貌なし【完結】   作:ジマリス

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22 魔の才能

 授業は一日一時間程度。それ以外は訓練。しかもそれは、恐怖と暴力によって支配された時間。

 新しく現れた鷹岡明のやり方に、俺は納得できない。

 

 こいつは俺たちを利用しようとしている。

 地球を救うためなんかじゃなく、ただ烏間先生より上だと証明するためだ。

 

 自分が育て上げた生徒が殺せんせーを殺せば、その教官として彼もまつり上げられる。

 そうやって優越感に浸りたいだけなのだ。

 そのために、俺たちに無茶を要求している。ついていけない奴は切り捨てていくことだろう。

 

 冗談じゃない。

 こんなのを通してしまえば、殺せんせーの言う『第二の刃』も磨けなくなる。

 切り捨てられた奴は捨てられたまま。達成した奴だって、その後何の武器も持たないまま終わってしまう。

 そんなことを、俺は認める気にはならなかった。

 

 反抗的な態度をとった俺に対して、鷹岡は表情を崩さない。

 中学生一人程度、どうとでもなると思っているのだろう。

 

 この異常な状況に、心配しながら見ていた烏間先生が駆け寄ってくる。

 

「やめろ鷹岡。生徒に危害は加えるな」

「危害だなんて大げさだな、烏間。これは躾だよ。父親の言うことを聞かない子には、おしおきが必要だろ?」

「いいえ、度の過ぎた体罰は見過ごせませんよ」

 

 殺せんせーも加勢する。その顔は冷静だが、表面の色がすこし黒ずんでいた。抑えきれない怒りが出てきているのだ。

 

「フン、文句があるのか、モンスター? 地球を救うミッションをこなそうとしてるんだ。少しくらいは厳しくなるのは当然だろ? それとも、教育方針が少し違うだけで、俺に危害を加えるつもりか?」

 

 皮肉を交えながら、鷹岡は笑う。

 

「体罰のうえにこの時間割、続けるようなら俺はあんたについていけない」

「ほう、さっきの話は聞いてたよな? やれるやれないじゃなくて、やるんだ」

 

 俺と烏間先生と殺せんせー、この三人に否定されても、鷹岡はまったく動じていない。

 体育は政府側の管轄で、その担当は現在彼だからだ。権力というか権限というか、この場ではそれを存分に行使できる立場にある。

 だからこれだけのことをしてみせるのだろう。

 

「待て、それ以上やるなら、いくらなんでも見過ごせない」

「……これは教育だ、烏間。地球を救うためのな」

 

 鷹岡は烏間先生を睨んだ……が、その口角が上がったのを、俺は見逃さなかった。

 

「だが、そこまで言うなら俺とお前のどちらが正しいか決める必要があるな。生徒たちも俺を信用してないみたいだし。そこでこうしよう。こいつで決めるんだ」

 

 そう言って彼が懐から取り出したのは、びよんとしなる対殺せんせー用ナイフ。

 

「お前が選んだ生徒と俺が闘い、一度でもナイフを当てられたら、お前の教育は俺より優れていたのだと認めよう。その時はお前に訓練を全部任せて出てってやる」

 

 みんなの顔がぱあっと明るくなる。

 ただ当てるだけ。それなら、磯貝や前原に任せればいける。だが……

 

「ただし、もちろん俺が勝てば口出しは一切させないし……使うナイフはこれじゃない」

 

 鷹岡は脇に置いていた鞄からあるものを取り出し、その先を地面に突き刺した。

 銀色にぎらつく刃。本物のナイフだ。

 それを見て、歓喜を浮かべていたみんなの顔が引きつる。

 

 こんなの無茶だ。

 実際にナイフを持った時、その重さに人は竦んでしまう。物理的な重さでなく、命の重さに。

 当てることが目的なのに、もし当てて大きなけがを負わせてしまったら……もし殺してしまったらと考えると、十分な能力が発揮できなくなる。

 そして鷹岡は怖気づく生徒を一方的に殴りつけ、さらなる恐怖を刻み込んでくるつもりだ。

 

 烏間先生は地面に刺さったナイフを引き抜き、少しの間逡巡した。

 もしこの戦いを引き受ければ、生徒の誰かが血を出すことになるだろう。

 

 俺は覚悟が出来ていた。

 

 力量に差があるのは、俺がよくわかっていた。

 鍛え上げられた肉体と、積まれた戦闘経験。どちらも敵わない。正面からいっても返り討ちにされるだろう。不意打ちで一発入れた程度じゃ勝てない。

 だがどれだけ血を出そうとも、骨が折られようとも……鷹岡をぶちのめすつもりだ。

 

「君に任せたい」

 

 しかし彼が選んだのは、なんと渚だった。

 彼は数舜、逡巡してそれを受け取る。

 

 男子の中で一番小さく、体格も並以下。

 烏間先生がそんな生徒を選んだことで、鷹岡は余裕の笑みを浮かべる。

 

「赤羽くんがいたなら、彼に渡していただろうな」

 

 俺の隣に立ち、烏間先生はそう言う。

 一番勝率があるのはカルマに違いないが、彼はサボりでここにいない。

 

「ですが、今は確かに渚しかいない」

 

 正直なところ、気が気でない。

 もし見立てが間違っていたら、渚はひどく痛めつけられることだろう。

 中学生と軍人という力量を考えれば、そうなる可能性の方が高い。

 最悪の事態になったら、たとえ勝負とはいえ割って入るつもりだ。それは烏間先生も同じ。全身に力が入り、いつでも動けるように構えている。

 

 二人が対峙する。

 鷹岡は油断していて、渚からは緊張が伝わってくる。

 この後、ただ向かっていくだけなら、渚は本物のナイフを上手く扱えず、鷹岡は攻撃をかわして蹂躙を始めるだろう。

 

