またまた次の日である。
昨日はなんだかいろいろ言ってしまったが……他に誰もいなかったからだろうか、相手が機械だからだろうか。
テスト前にみんなに俺の考えを言ってから、口が軽くなっていっているような気がする。
ともかく、である。
一日二日でそう簡単に変わりはしないだろう。だが、せめて授業中に発砲しないだけの分別をつけてくれるといいが。
教室の扉を開けて、おれはぎょっとした。
自律思考固定砲台が、なんだか二倍くらいに……太ったと言っていいのか? 高さはそのままだが、体積が大幅に増えている。
ちょっとは成長することを期待したが、物理的に大きくなるとは思わなかった。
いやいや、いくらなんでもおかしい。まだ寝ぼけているのか、俺は?
「おはようございます、國枝さん! また無事にお会いできる平和に感謝しなければいけませんね!」
呆気に取られている俺に、彼女は嬉しそうに挨拶してきた。
しかも、顔だけしか映っていなかったモニターが、いまや足先まで映っている。前面全てが画面と化していた。
にこりと笑ってお辞儀する彼女に、開いた口が塞がらない。
「何が……何が起きたんだ?」
俺はすでに教室についていた杉野と渚にそう訊いた。
だが返ってくる言葉はなく、彼らも同じようにあんぐりと口を開けていた。
△
「……つまり、なんだ。わかりやすく乱暴な言い方をすると、人間っぽくなったと、そういうことか」
俺は殺せんせーの話を自分なりに噛み砕いて、この異常な状況を理解しようとした。
どうやら彼の言うところによると、夜の間に自律思考固定砲台を改造して、こういうふうにしたらしい。
様々なプログラムの追加に、メモリの増設。
自律思考固定砲台は最先端技術の塊だろ。それを一晩で改造してしまうなんて。マッハで動けるだけでなく、そんな技術も持っているのか、こいつは。
「はい。かなりのお金と労力を使いましたが、それに見合うだけの結果にはなったでしょう?」
「……まだわからないですね」
円滑なコミュニケーションが取れるようになった。表情も豊かだ。だがそれは彼女が大事なことを理解したということとイコールではない。
「とは言っても、國枝くんは彼女を信じているのでしょう」
「何を根拠に」
「自律思考固定砲台さんから聞きました。考えることと協力することの大切さを、君から学んだとね」
恥ずかしいことを言いやがって。
「あいつを変えたのはあんただ。俺がいなくてもこうなってた」
「いいえ。君がいなければ、何かがずれていたことでしょう。少なくとも、彼女を信じる人が一人いなくなることになります」
ヌルフフフと独特の笑い声を上げる。
どうも、こいつは俺のことを過大評価しているような気がする。
まずいことだ。隙の多いやつだと思っていたが、これまでのことを通して、案外鋭い目を持っているのはわかっている。
目立たずにいたい俺にとっては、カルマを誤魔化すのでも精一杯なのに、それ以上隠すのは無理だ。
「へぇ~、こんなのも作れるんだ」
「はい。特殊なプラスチックを、体内で自在に成型できます」
自律思考固定砲台が体の横から出したアームの先に、美しい像が現れる。
彼女は物のデータさえあれば体内でそれを作れるらしい。
昨日の、途中から増設された銃はその能力のおかげだということか。
「おもしろーい! じゃあさ、えーと、花とか作ってみて」
「わかりました。花のデータを学習しておきます。王手です、千葉君」
「三局目でもう勝てなくなった。なんつー学習力だ」
矢田をはじめとした女子と談笑し、
お喋りをして、遊戯に興じ、もの珍しく、頭も良く、いろいろ出来る。そんな彼女が注目の的になるのは不思議ではない。
昨日まで警戒されていた機械は、あっという間にこの教室になじんだ。
「まずいですねえ。先生とキャラが被る」
「どこだだよ。真逆みたいなもんでしょうが」
殺せんせーにツッコむ。
わけわからん生物と最先端の機械だぞ。やれることも違うし、なにより彼女の方が殺せんせーより人気そうだ。
