プロローグー氷雪の戦場ー
山にひっそりと佇む荘厳な孤城。
その城を望む山麗の草原には大量の雪が降り積もり、以前晴れる気配のない吹雪の中……ある者たちが雪の山中を行軍していた。
法衣のような者を着た聖職者らしき者を筆頭に、その後続は白銀色のフルプレートメイルに蒼い外套を纏った騎士たちが各々の武器を携え連なっている。
氷雪の中、風に踊らされはためく旗の色は赤色にただ金色の盾のみが記された簡略な旗印。
しかし、それはこの世界にとって最上位を争うほど恐ろしい代物であり、1国家でさえも恐れおののくモノ。
その名は断罪騎士団。
異端を狩り、神に代わって制裁を行う者たちである。
「偉大なる主による断罪を代行せし者たちよ。これより向かうは悪魔憑きの住まう城なり。悪魔に魂を売りし者は即ち異端。もはや主を冒涜するその魂は、異端であれど広く愛されようとしていた慈悲深い主に代わり、我々が浄化せねばならない」
法衣を纏い金色の長髪をした、聖職者らしき若い男……ウルシヌス=アルティンヌス枢機卿は、孤城の城壁近くの渓流の側にて尊大過ぎるほどの演説を行う。
それを真剣な眼差しで見つめる騎士たちは自らの行うことを一切の混じりけのない正義であると心酔しており、また自らが信仰する神の代行者となったことに、誇りさえも感じていた。
「良いか?我々には主の御加護があるのだ。それゆえ、我々は主を捨てて悪魔の走狗となった異端者ーーーフリードリヒ=フリーレンベルグとその血族と従僕を滅さねばならないのだ!あぁ!主に祈りを!矮小な我々が主の
そうして若き枢機卿は大げさに純白に染まった河原に跪き、雪降る空を見上げ、仰々しく祈りの言葉を紡ぎ始める。
それに呼応するように騎士たちもまた、神に対して祈りを捧げ始めた。
「弓を放て!躊躇してはならぬ!」
「しかしお館様!あの方たちは聖職者です!聖職者を射てば我々は地獄へと落ちてしまいます!」
「私欲のために我が一族を貶め、あまつさえ我らの全てを奪おうとするがために、畏れ多くも主の名前を騙る者共の何が聖職者だ!良いから放て!再度言う!躊躇はするな!」
激しい風雪によって辺り一面は白く染まり、しかし城壁の所々には油がへばりつき、その上では爛々と炎がうねうねと毒虫のように蠢いている。
そのような中、城壁の上を忙しなく走り部下の騎士たちや兵士に指示を出すその男の名はフリードリヒ=フリーレンベルグ辺境伯…その武勲から北方の竜とさえ呼ばれたこの壮年の男は、この異常事態で混乱することはなかった。
(宗教狂いの若造め。国王と共謀し、我々の財産を奪い山分けでもしようと計ったか)
フリードリヒは自身も騎士のような全身を覆うプレートメイルを纏いながら、勇壮に旗槍を振り、前線の部下たちを鼓舞する。
「良いか!このフリーレンベルグ城は難攻不落の山城ぞ!軟弱な宗教騎士に精強な我らが敗北するわけがなかろう!矢を射て!石を投げよ!剣で斬り伏せよ!」
そう兵士たちに指示するものの、優秀な戦術家でもあるフリードリヒは、既に自軍が圧倒的に劣勢であることを悟っていた。
いくらフリーレンベルグ城が堅牢とは言え、守る兵士が減ればもはやただ硬いだけの抜け殻でしかない。
故にフリードリヒは模索する。
敵軍と唯我の兵力差は比べるまでもない。だが、こちらは防衛側。暫くは余程ヘマを侵さない限りは城を守りぬくことができるだろう。
城に備蓄している食糧も十二分にある。飲水用の井戸も毒液の入れられることのない場所に設置している。元々、フリードリヒにとって枢機卿率いる断罪騎士団が攻め入ってくるのは薄々想定できていた。故に籠城の準備は万全なのだ。
「だが…くそっ。兵士たちが怯えている。見上げた狂信者どもだ」
ギリッ、と歯ぎしりをすれば、フリードリヒは誰にも聞こえないような声でそう呟く。
自身にとっては欲に塗れた聖職者どもであっても、部下たちの大半にとって見れば、敵軍は正しく主の名のもとに正義を果たす使徒どもである。だから、本来引ける弓もなかなか引くことができない。いわゆる怯えによる油断が生まれるのだ。
「ハハハ!そうですなぁ!奴らの言う主とは、さぞや都合のいい存在なんでしょう!」
ふと、フリードリヒの呟きに気がついたのか、背後より腹の奥に響く豪快な男の声が飛び出る。
「!、ヴァレンハルトか。お前から見て、この戦場はどう見える?」
