「いやあ、遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」
「黒すぎだろ!」
全員のツッコミが響く。
日中の時間を全て遊びに費やした殺せんせーの皮膚は真っ黒になっていた。
焼けているとかそんなのを通り越して、黒一色。服着てなかったらどっちが前か後ろかわからないくらいに。
「じゃ、メシの後で暗殺なんで」
作戦指揮官である磯貝が殺せんせーを先導する。
その先は船上レストラン。もちろん俺たちが貸し切っている。邪魔は入らない。
「な、なるほどねえ。ゆっくり酔わせてたっぷり戦力を削ろうってわけですか。ですがそう上手くいくでしょうか。暗殺を前に気合の乗った先生にとって、船酔いなど恐れるに……」
「黒いわ!」
またしてもみんなでツッコむ。
「そ、そんなに焼けてますか?」
「文字通り真っ黒だ。それは焼けてるとは言わない。焦げてる」
「とにかく、それどうにかしてくださいよ。真剣になろうとしてるのに、気が抜けちまう」
「ヌルフフ。お忘れですか、みなさん」
そう言うと、殺せんせーは自分の外皮を脱ぎ捨てて、抜け殻をぽいと置いた。
「あ、月一回の脱皮だ」
「こんな使い方もあるんですよ。本来はやばい時の奥の手ですが……」
そこまで説明して、殺せんせーはハッと気づく。
あの皮は至近距離の爆発でさえも防ぐほど、耐衝撃性に優れている。殺せんせーのスピードも合わせて、変わり身の術のように囮にすることもできる。
それをこんな、日焼けした皮を剥くためだけに使うとは……
「期せずして、戦力大幅ダウンだな。脱皮時にも体力減るんだろ?」
「まあ、心配事が一つ減ってよかったよ」
「こんなドジなのに、なんで今まで殺せてないんだか」
しまったという後悔と恥ずかしさで顔を伏せる殺せんせーを尻目に、俺たちは呆れる。
普段の学校生活でも、殺せんせーは何かとミスをする。
だが今回のミスは文字通り命取り。作戦成功率がぐんと上がった。
これで殺せんせーを……殺せる。
そうだ。殺せんせーを殺す。
だが直接手を下すのは俺じゃない。自分に言い聞かせて、酔いとともに責めてくる気持ち悪さに蓋をする。
「ほんとによろよろだな。予定よりも上手くいくかもな」
菅谷が話しかけてきたことで、言いようのない不気味な感じから目を背けた。
揺れる船の中で美味い食事をばくばく食ったせいで、殺せんせーは今にも吐きそうなほど衰弱していた。
日焼けのない面になってくれたおかげで、どれだけ弱っているか目に見えてわかる。
「油断するなよ。こんな隙だらけな奴でも、今まで殺せてないんだから」
ああ、と菅谷は頷いた。
こんなところで油断するほどE組は甘くはない。
弱り切った殺せんせーに休む間を与えず、俺たちは次の舞台を案内する。
船着き場の近く、ホテルの離れにある木造の小屋。周りは殺せんせーの苦手な海でいっぱい。
中は全員が入れるほど広く、いくつかベンチがある。すでに準備をしていた岡島と三村が大きいモニターの前に立っていた。
「さて、いよいよだぜ殺せんせー。まずは、ゆっくり映画鑑賞から始めようぜ」
にやり、と岡島が笑う。
この後の流れは、磯貝が説明した。
まず、この島についてから三村がずっと編集していた動画を見てもらい、それが終われば触手を破壊、暗殺がスタートする。
「それでいいですね、殺せんせー?」
「ヌルフフフ、上等です」
渚がボディチェックをして、モニターに一番近いベンチに座らせる。
岡島が照明を消し、それを合図にぱっとモニターが点く。
この瞬間、俺たちの緊張が一気に増した。
動画が終われば一分以内に決着がつく。ぴりつくのも当然。
かといって、心が浮いたままでじっとしてるわけにもいかない。作戦はこの間にも進んでいるのだ。
動画が流れている間、ほぼ全員が小屋の中を出たり入ったりする。
殺せんせーにあらゆるヒントを与えるためだ。
動けば匂いや気配、木の床がきしむことによる音で体重もわかる。殺せんせーならきっと把握してくるはず。
それが後の布石になるのだ。
そしてもちろん動画も殺せんせーを弱らせる仕掛けだ。
《まずはご覧いただこう。我々の担任の恥ずべき姿を》
モニターに映ったのは、正座してエロ本を読む殺せんせーだ。
「違っ、ちょ、岡島君たち! みんなに言うなとあれほど……!」
面白いくらいに、殺せんせーがあたふたとする。
夏休みはじめの日、岡島はエロ本で殺せんせーを釣ろうとしていたらしい。彼らしいやり方だ。
渚や杉野、前原や倉橋もその現場を見て、アイス一本を口止め料として貰ったらしいが……まあ安すぎる。
ケチった代償はここ、全生徒にあられもない姿を晒されて払わされた。
その後も思わず笑みがこぼれてしまうほどの醜態が次々と暴かれる。
