修学旅行も終わり、また勉強漬けの毎日が始まる。が、その前にとある知らせが烏間先生から入っていた。
「転入生……どんなやつかな」
暑さが増してきたなか、登校路を歩く杉野が呟く。
そう、こんな時期に転入生が来るらしい。
手放しで喜ぶ俺じゃない。
そいつが次の刺客だということは明らかだ。ビッチ先生に次ぐ殺し屋に違いないことは、みんなが察していた。
烏間先生曰く、『多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接してほしい』だそうだ。
どんな見た目か聞いたところ、その転校生の顔だけではあるが、写真が返ってきた。
俺たちと同じ歳ほどの女の子だった。感情が読めない無表情だが、整えられたミドルヘアに愛嬌のある顔。なんとも可愛らしい見ため。
確かに少し驚いた。殺し屋には見えない。綺麗めな普通の女子だ。
転校生というからには同年代だと察しがついていたが……幼少のころから訓練を受けてきたとか、そういうやつだろうか。
なんにせよ、殺せんせーの暗殺のためというなら、相当に恐ろしい実力の持ち主だろう。
ビッチ先生の時みたいに、警戒は怠らないようにしておかなければいけない。
転入生の首から下はどんなんだろう。
筋骨隆々だとか、暗器を仕込んでいるとか。または油断させるように、普通とあまり変わらないか。
そんな俺の想像は、朝のHRで砕かれた。
「ノルウェーから来た
「よろしくお願いします」
こんなん予想できるか!
教室の窓際、一番後ろに設置された
よりによって俺の隣。いや、空いてる席は俺の両隣しかなかったからそれはいいが、普通は人間が来ると思うだろう。
圧迫感が凄い。
言いたいことを我慢している烏間先生と同じ呆れた顔をして、俺はその自律思考固定砲台とやらを見る。
外面はただの黒い箱。高さはおおよそ、いや170センチぴったり。縦・横・高さが俺たちと同じくらいなのは親近感を少しでも覚えさせるためか、おそらくは別の理由だろうが。
前面の上部はモニターとなっていて、知らされていた顔が映っている。
簡単に言えば、機械だ。機械の箱。
名目上はこの箱を身体とし、AIを脳とする女子生徒……らしい。つまり……
「自律思考固定砲台さんはあの場所からずっとお前に銃口を向けるが、お前は彼女に反撃できない」
わかってると思うが。そう言って烏間先生は殺せんせーに告げた。
「なるほどねえ。契約を逆手にとって、なりふり構わず機械を生徒に仕立てたと」
なにがおかしいのか、小気味よく笑う殺せんせー。
『生徒に危害を加えてはいけない』という政府との契約があり、そして自律思考固定砲台が生徒である以上、殺せんせーは彼女……彼女? に手出しできない。
たとえ人間でなくとも、だ。
なにはともあれ、転校生・自律思考固定砲台はE組の一員として迎えられた。
△
何を思考しているのか。
自律思考固定砲台は、モニターに顔を映したまま、殺せんせーの授業を聞いている。
俺は彼女を横目で見ながら、その出だしを待っていた。
砲台というからには武器を持っているかと思ったが、やはり外見は箱である。
ということは……
ガシャリ。
その異様な音に振り向いて驚いた。
箱の側面が展開し、そこから銃を持ったアームが何本も生え、その銃口は殺せんせーを向いている。
「ま……」
待て、と言おうとした瞬間、無数のBB弾が宙を舞った。
絶え間ない発砲音とともに、対殺せんせー弾が放たれ、壁に当たり反射する。
突然のことでも、殺せんせーはお得意のマッハムーブで避けてみせるが、他のみんなはそうもいかない。
全員が必死に顔や手などの露出している部分を守る。教科書やノートで嵐が過ぎるのを待つ。それでも当然すべてを防げるわけがなく、無差別に弾が当たる。
「おい、お前やめろ!」