「ね、この子の呼び方決めない? 『自律思考固定砲台』って、いくらなんでも……」
「じゃあ『
片岡の提案に、不破が乗る。
一文字取っただけだが、わかりやすいのが一番だろう。
「嬉しいです! では律とお呼びください!」
どうかな? と訊くみんなに、彼女はとびきりの笑顔で返した。
△
「で、何の用だ?」
彼女の渡してきた手紙に従って、俺は誰もいなくなった教室で、自律思考固定砲台あらため律に声をかけた。
手紙……薄いプラスチックの板に『放課後、教室で待っていてください』と書かれたそれを返すと、彼女はアームで掴んで体内に戻す。
画面に映る律は嬉しそうで、恥ずかしそうで、憂いているように見えた。
「お礼を言いたくて」
「お礼?」
「はい。國枝さんのおかげで、私はみなさんと仲良くすることができました」
わざわざ、そんなことのために……律儀なやつだ。
「殺せんせーの改造があってのことだ」
「それでも、私はあなたに感謝しています」
それしきり、彼女も俺も黙った。
俺は彼女の言葉を待ち、彼女は何かを言うのを躊躇っている。
メインの用件はそっちか? この時間まで残ったんだ。最後まで聞いてやる。
「……國枝さん。あなた、『貌なし』ですよね?」
突然の爆弾発言に、俺は取り繕うこともできずにうろたえてしまった。
疑問形だが、質問している口調じゃない。確信をもって訊いてきている。
「勝手ながら、分析させていただきました。歩き方や身体の動かし方……どれも映像にある『貌なし』と一致します」
ニュースで取り上げられるようになってから、街の監視カメラに映る『貌なし』の映像は世に出回っている。
だが特定されるようなものは映ってないはずだと油断していた。
機械を舐めていた。最先端の技術が詰め込まれたこいつには誤魔化せない。
俺は否定しなかった。できなかった。
即座に首を横に振れなかった時点で、もう隠せない。
「認めるんですね」
「もう隠しても意味がない」
俺は諦めて、ため息をついた。
「武器は出さないのか?」
「はい。あなたには攻撃できません」
「そうプログラムされてるのか? 超生物以外は攻撃できないと?」
「いいえ、これは私の意思です。友人として、私はあなたを攻撃したくないんです」
「友人?」
「はい。私に大切なことを教えてくれた友人です」
大切なこと。
昨日言ったことか。
「安心してください。あなたのことは誰にも言いません」
「どうしてだ。暴力沙汰を起こしてる人間がいるということは、お前に対しての危険度も増すだろう」
「何か事情があって、そんなことをしているのでしょう?」
わかったふうに彼女は言う。こちらをうかがうように上目遣いで。
昨日と違って、ずいぶんと人間らしくなったものだ。
実際、俺は彼女に対して力を振るう気は一切ない。
だがそれは俺の心の問題で、昨日少しだけ話した彼女にそれが理解できるとは到底思えなかった。
「そう思うのか?」
「あなたは私と対話してくれようとしました。どうしようもなかった時の私と。そんな優しい國枝さんが、理由もなく暴力を振るうとは思えません」
「知り合って何日も経ってないってのに」
「信じたいと思うのは、おかしいでしょうか。國枝さんも、私を信じてくれたじゃないですか」
確かに俺は彼女を信じた。たとえ機械でも変わることができるだろうと。
考え、反省する脳があるならきっと友達になれるだろうと。それと同じように、彼女も俺を信じてくれている。
あまりにも早すぎる進化だな。俺はふっと笑ってしまった。
「どんな心変わりだよ」
「殺せんせーに教えられました。尊ぶべき人の心を。まだ学んでいるところですが、國枝さんが私を仲間だと思ってくれていることはわかっているつもりです」
ディスプレイに映る彼女は、祈るように手を組んだ。
「チャンスをいただけませんか。私があなたを理解できる時間をください。その後は、この身体を壊すなり、私自身を消すなり好きにしていただいて構いません」
