貌なし【完結】   作:ジマリス

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24 亀裂

 なんとなく、嫌な空気が漂っているのには気づいていた。

 よどんだ空気の発生元は寺坂。

 暗殺や勉強含め、この教室で一番やる気のない人物だ。

 

 同じ寺坂組でも、放課後の講習を受けている村松や、バイク趣味の合う吉田は少しずつ殺せんせーと距離を近づけていっている。

 だが彼だけは変わらない。

 百億円を手に入れられたらいいなと考えながら、本気で殺ろうとせず。この教室に嫌気がさしながら抜け出す努力もせず、を続けている。

 

 変わってしまったこのクラスが面白くないのだろう。

 小学生のころには喧嘩も強く、そこそこ頭の良かった彼だが、この学校の教育スピードにはついていけず、暴力では学力の低下は避けられない。

 E組になって、同じ落ちこぼれの集団にいれると思ったのに、殺せんせーが来てからはみんな努力するようになってA組をも抜かそうとしている。

 そうやって頑張ろうとする周りの環境が、彼にはとても居心地悪く感じるのだ。

 

 

「メチャメチャじゃねーか」

 

 唖然とした口調で、前原が言った。

 

 プールができた翌日、岡島が慌てて教室に入ってきて俺たちを呼んできた。急いで行くと、プールは酷く荒らされていた。

 チェアもスタート台も、殺せんせーが手作りしたものはことごとく壊され、しかもごみ袋の中をそのままぶちまけたようにプールが汚されている。

 

 犯人は目に見えている。

 にやにやと笑みを浮かべている寺坂を見れば、観察眼が鋭くなくても誰だってわかる。

 

「あーあー、こりゃ大変だ」

「ま、いーんじゃね。プールとかめんどいし」

 

 村松と吉田はそう言っているが、やってしまったことの重さが心に残っているようだ。

 俺たちとは視線を合わせようとせず、無理に作っている笑顔は引きつっている。

 罪悪感の表れ。

 心の中では、悪いことをしたと恥じているのだ。

 

 だが寺坂はすっきりしたような、ざまあみろというような表情。

 その目は渚に向けられた。

 

「ンだよ渚。何見てんだよ。まさか、俺らが犯人とか疑ってんのか? くだらねーぞ」

「くだらないのはどっちだ」

 

 渚の胸ぐらを掴もうとした手を、逆に掴んでやる。

 寺坂の腕をひねり上げるのは簡単だが、どうにかして抑えた。

 いつもは暴力に対して暴力で解決しているが、今回はそうはいかない。彼だって、俺の大切な仲間なのだ。

 

 かといって、怒りがないわけではない。

 

「こそこそ隠れて悪事を働いて、不満を直接言わないのはくだらなくないのか?」

 

 図星だったみたいで、動揺した気持ちを隠すために睨んでくる。俺も目を逸らす気はない。

 二人の間にピリついた空気が流れる。 

 あわや一触即発……となったとき、一本の触手が伸びてきた。

 

「やめてください。犯人探しなんて時間と手間の無駄です。しなくていい」

 

 そう言って殺せんせーが俺の手をゆっくり離させる。

 そして、あっという間に、本当にあっという間に全て直した。

 壊された椅子は前より頑丈に、浮かんでいたゴミはちゃんと分別されてゴミ袋の中へ。

 

「はい、これで元通り。いつも通り遊んでください」

 

 一秒にも満たない時間で全てを無駄にされ、寺坂は眉間にしわを寄せる。

 何を言っても負け惜しみになってしまうと感じたのか、舌打ちして踵を返していった。

 

 

 昼休み。

 殺せんせーが直してくれたプールサイドで涼みながら、俺と渚と杉野、さらにカルマは昼飯を食っていた。

 今は食べ終わって、校舎に戻る途中。

 

「寺坂の様子が変?」

 

 森の陰から抜けて日差しに照らされ、校舎が視界に入ってきたころ、杉野の言葉に渚が頷く。

 

「元々あの三人は勉強も暗殺にも積極的じゃなかったけど、特に寺坂くんは苛立ってる。村松くんと吉田くんは……そうでもないみたいだけど」

「放っときゃいいんじゃね。どうせ何かやっても、俺らでもなんとかできるだろうし」

「殺していい教室なんて、楽しまないほうがもったいないとは思うけどね~。ね、國枝」

「話振ってくるな」

 

 今は寺坂の話で、殺す殺さないの話は別だ。

 

「だって、國枝だって暗殺に積極的じゃない組じゃん。なんか聞いてないの?」

「殺す気がないあいつらと、殺さない意志を持ってる俺とじゃ立場が違う」

 

 暗殺はしなくとも、俺は殺せんせーとは(表面上は)仲良くできてるし、教えも乞うている。

 無駄に敵意をばらまいて、無駄に壁を作るやつとは違う。

 

「ま、どこまでいっても今のあいつじゃ何もできないと思うけどね」

「同感だ。だが……」

 

 俺の言葉は遮られた。

 教室に着いて扉を開けた瞬間、プシューと煙が舞ったからだ。

 

