貌なし【完結】   作:ジマリス

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26 激流

 突然の乱入者である堀部イトナが殺せんせーを見えない崖の下へ叩き落としたあとでも、俺は安心できなかった。

 流れる水は多少も勢いが収まらず、まだ落ち着こうとはしない。

 

 E組はみんな無事だろうか。振り返って数える。

 

 岩に倒れた俺に乗っている渚を除いて、二人足りない。原と村松だ。

 渚をその場に座らせて慌てて岩から岩へと飛び移り、下を見渡せる位置まで着くと、殺せんせーが見えた。

 ある程度せき止められていた上流からの水が流れ、プールが出来る前と同じ川が出来上がっている。

 少し移動すれば石だらけの地面にたどり着けるが、堀部が許してくれない。

 足を浸からせながら、殺せんせーは膨れ上がった触手でなんとか堀部の強襲をかわしている。その近くには、安全な距離を保っているシロもいた。

 

 それはともかく、まずいのは上にいない二人だ。今戦っている殺せんせーと堀部の射程のギリギリ外だ。

 村松は岩場。原は木の枝にしがみついている。

 落ちれば戦いの巻き添えになる。そうでなくても、地面に激突。どちらにしてもいい結果にはならない。

 

 不意をつかれて全身に水を受けてしまった殺せんせーは、どんどん膨らんでいる。

 足元の水の勢いは大したことないものの、膝下まで浸かるくらい。そこにいればいるほど、殺せんせーは弱くなっていく。

 堀部の触手を弾くのに苦労しているようだし、その堀部も強化されているみたいだ。

 前よりも触手の本数が減っている。そのぶんのエネルギーを、残したものに振り分けているのか。

 このままいったら、殺せんせーは殺される。それはいい。だが、E組を危険にさらしたシロの思う通りになるのは癪だ。

 

 みんなが死ぬところだったのを見て、俺の理性は外れかかっていた。

 視界が赤く染まって、今にも本能が暴れだしそうだ。

 

 気づけば、俺は下流に降りて堀部の頭を掴んでいた。

 殺せんせーに執着するがあまり、他が疎かになった彼の後ろを取るのはそう難しくなく、そこからさらにバランスを崩させて身体を沈める。

 何が起こったのか理解できていないようだ。触手ではなく、自らの手で俺の腕を掴んでくる。

 改造の結果は身体にも影響を及ぼしているらしく、おおよそその細腕からは想像もつかない腕力が、俺の腕を襲う。

 

 一瞬後、ようやく状況を理解した堀部が触手を跳ねさせた。

 空気を叩く音が聞こえて、俺の身体が飛ばされる。落下先の水が衝撃を吸収して、ある程度ダメージを減らしてくれた。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 嗚咽を漏らしながら立ち上がる俺と堀部。

 彼の触手は殺せんせーと同じようにその太さを増していた。

 やっぱり、弱点は同じ。

 

 感情が冷えてきた。

 冷たい水で全身を濡らされたのと、堀部の弱体化を見て、冷静さを取り戻しつつあった。また、冷静にならなければいけない状況になっていた。

 なんでかって、堀部のターゲットがこちらに向いたからだ。

 

 ただの人間にしてやられたのが不満か、殺せんせーに向けるような殺意を俺に刺してくる。

 深く呼吸をして、集中する。

 

 よく見ると、堀部の触手からは水とは違うドロリとした液体が垂れている。

 あれは……粘液か? あれで水の吸収を防いでいるのか。上流からの飛沫程度じゃ、弾かれてしまうということか。

 最初に登校してきたときも、雨の中濡れずにいられたのはこれのおかげってわけだ。

 しかし、防げるのにも限度があるだろう。さっきのように水に浸かるレベルまでいけば触手が吸い込んでしまい、大幅に力を失う。

 

 なら、もう一回だ。

 ひゅん、と音を立てて触手が迫りくる。さっきよりもにぶいそれを、少し横に逸れてかわした。

 伸びきった触手を掴んで、逃さないように脇で挟む。そうしてがっしり掴んだ触手に体重をかけた。

 本数を減らしてパワーとスピードが上がったといっても、人ひとりの体重を急に持ち上げられるほどではない。

 

 またしても、彼の武器は水に落ちた。すると狙い通り、触手がみるみる太くなっていった。

 この場は殺せんせーには致命的な場所だが、同時に同じ触手をもつ堀部にとっても不利な場所なのだ。

 

 喜んだのもつかの間。

 もう一本の触手が飛んできた。身体が吹き飛ばされ、水面に叩きつけられる。

 

 なんとか受け身を取れたため、激突の痛みはそんなでもないが……ズキリと腹が痛む。

 制服が裂かれ、一本の切り筋が作られていた。その線は筋肉まで達していて、腹筋を綺麗に横切っていた。

 透明な清流に赤い血が混ざって流れていく。

 少しずつ、しかしとめどなく落ちていく血。もう少し深く切られていれば、内臓が出ていたかもしれない。

 

 痛みでできた隙。そこに触手の一閃が迫ってきた。

 身体に力を入れるが遅く、しなる鞭のようなそれが叩きつけられようとしていた。

 

「~~っクソ痛え!」

 

 堀部の攻撃は俺に届かず、代わりに受けたのは寺坂だった。

 自分のシャツを盾にして、ショックに身体を震わせながらも、受け止めて立っていた。

 

