ハミリヤが消えてから、数週間が経過した。
幻想郷はいつも通りだ。一人の少女が消えた事なんて、全体で見れば些事でしかないのだろう。
だが、オレは…。
「………」
美鈴師匠との修行中だというのに、オレはぼんやりとしていた。
「せい!」
「ガハッ!?」
師匠の鋭い一撃が水月に入り、なすすべも無くぶっ飛ばされる。
「…どうしたんですか?最近元気ないですよ?」
息が出来ずに藻掻くオレに、美鈴師匠が言う。その表情は弟子を叱るものというより、心配しているようなものだった。
「…すんません師匠、今日はここまでにします」
「わ、分かりました…」
オレは何とか呼吸を整え、ふらついた足取りで紅魔館を後にした。
*
その日の夜。
オレは、ここ最近通っている場所に向かい歩を進めていた。
夜風が心地よい…しかしそれを楽しむ余裕が、今はない。
やがて、その場所に着く。幻想入りした後に初めて訪れた場所であり―ハミリヤが消えた場所だった。
夜とはいえ、景色は普段と変わらない。ただ、オレの隣に一人の少女が居ないだけだ。
何気なく夜空を見上げる。満月が、ぽっかりと空に浮かんでいた。
今日は、ハミリヤが居なくなってから初めての満月だ。もう降りて来ないと分かっていても、その姿を探してしまう。
「今日はあの日と同じ満月ね」
背後から声。振り向くと、西行寺様が立っていた。
「…そうですね」
「また、ここに来たのね」
「………」
ハミリヤが居なくなってから、オレはこの場所に通い続けた。彼女が居なくなった事を、認めたくなかったのかもしれない。駄々を捏ねる子供のようだったが…無力なオレには、それしか出来なかった。
「…彼女は、幸せだったと思うわよ」
「……でも、たった15日でお別れなんて、悲しすぎますよ…」
「……それは」
西行寺様は言葉に詰まったかのように黙り込んだ。
ハミリヤは幸せだったのだろうか。
オレにはその答えが解らない。
『私は…あなたを好きでいられて、幸せでした』
ハミリヤは最後にそう言ったが…それでも、彼女は…。
「……あら?」
不意に、西行寺様が小さな声を上げた。
「どうしたんですか?」
「これは…」
西行寺様が指す場所―ハミリヤと別れた場所に、彼岸花が咲いていた。
「…なんで、ここにだけ?」
彼岸花は一箇所にのみ咲いている。とても不自然で、それ故に何か意味があるのではないかとぼんやり思った。
「無銘、これ…」
西行寺様が驚いた顔をする。
「どうしました?」
「…貴方、彼岸花の花言葉って知ってる?」
「いえ…知らないです」
すると、西行寺様は微笑んでこう言った。
「赤い彼岸花の花言葉は…『また会う日を楽しみに』よ」
―その瞬間、胸の奥から何かが込み上げてきた。
自分で自分を制御出来ない。いつの間にか、涙も流しているようだった。
泣いたのなんて何時ぶりだろう?
それ程までに、この事が嬉しかったのか。
ハミリヤが生きる事を諦めていない事が分かって、嬉しかったんだ。
そう…思えばアイツは前向きなヤツだ。
自分の生を、簡単に諦めるはずが無い。
じゃあ―オレも落ち込んでいる暇なんて無いよな。
アイツとまた会った時に、笑顔でいなくちゃだ。
だから、ハミリヤ―
オレは泣きながら、それでも精一杯の笑顔で言った。
「……また会おうな」
すると、何処からか声が聞こえてきた。
『……はい!また、どこかで!』
ある日、オレの前に現れた満月の天使。
彼女はもう居ないけれど、それでもオレは信じ続ける。
いつかまた、彼女がオレの前に現れる事を―。
*
「…どうしたんだいマスター?嬉しそうにして」
「…いえ、ちょっと思い出に浸っていただけです」
「一体どんな思い出なんだろうね?」
「…ちょっと!デリカシー無いですよ!」
「ふふっ、君は本当に揶揄いがいがあるな」
「もう…」
「…おっとマスター、そろそろ時間だ」
「わかりました」
…待っていてください無銘さん。
―今、逢いに行きます。
如何でしたでしょうか?
小説版では上手く雰囲気が伝わらなかったかも…ぜひ、動画版をご覧下さい。
次回から幻想記1章の後半です、お楽しみに。