言ったところで聞かなかった。自律思考固定砲台は、どれだけみんなや教室に被害を与えようとお構いなしに続ける。
あらかた撃ち尽くしてようやく銃弾の雨がやんだ頃には、床一面にBB弾が散らばっていた。
「……」
全員が呆然とする。
急にこんなことをされて、驚かない方がおかしい。
「ショットガン四門、機関銃二門。濃密な弾幕ですが、ここの生徒は当たり前にやってますよ。それと、授業中の発砲は禁止ですよ」
「すみません。気を付けます」
感情のない笑みを見せて、自律思考固定砲台は銃を体内に引っ込める。
宣戦布告なしなのは暗殺として当然だとして、こんなでたらめなことをしでかすとは夢にも思わなかった。
「暗殺失敗。次のフェーズに移行します」
「お前、なんのつもりだ」
注意を受けたのにも関わらず、彼女は再び銃を取り出す。そしてまた乱射を始めた。
またそれか。
それらの弾は素早い殺せんせーに当たることなく、黒板や壁に当たって落ちるだけ……だと思っていた。
殺せんせーの、チョークを持っていた指が一本、弾け飛ぶ。
そのことに、E組の全員が息を呑んだ。
ただの射撃なら、殺せんせーを捉えることなんてできない。
この攻撃の正体、俺は見えていた。
先に撃った弾丸と同じ軌道で、もう一発撃っていたのだ。
一発目を弾いたと思ったら、二発目が現れて仕留める。いくら動体視力がよくても、見えない弾はどうしようもない。
彼女にしかできない恐ろしく精密な射撃が可能にした、計算通りの的確なダメージ。
カルマとは違う絡め手の突破だった。
足場がないほどのBB弾、BB弾、BB弾。
ほとんど授業にならないまま終わった一時間目の後に残ったのは、それだけだった。
「掃除機能とかついてねーのかよ、固定砲台さんよぉ」
村松の問いに、彼女は答えない。モニターも真っ暗だ。
授業中以外は、こうやってスリープ状態に入るらしく、そうなれば俺たちに一切の反応を示さない。
いや、実際には言葉を聞いていて、必要ならば答えてくれるらしい。つまり、完全に無視されてる。
彼女にとって必要なのは殺せんせーを抹殺することであり、コミュニケーションではないのだ。
「チッ、シカトかよ」
「やめとけ。機械に絡んでも仕方ねーよ」
吉田が村松を抑える。
うんともすんとも言わない相手に何を言ったところで無駄だ。
俺たちは結局、この後も授業中に荒れ狂う銃弾を止めることはできず、ため息をつきながら掃除をするしかなかった。
△
翌日。
授業が始まろうとした時に、自律思考固定砲台は起きた。
「今日の予定。六時間目までに二百十五通りの射撃を実行。引き続き殺せんせーの回避パターンを分析……」
そこまで言って、自律思考固定砲台は自らの身体がガムテープでぐるぐる巻きにされていることにようやく気付いた。
「殺せんせー。これでは銃を展開できません。拘束を解いてください」
「うーん、そう言われましてもねえ……」
冷たい目で先生を見る自律思考固定砲台。対して、殺せんせーは困ったように頭を掻いた。
「この拘束はあなたの仕業ですか? 明らかに生徒に対する加害であり、それは契約で禁じられているはずですが」
「違げーよ、俺だよ」
言ったのは、彼女の逆端に座る寺坂だった。ガムテープを見せつけて、不快そうに彼女に毒づく。
「どー考えたって邪魔だろーが。常識ぐらい身につけてから殺しに来いよ、ポンコツ」
彼女と同じように殺せんせーを敵とする寺坂が自分を縛ったことに、自律思考固定砲台は少なからず衝撃を受けたようだ。
寺坂の意図を汲み取ろうとしているようで、しかしできずに黙ったまま固まってしまった。
他の誰も止めず、むしろ黙認している。そのことが余計にわからないのだろう。
本来ならば、地球を破壊しようとしている殺せんせーに死をもたらす者として一番近いのは彼女で、俺たちはサポートするべきだ。
