貌なし【完結】   作:ジマリス

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25 自分で考えろ

「そーやって適当に散らばっとけ!」

 

 寺坂の言う通りに従って、他のみんなは訝し気に寺坂を見つつ、やる気なく立っている。殺せんせーがしつこいから来ただけなのだ。

 そしてその殺せんせーはプールの傍で彼と相対する。

 念のため、俺は水から少し離れてみんなを見守っていた。

 

「あれ、國枝」

「カルマ、また遅れてきたのか」

 

 俺と同じく、この暗殺に参加しないカルマがようやく来た。彼も一応状況を見に来たのだろう。

 

「どう、様子は?」

「今から始まる。上手くいくとは思えないけどな」

「ほんとに暗殺する気ないよね、國枝って」

「殺す意思があったとしても、寺坂の作戦でやれるとは到底思わないな。無駄なものに力を使う気はない」

「寺坂が上手くいかないってのは同意見」

 

 水が弱点だと知ったのはつい最近だが、どれだけ浴びせればいいのかはわからない。

 殺せんせーを相手に、一瞬で大量の水を浴びせる。または浸からせ続けるなんて作戦は思いつかなかった。

 ちょっとでも隙を与えれば、すぐに安全地帯に逃げ込まれるだろう。

 カルマもそうだから、水を使った暗殺については保留状態なのだ。

 

 そもそも、今の時点では戦略も戦術もまったく見られない。

 今回の主役である寺坂でさえ、誰かに操られているように意志の強さが感じられない。

 

「ふーん。じゃ、適当に泳がない?」

「いや、いいよ。ほんと、カナヅチレベルで泳げないから」

 

 そんなことはないのだが、例によって断る俺。

 もうすぐ寺坂の暗殺が始まるというのに、カルマはそちらを向きもせずに俺に近づいてきた。

 

「まあまあ、ちょっと浸かるくらいいいじゃん。苦手は克服しないとね」

「嫌だって言って……力強いなお前! 破ける破ける!」

「なんだったら完全耐圧防水スーツ貸したげるからさ」

「何のために持ってんだよ!」

 

 などとじゃれあっていると……

 

 ドガン!

 

 突然爆発音が鳴り響く。

 衝撃波が俺たちの身体を押し、地面に倒れさせる。

 鼓膜が破れそうで、腹の底から轟くような振動が遅れて襲ってくる。倒れたまま、反射的に耳に手を当て、頭がきーんと鳴るのが収まるまでそのままになった。

 自分の無事を確認し、急いで振り向くと……

 

「なんだこれ……」

 

 俺とカルマは同時に同じことを口走った。

 殺せんせーの作ったプールは影も形もなく、崩壊していた。

 それだけじゃない。容赦ない激流が上流から流れてきている。

 

 なんてこった。

 

 何がなんだかわからないが、最悪なことが起こったのだけは確かだ。

 水に、生徒たちが流されていっている。

 岩に手を伸ばして、掴めたとしても激しい流れがそれを許さない。あっさりと身体を運んでしまう。

 このままでは溺れてしまうのも時間の問題。

 

 もっと悪いのはその先だ。下へは五メートルか、もっとか。ここよりもごつごつとした岩場が待っている。

 流されるまま、受け身の取れないまま打ち付けられてしまったら、大けが、気絶。打ち所が悪ければ……死が待っている。

 

 じっとしているつもりはない。何がどうなってこうなったのかは脇に置く。細かい状況確認は後だ。

 考えるよりも先に俺の足はぱっと動き、水に飲み込まれないように流れに並走しながら、近い者の腕をぐいっと引っ張って陸に揚げる。

 不破と木村を助けたところで、その脇に何人かが打ち上げられる。

 

 顔を上げると、岩の上に立っている殺せんせーが、触手を使って生徒たちを掬っていた。俺の目にも完全に捉えきれるスピードで、だ。

 触手を鋭く動かしてしまったら、生徒たちの身体にダメージを与えることになってしまうからだ。

 音速に耐えられるほど、人間の身体は強くない。

 

 このまま任せるだけにはできない。

 殺せんせーの触手はどんどんと水を吸収して大きくなっていっている。このままでは力がなくなり、誰かを取りこぼしてしまう。

 今も、一番でかくなった触手に気を失った吉田をぶら下げている。陸まで持っていく力がないのだろう。

 激流から顔を出す岩を伝って、最短ルートで殺せんせーの近くへと向かう。

 

「殺せんせー!」

「お願いします、國枝くん!」

 

 水を吸ってしまって力が出ない彼の腕から放り出された吉田を、足を滑らせないように受け取っておぶる。そしてすぐさま氾濫の影響を受けない陸へ下ろす。

 口元に耳を当てると、まずいことが判明した。息をしていない。

 岩が当たったとかのショックか、それとも水を飲んでしまったのか? 

