二日の激戦を戦い抜き、期末テストが終わった。だが、まだ緊張は解かれない。
その結果こそが、今後の俺たちの学校生活を左右するからだ。
「さて、採点結果が届きました」
ごくり、と俺たちは唾をのむ。
E組生徒全員の視線を一身に受け取る殺せんせーの手には、いくつかの大きい封筒があった。
あの中に、期末テストの結果が入っている。
「みなさんよく頑張りましたね。どれだけ勉強してきたかちゃんと見ていましたよ。みなさんの努力。その結果は曖昧な評価でなく、点数で表れます」
「その評価、さっさと教えてくれよ殺せんせー」
「そうそう。こちとらそれを知りたくてうずうずしてるんだからさ」
前置きはどうでもいい。
勝ちか負けか、自分の点数はどれほどか、知りたいのはそれだけだ。
殺せんせーもそれをわかっていて、あえて無駄なことを言ってる気がする。
意地悪はここまで。
「そうですね。ならば早速、結果発表といきましょう」
殺せんせーはにやりと笑って、封筒からテスト用紙を取り出した。
△
主要五教科の結果発表が終わり……それを確認するなり、俺は校舎の外に出ていた。
校舎裏の森の奥へ、奥へと進む。
結果が悪かったからみんなと顔を合わせづらい……というわけではない。
そう感じているのは俺ではなく……
「カルマ」
木の陰に隠れて悔しそうに歯を食いしばっているカルマを見つけて、声をかける。
彼はとっさに顔を逸らした。
「よかったね。五教科トップを取る勝負……中村が英語、奥田さんが理科、磯貝が社会でそれぞれ学年一位で勝ったじゃん」
「まるで他人事だな」
A組との戦いの決着はついた。三教科を見事E組が討ち取り、勝利をおさめたのだ。
しかし、勝ちを手に入れた中に赤羽業の名前はなかった。
「お前が得意の数学は浅野に一位を取られたな。かくいう俺も国語をやつに取られた。まあ、国語は俺より神崎のほうが上だったが」
恐ろしいことに、浅野は数学でも国語でも100点を取った。総合では491点。もちろん学年一位。
それに比べて、E組で唯一対抗できると思っていたカルマの総合点数は469。E組だけでも彼の上に立っている人間は五人いる。
「俺たちは負けたんだよ。何の役にも立てなかった」
個人と、全体での勝ち負けが入り乱れて、期末テストの結果に満足しているやつは少ない。
特にA組は納得いってない連中がほとんどだろう。あの浅野でさえ、『五教科トップ争いでE組に負けた』という事実に顔を歪ませているに違いない。
「俺は全力でやっても浅野には勝てない。どれだけ努力してもあいつとは差がありすぎる。だけどお前はどうだ?」
「努力しろって言いたいの?」
ようやく、カルマがこちらに向き直った。頬は恥で赤くなり、目元は少し腫れている。
彼は今回ろくな努力をしていなかった。それに関して色々と言ってやりたかったが、その気が失せた。
才能があるゆえ努力なしである程度こなせるカルマにとって、同年代との勝負で決定的な敗北を味わわされたのは今回が初めてだろう。
その証拠に、悔しさが身体いっぱいに広がっている。
反省してるやつにはきついことを言っても逆効果……こいつには、効くかもしれんが。
「そんなことわかってるよ。最後に勝つのは俺。負けっぱなしは……」
「趣味じゃない、だろ」
△
俺やカルマ、他のみんなが勝利・敗北で良くも悪くも取り乱した後から時間をおいて、ようやく落ち着いたところで殺せんせーがまとめにかかる。
「さて、皆さん素晴らしい成績でした。五教科プラス総合点の六つ中、皆さんが取れたトップは三つです。早速暗殺のほうを始めましょうか。トップの三人はどうぞご自由に」
「おい待てよタコ。五教科トップは三人じゃねーぞ」
