貌なし【完結】   作:ジマリス

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10 そこそこの居心地

「よっしゃあがり!」

 

 村松の嬉々とした声が響く。

 

「はい、私も」

 

 続いて狭間。残った面々は、眉間にしわを寄せて手元を睨んでいた。

 俺たち寺坂班は、過ぎ去る景色にいちいち感嘆することもなく、行きの新幹線の中でトランプに興じていた。

 まだ見ぬ旅先のトラブルを気がかりに思いながらも、あくまでも普通に、である。

 烏間先生も殺せんせーもいるし、よほどのことが起きない限りは何事もなく終わるだろう。

 マスクさえ身に着けなければ、俺の正体がばれることもない。鞄の奥底にしまわれたままだ。

 

 さて、ババ抜きくらいは何も気にせずにやっていいだろう。などと思いつつ、特に考えなくても表情が読めてしまう。

 それを利用して勝ちすぎるのも考えものだ。平均的か、それより少し下くらいに留まり、時々勝つのが一番目立たない。

 いつもの体育や勉強でも言えることだし、雰囲気や性格だってそうだ。尖ったところを見せなければ印象は薄くなる。そう考えると、暗殺に一切参加しないというのは不自然だったか。いまさら後悔しても遅いが。

 ここで『暗殺頑張ります!』というのも不自然だし……まあ幸い、同じく積極的でない寺坂組と同じ班だから杞憂か。

 

 トランプからウノに変わろうとしたとき、俺は一言断って席を立つ。トイレに行きたくなったのだ。

 車両端の自動ドアが開き……

 

 げ、と思った。

 かきあげられたべっとりジェル漬けの髪、こちらを挑発するような目つき、第三ボタンまで開けたシャツ、学ラン、腰パン。いかにも不良ですと公言しているような恰好の男が三人、そこに立っていた。

 高校生くらい。同じく修学旅行か?

 

「すいません。ちょっと通ります」

 

 伏し目がちに、そそくさとトイレを済まし、出る。

 こちらから下手な行動に出ない限りは何もしてこないだろう。

 俺の予想通り、彼らはちらりと見てくるだけ。誰もいないかのように、下品な笑い声をあげてしゃべくるだけだ。

 席に戻ろうと車両の扉を開けたところで、逆にこちら側に向かってくる神崎と茅野に相対することになった。

 

「おっと」

「あ、ごめんね、國枝くん」

 

 何も謝ることはないだろうに、と思いながら道を譲る。どうやら飲み物かお菓子かを調達しに行くらしい。

 その後姿を一瞥した一瞬で、嫌なものをみた。

 

 たむろしている高校生が、二人のことを下卑た目で見ていた。楽し気に話す神崎と茅野は気づいていない。

 扉が閉じるまでの間だけ、俺は見送った。

 何事もなく高校生の向こうへ歩を進める彼女たちが見えたところで扉が閉まり、ほっと胸をなでおろす。

 あの二人のどちらも、見れば一瞬はっとするくらい容姿が整っている。

 大和撫子、マドンナと評される黒髪清楚な神崎は言わずもがな。茅野だって可愛らしく纏められた髪と、愛らしい顔が目を引く。身体の一部は……本人が泣くほど残念ではあるが。

 不良たちがちょっかいをかけないかと心配したが、なんともなかった。

 

 だが、もし、あの二人が目を付けられていたら……

 そんな考えを頭から追いやる。さすがに心配が過ぎている。

 それに、あっちの班にはカルマがいる、ちょっとやそっとじゃ何もされないさ。

 俺は再び席に戻り、配られたカードに目をみやり、どうやって勝つか負けるかに集中することにした。

 

 

 長い時間をかけて京都駅に降りたあと、俺たちは『さびれや旅館』に着いた。

 その名の通り古めかしい宿だが、なかなか広く、ちゃんと手入れもされている。殺せんせーも一緒に泊まるからか、貸し切り状態だ。といっても、男女ともに大部屋一つずつしか部屋がないが。

 さて、その殺せんせーはというと……

 

