修学旅行二日目。
宿で朝食を食べ終わり、注意事項を叩き込まれたあと、俺たちは各班で決めたとおりに分かれた。
他の班はある程度は観光名所に目をつけつつ、隠れた名所なりに殺せんせーを連れて行って、暗殺補助をするみたいだ。
俺たちの班はというと……せっかくの修学旅行、片っ端から有名どころを回ることにしていた。
歴史の長い京都だから、適当に回ってもそこら中に見どころがある。
普通の観光名所は俺が、文学的に有名なところは狭間が、食べ物的になら原が抑えているおかげで、次に行く場所に迷うことはないが……
「なんで真っ先に俺たちについてくるんですか」
「ヌルフフフ。他のみなさんからは、まだお呼び出しがかかっていませんからねえ。まずは、暗殺をしないと公言しているあなたたちと旅を共にしようと思いまして」
抹茶ソフトをぺろぺろと舐めながら、他にもお土産を抱える殺せんせー。まだ着いてから三十分ほどしか経っていないのに、これだけの量をいつの間に……
図体がでかく、しかも造形が人間離れしている彼は目立つ。なんらかのコスプレと間違われているのか、大きく騒ぎになるようなことはないが、隣で歩く俺の心配も察してほしい。
引率らしく先頭を歩く殺せんせーは、いつもよりわかりやすいニヤケ面だ。
「楽しそうですね」
「生徒たちと思い出を共有できる旅行ですから」
こう言ってのけることは、普通の教師のように見える。
いや、実際教師なのだが……つまり、普通の人間のように見えるということだ。
しかしその能力は極めて常識外れだ。カルマの時みたいに、今回はそれに頼るのも一手だろう。
「なあ、殺せんせー」
彼に並んで、俺は声を落とす。
「この修学旅行は、あんたを殺すための旅でもある。俺たちは……そんなのめんどくてやらないけど」
「ええ。みなさんが私のために必死で作戦を立ててくれたことは、嬉しく思いますよ」
自分が殺されるかもしれないのに、心底嬉しそうな顔は変わらない。対して、俺は真剣さを伝えるために顔を固めた。
「もしかしたら、みんなに危険が及ぶかもしれない。知らない土地だし、暗殺の手段についても危険がないとは言い切れない」
地球の破壊を防ぐためにも、詳しいことが話せないのが悔しい。
地球の人間として、本来ならここまで話すことも駄目なんだろう。それくらい俺の心はまだ心配を抱えている。
銃弾が誰かを貫く幻覚が、頭から消えない。
「だから、もし誰かが危なくなったら……」
「任せてください。みなさんのことは必ず守りますから」
殺せんせーは俺の肩に手を置く。
「それにしても、わざわざ暗殺することを知らせてくるなんて、甘いですねえ」
ふん、と俺は顔をそむけた。どうせこの旅行で殺せるほど甘くない。
E組は不意打ちだまし討ちを、何度も手を変え品を変え試している。面白いようにひっかかる時もあるが、決して命は取らせてくれない。
隙だらけのくせに、でたらめな能力のせいで遮られる。今さら遠くからの狙撃が効くだなんて思っていない。
「おーい、國枝くん、殺せんせー! このお店見てみようよ!」
「むむっ、生八つ橋! まだ買ってませんでしたねえ! おっ、あんこだけでなく、チョコレートやカスタードの変わり種まで!」
後ろから原の声がかかる。
いつの間にか、みんなは脇道の店に目を取られていたようだ。
目にもとまらぬ速さで、殺せんせーが店先の試食を食い散らかしていく。
「本当に大丈夫なんだろうな……」
俺はため息をつく。
ま、自殺まがいのことをしたカルマもちゃんと救った実績がある。釘を刺したんだし、しっかりやってくれるはずだ。
心配はいったん置いておいて、俺はみんなのところへ向かった。
△
「うおー、高ぇ~」
『清水の舞台から飛び降りる』という言葉がある。ざっくり言えば、大きな覚悟をもって決断するという意味だ。
実際に清水寺の舞台に立ち、柵から顔だけ出せば納得する。確かに、死ぬ気がないとできないだろう。
