貌なし【完結】   作:ジマリス

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12 拳を叩きつけろ

 茅野と神崎が攫われた場所の近くを走り回りながら、俺は見逃しのないように視線を動かす。

 もちろんそんなことで二人が見つかるわけもなく、俺は違うものを探すほうへシフトした。

 二人を攫ったと思われる高校生の仲間だ。

 

 この広い京都。探すのには骨が折れる。だがまったく見当がつかないわけでもない。

 

 新幹線の中で見た高校生の大半が、制服の胸ポケットを膨らませていた。

 そう大きくないそこに入れられるものは限られている。かと言って、ペンやノートをしまうほど出来たやつらでもないだろう。

 必要なときにすぐ取り出したくて、ポケットに入るが形がわかるほどの大きさ。

 ヒントはまだある。

 トイレを待っているでもなかったのに、車両の間にいたこと。周りを気にする目に、決定的な臭い。

 

 たばこだ。

 成年に達していない年齢なのに、あの高校生たちはたばこを吸っている。

 だがあれだけ臭いを漂わせているくらいだ。先生も言っても無駄だと、口だけの注意で済ませているのだろう。

 

 とはいえ、真昼間の外で、制服のまま吸うことはしないだろう。見咎められて警察のお世話になっても、土地勘のない京都じゃ逃げられない。

 吸うなら人目のつかないところ。こんな観光地でそんなところは少ない。必然的に限られてくる。

 例えば、観光地から少し離れた路地裏とか。

 

「でさ、そいつが結構可愛かったわけ」

「んだよ、今頃お楽しみってか?」

「ちゃんと俺たちに回してくれるってさ。時間になったらここに来いだとよ」

「ひょお! わざわざ京都に来たかいがあったってもんだぜ」

 

 お目当てはすぐに見つかった。人気のない路地裏に座り込んでたばこを吸う高校生が二人。

 俺の覚えている限りの制服と同じだ。しかもどうやら、茅野と神崎の場所を知っているらしい。

 周りを見て、他に人がいないことを再確認。服を着替えて、マスクとゴーグルを装着。制服を突っ込んだ鞄はその場に置いておく。

 

 『貌なし』のコスチュームとなっているこの一式のいいところは、それぞれ珍しくもない物であることだ。

 マスクとゴーグルは、サバゲ―ショップに行けば定番商品として売られていて、迷彩服も特に高いものじゃない。それに服は薄くて、丸めればショルダーポーチにも入るくらいだ。

 必要な時にすぐ取り出せて、事が終わればすぐ隠せる。

 

 準備ができたところで、俺はそいつらに近づいた。

 そいつらは俺を認識すると、顔をしかめて煙を吐いた。

 

「訊きたいことがある」

「あ? なんだよてめえ。へんなマスクかぶりやがってよ」

「ゴーグルにフードとか、ふざけたカッコして何気取りだ? ちゃんと前見えてんのか、おい? 試してやるよ」

 

 喧嘩っ早いな。仕掛けるまでもなく、あちらから手を伸ばしてきた。

 もともと穏便に済ます気はない。

 指からたばこを抜き取り、代わりに腕をねじりながら手の甲に押し付ける。

 

「あっつううああああ!」

「お前たちの中で中学生を攫ったやつらがいるはずだ。誰が、どこに攫っていったのか教えろ」

 

 悲鳴を無視して、俺は告げる。

 

「んなの教えるかよっ」

 

 捕まえているのとは違う腕の大振りを避け、鼻っ柱に一発叩きこんだ。

 血をだらだらと流しながら、膝をつく不良のポケットに火の消えたたばこを押し込む。

 

 もう一人が殴りかかってきたが、手で弾く。

 腹、喉と掌底を繰り出すと、そいつも汚い嗚咽を漏らして尻もちをついた。

 

「保険証は持ってきたか? 旅行には必需品だろう」

「はあ? 何言ってんだよ」

「これから京都の病院にお世話になるんだ。保険証がなければ、骨折の治療にはいくらかかるかな」

 