「……一日目ですでに瀕死なんだけど」

 

 片岡(かたおか)メグが呆れ気味に言う。

 どうやら殺せんせーは乗り物酔いしやすいらしく、打ち上げられたタコのように、ぐったりとソファにしなだれかかっていた。

 しかしその状態でも能力は健在で、今にも吐きそうな青い顔のまま、岡野のナイフを避けていた。器用な奴め。

 

 ちなみに、新幹線の中にこいつがいても騒がれなかったのは、菅谷特製の付け鼻のおかげだ。

 芸術センス抜群、手先も器用な彼が殺せんせーの鼻に当たる部分にフィットするものを作ってくれたおかげで、違和感は多少……まあほんとに少しだが、マシになった。

 実際は、俺たちが彼の周りを囲んでいたから、他の人の目につかなかったのが大きいだろう。

 

 片岡は他のみんなを見る。

 他に酔っている人がいないか確認しているのだ。

 学級委員、そして女子なのに王子様と言われるくらいキリっとした目つき。加えてこの気配りだ。校内外問わず人気なのも頷ける。

 噂では、ファンクラブもいるらしい。顔・性格ともイケメンである磯貝と並んで、本校舎の一部から憧れられているという、E組の中でも珍しい立場。

 同性に告白されたっていうのは本当なんですか。

 

「どうしたの、國枝くん?」

「いや、みんなをよく見てるんだな、と思って」

「それは國枝くんも同じでしょ?」

 

 む、と俺は眉をひそめた。

 

「テスト前に國枝くんが言った通りだった。私はそんなつもりじゃなかったけど、どこかで諦めてて、それが当たり前になってた。それをわからせてくれて、ありがと」

 

 ぱちっとウインクする片岡。サマになりすぎてる。そんな彼女に、俺は思わず……

 

「イケメグ……」

「そのあだ名はやめて」

 

 

「はい、これ」

「わぁ、ありがとう」

「わざわざ持ってこなくても……明日渡してくれればよかったのに」

 

 原と狭間の二人へ地図を渡す。明日の観光地を巡るルートだ。

 食事も終え、さっき男子部屋で寺坂たちと喋っている時にふと思い出して、持ってきた。

 女子部屋に入るのはさすがにまずいだろうと、電話で部屋の前まで二人を呼ばせてもらった。

 

 女子はすでに風呂も済ませているようで、宿に用意されている浴衣に着替えていた。

 

「明日いきなり渡しても意味ないと思ってな。予習しておいてくれ」

 

 せっかく混雑しない時間帯とか調べて、人数分用意したんだ。あげないままだと、全ての責任が俺に降りかかってきてしまう。

 それはちょっと勘弁。

 

「きゃー、女子のところまで来るなんて、國枝のえっちー」

 

 部屋の中から、中村の声が聞こえる。囃し立てるように、何人かもそれに乗っていた。

 

「バカ言ってんな。入らないし、見ないから安心しろ」

「そうは言っても」

「ほんとは」

「入りたいんじゃないの?」

 

 中村、倉橋(くらはし)不破(ふわ)がふすまを少し開けて顔だけ見せてくる。

 俺と彼女たちの間には、このふすま一枚しか隔たりがないのだから、入ろうと思えば入れるが、そんな度胸はない。

 残り十か月近くを、変態を見るような目で見られるのは避けたい。蔑まれて興奮するような性癖は持ち合わせていないんでな。

 

「あれ、男子はお風呂まだなの?」

「てきとーにまったりしてるよ。入った奴もいるし、まだの奴もいる」

 

 身体の傷を見せないために、俺は他の奴らとも違う時間に入るが。

 『貌なし』として活動していると、いつも無傷とはいかず、いたるところが痣だらけになる。ナイフで切りつけられたこともある。それを見られればなんやかんやと言われるに違いない。

 そのせいで裸の付き合いができないのは残念だ。

 