女装してケーキバイキングに並ぶとか、マッハの残像を駆使して配られているティッシュを何回も貰うだとか。あげくにはそのティッシュを揚げて食うだとか。
時間が進むほど、殺せんせーのきゃーきゃー言う声は大きく、身悶えが激しくなる。
うーん、こういう時でなければじっくり見ておきたいほどの完成度。
三村は積極的に主張する性格ではないが、こういうセンスは抜群なのだ。
三村が俺に合図を送ってくる。あと十分ほどで動画が終わるのだ。
俺はゆっくりと親指を立てた。
後ろにいるみんなが、明確な目的をもって動き出す。
「死んだ……もう先生死にました。あんなの知られてもう生きていけません」
この頃には殺せんせーがもう死んでるんじゃないかと思うほどぐったりとしていて、息も絶え絶えに椅子の背もたれに身体を預けていた。
《さて、秘蔵映像にお付き合いいただいたが、何かお気づきでないだろうか、殺せんせー?》
ナレーションの三村の声が告げる。
ここでようやく、殺せんせーはバッと足元を見た。
いつの間にか床が浸水していて、触手が水を吸って膨らんでいた。
実は、ここの小屋の支柱をある程度短くしておいて、満潮になれば浸水するようにしておいたのだ。
辱めを受けた殺せんせーは言われるまで気付かず、ますます力を奪われた。
「弱り切ってんなー。だけど、本番はここからだぜ」
「約束だ。逃げんなよ」
触手破壊の権利を与えられた七人が、ゆっくりと銃を構える。
緊張がピークに達する。
七人が同時に引き金を引いた。
殺せんせーの触手は破壊され、殺せんせーは上を見上げた。
どれだけ弱体化しようが、とてつもないスピードで動けるのは確か。周りが俺たちに囲まれているなら、天井を突き破って逃げようとでもしているのだろう。
だが先手はこちら。
殺せんせーの見ていた天井が星空に変わる。小屋の壁と天井が外れ、海に沈んだのだ。
これももちろん俺たちが仕込んだ仕掛け。
殺せんせーが狼狽するが、驚くにはまだ早い。
木村、片岡、岡野……水面から次々と生徒が現れ、宙に浮かぶ。
海からボードの中心へ伸びるホースから水を吸い込み、ボードの両端から噴射することで空を飛ぶウォーターアクティビティの一つ。
九人がある程度上昇したところで、殺せんせーの真上で肩を合わせる。
噴射された水は対象の周りを囲うようにしてドームを形成する。
それ以外にも、何人かは大きなホースから放たれる水でさらに外を取り囲む。
この水圧の中では、飛んで逃げるなんてことはできない。加えてさらに……水檻を作っていないメンバーは銃を撃つ。
檻のわずかな隙間を縫って、
殺意のこもった当たる弾に敏感な殺せんせーだが、それ以外には鈍感だ。さらに、環境の急激な変化にはついていけない。
それはプール爆破事件の時に見えた弱点。
銃弾と水が、殺せんせーの逃げ場をふさぎ、動くことを許さない。
そしてトドメは、射撃能力に優れた千葉と速水が務める。
二人が現れたのは、殺せんせーが注意しているであろう山の中でなく、水の中から。
動画を見ていた時に殺せんせーは気付いただろう。千葉と速水がその場にいないことを。
彼の嗅覚をもってすれば、そう確信することは当然。
そしてその嗅覚がどれだけ遠くまでを感じられるかわからないが、おそらく山にいるはずの二人の匂いも嗅ぎ取った。だがそこにあるのは二人の服を着せたダミーで、本物は暗殺対象から三十メートルもない距離にいる。
二人ならその距離は絶対に外さない距離。
予想以上のスピーディさで状況を作り出し、殺せんせーが慣れないうちにスナイパーが出現。
これで殺せる。文句なしに殺せるはずだ。
全てを外から見ていた俺の意識が急速に加速する。みんなの動きが緩慢に見える。
殺せんせーは千葉にも速水にも気が付いていない。その背中に僅かな間が生まれる。狙撃のための隙間。
そこを狙って、狙撃手が銃口を向ける。そして……引き金を引いた。
ずれがない完璧な射撃。
これなら届く。届くはずだ。
銃弾はまっすぐ殺せんせーへ向かい……
当たったと思った瞬間、爆発が起きた。
爆風が空気と水を勢いよく押し出し、俺たちはそれに吹き飛ばされる。
それぞれ地面と水面に叩きつけられたが、すぐさま姿勢を戻した。
まだ終わってない。殺せんせーが見えなくなったが、死んだとも限らないのだ。
片岡が先導して、爆心地を中心にしてあたりを探す。
地上班は銃を構え、何が現れてもすぐ射撃できるように引き金に指をかける。
「おい、國枝! お前も探せ!」
寺坂が叫ぶが、俺は動かない。動く意味がないというほうが正しいか。
「國枝くん! これほどのチャンスはない。しっかりと水中を……」
烏間先生の言葉が止まった。
俺の考えてることを、表情から察したのだろう。
「まさか……」
「失敗だ」
俺は震える拳を握った。