ざばざばと、みんなが波を立てて殺せんせーを探す。
何も見つからないか、もしくは殺せんせーの死骸があればいい。
だが、どちらでもない。
千葉と速水の銃弾は殺せんせーに届いた。届いたが、命を奪えはしなかったのだ。
倉橋のすぐ近くで、ぶくぶくと水泡が立つ。
それが殺せんせーのいるところだと、みんなが気付いた。水泡が出る範囲や小ささから、死んでなくても無事じゃないとわかった。
いや、無事というかなんというか……とにかく、全員で銃口を向ける。
そして、水面に上がってきたのは……
拳より大きいくらいの透明の球体に入った、オレンジの球体だった。オレンジのは、小さくなった殺せんせーの顔だ。
「な、なんだあれ……」
誰もが呟いた。
「これぞ先生の奥の手中の奥の手。完全防御形態!」
沈黙の中で、殺せんせーが答える。
彼曰く、覆われている透明の部分は凝縮されたエネルギーの塊で、水も対殺せんせー弾も効かないそうだ。
「……そんな。それじゃ、その形態でいたらずっと殺せないじゃん」
「ところがそう上手くはいきません。このエネルギー結晶は、二十四時間ほどで自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体を膨らませ、エネルギーを吸収して元の身体に戻るわけです」
つまり、それまでの二十四時間は身動きできず、球体のままでいるしかない……ということだ。
とんでもない隠し技。もちろんそれを知らない俺たちは、考慮することもできなかった。
完璧にしてやられた。
「ちっ、何とかすりゃ壊せんだろ、こんなモン」
「ヌルフフフ、無駄ですねえ。核爆弾でも傷一つつきませんよ」
寺坂がレンチで何度もたたくが、凹みもしない。
代わりに、カルマが殺せんせーを取り上げた。
「ふーん、弱点ないなら打つ手ないね」
言いながら、彼は自分のスマホの画面を殺せんせーに向けた。
「にゅやーーーーッ!」
ちらりと見ると、先ほどの三村編集動画を見せていた。
文字通り手も足も出ない今じゃ、動画の再生は防げず、自分の目も耳も塞げない。
拷問ですよ、拷問。
「腹いせに馬鹿やるなよ……周りを水や対殺せんせー物質で満たしたらどうなる?」
「その場合はエネルギーの一部を爆散させて、周囲を吹き飛ばします」
ってことは、爆発エネルギーを耐えうるもので周りを固めるか、爆発させないかだが……
「とりあえず解散だ。上層部と、こいつの処分法を検討する」
今度は烏間先生が殺せんせーを掴んだ。
作戦が無に帰した今、俺たちに出来ることはない。大人しくお偉方に任せるしかない。
「どうにか出来ますか?」
「出来る方法があったとして、それを二十四時間以内に出来るかは……」
烏間先生は口を噤んだ。
無理だ。
考えて実行するには、二十四時間はあまりにも短い。
ミサイルや銃、アサシンのゴリ押しでどうにかしようとしている上の人が良い考えを出せるとは思えん。
「とにかく休め」
△
暗殺が失敗に終わり、みんな目に見えて意気消沈していた。
無理もない。全員が協力して、力の限りを尽くした作戦だったのだ。あの場にいた誰もが、殺せんせーが球状になる直前まで成功を確信していた。
絶好のロケーションはここ以外にそうそうない。これ以上の暗殺は難しい。
もう遅い時間になったが、誰もが各自の部屋に戻れず、ホテル入ってすぐのロビーでだらけきっていた。
「あと少しだった。だけど撃った瞬間にわかったよ。この弾じゃ仕留められないって」
千葉が弱気なことを言った。
「引き金にかけた指が、一瞬固まったんだ。ここで外せないっていうプレッシャーで」
「ほんとショック。この日のためにずっと練習してきたのに」
速水も頷く。
普段は泰然としているこの二人がこんなことを言うのは珍しい。
それだけ落ち込んでいるのだろう。
いつもの失敗の確率が高い作戦とは違う。みんなが考え抜き、みんなで協力した最大規模最高確率の作戦だ。
その最後の一発を担い、外した絶望はどれほどのものか。想像もできない。
ここで、お前たちのせいじゃないなんて軽々しく言えない。
それを言えるほど俺は無責任じゃないし、責任があるわけでもない。
一撃必殺の狙撃手。
狙いを外してしまえば価値はなくなる。二人はいま、自分が何であるかはっきり言える自信を失いつつあった。
それに対して、かけられる言葉が見つからない。
視線を逸らして、他のみんなを見る。
ぐったりと倒れている。妙な違和感が走った。
元気なやつとそうでないやつの差が大きい。片やまだあの暗殺をもう一度できるくらいに体力は残っているのに、もう片方は動くことすらできないほどに弱っている。
何かがおかしい。
確かに今回の暗殺は大仰なしかけを施したが、実際に身体を動かしたのは本番だけ。
倒れるとすれば、ずっと動画編集していた三村や、偽狙撃ポイントを探して山を登っていた千葉や速水、あるいは昼間にずっと殺せんせーの見張り兼遊び相手役だった木村や矢田。
しかし挙げた中でぐったりしているのは三村のみ。
これは……
「お、岡島くん!」
渚の声に振り向くと、岡島が鼻血を出して倒れていた。
「おい、大丈夫かよ!」
「揺らすな! 安静にさせて、無理に動かさないようにしろ!」
焦る磯貝を制して、俺は岡島の顔に手を当てる。熱がある。息も荒い。風邪になった時の比じゃないくらい調子が悪そうだ。
見渡せば、半分くらいが同じ症状になっていた。
病気? 感染症? いやいや、その知識がない俺でも、これが自然のせいではないことがわかる。
