新月まで…あと、10日。
*
夜中なのに空腹感を覚え、オレは目を覚ました。
「腹減ったな…」
のそのそと起き上がり、とりあえず縁側に座る。欠けた月が、空に浮かんでいた。
自宅だったら冷蔵庫漁ってるんだがな…そういう訳にもいかないし、水で腹を満たすとするか…。
そんな事を思っていると、「無銘さん、どうしたんですか?」とハミリヤの声がした。彼女も寝れなくて夜風に当たりに来たらしい。
「おうハミリヤ。ちょいと腹が減っちまってな…水でも飲もうかと思ってたんだ」
「あ、それなら…おにぎりありますよ?」
見ると、ハミリヤはザルを持っていて、その上には小さなおにぎりが載っている。
「いいのか?」
「はい。それで、えっと…」
ハミリヤは少し赤くなって言う。
「食べてる間、少しお話しませんか?」
「おう、オレで良ければ」
オレ達は縁側に腰掛け、おにぎりを食べながら他愛もない話をした。好きな本の話とか、幻想郷での生活だとか…こうやって静かに話をするのは久しぶりだと思った。
「あ、ハミリヤご飯粒ついてるぞ」
「え、どこにですか?」
「待ってろ、取ってやるから」
ハミリヤの頬に着いたご飯粒を取り、捨てるのも勿体ないのでそのまま食べる。
「む、無銘さん…!」
「ん?いや、なんでそんなに赤くなってんの…」
「……もう!」
ハミリヤはプイッと顔を逸らした。
その仕草が可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
静かな、それでいて楽しい時間はゆっくりと過ぎて行った。
*
新月まで…あと、8日。
*
「ただいま、見ろよコレ!」
無銘さんが満面の笑みで手に持ったものを掲げる。
「うわ!大きい魚…どうしたんですかコレ?」
妖夢さんが目を丸くする。無銘さんはニヤリと笑って言った。
「ハミリヤに買い物頼んだんだろ?たまたま人里で会って喋ってたら魚屋がセリを始めてよ。それで手に入れた」
「流石無銘さんでしたよ!」
本気の顔付きをしていた参加者に負けじと声を張り上げていた無銘さんは本当に勇ましくて、かっこよかった。
「いやいや、お前も中々だったぜ?」
「えへへ〜」
私はあまり大きな声を出せなかったしどちらかと言えば雰囲気に負けそうになっていたけれど、褒めてくれるのは嬉しい。
「じゃあ、今夜はご馳走ですね!幽々子様が喜びますよ!」
妖夢さんも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「私もお手伝いします!」
「んじゃ、オレもやるか」
そんな感じで盛り上がっていると、幽々子さんがやってきた。
「あらあら、仲がいいわねー。夕飯は期待してるわよ〜」
「アンタも働けよ」
無銘さんがツッコミをいれ、それでまた笑いが生まれる。
「まあまあ、行きましょう?」
妖夢さんに倣って、私達は屋敷へと向かった。
楽しい時間…その筈なのに、何故か心がモヤモヤする。
その理由は…。
…夜、私は眠れなくて、縁側にいた。
空には相変わらず月が浮かんでいて、この前無銘さんと見た時より細まっている様な気がする。
…あと8日しかないのに、私は何も出来ていない。
残された時間は少ないのに…自分の気持ちすら伝えられていないのだ。
「…………っ」
やるせなくて、涙がこぼれる。
何のために、ここにいるんだろう。
無銘さんに何も出来なくて、私は……。
その時、
「………!?身体が…透けて…!」
自分の身体が透けていくと同時に、意識が希薄になっていく。
「嫌だ!まだ消えたくない!消えたくないよ!あの人に何も出来てないのに、自分の気持ちだって伝えてないのに!」
叫んでも、その声すら掠れて消えていく。視界すらもぼやけ始めていて、このままだと本当に消えてしまう。
なんで、まだ時間はある筈なのに…!
嫌だ、嫌だ……!
