学校へ向かう道すがら、俺は緊張を静めていた。
今日はついに決戦の日。期末テスト一日目だ。
期末テストは本校舎で行われる。そうなればもちろん、道中には他クラスの生徒もちらほら見えてくる。
じろじろと見られて心地のいいものではないが、
「あ、國枝くん。おはよう」
「おはよう、不破。調子は?」
「バッチリ!」
指で丸を作って、不破は笑顔で応える。
「俺は……まあまあだな」
「とか言って、色々な人から教えてもらってたって聞いたよ。ちゃんと仕上がってるんでしょ?」
「さあな」
皮肉めいた笑みで返して、俺たちは本校舎の中に入る。
流石にこの日は他クラスの奴らもちょっかい出してくる暇はなく、来たとしてもほんのちょっと嫌みを言ってくる程度だ。
「よ、國枝、不破ちゃん」
「中村、おはよう」
テスト会場の教室まで近づいてきたところで、中村が声をかけてきた。
「本校舎の教室って久しぶり。こっちに来るってなったら、図書室とか体育館とかしか使わないしね」
「そうだな。中間テストは本校舎の先生がわざわざE組に来たからな」
「あー、緊張する……ちゃんと力出せるかな」
「大丈夫だろ。E組のほうが暑いし、こっちはクーラー効いてるぶん集中できる」
余裕そうな中村に対して、不破は少し憂鬱そうな表情を浮かべた。
「いやでもでも、場所が変わると出来ないことあるでしょ?」
「まーねー。ここじゃ変な視線が嫌でも刺さってくるし」
「視線なんざ気にしてどうする。俺たちが気にすべきはテストだけだろ。今日と明日、それだけやってまたE」
「ひゅーひゅー、かっこいいねえ」
「茶化すな、まったく……英語はお前にかかってるんだぞ。相当難しくしてるって噂だ」
「だろーね。ま、やるだけやってみるよ」
飄々としているが、彼女の英語力は本物だ。E組の中でも一、二を争うほどの頭の良さはA組にも負けない。
殺せんせーに結構アドバイス貰ってたみたいだし、ビッチ先生の特別授業にも積極的に参加していた。気負いすぎてもないみたいだし、百点も夢じゃない。
がらっと扉を開けると、まだ他に誰も……いや、一人だけ中にいた。だがそれはE組の誰でもない。
細い目、ニキビ鼻で少し膨れた頬の女子。
うかつに何か言うこともできず、俺たちは止まってしまった。
「律役だ」
いつの間にか烏間先生が後ろに立っていた。
「流石に人工知能を使うことは許されなくてな。代わりに、ネット授業で律が教えた替え玉を使うことでなんとか決着した」
「替え玉?」
「直属の上司の娘さんでな。口は固い」
よく見れば、その替え玉さんの髪形は律と同じにあつらえてある……あ、ヅラだ。
少し引き気味のみんなの前に立って、俺はその女子の横に立つ。
「よろしく」
「よろしくダス」
ダス……聞いたことない語尾……
「……名前は?」
「
「あぁっと、そうじゃなくて……本名だよ」
『おのずりつ』というのは、律を知らない人向けの偽名だ。
まさか、自律思考固定砲台さんというのがE組にはいる……なんて言えないからな。
「……」
少しばかり警戒している。
今や国家機密を抱えているE組に、自らの名前を軽々しく教えていいのか悩んでいるのだ。
その様子を、俺は好意的に受け取った。
なかなか思慮深く、行動に対する結果を考える慎重さ。口が固いというのも本当みたいだ。語尾はともかくとして。
「……尾長仁瀬、ダス」
「よろしく。俺は國枝響」
差し出した俺の手を、尾長は握って少し驚いた顔をした。
「……君が、あの國枝くんダスか」
「『あの』?」
「律さんからよく聞いてるダス」
殺せんせーにも言って、こいつにも言ったか。良い話だといいけど……少なくとも、『貌なし』のことは話してないと確信はしている。
話を切り上げて、俺も自分の席につく。
夏休みをどう過ごせるかはこのテスト次第か……さあ、目のもの見せてやろうぜ。
△
テスト開始の鐘が鳴り、俺たちは一気に戦場へ投げ込まれる。
イメージで広げられる闘技場の中では、A組とE組、そしてモンスターと化している問題が入り乱れていた。
右でも左でも銃弾舞い、剣戟が閃く。
俺もその中で、二重三重に鎧プレートを重ねた三メートルの巨人と戦っていた。
「くそ……やっぱり理科は苦手だな」
「大丈夫ですよ! 暗記や式も多いですが、一つひとつを理解してあげれば、ちゃんと答えは出ます」
奥田の声が上から聞こえてくる。
不思議に思って見上げてみる。
彼女は、兜を脱いでぷよぷよのスライムみたいな頭を露出させた巨人の肩に立っていた。
あっけに取られて、俺も俺の相手をしていたのも唖然とする。
今回の期末テストを受けるにあたって、俺は得意分野を伸ばしつつ、苦手を克服した。
殺せんせーに教えてもらうだけでなく、理科の成績トップクラスの奥田にも授業をしてもらった。
国語が苦手で、それを先生にたしなめられてからの彼女の成長っぷりは素晴らしい。
たどたどしくしながらも、わかりやすく教えてくれた。
「ああ、教えてもらったとおり、やってやるよ」
ずあっと、巨人の腕が伸びてくる。
俺はそれをかわして懐に入り、足を引っかける。巨体を転ばし、頭を地面に打ちつけさせた。
「やりましたね、國枝さん!」
「お前のアプローチとは違うけどな。さ、次だ」
「はいっ」
振り向いた瞬間、鎧の武者が刀を振り下ろした。
「きゃあっ」
間一髪で避けた奥田を後ろに下げさせ、俺は鎧武者の腕を掴む。
「現代文の問題は、たいがい文章の中に答えが隠れてる。作者や登場人物の心情を答えさせる問題があるが、あくまで作ってるのはそれらとは別人だ。自分の解釈を求められてるわけじゃない」
兜を引っぺがし、投げ捨てる。
どこに隠し持っていたか、もう一方の手がマシンガンを持っていた。
すぐさま取り上げ、掴んでいた腕を極めてから銃身で頭を叩く。
これで一丁上がり。
「これを作った先生がどういう答えを求めてるか。国語のテストは、そんな心理戦なんだよ」
「はいっ。私もしっかり挑みます!」
理科を教えてもらう代わりに、彼女の苦手な国語は俺が教えている。幸いにして、そっちは俺の得意科目だ。
奥田は意を決して、混迷渦巻く戦地の中心へ向かっていく。
俺も後の問題を仕留めるために、一回だけ深呼吸をして足を進める。
必死に鉛筆を動かし、時には問題に打ちのめされそうになりながら、諦めずに頭を働かせる。
これは一学期の集大成。
手酷い負けと努力で得た勝ちを経験した俺たちの集大成なのだ。
今回ばかりは負けるわけにはいかない。