「三人ですよ、寺坂くん。国社英理数合わせて……」
「はぁ? アホ抜かせ。五教科っつったら、国社英理……」
寺坂が指折り数える。そして……
「あと家庭科だろ」
言うと同時、寺坂をはじめ、狭間、村松、吉田の四人が家庭科のテスト結果を見せつける。
「家庭科ァ!?」
殺せんせーがこれでもかというほど驚く。
バツがない答案。つまり100点。もちろん学年1位だ。
「ちょ、待って! 家庭科のテストなんてついででしょ!? こんなのだけなに本気で100点取ってるんですか!?」
「だーれもどの五教科で、とは言ってねーだろ?」
寺坂が俺たちの方へ顔を向ける。
ああ、そういうことか。家庭科の過去のテスト見せろってきたから何かと思えば……
千葉がいち早く意図に気付いて、カルマに振る。
「ついでとか失礼じゃね。五教科で最強の家庭科さんにさ」
挑発といえばカルマ。その彼が言ったあと、俺に視線を向けた。
「あーあ、殺せんせーは生徒の努力を意味ないっておっしゃるわけですか」
「そ、そんなこと言ってないでしょう?」
「寺坂の言う通り、国社英理数とは言ってないし、一教科で一本とも言ってない。言い逃れできないのはわかってるだろ」
「そーだぜ、殺せんせー!」
「一番重要な家庭科さんで四人がトップ!」
「合計触手七本!」
「な、七本!?」
三本くらい……と余裕ぶってた表情は消え、殺せんせーが青く染まる。
七本となれば流石にガチで命の危機がある。
しかし生徒たちの勢いに勝てるわけなく……それに、寺坂たちが勝ち取った100点に価値がないとは言えない。
殺せんせーは渋々ながら、本当に渋々ながら、頷くしかなかった。
△
「おーおー、いい眺めだねえ」
「今まで俺たちを見下ろしてた奴らが、いっせいに俯いてやがる」
期末テストの結果発表が終わり、残る学校のイベントは終業式だけ。
本校舎の体育館へ向かう道すがら、もちろんA~D組が視界に入ってくるが、彼ら彼女らはこっちに目を合わせない。
上位争いをして、総合点でもE組は良い点数を取った。クラスの半分以上が学年50位以内。見下される謂れは一切ない。
そのおかげで堂々と闊歩することができた。
……と思っていたら、唯一俺たちを下に見ることができる浅野のご登場だ。
しかし、彼は他の五英傑を引き連れて、俺たちには見向きもせずに去っていこうとする。
まあ、浅野自身も五教科トップ対決では負けてるしな。彼の性格上、悔しさが胸を満たしていることだろう。
とはいえ逃がすわけにはいかない。E組にはまだ用事がある。
「浅野」
磯貝がA組の進行を止める。
「負けたほうが勝ったほうの要求を一つのむ。そういう賭けだったよな」
「……」
「要求はさっきメールしたけど、あれで構わないな?」
「……悔しいが、負けは負けとしてちゃんと認めるさ」
眉間にしわを寄せ、居心地悪そうにする浅野。
「ちゃんと答えろ。特別夏期講習を受ける権利を俺たちに渡せ」
俺は念を押す。
約束を反故にすることはしない男だが、他の奴らは知らん。ここで取り決めを確認し、浅野の口からはっきりと言わせれば誰からも文句はなくなる。
他のクラスの目もあるから、下手なことは言えない。
「……ああ、理事長にも話は通してある。沖縄での二泊三日夏期講習、君たちのものだ」
それを聞くと、E組のみんなはにんまりとした。
「
「あ、ああ」
五英傑の一人、
さて俺も、と向きを変えようとした瞬間、肩が掴まれた。
浅野が俺を睨みながら、制服越しにもわかるくらい強く止めてきたのだ。
「残念だったな。俺たちに命令を下せなくて。総合点数トップを取る勝負ならそっちが勝ってただろうに」
A組もE組もいなくなったところで、俺は切り出す。