 どっちでもいい。なににしろ、いまここでやるべきは……

 俺は吉田の胸に右手を当て、左手を重ねる。心臓マッサージだ。

 

「頼む……頼む!」

 

 懇願しながら、圧迫を続ける。一、二、三、四……肋骨を折るくらいの気持ちで、強く、強く。

 正常なら、つまり意識が失われていないなら痛がるところだろう。だが少しも表情が変わらない彼を見て、焦りだす。

 

「くそっ、頼むよ。頼む……吉田、吉田ァ!」

「っ! げほっ、がはっ!」

 

 祈りが通じたのか、吉田が盛大に咳き込みながら水を吐き出す。

 

「吉田、大丈夫か!?」

「あ? いったい何が……」

 

 まだ苦し気に咳をしながら、吉田はあたりを見回す。現状が理解できていないようだ。

 その気持ちはわかる。

 どうしてこうなったかは、俺にもまだわかっていないからだ。

 

 ……いや、察しがついた。

 震える寺坂が、青白い顔で眺めている。唖然と口が開いていた。

 

「ち、違う……こんなはずじゃ……俺はただ……」

 

 どうやったにせよ、寺坂がこの事態を引き起こしたに違いない。

 近づく俺を、彼は懇願するような目で見た。

 

「シロにやれって言われたんだ。あいつを殺せるからって……だけどこんなことになるなんて……」

「やれって言われたから、その通りやっただけか。どんな作戦かもわからずに」

「お、俺は悪くないよな? こんなことになったのはシロが……」

 

 そんな戯言を最後まで聞く気はない。

 俺は彼の首をひねって、なんとか助かったみんなへ目を向けさせる。

 突然の事から急に助けられて、まだ何に巻き込まれたのか実感が湧いてないのがほとんどだ。

 

「いいか、みんな死ぬところだったんだぞ。みんなだ! お前のせいで、誰かが死ぬところだった!」

 

 まだむせこんでいる吉田を見て、寺坂の震えがいっそう激しくなった。

 俺が来てなければ、彼の心臓は止まっていたかもしれない。

 

「何も考えずに何かやろうなんて、そんな無責任なことするな!」

「お、俺……どうしたら……」

「それくらい自分で考えろ!」

 

 荒げた声に、彼のびくりと身体が震える。胸ぐらを掴んで、鼻先に顔を近づけた。

 

「國枝、そんな奴に構ってる暇ないよ」

 

 カルマの言葉を受けて、寺坂を弾き飛ばす勢いで退ける。

 そうだ。寺坂に怒っている時間はない。そんなことよりも、まだ助かっていないのがいる。

 怒りを絶望を抱えながらも、周りへ目を向ける。

 

 流されそうになった生徒のほとんどは殺せんせーに打ち上げられているようで、なんとか無事に陸へ上がっている。

 カルマが一人ひとりの傷度合いを診てくれているのを見て、俺は殺せんせーのほうへ向き直った。

 いつもの三倍までに膨らんだ触手に、一人しがみついている。

 渚だ。

 

 近くの岩に飛び移ろうにも、触手は足場にするには柔らかすぎるし、不安定。

 殺せんせーが投げようにも、その力は奪われているのだろう。彼の顔は冷や汗と水しぶきで液体まみれになり、渚の顔は青くなっていく。

 

「カルマ、みんなを頼む」

 

 返事を聞かずに、俺はもう一度同じルートで殺せんせーに迫った。

 水はまだまだ流れてくる。収まるまで待つ頃には、殺せんせーも渚も下に叩きつけられているだろう。

 

「殺せんせー、渚を投げてくれ」

「ええっ!?」

 

 今の殺せんせーは、頼りにするには力が足りない。先ほど吉田を投げた時のようにうまくいかない。

 たぶん、そのことを、抱えられている渚が一番よくわかっているのだろう。

 ぶんぶんと首を横に振りながら触手に捕まる力を強める。

 

「それは……できません。今の私では、そちらまで渚くんを投げることは……」

「信じてくれ」

 

 彼が言い終わる前に、俺が言い切る。

 

「必ず受け止める。だから、やってくれ」

 

 こんな命がかかった場で、たった一人、俺なんかを信じてくれなんて難しいのはわかってる。

 だけど、どうか、今だけは……

 

「……渚くん、いいですか?」

「う、うん。怖いけど、お願い」

 

 まだ震えているものの、渚は意を決して俺を見る。

 安心しかけた心を引き締める。信じてくれたはいいが、それはまだスタートラインだ。

 絶対に彼を受け止めなければ、意味がない。

 

 殺せんせーの腕は力なく揺れ、ゆっくり、ゆっくりとその弧が大きくなる。

 

「今だ!」

「今です!」

 

 俺と殺せんせーが叫び、渚が手を離す。

 一瞬ふわりと浮いた渚の身体が、重力に従って落ちてくる。

 

「うわあ!」

 

 その時、俺の背筋が凍りついた。

 微妙に届かない。いや届くが、ふんばれるか?

 

 岩場の端っこギリギリまで足をもっていき、許せる限界まで身体を外へ。

 衝撃に備えて、全身に力を込める。

 

「わっ」

 

 なんとか、渚の身体は俺の腕に収まった。

 渚の身体は軽いが、しかし今の無理な体勢では落としてしまいそうになる。

 腰と足が悲鳴をあげるが、歯を食いしばって黙らせる。落としてたまるか、と気力で持ち上げる。

 彼の体重が軽いおかげで、ギリギリのところでバランスを保つことが出来た。

 お互い顔を見合わせ、ほっと一息つく。

 

 その瞬間、何かが俺と殺せんせーの間、激流の中へ落下した。

 どん、と空気が振動し、遅れて巻き上げられた水が俺たちにかかる。その勢いは安心していた俺たちを押し、足場に身体を横たわらせた。

 なんとか無事を確認して、殺せんせーへ目を向ける。

 

 見えたのは、落ちてきた何かが、殺せんせーを崖の底へ突き落すところだった。

 助かった……とは思わない。

 一瞬だったが、確かに見えた。以前にも見たことのある小柄な体に、二本の触手。

 

 堀部イトナ。

 リベンジに燃える暗殺者が、唐突にやってきたのだ。

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