貌なし【完結】   作:ジマリス

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18 レッドライン

 堀部の触手がうねり、その先は殺せんせーを仕留めんと殺意を放っていた。

 

 見たところ、それは殺せんせーのそれと同じもののようだ。

 なぜ、なぜ彼が触手を持っているんだ?

 

 いや、そんなことわかりきっている。『どうやって』はともかく『なぜ』の答えはそれ以外ない。

 シロだ。こいつが触手を堀部に与えたのだ。

 

「なぜ……」

 

 一番に反応したのは殺せんせー。

 身体がどす黒く染まり、空間が歪んで見えるほどの威圧感。殺せんせーが極度に怒った証だ。

 

「なぜその触手を持っている!」

 

 全員が思っていたことを、誰よりも強い感情で問い詰めようとする殺せんせー。顔までも黒くなり、筋すら浮かんでいる。

 シロは答えず、代わりに堀部の攻撃が襲ってくる。

 問い詰めるのは後にして、殺せんせーは怒りを引っ込めて応戦した。

 

 教室は、殺せんせーと堀部が戦う音しか聞こえない。誰も声を発することが出来なかった。

 まさか殺せんせーの触手が切り落とされるなんて。そして、まさか堀部が触手を持っているだなんて、という驚きでいっぱいなのだ。

 

 堀部の触手は、殺せんせーのそれと能力は遜色ないように見える。

 同じように素早く、鋭い。

 驚愕しているのは殺せんせーも同じで、攻撃を弾きながらも冷や汗を浮かべていた。

 

「シロ、お前……!」

「殺せんせーを殺すなら、同じ武器を持たないとね」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

「大丈夫だよ。これはあの子も望んだことだから」

 

 シロはさらりと言ってみせる。

 こんなのおかしい。

 

 シロが触手のことについて知っているのはどうでもいい。それを扱えるってこともどうでもいい。

 

 それより許せないことが一つ。堀部自身は普通の人間だろう。だがそんな彼が触手を持っているということは、つまり人体実験を行ったということだ。

 そんなことが許されていいのか。堀部は俺たちと同じ中学生だろう。そんなの酷すぎる。

 

「さて……」

 

 シロは俺の怒りを無視して、腕を上げて手の先を殺せんせーに向ける。その腕が一瞬光った。

 すると、殺せんせーの動きがほんの少しだけ固まった。

 

「この圧力光線は、触手生物の動きを一瞬封じる。ほんの一瞬だが、致命的だろう」

 

 そう言いながら、小さい懐中電灯のようなものを袖から覗かせる。

 

 音速レベルの戦いでは、いや人対人の戦闘でさえ、0.1秒の隙は負けを生む。

 またしても、殺せんせーの手が一本削ぎ落された。

 

 このままいけば、殺せんせーが本当に死んでしまうかもしれない。それ自体は、地球が救われることになっていい。

 だが……納得はできない。急に現れた奴が全てを終わらせて、はい完了というのは、E組の誰もが頷くことのできない終わり方だ。

 

 堀部は天井ぎりぎりまで跳躍した。合わせてシロが再び光線を放つ。反応を狂わされた殺せんせーめがけて、音速を超えた触手が襲い掛かる。

 彼らの攻撃は床をも壊す勢いで、殺せんせーの身体を貫いた……ように見えた。

 

 だが、殺せんせーはすんでのところでかわしていた。やられたように見えたのは残像だった。

 代わりに堀部の触手の先がどろりと溶ける。

 よく見ると、堀部が砕いた床には、対殺せんせー用ナイフが置いてあった。

 

 少し見えたが、殺せんせーは渚の持っているナイフをスり、堀部の攻撃先へ仕掛けたのだ。

 触手が同じなら、弱点も同じ。

 殺せんせーは影響を受けないようにナイフを布に包んでいたが、もろに触ってしまった堀部の触手は泥のようになってしまった、というわけだ。

 

 その様子に驚いた堀部の動きが止まる。

 圧力光線なんかよりももっと強力な動きの止め方。それは感情を揺らすこと。

 ごり押すだけだった堀部に、手品のような策を見せることで完全に静止させた。

 

 殺せんせーは透明な何かで彼を包むと、その小さな体を投げ出した。ガラスの割れる音が響き、堀部は簡単に窓の外へと転がされた。

 

「皮で包みましたから、怪我はないはずですよ」

 

 その通り、堀部には傷一つついていない。

 『脱皮』は月に一度しか使えない大技だが、脱ぎ捨てた皮は、目の前で手りゅう弾が爆発しても無傷で済むくらいの防御力を誇る。

 こうやって包まれれば、バリアを張られたように、外部からの攻撃から身を守れる。

 

 だが安堵したのもつかの間、殺気が俺たちへ向く。 

 強者への執着があった堀部が、負けてしまったことで怒気を放っていた。気を遣われたことにも腹を立てているのだろう。

 触手はその色を黒く変え、ひゅんひゅんと音を立てて揺らめく。今にもこちらに向かってきそうな勢いだ。

 

