貌なし【完結】   作:ジマリス

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31 サイレントノイズ

「島だー!」

 

 船の上から、みんなが叫ぶ。

 

 あと二十分近くで着くであろうところ、今回の暗殺場である普久間島。

 努力の末に勝ち取ったリゾート地を目の前にして、否応にもテンションが上がる。

 

 とはいえ、我を忘れて遊び惚けるけるわけにはいかない。

 作戦立案組は来て早々、出迎えてくれたスタッフのウェルカムドリンクも早々に飲み干して、一つの部屋に集まってから用意していた計画の修正に入る。

 事前に決めておいたものの、狙撃箇所はあそこのほうがいいだの、本番まで誰がどう動くかだの、実際にここに来てから細かく調整を入れる必要があるのだ。

 

「殺せんせーは?」

「倉橋と矢田が誘って、みんなと遊ぶように誘導してるよ」

 

 おおよその方向性が固まり、磯貝が各自に連絡を飛ばす。

 もちろん準備段階から暗殺の内容を悟られちゃいけない。遊んでいるように見えて、陽動組は殺せんせーの目を逸らしているのだ。

 

 今回は、今までにないくらいの大掛かりな作戦。今から用意しておかないと間に合わない。

 すでに菅谷と三村はこもりっきりで作業している。

 

 一通り話し合ったところで、俺はこの島の外周をぐるりと回ることにした。

 危険がないか、あるいは何か使えるものがないかを探すためだ。そういう名目のもと、水着にならず、肌を晒すのを避けるためでもある。

 

 空を見上げると、ハングライダーが飛び交っていた。

 矢田と木村、磯貝と前原、片岡と岡野それぞれのコンビが倉橋が操るハングライダーに張り付く殺せんせーへ射撃を行っている。

 あいつら、初めてなのによくあんな上手く動かせるな……

 

 浜辺に足跡を残しながら、てくてくと歩く。太陽の光を反射して、海が輝いていた。

 いいところだ。A組に勝ったことを実感するには、極上の場所。

 

 だが、この島にはきな臭い噂もあると聞く。

 俺たちの泊まるのとは少し離れた別のホテル。そこにはなにやら悪い連中が集まるとかなんとか。

 

「國枝」

 

 俺を呼ぶ声に振り向くと、そこには目が隠れるくらい前髪を伸ばした男子がいた。

 千葉だ。

 速水と並んでE組の狙撃の名手である彼は、良いポイントを探すために一足早く目的地に向かっていたはずだが……

 

「國枝、泳がないのか?」

 

 千葉が遠くに見えるみんなを指差す。

 殺せんせーの注意を逸らすために、普通に遊んでいるふりをしているのもいる。

 岡島なんかは一眼レフのカメラを携えて、だらしない顔を晒しながらシャッターを押していた。

 

「泳ぐのは苦手。千葉こそ、狙撃ポイントはしっかり見つけてきたのか?」

「ばっちり。ほら、速水だって戻ってきてるだろ?」

 

 たしかに、今や速水も海に身体を浮かべていた。

 

 俺が泳がないのは、プールの時と同じ理由。たくさんの怪我を見せないためだ。

 もちろん正直に言うはずもなく、俺は誤魔化した。

 

「だったら、お前も遊んできたらいい。あと残ってる仕事は、三村と菅谷がやってる動画編集くらいだからな」

「國枝は?」

「散策」

「ついていってもいいか?」

「断る理由はないけど……面白いものでもないぞ?」

 

 わかってる。そう言って頷いて、千葉は俺の横に並んだ。

 彼は口数が少ないほうだ。カルマみたいに探ってくる会話をしてくるような奴じゃない。

 何も言わず、きっちりと仕事をこなす。

 その性格はどうやって形成されたのか、少しだけ興味があった。

 

 賑やかなE組の中では、多少やかましく育ってもなんら不思議ではない。となればおそらく親の影響なのだろうと思う。

 放置気味か、それとも逆に口うるさいか。

 おそらく後者だろう。したいことを口に出しても、否定され、敷かれたレールを歩かされるように矯正される。

 いつしか抵抗しなくなり、やることをやるだけ。

 親はきっと、何を考えているかわからないと言っているだろう。それを作ったのは自分なのに。

 ちゃんと見れば、割と情熱的で、感情豊かだと感じられるのに、表層的な部分だけを見て判断する。

 

 ……なんて、妄想が過ぎるかな。

 だが、親の影響は少なからずあるだろう。千葉も速水も……俺も。

 

 

『ねえ、お母さんは?』

 