「本校舎に戻ってこないか、國枝」
浅野はいきなりそんなことを言い出した。
冗談でないことは、目を見れば一発でわかった。そもそも、そんな下らないジョークを言う奴じゃない。
「断る」
「……即答か」
「テストで50位以内だったら本校舎復帰の権利が与えられる。だったら、俺よりもっとふさわしい奴がいるだろ。教科トップを取ったのは俺じゃないしな」
「例えば?」
「中間でも期末でも50位以内だったカルマとか」
「理事長が訊いたそうだが、赤羽は本校舎に戻る気はないらしい」
だろうな。
先生を暗殺することができる、なんて教室は全国……全世界探してもここしかない。カルマにとっちゃオマケ程度だが、百億円も手に入れられるチャンスだしな。
「戻る気がある・ないで判断するなら、俺の意思もわかってるだろ」
即答したくらいだぞ。
「なんで俺を戻そうとするんだ?」
「必要だからだ」
「駒として、だろ。それか、前に言ってた……E組や俺自身の隠し事を訊きたいのか?」
問い詰めようと距離を縮めてくる浅野を押し返す。
「仮に、俺がとぼけてたとして、何かを隠していたとしよう。それでも、お前に問い詰める権限はない」
元々、勝利して俺たちを糾弾するつもりだったんだろうが、負けてしまったA組には何の権利もない。
それこそが今回の勝負のルールだ。
浅野はわずかに顔を歪ませて、何も言わずに去っていった。
「ずいぶん強気な物言いだったね」
声に振り向く。
立花風子だ。
今度はこいつか……
「見てたのか」
「一学期最後の挨拶をしようとしたら、真面目そうな話してるんだもん。入るタイミング逃しちゃった」
にひひ、と彼女は歯を見せて笑う。
「わざわざ学秀くんからのお誘いなのに、蹴っちゃうなんてもったいない」
「あいつにも言ったが、俺より点数が良いやつならいる。A組に勧誘するなら、そっちを引き抜けばいい」
「答えになってないよ」
不意になぜか俺の頭が危険信号を放った。
鋭いナイフのように冷ややかで研ぎ澄まされたような彼女の言い方が、いやに心に響く。
「他の誰かのほうが成績が良い。それはけっこうなことだけどね。でも、キミが本校舎に戻ってこない理由にはならないでしょ? いつもの学秀くんなら、微妙に論点ずらされたことに気づいたはずだけどね。ちょっと冷静じゃなかったかな」
立花はこういったような、鋭い時がある。まるで人や物の本質を見抜いているような時が。
彼女のクラスメイトでさえ、その面を見たことがある者は少数だろう。もしみんなが知っていたら、こんな冷たくて濁った目をした奴には近づきたくないと思うはずだ。
俺は、それが彼女の一面でしかないとわかっているから構わずに接しているが。
それに、人に言えない裏面を持っている俺が、他人の二面性に対してとやかく言えたもんじゃない。
「なんだ、お前も真実がどうとか隠し事がどうとかいうクチか?」
「ううん、別にどうでもいいや。それより、沖縄に二泊三日でしょ? いいなあ、私も行きたかった!」
少しピリついていた空気が、一瞬で霧散する。
「B組はどうせ行けないってわかってたけど、羨ましいなあ。夏休みにタダ旅行なんて、最高の思い出になるじゃん」
「それは……まあそうだな。E組もそれ目指して頑張ってたわけだし」
思い出……か。
沖縄で暗殺作戦を遂行することばかり考えていたせいで、そこまで頭が回らなかった。
そうだよな。旅行っていったら、普通は思い出をたくさん作るもんだよな。
「ね、お土産よろしくね、響くん!」
「覚えてたらな」
「毎日メール送ってやろっと」
「わかったわかった。ちゃんと覚えて買ってくるよ」
「やったー!」
腕を上げて喜ぶ立花に、俺はため息をついた。