 わざとらしく拳を振り上げると、不良が二人とも手を挙げた。

 

「し、知らねえよ! 誰を攫ったとか、そんなの俺たちに関係ねえ!」

 

 躊躇なく拳を振り下ろす。

 豚のような悲鳴を上げたかと思うと、今度は頬が内出血して、じわじわと青くなっていった。

 

「次に嘘をつけば腕を折る」

「まっ、待て待て! わかった!」

「知ってるよ、この場所だ。もう攫ったから人数集めて楽しもうって言われて……」

 

 スマホの地図アプリを急いで呼び出した不良たちは、それを俺に見せた。

 読み通り、渚たちがいた場所からそう離れていない。

 

「なっ、言ったから許してくれよ」

 

 へこへこと頭を下げる情けのない不良たちの目に、もう抵抗の意思はない。

 だが、それとこれとは別だ。

 

 俺は拳を固め、振り下ろした。

 

 

 神崎と茅野が攫われた場所へはすぐにたどり着いた。

 周りに雑草が生え、ごみもいくつか捨てられっぱなしになっている倉庫だ。

 その前には黒いワゴン車が乗り捨てられている。

 

 見張りはいない。そっと車の陰に隠れながら、倉庫に近づく。扉に張り付いて、耳で中の様子をうかがう。

 誰かが暴れている様子はない。

 連れ去った犯人たちが何もしていないか、それとも……遅れてしまったか。

 それがわかるまでじっとしている気はない。扉を勢いよく開け、素早く滑り込むと同時、中の様子を確認する。

 

 相手は全員で五人。そのうち一番近くにいた一人を殴りつけ、頭を壁に叩きつけて失神させる。

 降伏勧告はなしだ。それに応じるようなやつらじゃない。それに、友人を誘拐されておいて、無傷で帰すほど俺はお人よしじゃない。

 やっと状況に気づいた不良たちが、倒れた仲間を見て俺を睨みつける。

 

「誰だてめえ」

「お前には関係ない」

「こんなことしておいて、ただで済むと思ってんのか!」

「こっちのセリフだ」

 

 不良たちが一斉に向かってくる。

 先頭の男の腕を掴み、引っ張りながらブーツの先をみぞおちへめり込ませる。

 相手の勢いもあって、深くまで蹴りこまれた男はうずくまる。

 

 奥で腕を縛られている神崎と茅野に目をやった。

 外傷はない。どうやら手は出されていないらしいが、精神的にはどうだろうか。

 とにかく、俺がやるべきは目の前の不良退治だ。

 

 次の男へ、眉間へと間髪入れずに拳を叩き込む。さらに股間に蹴りを一発。急所を砕かれてよろける身体に、回し蹴りをお見舞い。壁に叩きつけられてずりずりと床に下がった男は立ち上がることはなかった。

 

 残るは二人。そちらに向き直った瞬間、目の前で光が閃いた。

 ナイフだ。俺たちが持つようなやつじゃなく、本物の刃物。とっさに後ろに避けていなければ危なかった。

 武器を構える二人が、じりじりと間合いを詰めてくる。俺の拳が届かないぎりぎりで止まる。

 

 お互い降伏を促す気はない。

 俺は絶対にこいつらを許しはしないし、こいつらは不良のちっぽけなプライドがある。

 やるかやられるかだ。

 

 ここまでの戦いで、すでにリーダー格であろうオールバックから余裕と油断は消えている。

 しかし、武器があるからだろうか、もう一人は少し浮ついている。

 

 リーダーが動き出す。躊躇なくナイフを顔面に突き出してきた。顔をそらしたものの、頬に軽く切れ筋が入る。

 俺は相手の手首を掴み、そのまま向かってくるもう一人の腕を蹴る。ナイフはどこかへ吹き飛んだ。

 続けてリーダーの顎、鼻を殴りつけ、拳を戻す勢いでもう一人の喉へ肘を打つ。咳き込む男にもう一度蹴りを放つと、そいつは壁に激突して意識を失った。

 