 小学校の校門の前。

 卒業式だと知らせる看板が立てられてあって、その横には同級生とおめかししたその両親がいる。

 その前に立つ誰かがカメラを構えて写真を撮った。

 一生に一度の日に、記念の姿を残している。

 そのことがたまらなく羨ましかった。

 

 ――来てないんだ。お母さんもお父さんも忙しいから。

 

 俺に問うてきた先生に答えた。すると先生は悲し気な顔をした。

 

 ――仕方ないよ。忙しいから。

 

 自分に言い聞かせるように、俺はもう一度言う。

 俯いたら涙が流れそうで、先生の顔を見上げた。同情するような表情が嫌だったけれど、弱さを見せるのはもっと嫌だった。

 泣きわめいたら、先生が困る。周りも困る。親はそれを聞いて鬱陶しがる。それだけはどうしても避けたかった。

 

 ――大丈夫。今日は早く帰ってくるって言ってた。

 

 だから寂しくないよ、と無理に笑顔を作る。

 晴れの日に一人でいても、家では一人じゃない。だからそれまでは耐えなきゃいけないんだ。

 きっと祝ってくれる。お母さんもお父さんもきっとおめでとうって言ってくれるよ。

 

『そう……じゃあ、写真だけでも撮る?』

 

 その申し出に、俺は頷いた。

 一人で撮って、友達とも撮って、先生も混じって……

 その写真を、先生は後日すぐに現像して渡してくれた。楽しそうに笑う周りに、ぎこちない笑みを浮かべる俺。

 だけど、もちろんどの写真にも俺の両親は写っていなかった。

 一人。俺は独り。たった独りで……

 

 

「國枝」

 

 俺を呼ぶ声で覚醒する。

 いつの間にかぼうっとしていたようだ。

 潮風が心地よいのに、じとっとした嫌な汗がシャツをへばりつかせている。

 

「あ、ああ。どうした?」

「いや、急に黙りこくるから、気分でも悪いのかと思って」

「船酔いしたかな。戻って、少し休むか」

 

 賑やかなのを避けたいくせに、静かになると嫌な気分になる。

 そんなどうしようもない俺自身にもやもやを感じながら、なるべく隠して答える。

 だけど、千葉は見透かしたように俺の目をじっと見ている。

 

「大丈夫か?」

 

 大丈夫と返そうとしたが、嫌な夢を見たせいですぐには答えられなかった。

 代わりに去来したのは、胸に穴が空いたような空虚。押し寄せ、引いていく波のように、心を小さく削っていく。

 

「なあ……」

 

 親ってなんなんだろうな。言いかけて、口を閉じる。

 急にそんなこと訊いてどうする。

 千葉は今回の暗殺において、重要な役割を担っているのだ。俺の変な話に付き合わせている暇はない。

 

 俺は心配をかけないように口角を上げた。

 

「いや、なんでもない。戻ろうか」

 

 彼とともにホテルの前まで戻ると、俺たちE組以外はホテルのスタッフが数人いる程度。

 烏間先生の力で、すでに他の客は追い出されている。これで、暗殺に邪魔は入らないということだ。

 

「いよいよ近づいてきたな……最終確認だけしておくか。千葉も手はず通りに準備しておいてくれ」

「ああ。速水にも伝えておくよ」

 

 すぐさま取り掛かる千葉には頭が下がる。

 何もかもを言わなくても、持ち場についていく彼を見送る。

 

 代わりに杉野がやってきた。

 

「もうちょっとで暗殺計画始動だな」

「ああ。全員で協力しての暗殺ってのは、初めてだな」

「そんで、これが最後だ」

「そうなってくれたらいいけどな」

 

 計算通りなら、殺せんせーを殺せる。

 俺たちは脅威から解き放たれて、俺の心配事は幾分か減る。

 その後は……その、後は……

 

「どうしたんだよ、國枝。ぼーっとして」

「いや、なんだか……」

 

 少し、いつもと何かが違う気がした。

 みんなのうち何人かの調子が悪くなっているようで……

 

「疲れてないか、杉野。他のみんなも何人か、作戦の割には疲弊してるみたいだな」

「ん、ああ。慣れないとこだし、暑いし、緊張もしてるしな」

「本当にそれだけか?」

 

 言いつつ、違和感の正体が掴めなかった。

 船、沖縄、作戦準備。いつもより変わって当然なのに、それとは違う何かがあるような気がして……

 

「それだけって……それ以外に何があるんだよ? むしろ、お前のほうが顔色悪いぞ」

「飯食ってないせいだ。すぐよくなる」

 

 全部終われば、何も心配はなくなる。

 

 ……本当にそうか?

 

 湧いて出た疑問を振り払って、俺は前を向く。

 

「始めよう」

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