怒声、悲鳴、矢、投石、燃える油などが飛び交う阿鼻叫喚の中、フリードリヒは自身の副官であり傭兵隊長でもある褐色で野生的な風貌をした白髪で白髭の男ーーヴァレンハルトに戦況を尋ねる。
「フゥム?まア劣勢であることは否めませんなぁ!ガハハハ!でも旦那はこれ以上の戦場、幾らでも体験してきたでしょう!オレから見れば奴らは士気だけの高いウスノロでしかない!どれ!少々味見させてもらいやしょう!」
するとヴァレンハルトは熊のように太く筋骨隆々とした右腕を振り上げると、掌に携えた
通常の薙ぎ払いならば回避や防御をできたのだろうが、ヴァレンハルトは騎士たちの回避が間に合わないほど早く、そして防御が追いつかないほど力強く斧槍を振るう。
その結果、騎士たちは成すすべもなく城壁の外に吹き飛び、辛うじてその場に踏みとどまることに成功した騎士は、その腹に斧槍の刃がほぼ全ての割合で食い込んでいて。
「一刀両断できねぇとはオレも老いましたなぁ!しかし旦那!こいつら、どうやら技術はそこまででもねェみたいですぜ!」
快活な笑いと共に斧槍を空振りして刃に食い込んでいた騎士の亡骸を振り落とせば、ダンッ!と石突を石畳に叩きつける。
「おいテメェら!何をビビってやがる!見ろ!コイツらの加護とやらはオレみたいな耄碌したジジィでも砕けるぞ!ならビビるこたぁねぇ!神様ってのはいつの時代も平等だ!だから勘違い野郎どもをさっさとぶちのめして地獄に落としてやれや、ビチカスども!」
そしてヴァレンハルトは未だ腰を引いて戦う兵士たちに戦場全体に響き渡るような大声で喝を入れる。
すると、兵士たちもそれを聞いて意思が固まったのか、今までとは比べ物にならないほどの立ち回りをしはじめる。
「フッ、流石だな。ヴァレンハルト」
「そりゃあそうです。なんたってこんな老いぼれに負けるようじゃあ、この時代の若いもんは終わりですからなぁ!ガハハハ!ゴホッゴホッ!」
フリードリヒの言葉に元気よく言葉を返すヴァレンハルトだったが、突如咳をし始め、しばらくして咳が収まったが、ふと口を抑えていた手のひらを見てみると、そこにはべっとりとどす黒い血液がこびりついていた。
「ヴァレンハルト!」
「旦那ァ!気にしないでくだせェ。勝つんでしょ?アンタは。なら、俺ごときの体なんぞ気にせず目の前の敵を殺してくださいや。テメェの体のことはテメェがよく分かってます」
フリードリヒは慌ててヴァレンハルトを心配して駆け寄るが、彼はそれを腕をフリードリヒに向けるようにして制止する。
「くっ、すまん!」
そしてフリードリヒはヴァレンハルトから目を離し、前線の音頭を取り始める。
(恐らく自身があのようだとバレては士気が下がると考えてのことだろう。病身であるのに、無理をさせてしまったのは私の責任だが……彼の言うとおり、戦場に勝たねばならん。勝たねば、多くの女子供が殺される。兵士たちもやっと本調子になり始めたのだ。私が原因で前線を瓦解するようになってはならぬ!)
「弓兵隊は撃つのを止めるな!歩兵隊は登ってくる敵軍を留めよ!騎士隊は前線の指揮を続ッ!ぐぅ!」
刹那、フリードリヒの左肩に鋭い痛みと衝撃が走る。
慌てて付近の騎士が駆け寄ってくるものの、フリードリヒは自身の肩を
フリードリヒの血にまみれた矢は撃った者の意思が篭もっているのか、素早く風と吹雪を切り裂くように飛翔し、驚くべきことに枢機卿の脇腹を貫いたのだ。
「かはっ!?」
「閣下ァ!?」
安全な場所で指揮していたのにも関わらず、唐突に訪れた激痛に驚き、ウルシアヌスは落馬してしまう。
当然、周囲の騎士も動揺するが、ウルシアヌスは明確な怒りを顕した目で、高くそびえる城壁の上に立つ旗槍を携えた男を睨む。
「許さん、許さんぞッフリードリヒィ!」
そうしてウルシアヌスは自身の脇腹に刺さった矢を抜くと、地面に投げ捨て、それを容赦なく踏み潰す。
「貴様を……いや、貴様の一族も無残に切り刻んで殺してやる。必ず、殺してくれる。地の果てに逃げようとも、海の果てに逃げようともなァ……」
怒りに燃え、なおかつ不気味な笑みを浮かべるウルシアヌスに、周りの騎士は怯えるように押し黙ってしまい。
「痛いか。ウルシアヌス」
フリードリヒは冷めた目で、自身に対して呪怨を込めた目で睨んでくるウルシアヌスを見下ろしながら、そう吐き捨てる。
「だが、貴様が味わうのはそんな痛みではない。例えこの戦いで貴様が死のうと、俺が死のうと、お前の薄汚い野望は必ず押し潰してみせる。それまで、その痛みを忘れないことだ」