「…落ち着きなさい、ハミリヤ」
声と共に、抱きしめられる感触。それは何故かしっかりと感じ取る事が出来た。
「幽々子さん…私、わたし…!」
「大丈夫…大丈夫だから、落ち着いて」
幽々子さんに抱きしめられているうちに、ゆっくりと自分が戻っていくのを感じた。意識も鮮明になり、視界も広まっていく。
「はあ…はあ…はあ…っ」
「そう、慌てず、少しずつ…」
やがて、完全に元に戻った。それと同時に床にへたり込む。
「良かった…流石の私も焦ったわよ」
「どうして…まだ早いのに…」
幽々子さんは深刻な表情で言った。
「…新月が近付いてきているからハミリヤの存在が不安定になってきているのね」
「そんな…まだ、何も出来ていないのに…」
私の存在は、細い糸の様なものだ。少しでも衝撃を与えれば、プツンと切れてしまう。自分という存在の危うさに眩暈を覚えた。
「ねぇ、ハミリヤ」
不意に、幽々子さんが私の方を見た。
「はい?」
「貴女もしかして、無銘の事が好き?」
「…ふぇ…えええええええ!?」
思わず大声を出してしまう。しかし幽々子さんの表情は巫山戯ているようには見えない。
「図星みたいね」
「で、でも、どうして急に?」
「だって、貴女が彼にしている事、全て好意を持ってしている様に見えたもの」
無銘は鈍感だから気付いていないけれど、皆気付いているわよ―そう言って幽々子さんはウインクをする。
「そ、そうなんですか?」
「ええ…それで提案なんだけど、明日彼とデートしてみない?」
「ふぇぇ!?」
デ、デートなんてそんな…ああだめだ、思考がまとまらない!
「たまにはいいじゃない。丁度無銘は明日暇みたいだし、楽しんできたら?」
「でも…」
「思い出は形に出来ないけれど、忘れない限り無くならないわ。だから、行ってきなさい」
幽々子さんの心遣いが、じんわりと胸に染み込んでいく。それでようやく私は冷静さを取り戻した。
そうだ…楽しい思い出は、いつまでも残るんだ。
「…わかりました!やってみます!」
私は笑顔で幽々子さんに言った。
「ええ…頑張りなさい!」
幽々子さんも微笑んだ。
明日、私は彼とデートをする。
そして…楽しい思い出を作るんだ。
*
新月まで…あと、7日。
*
「暇だな…」
今日は修行もないし、予定もない。現世だったら悪友と遊びに行っているのだが、ここは幻想郷だ。
…とにかく、やることがない。
「…無茶苦茶暇だな」
このままゴロゴロしているのも躊躇われる。本当にどうしようか…そんな事を思っていると、
「む、無銘さん!」
「お、ハミリヤか。どした?」
「今日、私と出掛けませんか?」
ハミリヤは何故か頬を染めながら言った。こちらとしては丁度いいタイミングだったので、オレは頷いた。
「おう、いいぞ。やることないし」
「やった!」
その場で小さく飛び跳ねるハミリヤ。そんなに嬉しいのだろうか?