 ルール上ではすでに決着はついている。だが、認めたくない堀部の形相はますます歪んでいく。

 なりふり構わず触手を振るわれたらまずい。音速を超えた鞭の先端は、刃物よりも鋭くなる。

 

 ピシュ。

 

 小さな穴から空気が抜ける音がして、堀部が倒れる。

 いつの間にか外へ出ていたシロが、圧力光線を仕込んでいた袖から細い銃口を見せていた。

 そこから放たれた針が堀部の首に刺さっている。なにかしらの強力な薬で眠らされたようだ。

 

「まだ調整が足りなかったようだね。すまないが、また休校させてもらうよ」

「待ちなさい!」

 

 堀部を抱え上げるシロに、殺せんせーが待ったをかけた。

 

「担任として、その生徒は放っておけません。一度E組に入ったからには、卒業するまで面倒を見ます」

 

 殺せんせーの頭にはまだ怒りの色が表れている。

 先ほどから見えている彼の表情に、俺は何か言いようのない奇妙さを感じた。

 自身の武器でもある触手を利用されていることや、堀部にそれが埋め込まれていることとは違うところに憤っているように見えた。

 まるで、触手自体に嫌悪を抱いているような……

 

「それにシロさん。あなたにも聞きたいことが山ほどある」

「いやだね。帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」

 

 あえて挑発してみせたシロを止めようと、殺せんせーが肩に触れる。

 その指の先が、あっという間に溶けた。

 

「対先生繊維。君は私に触手一本触れられない」

 

 肩に乗っかってしまった一部を払いながら、シロは声色に憎しみと余裕を混ぜた。

 

「心配せずともまた復学させるよ、殺せんせー。三月まで時間はないからね」

 

 それだけ言って、シロは雨の中へ消えていった。

 

 触手を知るだけでなく、その弱点も知り尽くしている男。

 残された俺たちは、今の衝撃にしばらく動けずにいた。

 

「どういうことだ」

 

 沈黙が続く中で、声を上げたのは俺だ。

 

「烏間先生。あれを知ってたんですか。あの、堀部イトナのことを?」

 

 詰め寄るが、彼はまだ驚愕と疑念から抜けきっていなかった。

 

「いや、知らされてなかった」

「人体実験させられてるんだぞ。たとえ自分から望んでたとしても、中学生が身体を弄られてるってことを、あんたは……!」

「……すまない」

 

 烏間先生は強く拳を握って、頭を下げた。だが、俺は納得できずに教室を飛び出した。

 

 雨が降っているが、傘もささず、上履きのまま外へ出る。

 収まらない感情のまま、拳を校舎の壁に叩きつけた。

 

「悪いのは烏間先生ではありませんよ」

 

 気づけば、いつの間にか殺せんせーが隣にいた。

 濡れるままに任せていた俺を、大きな傘に入れる。

 

「……ええ、わかってます。問い詰める相手を間違いました。後で謝らなきゃ」

 

 知っていたならお上に糾弾していただろう。殺し屋としてこのクラスに入れるのではなく、普通の人間に戻すようにしていたはずだ。

 だからこそ彼より上の人間やシロは、堀部のことについて詳しく教えなかったのだ。

 人間を、倫理に背いた研究の対象とし、兵器に仕立て上げたのだから。

 

 少しずつ頭が回ってきた。おかげで、今まで謎だった部分が埋められたのに気が付いた。

 

「ようやく、あなたの正体が少しずつ見えてきましたよ。殺せんせー。自然に生まれた生物だとは思っていませんでしたが……改造された人間ってところでしょうか?」

 

 殺せんせーはじっと俺を見た。

 

「堀部があなたのことを兄と呼んだのも、彼自身があの触手を使う研究の被験者だから。兄弟ってのは、やっぱり表現の一つってわけですね」

 

 言葉を続けても同じ反応。

 それが肯定となっていることを理解して、俺はうなだれた。

 

「俺が思っていた中で、最悪の展開だ」

 

 人を弄る研究があり、それを駆使する者がいて、しかも俺と同じ歳の男子が利用されている。

 そのことに、腸が煮えくり返って仕方がない。

 

 悪いのはシロで、他の誰でもない。この怒りを向けるべきはシロなのだ。

 どうにかして、奴を問いたださなければ……

 

 

 ビルの屋上から、また別のビルの屋上へ。飛ぶように渡っていく。

 

 土砂降りの雨は止むことはなく、夜には容赦なく傘を叩くほどにひどくなっていた。

 だからといって、今日はやめだとは言えない。むしろこんな夜だからこそ、紛れて悪事を働く者もいる。

 それになにより、堀部イトナが気になった。

 殺せんせーと同じ触手を持つ何者か。もともと、あれと律の二人で殺せんせーを追い詰めるはずだったと聞いている。

 もしE組の生徒が犠牲になることで暗殺が成功するなら、律はその作戦を立て、堀部に実行させていただろうか。

 今はそんなことは考えもしないと信じているが……

 

 とにかく、あのシロという奴が危険だと言うことは分かった。堀部が利用されているだけということも。

 一刻も早く、あの二人を引きはがさなければならない。

 見つからないとはわかっているが、痕跡でも見つけられれば万々歳だ。

 