 ただしそれは、渚が普通の人間で、この後の展開が普通に進めば、の話。

 

 ふ、と気配が消えた。

 

 そこにいて、見えるのに、緊張も脅威も感じない。渚は普通に歩いて鷹岡に近づく。

 鷹岡は拳を構えたまま、その様子を見ていた。見ていたがそれだけだ。迎撃するでもなく、下がるでもなく、ただ見ているだけしかできなかった。

 だって危険を感じないから。自身を防衛する必要はないから……渚はそう思わせた。

 

 渚はナイフを相手の顔に突き出した。すんでのところで鷹岡は気づき、上半身を逸らす。だが、あまりにも急な不意打ちに、彼の姿勢は崩れた。

 その隙を渚は逃さない。服を引っ張りつつ背中に回り、手で目を隠し、鷹岡を倒すと同時にナイフの逆刃を首に当てる。

 熟練の殺し屋がそうするように、渚がいつもやっていることかのように、自然すぎる体運び。

 大きな鷹岡の身体が、恐怖で震えていた。

 

 渚が動きはじめてから、一秒と少し程度。

 

 何が起こったのか、理解している者は少数だ。

 ほとんどは呆気に取られてはてなを浮かべている。

 

「あ、あれ……? ひょっとして、峰うちじゃダメなんでしたっけ?」

 

 きょとんとしている周りの雰囲気に、渚は首を傾げた。

 そうやって軍人を手玉に取ったいまでさえ、彼のことを脅威だと思えない。

 

 それはともかく……決着がついたことは明らかだ。

 

「そこまで!」

「やったぁ!」

「よくやった、渚ぁ!」

 

 烏間先生の声で、みんなが堰を切ったように喜びだし、渚に駆け寄る。

 

「勝負ありですよね、烏間先生」

「ああ。ルールに則って、渚くんは鷹岡にナイフを当てた。文句なしに勝ちだ」

 

 渚をもみくちゃにするみんなを、先生たちは微笑ましく見守る。

 しかし俺はその場から動けずにいた。

 

「……」

 

 注意を引かずに相手に近寄り、姿勢を崩した敵を見逃さず、反撃の隙も与えずに終わらせる。

 渚のポテンシャルを低く見ているつもりはなかったが、ああも見事な動きを見せられると不安になる。

 なにせ、それはいま彼が見せたように、暗殺で活きる能力だからだ。

 

 懐に忍び込み、弱点を突く……なんて、普通に学校生活を送っていくなかでは不要。

 たしかにこの教室では輝くが、しかし将来において役立つのか、役立たせていいのか?

 そんなことを烏間先生も思っているのだろう。ほんの少しだけ顔に緊張が走っていた。

 

「もう一度だ! 今のまぐれを認めてたまるか! 俺がお前みたいなひょろひょろの中学生に負けるわけねえんだ!」

 

 いつの間にか、鷹岡は鼻息を荒くさせて立ち上がり、憎悪の目を向けてきていた。

 本性をあらわにした鷹岡がずんずんと向かってくる。

 俺は渚の前に出て、構えをとった。

 

「負けたんだよ、あんたは」

 

 化けの皮がはがれたこいつに気を遣う必要はない。俺はばっさり言い切った。

 

「ここにいる渚に、烏間先生の教えを受けた渚に、完膚なきまでに負けたんだ。これで、教師としてどちらが優れてるかわかったな」

「こ、このガキどもが……!」

 

 鷹岡が手を伸ばしてくる。でかい腕が、俺を薙ぎ払おうとしていた。

 怒りのあまり、単調すぎる攻撃。俺はそれを弾く。そして顔面に一発食らわせようとして……それよりも速く何者かの肘が打ち込まれた。気づけば、鷹岡は鼻血を流して仰向けに倒れていた。

 烏間先生の肘打ちが、一撃で彼を伸してしまったのだ。

 

「大丈夫か、二人とも」

「烏間先生……」

 

 今の華麗な動きと、俺たちを守ってくれたことに感動を覚える。

 

「ええ。ありがとうございます」

「俺の身内が迷惑をかけてすまなかった。後のことは気にするな。上と交渉して、俺一人で君たちの教官を務められるようにする」

「いいえ、交渉の必要はありません」

 

 声に振り向けば、張り付けた笑顔の理事長が目の前まで来ていた。

 

「理事長!?」

 

 驚く俺たちをよそに、彼は顔をおさえる鷹岡に近寄る。

 

「経営者として様子を見に来てみました。新任の先生の手腕に興味があったのでね。ですが……教育に恐怖を組み込むのは必要ですが、暴力でのみでしか恐怖を与えられず、しかも負けてしまえばとたんに意味をなさなくなる」

 

 心底興味の失った表情で、震える鷹岡の口に、手に持っていた紙をくしゃりと突っ込んだ。

 

「解雇通知です。以後、あなたはここで教えることはできない」

 

 言うだけ言って、理事長は去っていった。

 E組に対してなにかしらの嫌がらせの一つや二つしてくると思ったが……どうやら杞憂に終わったみたいだ。

 そんなことより……

 

「解雇通知……ってことは……烏間先生残留ってことだよね?」

 

 と倉橋がおそるおそる訊く。

 烏間先生はふっと小さく笑った。

 

「そういうことになるな」

「やったー!」

 

 みんな、野球部に勝った時と同じくらい喜ぶ。

 俺としても、彼が再び体育教師に戻るのは嬉しいことだ。

 俺について深く詮索しないことを差し引いても、さっきみたいなとっさの行動には感心する。

 彼の目に見える範囲であれば、E組に害が与えられることは少なくなるだろう。

 

 たぶん、きっと、烏間先生がいれば普通に近い学校生活が送れる。この暗殺教室で。

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