「とりあえず準備するわ」
「わかりました!」
ハミリヤはニコニコしながら部屋を出ていった。
オレは早速着替えを始めるのだった。
出掛けるといっても、行けるのは人里くらいしかない。だからオレとハミリヤは昨日と同じく人里に下りていた。
「昨日も人里に来ましたね」
「そうだな。そういえば昨日の夕飯…最高だったなぁ…」
「皆で作りましたもんね!」
「約一名除いてだけどな」
そしてその一名にかなりの量を食われた、解せぬ。
「あの人は食事専門ですから」
「違いねぇわ」
そんな事を話しながら人里を回っていると、ハミリヤが小さく声を上げた。
「あれは…アクセサリー屋さんでしょうか?」
アクセサリー屋といっても、屋台の出店みたいなものだが…ハミリヤはオレに断りを入れると、店先に並ぶ品物を見たり手に取ったりして歓声を上げていた。
「可愛い〜!」
その姿はまさに女の子…という感じなのだが、
(こういう姿見てるとさ…自分が女性恐怖症なのが申し訳ないぜ…)
幻想郷に来てから無理矢理矯正されかけているが、それでも慢性的に巣食っていやがるこの病気は易々と克服出来るような代物では無かったようで、なんというか本当に申し訳なかった。
「なんだろ…死にたい…」
オレが軽く鬱になっていると、
「あ!これ可愛い!」
何かがハミリヤの琴線に触れたようだった。
「これは…花の髪飾りか?」
「はい!」
赤い花の髪飾りをハミリヤはキラキラした目で見つめる。やっぱり女の子だなぁ…。
「えっと、いくらだ?」
「そんな!いいですよ!」
ハミリヤが驚いた顔をするが、今まで世話になっているのは事実だ。これくらいのお礼はしてあげたい。
「いつも色々してくれてるだろ?そのお礼だ」
「でも…」
「まあ、あれだ…ちょっとカッコつけさせてくれ」
自分でも中々気恥しい事を言った自覚はあるが、ハミリヤは少し躊躇いながらも嬉しそうに頷いた。
「すいませんこれくださーい」
そうして購入した髪飾りをハミリヤに渡す。
「どうですか?似合ってます?」
早速髪飾りを付けたハミリヤは可憐という形容詞が相応しく、髪飾りも似合っている。
…前から思っていたが、ハミリヤはかなり可愛い。女性恐怖症の自分でもこう思うくらいだ、実際道行く人達もハミリヤをじろじろと見ている。
きょとんとした表情で訊いてくる姿は純粋無垢で、可憐で、まるで天使の様な―って何思ってんだオレ!
「あ、ああ…凄く似合ってる」
「……!嬉しいです!」
顔を赤くして、本当に嬉しそうに言うハミリヤ。
…やべぇ。
なんというか、これはやばい。破壊力満点だ。悪友に見せたらお持ち帰り確定レベルだ。
「…ほ、ほら!行くぞ!」
オレは真っ赤になりながら、また歩き出した。
気恥ずかしくて、ハミリヤの顔が見れなかった。
数十分後。
人里全体の雰囲気や先程のアクセサリー屋で何となく察してはいたが、どうやら人里では祭りをやっているらしい。そのおかげで至る所に人集りが出来ており、かなり進みづらかった。
「金魚とか、投げ縄もあるんですね…」
「なんだよ投げ縄って。カウボーイじゃあるまいし…」
時計を見るともう昼だ。そういえば腹も減っている。同じ事をハミリヤも思っていたようで、「お腹すきましたね〜」と腹をさすっていた。
「んー…この辺にあるのは…団子屋くらいか。あ、でも屋台があるからそこでなんか買うか?」
「はい!私、唐揚げが食べたいです!」
そんな訳で、屋台のおっちゃんに唐揚げ棒を三つ注文した。一本がかなりのボリュームを誇る唐揚げだが、オレは流石に二本くらい食べないと気が済まなかったからだった。
それを見て、無銘さんらしいですねとハミリヤは笑っていた。
その後も、人里を回って遊んだり本屋に行って本を見たりした。
そして最後に、オレはハミリヤをとある場所に連れて行った。
そこは…。
「…ここは?」
「オレが幻想入りした時、最初に来た場所だ」
木漏れ日が射し込む森の中にオレ達は居た。初めて霊夢と魔理沙に出会ったのもここだ。
「…いい場所ですね」
「んで、耳を澄ませてみる」
オレ達は周りの音に意識を向ける。小鳥の声や、近くを流れる川のせせらぎ、木の葉が擦れる音など、様々な音が聴こえてきた。
「わぁ…!」
「落ち着くだろ?」
「はい、とても…」
ハミリヤはうっとりした顔で自然の音を聴いていた。
「ここでまったり過ごすとかどうよ?」
「…ありですね」
「そうか。この良さが分かるか…」
暫く、互いに無言のまま自然の声に耳を澄ましていた。
やがて、ハミリヤがこてんとオレの肩に頭を乗せる。
(寝ちまったか…ずっと働いてたし、今日も色々と動き回ったしな…)
夕方になるまでそっとしておこうと思い、オレも目を閉じる。
何処かで、小鳥が優しく鳴いた。