「寺坂……」

「自分で考えた! これでいいのか!?」

「本当に自分で決めた結果か?」

「俺ぁ頭悪いからよ、従う奴を決めたんだよ」

 

 寺坂は上を見た。俺もつられてそちらを見ると、カルマがしたり顔で見下ろしている。

 そうか、なるほど。

 先まで読む司令塔と無茶ぶりを遂行する実行部隊。味方になればこれほど頼もしいものはない。

 だが寺坂が掴んでいるのは一本だけ。もう一本が、今度は上から振り下ろされ……

 

 くちゅんっ。

 

 ずいぶんと可愛らしい音が堀部から漏れた。鼻水が垂れ、涙を流し、粘液も不必要に分泌されている。

 触手は持ち主のその反応によって攻撃を阻害され、二本とも引っ込められた。

 

「どうなってる?」

「寺坂、昨日と同じシャツ着てきてるんだよ。ってことは、殺せんせーの粘液だだ洩れにしたあれを、至近距離でたっぷり浴びてるってわけ」

 

 カルマが説明した。

 

 ああ、そういうことか。

 シロの計画した暗殺は、昨日からすでに始まっていたのだ。

 水を吸わせるために、昨日寺坂に特殊な煙を撒かせ、邪魔な粘液を枯渇させた。

 朝から殺せんせーの調子が悪く、水を吸収しっぱなしだったのは、そういうわけか。

 

 流石頭の回転が早い。こんな作戦を即座に立てられるとは恐れ入った。

 

 堀部はぐっと膝を曲げた。

 不利と見て、飛び上がって逃げる気か。そうはいかない。せっかくカルマと寺坂が作り出した隙だ。このチャンスをみすみす逃がすわけにはいかない。

 完全に重荷と化している触手を掴み、逃げられないようにする。

 気づいた時にはもう遅い。俺は堀部の目の前までたどり着いていた。

 

 俺は堀部の顎を狙って拳を振りぬく。

 小さい身体は数センチ浮いて、ばしゃりと水の中へ落ちた。

 

 粘液を失い、触手はぐんぐんと水を吸う。

 ぱっと立ち上がった時にはもう手遅れ。ぶよぶよの武器は役に立たない。ただの重りだ。

 

 さらに追撃が襲い掛かる。

 

 バシャン、バシャン。

 カルマを除いたE組の全員が、村松も含めて上から飛び降りて水を散らす。

 舞い上がった飛沫はさらに堀部を濡らし、攻撃力を奪った。

 

「お前の負けだ」

 

 この間に、殺せんせーは原を抱きかかえ、地面に下ろしていた。

 人質もなし。同じ能力を持つ殺せんせーに、二十数人の兵士、そして司令塔。

 これだけの戦力を相手に、弱った身体じゃ太刀打ちできないはずだ。

 

 興味深そうな視線を向けてくるシロを睨む。

 彼はいつの間にか足場の上にいて、俺たちから届かない場所へ避難していた。

 

 堀部は殺せんせーに勝とうとしただけで、寺坂は利用されただけ。

 みんなを危険にさらそうとしたのは、こいつだけだ。

 

「降りてこい、シロ」

「そう言われてのこのこと出ていくと思っているのかな?」

 

 くすくすと耳障りな笑い声を上げて、彼はパチンと指を鳴らした。

 

「帰るよ、イトナ」

 

 さすがに絶望的な戦局だとわかっている堀部は、シロの言葉に従って飛び上がり、彼の横に着地した。

 

「待て!」

 

 逃がすものかと追おうとしたが、ずきりと腹が痛む。触手によって裂かれたところから、まだ血が流れていた。

 あっという間に姿をくらました二人を追えるはずもなく、俺は傷を押さえて見送るしかできなかった。

 

「くそ……」

 

 堀部があのゲス野郎に使われているのを、また止められなかった。

 俯く俺は陸地に上がり、そのままへたり込む。

 敵を追い返せて無事に喜ぶみんなとは違って、俺は無力感に襲われた。

 

 そんな俺の傍まで来た寺坂は。がばっと頭を下げた。

 

「悪かったよ。本当にすまん。気のすむまで殴ってくれていい」

 

 彼にしては珍しく、素直な謝罪。本当に反省している証拠だ。

 

「いいよ。助けられたし、みんなが無事ならそれでいい」

 

 俺は挙げかけた腕を下げ、謝罪を受け入れる。

 殴りたいわけじゃない。ちゃんと考えてほしいのだ。自分がしたことと、これから自分がすることを。

 それが出来ているなら、俺が言うことはもう何もない。

 

「って、お前大丈夫か!?」

「ああ、だいじょう……っ」

 

 強がりは痛覚によって遮られた。

 現実は漫画のようにはいかない。

 何度も攻撃を受け、水面に叩きつけられ、腹に軽い線を入れられたこの身体は、フィクションなら大した怪我じゃないのだろう。

 だが、歩こうとすれば痛みが走って、普段どおりに動けそうにない。それどころか、無理に動こうとした反動で足から力が抜けてしまう。

 

 寺坂はそんな俺の肩を持って引き上げてくれた。

 

「制服も直さなきゃだし……もう滅茶苦茶だな。だけど、みんなが無事でよかった」

 

 俺は微笑んだ。すると、寺坂も同じように笑ってみせた。

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