「律。どうだ?」

「だめです。様々な監視カメラの映像を見ましたが、見つかりません」

 

 スマホにインストールしたモバイル律から返ってきたのは、予想通りの答え。俺は特に落胆もせず、律に礼を言う。

 やはり、また現れてくるのを待つしかないか。

 

 こんな雨の中でも街には人は多いが、建物の上から見下ろしても、今日は特に変わった様子はない。

 

 今日はここで打ち止めか。

 そう思った俺の視界に、気になるものが映った。

 

 レインスーツを被っている誰かが、路地裏に入っていく。なぜかそれが目を引いた。

 なんだか異様な雰囲気を感じる。気のせいだと言われればそこまでだが、なぜか無視できない。

 レインスーツに走っている赤いラインが目立っていたからか?

 気になって、そいつを追いかけてみる。二、三、建物を渡って、上から覗いてみて驚いた。

 

 その路地裏にたむろしていたであろう男三人を、レインスーツの何者かがボコボコにしていたからだ。

 男たちは数も体格も有利、反撃だってしている。だが、レインスーツはそれを意にも介さず、重い一撃を加える。

 肘打ち一発で、男の一人の鼻が折れたのが分かった。

 続けて、何度も容赦なくパンチが繰り出される。三人はあっという間に血まみれになって沈む。

 

 あれは一体何者だ?

 目深に被ったフードのせいで口元しか見えないが、にやりと笑ったことだけはわかる。

 疑問を持ちながら眺めていると、レインスーツは立ち去るわけでもなく、ゆっくりと上を見上げた。つまり、俺を見た。

 そしてあろうことか、手招きをした。

 

 嫌な予感を感じながらも、俺は従う。

 窓や壁の出っ張りに手を引っかけながら降りていく。倒れた男たちを跨いで、俺はそいつの前に立った。

 

「お前、誰だ?」

 

 問うても、そいつは笑顔のまま答えない。

 背中に悪寒が走る。

 

 いきなり距離を詰めてきた。

 予備動作を観察していたおかげで、打ち込まれてくる膝を防げた。

 武道をやっているような動きではないが、強く伸びてくる拳を避け、弾く。

 いきなりのことに防戦一方となってしまう。まともに受け止めれば痺れてしまうくらいの一撃を顔に受け、一瞬世界が歪んだ。

 ふらっとなってしまった身体に、上段蹴りが二発。俺はばしゃりと音を立てて、地面に転がってしまった。

 掴んでこようとする腕が見えて、ぱっと飛び上がりながら後ずさる。

 

 ふう、と心を落ち着かせる。正面からまともに防御するのはまずいな。

 水しぶきをあげて振るってくる腕を、上半身を逸らすことで空振りさせ、足を払ってくるのを後ろ宙がえりでかわす。

 

 強い。動きは素早く、そしてなにより一撃一撃が容赦ない。

 なら、こちらも攻撃に転じる。

 

 できるだけ短期決戦にするため、顔面を狙って拳を繰り出す。

 二度、三度ぶちこんだところで、ようやく相手も防御に回り、腕を顔の前で構える。

 相手のガードを無理やり引きはがし、さらに叩きつけてやると、レインスーツはよろめいて後ろに下がる。

 膝をつき、肩で息をする相手にうかつに近づきはしない。次の行動を見据える。

 

 レインスーツは立ち上がり……その口角が上がった。まだ笑っているのだ。

 

 逃がしはしない。俺は距離を詰める。

 それに合わせて、相手はパンチしてくる。

 先ほどよりも断然素早いそれを、首をひねってかわす。続けて来たフックはもっと速かった。防御できずに、脇腹に叩き込まれる。

 みしり、骨が鳴った気がする。

 強烈な一撃に目眩がしながらも、俺は踏ん張ってアッパーを食らわせた。

 見事に決まり、相手はよろめきながら一歩、二歩と下がる。

 

「お前は誰だ」

 

 敵は攻撃の衝撃からまだ戻っていないようだが、俺はもう一度問うた。

 今のでお互いの実力はわかったはずだ。ほんの少しだけ、俺のほうが上。

 だが、そいつはぶるぶると首を振って……また笑ったように見えた。

 俺の言葉に何の反応も示すことなく、遠慮なく距離を詰めてくる。

 

 懲りないそいつの膝を、横から蹴って跪かせる。

 さらに身体を縦に回転させ、相手の頭をかち割るように、かかとを振り下ろした。

 これ以上ないヒットの感触がして、俺は再び足を地面につけるなり敵を見る。

 脳が揺れたか、なんとか立ち上がろうとするも、力が入らないようだ。

 

「もう一度訊く。お前は誰だ」

 

 そいつは答えようとはしない。なら暴いてやる。

 混濁している意識が戻る前に、フードに手をかけようとする。

 その瞬間、パトカーのサイレンが聞こえた。

 何か事件があったのだろうか。あっという間に俺たちのいるところを過ぎ去っていく。

 どうやら、俺たちが通報されたわけじゃないみたいだ。

 

 ほっとして振り向く。すると、もうそこには誰もいなかった。

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