「なんだこれ!?」

「殺虫剤!?」

 

 いま到着した俺たちより、教室にいたみんなのほうがパニくっている。

 教室の中が白い煙で充満する。窓を開けていたおかげで、すぐに風が連れ去ってくれたが……何人かはげほげほと咳き込んでいた。

 床に缶が転がっていて、そこから煙が噴射したみたいだ。犯人は……

 

「寺坂くん! やんちゃするにも限度が……」

「触るんじゃねーよ、モンスター」

 

 肩に触れた殺せんせーの触手を、寺坂は弾く。

 

「気持ち悪ぃんだよ。テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしやってるテメーらも」

 

 嫌悪感丸出しの顔のまま、寺坂はずかずかと教室を出ていった。

 

「何があったんだ?」

 

 しばらく時間が経ってようやく頭が冷静になる。

 

「俺が殺せんせーとバイクの話で盛り上がっていたらいきなり……」

「あのバカ……」

 

 吉田が言ったことで確信を持てた。

 寺坂の我慢の限界が来たのだ。一緒にいた者たちも、今の明るいE組に染まってしまって……それがひどく腹立たしいのだ。

 

「寺坂追いかけるの?」

「やめとけって。放っといたらいいんだよ」

 

 カルマと杉野はそう言うが、出来ない。だって寺坂の表情に、嫉妬が混じっていたから。

 本当は、このクラスに馴染みたいんじゃないのか。だが努力するみんなを見て、その眩さに目を逸らしてしまっているだけなんじゃないのか。

 

 俺も教室を出て、すぐさま寺坂を追いかける。 

 走って逃げるようなことはせず、校舎を出てすぐのところに彼はいた。

 

「おい寺坂」

 

 声をかけると、彼の足が止まった。

 

「何かやるつもりなら、みんなに話して協力を頼むべきだ。生半可な作戦じゃ……」

「協力? やだね。誰があんな奴らとつるむかよ」

 

 舌打ちして文句を言いつつ、彼はこちらに顔を向けない。

 

「努力なんてしなくてもいいのが良かったのによ。あいつのせいで全員やる気出してるのが気に食わねえ。てめえだって最初は殺す気ねえとか言ってたくせに、今じゃお友達と作戦立ててるじゃねえか」

 

 寺坂はそのまま、止まることなく去っていった。

 

 

「寺坂来ないな……」

「あの様子だと、もう来ないんじゃない?」

 

 翌日の昼休み。カルマたちと机を囲んで弁当を食う。

 午前の授業に、寺坂はまったく姿を見せなかった。

 何かしてるのか、何もしていないのか。どちらにしても心配だ。

 昨日の夜に街をパトロールしても見つからなかった。だが家には帰っていないようだったし……

 

「ところで……どうして涙流してるんですか」

 

 俺は隣でともに食事をする殺せんせー。

 その顔からだらだらと液が流れている。

 

「鼻なので鼻水です」

「ややこしい……」

「どうも昨日から体の調子がおかしくてですねえ。夏カゼでしょうか」

「カゼひくのか?」

 

 てか鼻水かよ汚いな。どおりで粘っこいわけだ。あーあ、メロンパンに落ちて……うわあ……ちょっと近寄らないでもらえますか。

 そんな他愛のない話をしていると、急に教室の扉が開く。表れたのは、なんだかやけに冷静な寺坂だった。

 

「おお、寺坂くん! 今日はもう来ないかと心配していましたよ!」

 

 瞬時に寺坂に駆け寄り、鼻水……今度は涙もか? いやわからん。とにかく粘液をだだ漏れにする殺せんせー。

 垂れてる垂れてる。寺坂の顔にこれでもかってくらいトッピングされてる。

 

「昨日一日考えましたが、やはり本人と話すべきです。悩みがあるなら相談してください」

 

 寺坂はねっとりした粘液を殺せんせーの服で拭いて、勝利を確信したような目をした。

 

「おいタコ。そろそろ本気でぶっ殺してやんよ。放課後プールに来い。てめーらも手伝え! 俺がこいつを水の中に落としてやるよ」

 

 言うだけ言って、笑い声を発しながら、寺坂はまた姿を消した。

 昨日の今日で反省はしていないみたいだ。そんな態度は吉田と村松さえも呆れさせた。

 

「もう無理。ついていけねーよ」

「俺も」

 

 まああんだけ勝手なこと言われたら手伝う気も起きないな。

 他のみんなも口々に、今回はパスだと告げる。まあみんなが行かないなら俺も……いや、寺坂が何をするかわからない。俺だけは行って、様子を見るべきだろう。

 

「みんな行きましょうよお」

 

 怨念のような声を轟かせながら、殺せんせーはさらに粘液を流す。

 それは教室の床中に漏れだし、俺たちが逃げられないように足を固められる。

 

「うわあ、敵キャラみたいな能力だね」

 

 カルマはなんでそんなに冷静なの?

 

「せっかく寺坂くんが殺る気になったのです。みんなで一緒に暗殺して、気持ちよく仲直りしましょう」

「粘液引っ込めろ!」

「メシ時に汚いもの教室にばらまくな!」

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