「ねーねー、男子ってどんな話してんの?」

「大したことは話してない。勉強、漫画、ゲーム、アニメ、他の趣味とか……休み時間の延長みたいなもんだ」

「つまんないの。こっちは秘密のガールズトークしてるけど、聞いてく?」

 

 秘密っていま言っただろ。女子に免疫のない男子を巻き込むんじゃありません。

 どうも中村は、俺をからかって楽しむ節があるようだ。渚を生贄に捧げようか。

 

「帰る」

「えー、ほんとに帰っちゃうの?」

「あのなあ、不破。もし、俺が滅茶苦茶したらどうするんだ」

「め、めちゃくちゃ……」

 

 そう言って、不破優月は変なことを想像したのだろう、顔を赤くする。ボブカットじゃ、髪で顔も隠せない。

 彼女が漫画好きなせいで、どこかで読んだうふふな展開が、あらぬ妄想となって浮かんでいることだろう。

 少女漫画は昔から過激なのは知っていたけど、彼女が読むのは大半が少年向け漫画……と区別されているもの。それだって最近はエロ描写が凄い。

 青年誌を見たら目を伏せて黙ってしまうような初心なのに、旅行の夜ということで舞い上がったか。

 

「へぇ、國枝、私たちを滅茶苦茶にしちゃうんだぁ」

「やらしーんだ」

「からかうな、まったく……」

 

 中村に乗る倉橋もたしなめる。

 今のノリに、ウェーブがかかった髪。倉橋陽菜乃は今ドキの中学生だ。

 俺がそんなノリの良くない人間だってわかってくれたらいいのに。

 

 E組の女子は、俗なことを言ってしまえば『レベルが高い』と評されるような面々。だが、そこへダイブしてしまうほど愚かではないし、そんな度胸もない。

 奥田とか男子に慣れてないのもいるし、片岡には追い出されそうだし、当初の目的のことは果たしたのだから退散するとしよう。

 

「い・ま・な・ら」

 

 三人の上に、さらにビッチ先生の顔が現れた。

 

「私のディープキス付きよ」

「じゃあな。帰る」

「ほんっとつれないわね、アンタ!」

 

 ビッチ先生の叫び声を背中に、俺はそそくさと去っていった。

 

 

 地図渡すだけなのに、なんだか気疲れしたな……とため息をつく俺が男子部屋に戻った瞬間、肩を掴んできた奴がいた。

 

「國枝ァ! おま、お前、女子の部屋に行ったらしいな!」

 

 岡島だ。

 涙を流しながら、鬼の形相で睨んでくる。

 

「女子の部屋っていうか、部屋の前までな」

「なんで俺を連れて行かなかったァ!?」

 

 なんでお前を連れて行かなきゃならないんだ。

 

「いや、渡し物してただけだし」

「わ、渡し物……女子に渡し物……だと?」

 

 そこそんな驚くとこか?

 

「地図だよ。明日の自由時間のルート書いたやつ。それを渡しただけ」

「女子の部屋撮影してきたんだろうなぁ」

「撮るわけねーだろ!」

 

 中すら覗いてない。

 ツッコむが、岡島は退くことなく手に力を込める。

 

「どうだった。パジャマか、パジャマだったのか」

「パジャマっていうか……浴衣だったけど」

「國枝、お前は最大のチャンスを逃したんだぞ。部屋でくつろぐ浴衣姿の女子。これすなわち濃厚で淫靡なシチュエーション! それをお前は……お前はァ!」

 

 がくんがくんと揺らしてくる岡島を抑え、なんとか落ち着かせる。

 こういうことになると、目の色変えて必死になるんだから、こいつは。

 こんなことになるなら、あの二人を別の場所に呼び出したほうがよかった。

 

「そんなに言うなら、思い出に写真撮らせてくれって頼めばいいだろ」

「ふっ、俺がそれをやってないとでも思ったか?」

「断られたんだな……」

 

 悲し気なドヤ顔する理由は、さっぱりわからんが。

 

 まあ確かに、ふすまから顔を出した三人が何気に色っぽかったのは否定はしない。言ったらややこしくなりそうだから言わないけど。

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