胃がきゅっとなるような高さ。それもまた一興。
俺は吉田の隣に立ち、この光景を楽しんでいた。
さすが日本有数の観光地、京都。
世間一般は平日なのにも関わらず、たくさんの人、人、人。日本人だけでなく、外国人もたくさんいる。いやむしろそちらのほうが多い。
最近では観光客が多すぎて逆に問題となっていることもあるらしいが、なるほど納得だ。
「どの班も失敗みたいだな」
「いろいろと計画を練っていたのは知ってるんだけどね。やっぱり殺せんせーは規格外だ」
メッセージアプリで、次々と失敗報告が挙がってくる。
感情豊かな殺せんせーのことだ。生徒たちに囲まれて、楽し気にそこかしこを闊歩しているに違いない。
しかしそこは超生物。油断しているように見えて、俺たちの先をいっている。気を散らして、遠いところから狙撃なんてのが通用するなら、E組だって苦労していない。
おそらく……いや、ほぼ確実に、この旅行で殺せんせーを殺すことはできない。それに関しては、特に期待もしていないが。
「ろくな暗殺計画を立ててない俺たちが言うのもなんだけどな」
「せっかくの旅行なんだ。暗殺に必死になって終わってましたじゃつまんねえ。ここでしか食えねえ飯食って、ここでしか見られねえもん見て、それで十分だろ」
俺は頷く。村松の言う通りだ。
殺せんせーが教鞭を執っているクラスとはいえ、俺たちはただの中学生。他と同じように楽しんでなにが悪いか。
暗殺が上手くいかないとわかっているなら、むしろこちらのほうが有意義に過ごしていると言ってもいい。
「原は、他の班にも呼ばれてたみたいだけど」
風景や俺たちを写真に収めつつ回る原に話しかける。
彼女はまったくやる気のない俺たちと違って、暗殺のサポート側だ。そうでなくても、包容力や優しさがあって、女子だけでなく男子からも頼りにされている。
班を決める時にも、倉橋や中村、不破、片岡などに誘われていたことも知っていた。だが彼女はあえてこちらに来た。
「誰かが寺坂くんたちを見張ってなきゃ。修学旅行とヤンキーは、食い合わせが悪いからね」
食い合わせ……ねえ。たしかに修学旅行生同士の喧嘩なんてのは、不破から貸してもらう漫画でよく見るが、果たして現実でそうそう起こりうることなのだろうか。
ふと、新幹線で鉢合わせた不良たちのことが浮かんだ。いやいや、あっちだって中学生を相手に問題を起こそうなんて考えないだろう。
……カルマが下手なことしなければいいが。ううん、ちょっと心配になってきたな。
「下調べして奇をてらった場所にいくのもオツなもんだけど、結局ベタなところが一番だよな」
吉田は班を作った当初はめんどくさいだの適当でいいだの言ってたくせに、素直にはしゃいでる。
別に文句はない。どこか変なところに連れられたり、暇つぶしにトラブルを起こされるよりずっと中学生らしく、健全じゃないか。
そんな姿を見て、俺はようやく警戒を解く。
せっかくの京都だ。みんなの言う通り、楽しまなければ損。自分へのお土産に八つ橋でも買って帰るか。
などと考えていると、こちらの様子を見に来た烏間先生がいつの間にか合流していた。
「本来なら積極的に暗殺に参加してもらいたいんだがな……」
やれやれ、とため息をつく彼を見るに、やはり暗殺は上手くいっていないみたいだ。
烏間先生も諦めて普通に旅行すればいいのに。
……無理か。外を出歩く最重要機密に、それを狙うプロの狙撃手。一般人にバレないようにするだけでも一苦労だ。
彼が休めるのはいつになるやら。俺も真似をして、やれやれと呟く。
「このグループにそれは無理ですよ。結局はやる気の問題ですから」
「君は、なぜそんなにやる気がない?」
咎めるような語気じゃなく、ただ単純な疑問がぶつけられる。
「体格は悪くない。見たところそれなりに鍛えているようだ。だが体育はいつも成績がそれほどではないというのが気になる」
「それはただのセンスの問題ですよ」
