを吹き飛ばす為に大声で返事をした後、美鈴師匠と一緒に館内へと入った。
*
昼食後、オレは師匠と組手をしていた。と言っても殆ど実戦のようなものだ。
「はあっ!」
師匠の顔面に拳を入れる。
すかさずガードされる。だがそれは読んでいた。
「せい!」
がら空きになった胴体に向かって一撃。下ろしてきた腕に防がれたが有効打にはなったようで師匠は顔を顰める。
「くっ…やりますね」
「うるせぇ!余裕のくせに!」
「余裕?余裕なんてありませんよ。そういう気持ちが仇になるんですからねっ!」
「知るかああああああああぁぁぁッ!」
師匠の一撃を防ぐが腕が痺れる。
その隙に能力を活かした波動弾(気弾?)を打ってくる。
右手で殺し、再び拳を打ち込む。ガードされる。攻撃が来る。ガードする。攻撃する…その繰り返しだ。
油断したらやられる。だから全力だった。
真剣に、相手を打ち倒す事だけを考えて…組手はますます激しさを増したものになっていく。
*
ハミリヤは無銘と美鈴の組手を見て言葉を失っていた。
「い、いつもこんな感じなんですか…!?」
「そうよ」
レミリアは何でもないように頷くが、こんな激しい修行見た事がない。
「あ、危なくないですかこの修行」
「彼、タフだから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…」
タフという言葉では済まされないような気もするが…。ハミリヤがハラハラしながら二人の稽古を見守っていると、レミリアが小さな声で言った。
「それで…話があるの」
「はい…なんですか?」
薄々気付いてはいたが、ハミリヤはレミリアの話を聞くことにした。と、そこに3人目の声が割って入る。
「私もいるわよ〜」
「幽々子さん?」
「貴女、どうしてそこまで…」
レミリアが驚いたように幽々子を見る。
「ええ…?」
戸惑うハミリヤに、幽々子は言う。
「貴女は限定的に現世に来てるんでしょ?…だって貴女、もう死んでるもの…」
ハミリヤの胸がちくりと痛む。
そう…自分は、本来ここに居てはいけない人間なのだ。
「…はい、私は既に死にました。でも、閻魔様に頼んで、月のエネルギーを使って私はここに居るんです」
「つまり…月のエネルギーが満タンの状態から空っぽになるまで、貴女はここに居れるのね」
月のエネルギーは満月の時に最も高まり、欠けていくにつれ減少していく。つまりハミリヤがこの場所に居れるのは満月から新月までの間だけなのだ。
「…はい、そうです」
じゃあ、とレミリアが訊いた。
「新月になったら、貴女はどうなるの?」
「それは…」
口篭るハミリヤに代わり、幽々子が言った。
「完全に消滅するわ」
「…えっ」
「新月になれば月のエネルギーは無くなる…それはつまり、この子をこの場所に留めているエネルギーが無くなるという事なの。…そして、エネルギーが無くなった瞬間…」
―ハミリヤという人間が…世界から消えるわ。
レミリアは暫く絶句していた。
「…薄々感づいてはいたけれど…まさかそこまでとは…」
「…でも、分からないのよ」
幽々子がハミリヤの方を向く。
「どうして貴女は、あそこまで彼にこだわるの?」
「それは…」
「教えてくれないかしら?」
幽々子は真剣な目付きをしていた。ハミリヤが迎える結末を知っていて、それでも彼女を幸せにしたい…そんな気持ちが込められているように思えた。見ると、レミリアも同じ目でハミリヤを見つめている。
「…わかりました」
ハミリヤは目を瞑り、昔の事を思い出しながら話し始めた。
*
「彼は…無銘さんは私を助けてくれたんです。彼は私の恩人で…だから、恩返しがしたいんです!」
…今でも、鮮明に思い出せる。
自分を助けてくれた人の、優しい笑顔と手の温もり。
それが忘れられなくて、私は彼を探そうとした。名前も、住所も知らない、赤の他人である彼を…。
でも、それは叶わなかった。私は死んでしまって、その機会を永遠に失った…はずだった。
でも、奇跡が起きてこうしてまた彼と会う事が出来た。
だから、私は…。
「…でも、消えるのよ?消えたらもう何も無いのよ?」
レミリアさんが厳しい目付きをしながら私に言う。
「死んだらまた生まれ変われるけれど、消えたらそれで終わりなのよ!?」
それは―分かってる。
でも、
「生まれ変わってからじゃダメなんです!この私が…
消えてもいい。
終わってもいい。
だけど、これだけは…。
「―だから、やるんです!今やるんです!例え私が消える事になっても、やらなければいけないんです!そうじゃないと彼は私を思い出さないだろうし、きっと後悔する」
助けてくれた人を助けたいという、この気持ちだけは…終わらせる訳にはいかないんだ。
「…これはきっと、自己満足だと思います。だから最初は、私も迷っていたんです。これでいいのかって…でもやっぱり、彼に恩返ししたいって言葉は嘘じゃない!私を幸せにしてくれた彼に、少しでも幸せになってもらいたい!だから私は…ここに立っています」
私は彼の役に立ちたい。
それが私のいる理由で…願いなのだから。
…話し終わったあと、私は小さく息をついた。
レミリアさんは目を丸くしている。気圧されているようにも見えた。
「これで貴女も分かったでしょう?」
幽々子さんがレミリアさんに言う。
「彼女の決意と、その覚悟が…」
それを聞いてレミリアさんはハッとなり、それから微笑んだ。
「…ええ、運命が変わったわ。きっとハミリヤは、幸せに消える事が出来る」
「そうね。ハミリヤ、私達も全力でサポートするわ」
「はい!ありがとうございます!」
その時、どさりと何かが倒れこむ音がした。見ると無銘さんが疲れたように地面に倒れている。
私は慌てて彼の元へと向かうのだった。
…ハミリヤが無銘の元へと駆け出して行った後、幽々子がレミリアに訊いた。
「…無銘はどうなるのかしら?」
「…彼の能力上、どうなるのかは分からないわ」
「触れた異能を無条件で殺し、能力干渉が一切出来ない右手…だものね」
無銘の「異能殺し」はあらゆる異能を無条件で殺す。
例えそれが、神が作り上げた
「…大丈夫、よね?」
幽々子が不安そうに呟く。
「…どうしてそこまで心配するの?」
「彼は…過去に大切な何かを失くしてるわ」
そういう目をしているもの―そう幽々子は言った。
「だから…ハミリヤが消えたらきっと彼は…」
幽々子は敢えてその後を口にしなかった。
然し、レミリアは言外にこう言っているのを理解していた。
―ハミリヤが消えたら、きっと無銘は耐えられない、と。
*
…そうして、新月までの…私が消えるまでのカウントダウンが始まった。
彼の役に立てるように、
彼の思い出に残れるように、
少しでも…頑張らないと…。