自律思考固定砲台は世界を救ってくれる。だからE組は邪魔してこないに違いない。そういう前提が、彼女の中にはある。
だが、それよりも優先すべきことがあることが理解できていないのだ。
自律思考固定砲台は沈黙せざるを得なくなった。
△
傷がつかないように、自律思考固定砲台に巻かれたガムテープを剥がしていく。
授業の邪魔になっているのであって、終われば解放するように告げていたのだ。
その約束通り、彼女を解放してやる。また寺坂にぐるぐる巻きにされるまでだが。
ここにいるだけの、暗殺が目的の機械に、それがどれだけの気休めになるかはわからない。
全部剥がし終えて、一息つく。丸めた残骸を、ごみ箱へ投げ入れた。
俺がやるから、みんなは先に帰っててくれと言ったから、教室は誰もいない静かな空間と化していた。
「國枝響さん。このまま、私を拘束しないようにみなさんに伝えていただけませんか」
スリープモードに入っていたはずの自律思考固定砲台は起動し、無機質な顔を見せる。
それはできない。と俺は首を横に振る。
「なぜですか」
「これ以上、E組に被害を出させるわけにはいかない」
「しかし殺せんせーを殺さなければ、E組に被害どころか、地球がなくなります」
「だからって、みんなが傷つけられるのをただただ静観するつもりはない」
俺も寺坂を止めなかったのは、そう思っているからだ。
むしろ、このまま彼女が変わらなければ、縛るのに協力するだろう。
「多少の犠牲は必要です」
「みんなが納得できたら、それでもいいが……」
「ですが、他に良い方法はあるのでしょうか。私の攻撃は見ての通り、殺せんせーに有効です。私はあの超生物を殺すために送り込まれたのですから、出来て当然ですが」
「少しは考えろ。お前が滅茶苦茶な行動をしたことで、みんなが不快に思い、縛った。協力しなければ、殺す殺さないのステージにも上がれないことはわかっているはずだ」
ビッチ先生がそうだったように、である。
この教室にいる以上は、E組生徒たちとの交流は避けて通れない。
表面だけの付き合いでもいい。ただ、彼女の任務を遂行するためには多少の親交が必要だ。そのことはわかっているはず。
「俺たちはお前を縛らなくても、分解して銃を取り出すことだってできる。かなり乱暴だがな」
なんなら壊してしまうことだって可能だ。
身動きできない状態にして叩けば、どれだけ賢くても関係ない。
「今、殺せんせー以外にもお前は敵を持ってる。E組に合わせない限り、お前の銃弾は殺せんせーには届かない」
「でしたら、なぜそうしないのでしょう。みなさん、私を壊したいと思っているのでしょう?」
「壊したいとは思ってない。たとえそう思っていてもしない」
納得できていなさそうな彼女に、俺は言葉を続ける。
「E組にとって、お前は新しいクラスメイト、友達だ。新顔だとか暗殺者だとかは関係ない」
そういうふうな心理が、みんなに働いていると思う。
カルマや寺坂も問題児ではあるが、根はいいやつで、友達だ。
彼女がおかしいことをしてもこの程度で済んでいるのは、みんなが彼女を理解し、歩み寄りたいと思っているからだ。
自律思考固定砲台は表情を変えないまま、しばし沈黙した。
「でしたら、私はどうすればいいのでしょうか」
「たいそうな頭脳を持っているなら、それで考えろ」
赤子じゃないんだ。そこまで丁寧に教えるつもりはない。
それに、成長し続けるAIを相手に、無責任なことは言えなかった。俺の言ったことを変に解釈されて、よりおかしいことになっても責任はとれない。
だが、少しは理解してくれるだろうと信じている。
でなければこうやって会話もしないし、解放したりもしない。
自律思考固定砲台はじっと黙った。俺は彼女を置いて立ち去る。
考えた先にどう行動するのか、あとは彼女次第だ。