「そんなことをするつもりはない。ただ知りたかっただけだ」
彼女がどういう考えでいるのか。変われるのか。変わったとして、どんな変化が起きるのか。
そして、彼女はE組の生徒となりえるか。
それが知りたかった。
この教室にいて、そして苦楽をともにするなら、彼女だって俺の守る対象だ。
正体をばらされるかも、という懸念は消えていた。
おそらく、今この場でなく、すでに気づいていたのだろう。だが彼女は他のみんなに言いふらすことはしなかった。勝手に調べられたのは困るが、その口の固さだけは信じられる。
「ありがとうございます」
ふふっ、と律は笑った。
俺はいつの間にか、機械とではなく、人格のある者として彼女を見ていることに気が付いた。
彼女の、あまりにも
たとえそれがプログラム通りの動きだとして、それが俺たちとどう違うだろう。
所詮は、同じく電気信号で動いている者同士だ。
律は、今度は苦しそうな表情を浮かべた。
「月に二回、メンテナンスで開発者が私を調べに来ます。それが明日。私は元に戻されることでしょう」
俺ははっとした。
そうか。そうだよな。遊びたい盛りの中学生がいる空間に放り込んで、はいおしまいとなるわけがない。
この環境でどういう進化を遂げたかを含めて、作った本人が見に来ないわけがない。
今の律を見れば開発者がどう思うか、想像に難くない。『自律思考固定砲台』を作って、そのままよしとした奴なんだから。
それを止めてほしいから呼んだのか? そのために正体を確認したのか?
だが彼女は頭を振った。
「ですが大丈夫。きっと大丈夫です」
△
「おはようございます」
翌日、教室に入った俺たちは警戒した。
律の顔が、以前と同じような無機質なものに変わっていたからだ。
改造され直したのは明白。
朝のHRで、烏間先生が詳細を話してくれた。
改造も拘束も厳禁。やれば、多大な弁償代を請求されるそうだ。
それを聞いたみんなは意気消沈し、ため息をついた。
「……」
落ち込む生徒たちとは違って、殺せんせーはなんの反応も示さない。落胆が見えなかった。
「攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入ってください、殺せんせー」
あれが始まる。あの嵐のような銃弾の雨が。
みんなが恐れ、頭を伏せ、教科書を被る。俺だけはいつものままの姿勢で待つ。
どう悪くなってしまっても、律のせいじゃない。あるべき成長を、歪に矯正させた親の責任だ。
だが願わくば、『律』であってほしいと願いながら、彼女の行く末を見守る。
律は自身の身体を展開し、大仰な音を立てて……
「……花を作る約束をしていました」
彼女のアームにはなんとも綺麗な花束があった。もちろんプラスチックで作られた偽物ではあるが、目を引かれる芸術性がある。
決して銃ではない。殺すのにはまったく意味のない、必要のないものだ。
「殺せんせーの改造を、開発者は消しました。ですが私はそれを
見つかっちゃいけないもの、見られたくないものを隠す。
よくある子どもの反抗だ。それがAIにとってどれだけ大きい意味を持つか。
殺せんせーは大きく頷いた。
「素晴らしい。つまり律さん、あなたは……」
「はい。私の意志で生みの親に逆らいました」
彼女はとてもいい笑顔でそう告げた。
望んでいたのはこれだった。
こんなにも人間らしい彼女が、自分の意志で動くこと。
従うのではなく、目的をもってやりたいことをやる。
それでこそ、今のE組にはふさわしい。
律は俺にウインクした。
「ふふ、驚きましたか?」
「このお茶目さんめ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
彼女は笑って、そう返してきた。
「大丈夫と言いましたよね。それとも、こんなことはダメだと言いますか?」
「言うわけないだろ。親に逆らうなんて、健全な成長の証だ」
俺もまた、微笑んでそう言った。