タイミングがあまりにも不自然だ。こんな一斉に、暗殺が終わった時に症状が出てくるなんて……
まるで、誰かに仕組まれてるみたいじゃないか。
「何者だ? まさかこれは、お前の仕業か?」
背中に悪寒が走ったのと、烏間先生がそう言うのは同時だった。
△
烏間先生に電話をしてきたのは、予想通りこの状況を作り出した犯人だった。
みんなの身体を蝕んでいるのは人工的に作ったウイルスで、一週間以内に全身の細胞が崩れ落ちるという凶悪なものらしい。
治療薬も犯人のみが持っている。
俺を含めて無事なのは、カルマ、磯貝、木村、渚、菅谷、竹林、千葉、寺坂、吉田、岡野、奥田、片岡、茅野、速水、不破、矢田。
「……というわけだ」
犯人からの要求は次のとおり。
普久間殿上ホテル最上階に殺せんせーを運んでくること。そうすれば、殺せんせーと解毒剤を交換してくれるとのことだ。
ただし、条件が二つ。今から一時間以内に持ってくること。そしてE組で一番背の低い男女二人に持ってこさせること。
「よりにもよって背の低い二人に、だぁ!? こんなちんちくりんどもに任せろってか!?」
寺坂がその二人……渚と茅野の頭を小突きながら言う。
「だめです。ホテルに宿泊者を問い合わせても、プライバシーだと繰り返すばかりで……」
「……やはりか」
部下の一人である園川さんの告げた言葉に、烏間先生はため息をついた。
この普久間島には、あるきな臭い話がある。それについては俺も事前に調べていた。あくまで噂程度の話だったが、情報を集めるにつれて真実味を帯びた。
いま俺たちがいるところとは離れた山の頂点にあるホテルには、国内外のマフィアやそれに繋がる財界人たちが連日利用しているらしい。
中では、違法な取引やパーティが行われている。
摘発されないのはお偉方もがそいつらと繋がっているからで……要は、あそこは秩序ある無法地帯となっているってことだ。
「……犯人の狙いはこいつだ。だが要求どおりに渡しにいくのは……」
「だめですね。交渉材料を渡すうえに、人質を増やすことになりかねません」
烏間先生の言葉に返す。彼もそれは最初からわかっていて、頷いた。
こんなことをしでかしてくる奴が、簡単に薬を渡してくれるはずがない。持っていった二人も人質に取って、要求を次々に出してくるに違いない。
どうする。どうしたらいい。力任せに正面からいっても無意味だ。ホテル内はガードマンが多数いるだろうし、黒幕は監視もしているだろう。
そうでなくても、人質を取られているような状況なのだ。うかつには動けない。
犯人の視点から見て、人質の数が多い場合、見せしめに一人殺してしまうことはたやすい。
交渉材料である人質はまだいるし、なにより本気の度合いを見せつけられる。俺たちからすれば、厄介極まりない。
柱に拳を打ち付け、悔しさに拳を固める。
「お、おい、どうするんだよ、もう一時間もないんだろ?」
吉田が狼狽する。
一時間の間に、殺せんせーはともかくとして他のみんなが無事で済む解決策はあるのだろうか。
「あはは、大丈夫。そんな簡単に死なないって。ゆっくり考えてよ」
つらいはずの原が、無理やり笑みを作って応える。
その様子に、吉田だけでなくみんなが落ち着かざるを得なくなった。俺も地団駄を踏みたい衝動をこらえる。
無事な側が怒りに任せてどうする。ここは大丈夫だと安心させるべきだ。
だが交渉はなし。真っ向から行くのもなし。となれば……
「みなさん。良い方法がありますよ」
△
応急手当のために竹林と奥田を残して、俺たちは殺せんせーの導くままについていった。しばらく歩くと、彼は自身を抱える烏間先生を止めた。
「それで、どうしろって言うんだ?」
「いいですか。そのまま私を渡すのはだめ、交渉もなし、正面突破ももちろん許されない。となれば、潜入するしかないでしょう」
「律さんには、すでにこのホテルの構造を調べてもらっています。裏口から入り、黒幕から解毒剤を奪取し、戻りましょう」
簡単に言ってくれる……俺はため息をついた。
「危険すぎる。この手慣れた強迫の手口。相手は明らかにプロの者だぞ」
烏間先生が言うが、俺は無視した。
「その裏口って、どこにあるんだ?」
「この崖の上ですよ」
殺せんせーの目の先は、お世辞にも坂とは呼べない崖そのもの。
その頂上には、確かにホテルが見える。
「國枝くん。まさか行くつもりじゃ……」
烏間先生を無視して、俺は手と足を使ってひょいひょいと登っていく。
殺せんせーの言うことは正しい。これしかない。
無言で崖の上を行く俺の肩に、誰かの手が触れた。
「おいおい、先走りすぎだ。俺らも行くよ」
俺より上へ駆け上がりながら、磯貝が言う。振り向けば、ここまで来たみんなが文句もなく後からついてくる。
これくらいの崖であれば、みんな訓練の中で登る術を得ている。軽々と身体を動かして、どんどん上へ登っていった。
危険だ。と言っても下がらないだろう。それに、今回ばかりは俺だけじゃどうしようもない。
ウイルスに感染したみんなを救うために、無事なみんなを危険にさらす。それしかない。
もし……もし危なくなったら……俺がやるしかない。
「俺たちは引く気はないし、素直に交渉に応じる気もない」
「でも、未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないから、難しいけどしっかり指揮頼みます」
「おお、ふざけたマネした奴らに、キッチリ落とし前つけさせてやる」
俺の言葉を、磯貝と寺坂が継いだ。
「行きましょう」
俺は烏間先生を見下ろして、言い放った。