寺坂より細いカルマが喧嘩で負けないように、身体の使い方がよくわかっていたら見た目以上の能力を発揮できる……と、それっぽいことを言って誤魔化す。
それで納得してくれたとは思っていない。ただ、國枝響はそういう男だと納得してくれたらいい。
実際はE組の誰よりも実戦経験がある……なんて、自負はしているが言うつもりはない。
「よければ俺が……」
烏間先生が言いかけたところで、彼の胸ポケットが震える。そこからスマートフォンを取り出して、怪訝な顔を見せた。
どうぞ、と促す前に彼は通話に応える。
「どうした……なんだと!?」
急に烏間先生の顔が険しくなる。
予想外、そしてよくないことが起こってしまったことは誰の目にも明らかだ。
ぞくり、と俺の背中に悪寒が走る。脳裏に、倒れて動かない誰かの輪郭が浮かぶ。
「急用ができた。俺は離れるが、くれぐれも事件は起こすなよ」
「あ、ちょっと」
何があったのか訊く間もなく、烏間先生は人の間をすり抜けていく。
彼の表情と急ぎように、俺は再び嫌な予感に囚われる。
殺せんせーを暗殺する過程で、どんな問題が起きたのか。政府が雇った以外の殺し屋が現れたとか、それとももっと悪いことか。スナイパーの銃弾が誰かに当たったとか?
俺もすぐさま電話を取り出して、最初に顔が浮かんだ渚へコールする。
「なんだ、いきなり慌ただしいな」
「なんかトラブルでも起きたんじゃねーの。それよりもパフェ食べようぜパフェ。この近くに美味いって評判の店があるんだ」
「そういうのは調べてきてんのね」
「おい國枝。次行くぞ」
場所を移して観光を続けようとする寺坂たちに人差し指を向けて、俺は耳に集中する。
「ああ、後で追いかける。先に行っといてくれ」
二度、三度、コール音が鳴ってもまだ出ない。
思い過ごしならいい。だが、呼び出し音の回数が重なるほどに俺の心はざわつく。
《く、國枝くん?》
ようやく出てくれた渚の声は、なんだか焦っているようだった。
「渚、どこかの班で問題が起きたみたいだが、何か知らないか?」
《たぶん、それ僕たちのことだよ》
いきなりのビンゴ。
その後ろでは何やら話し声も聞こえる。カルマと杉野と……奥田か。
彼らと同じ班の他二人、茅野と神崎の声は聞こえないが……
《どこかの高校生に、茅野と神崎さんが攫われたんだ》
「さら……っ!?」
叫びそうになり、すんでのところで抑える。
こんな人の多いところで『攫われた』なんて大声を出したら異様な目で見られてしまう。
「お前たちは大丈夫か!?」
《なんとか……殴られて身体が痛いけどね》
かあ、と身体が熱くなるのを感じる。
渚たちが傷つけられ、神崎と茅野がいまこの瞬間も危ない目に遭ってるかもしれない。
どっと汗が噴き出て、鼓動が早まる。
くそ、知らない土地でこんなことが起きるなんて……
「相手はどんなやつか覚えてるか? 身なりとか……喋り方とか」
渚が思い出せる限りの情報を告げてくる。訛りなし、学ラン、高校生。京都への新幹線で見た、不良の特徴と一致する。
そいつらは車に二人を押し込んで逃走したようだ。
土地勘があるわけでもない。かといって攫った相手とのんびりしている時間はない。
車は足がつかないよう、レンタルじゃなく盗んで手に入れたものの可能性もある。ナンバープレートをそのままにしてるか、削っている、隠している、どれにせよ、警察に見つかったら一発アウトだと考えると、近場へ停めるはず。
どこかの店で停めることはないだろう。見られて通報されたら、これまた一発アウト。
人目のつかない場所で事を果たすか、そこを経由地にするはずだ。該当箇所はそう多くないはず。
「國枝、どうしたんだよ」
電話を切るなり、寺坂が寄ってくる。
俺は彼を見もせずに、鞄を背負いなおした。
「別行動だ。後で合流する」
みんなが呼び止める声を聞きもせず、俺は走り出した。
鞄の中にある迷彩服をいつでも取り出せるように気を構えながら。