 掴んだままの手首をひねり、リーダーが悲鳴を上げる前に足をひっかけて転ばせる。

 どさりと倒れたそいつに、もう一発パンチ。

 これで終わったか、と思ったがしつこく立ち上がってこようとする。

 

「やめておいたほうがいい」

 

 だが、彼は肘と膝を床についたまま、倒れようとはしない。

 邪魔された怒りか、彼なりのプライドか。どちらにせよ、その行動で俺の感情が再び湧き上がってきていた。

 茅野と神崎をこんな目に遭わせて、まだやってこようとするのか。ただ快楽のために、安っぽい自尊心のために、罪のない二人をまだ傷つけようというのか。

 

 鼻と口から血が出ていることにショックを受けているリーダーの胸ぐらを掴む。

 拳を固めて、容赦なく何度も殴りつける。

 一発目で気絶したことはわかっている。だが、それで俺の気は収まらなかった。

 一、二、三、四、五……十発は超えただろうか。血だらけになった俺の拳と相手の顔を見て、俺はようやく拳を収めた。

 

 多人数を相手にしたからだけではない息の乱れを整えて、相手の身体を離す。床に頭を打っただろうが、そんなことは気にしない。

 ふと、そいつの胸ポケットから出ているものに気が付いた。

 ハンドブック? いや、しおり。それも手製の。

 表紙の文字で、神崎のものだとわかる。彼女が用意していたものをスられたのか。

 中にはスケジュールが細かく描かれている。で、これをもとに人気の少ないところで拉致したわけだ。

 

「あ、あの……」

 

 神崎が何か言う前に、不良たちが持っていたナイフで縄を切った。

 縛られていた腕は少し赤くなっているが、痕は残らないだろう。

 

「怪我はないか?」

「は、はい」

 

 少し怯えているが、それはこの状況と、俺の格好のせいだろう。

 平気……とはいえないが、 二人ともショックを残しているような顔はしていないし、後に引きずるような精神的ダメージは少ないようだ。

 しおりを返し、安堵のため息をついて立ち上がる。さっさとここから出て、寺坂たちと合流しなければ。

 

「あんた誰? 俺の獲物の横取りしないでほしいんだけど」

 

 落ち着いたのもつかの間。いつの間にかカルマと渚、杉野が入口に立っていた。

 心臓がどきりと跳ね上がる。

 仕返しのために来たのか。だが、どうやってここを突き止めたんだ? その答えは、彼らの持っている分厚い冊子が物語っていた。

 殺せんせーの作った特大しおり。そこにはこういうことも想定したマップも載っていたはずだ。

 

「もう遅い」

 

 不良たちがのびていて、茅野と神崎は無事。現状を見て、カルマは状況を察した。

 他の二人も遅れて気づいたようで、目から敵意が消えていた。警戒はそのままだが、明らかに緊張が解かれている。

 一言だけ吐き捨てて去ろうとする俺の肩に、手が置かれた。

 

「逃がすなんて一言も言ってないけど?」

「待って、カルマくん。その人は私たちを助けてくれたんだよ」

「わかってるよ。けど、こいつをここで置いておくわけにはいかないんだ」

 

 カルマの言うことに、俺は違和感を覚えた。

 

「置いておく? 俺は今からここを出ようとしてるんだが」

「そういう意味じゃないってことは、お前がよくわかってるんじゃないの」

 

 カルマがじっと目を見てくる。ゴーグル越しの俺の目を。

 

「何を言ってるのかわからんが、放せ」

 

 危機感が走って、彼の手を弾く。見射られると、顔を突きつけて話しているような錯覚さえ感じる。

 何かがバレる前に退散する以外、選択肢はない。

 俺はその場を後にした。

 追ってくる者は誰もいなかった。

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