上へと階段をのぼる途中、怪我した箇所へ包帯を巻き付ける。
不思議なことに、あれだけ切られておきながら思ったよりも出血はひどくない。それでも、流れて服を染めていくが。
傷のせいでまともに歩くことはできないが、しかし俺は助けを提案するみんなにノーを突きつけた。
先を行くみんながちらりとこっちを気にしながら進んでいく。女子も同じだ。
戦っている場面を、女子と渚は実際には見ていない。だが俺を見ればだいたいのことは察しはつく。特に、俺がマスクをしているところを見た不破は、俺が『貌なし』だと気づいただろう。
今も迷彩服はそのまま、マスクとゴーグルは首にかけている状態だ。
だけど今はそれを言及するタイミングじゃない。こんな俺よりもっと苦しんでる仲間がいるんだ。みんなもそれがわかって、目の前へ集中する。
「ストップ」
階段が終わり、廊下にさしかかろうかというところで先頭のカルマが制止する。
どうやら、廊下の先に用心棒がいるらしい。しかも二人。
「國枝、見える?」
カルマに促され、ばれないように一瞬だけ顔を出して見る。
確かに、廊下の先にある扉の前にスーツを着た屈強な男が二人いた。
「無線持ち。スーツの内ポケットに銃。経験豊富だが、今は退屈してるな。緊張感がない」
今の一瞬で得られたのはそれだけ。だが十分だろう。
俺の言葉を聞いて、みんなの見る目が変わっていくのを感じた。
「俺が行く」
「待て待て待てって」
腰を上げようとした俺を、寺坂が諫める。
「俺たちで何とかする。だからここは任せろ」
「断る。銃持ちだって言ってんだろ」
「だから行かせるわけにいかねえって言ってんだろうが」
小声ながら言いあう。お互いに引く気はなく、睨みあったまま動かない。
刻一刻と他のみんなは毒に冒されていっている。こんな言い争いをしてる場合じゃないってのに。
募る焦りと苛立ちに身を震わせながら、俺は彼を無視しようとした。
その肩に、カルマが手を置いてきて抑えてきた。
「木村、あいつら挑発してここまで連れてこれる?」
「え、ああ。できないことはないけど……」
「んで、こっちにおびき寄せて一網打尽。オッケー?」
「それなら、寺坂くんの武器が役に立ちますねえ」
俺を置いて、次々と話が進んでいく。
舌打ちして、階段の上に腰を落ち着けた。
身体の中いっぱいに泥を詰められたように気持ち悪く、重い。頭もぼんやりして働かない。
病に伏せているみんなのことを思い出して、怒りを燃料に意識を覚醒させる。暗器使いを倒したところで終わりじゃないのだ。そのことをはっきりと胸に刻む。
殺せんせーが言う武器とは、いま寺坂が自分の鞄から取り出した警棒のことだ。
柄にスイッチがあり、電極が先に付いているのを見ると、電気を流すことのできるスタンバトンのようだ。
「さっきそれを國枝に渡しておけばよかったのに」
「あ、ああ、呆気に取られて忘れてたんだよ」
寺坂が俯く。さっき、俺の姿と戦いを見て頭が混乱していたことを悔いているのか。
いまさら、そんな過ぎたことを気にしてもしょうがないだろうに。
「なら、寺坂はあの男たちをその警棒で気絶させる」
「俺が……」
「そんな身体で、俺たちより上手くやれると思ってんの?」
手を挙げようとした俺を、カルマの正論が阻む。
確かにその通りだ。だが、こいつらが失敗してしまったら……
俺は唇を噛んだ。
「國枝くん。ちょっと落ち着いてよ。今はほら、みんなに任せて」
不破が肩を掴んで落ち着かせようとしてくる。苛立ちが少し消え、心臓の鼓動がトーンダウンしたのを感じる。ほんの少しだけ。
俺はカルマを睨んで、少し悩んだあと口を開いた。
「大丈夫なんだろうな」
「大丈夫大丈夫。安心して見てろよ、國枝」
「さくっと終わらせてくるからよ」
余裕の表情で返してくるカルマ。吉田もそれに合わせて。安心させるために笑顔を見せる。
この場の誰もが俺を抑え込もうとしてくる。仕方なく、彼らに従った。
木村が口笛を鳴らしながら、男たちに近づいていく。それだけなら、ただのガキが不用意に寄ってきただけだ。
が、何を言ったか、警備は木村を憎々しげに睨みながら、全力で追いかけてきた。
しかし俊足の木村には、大人であっても追いつけない。男たちはムキになって、俺たちの潜んでいる階段には目もくれずに通り過ぎようとする。
その無防備な身体に、村松と吉田が横からタックル。スタンバトンの先を押し付け、びりびりと電気を流し、男たちの意識を奪う。
一丁上がり。
目覚めても動けないようにするために、ガムテープで腕と足を巻きつける。
「國枝くんの言った通り、銃を持っていますね。それは……千葉くん、速水さん、あなたたちに相応しい」
男たちの懐にあった回転式拳銃を、二人は持つ。
それに、重量以上の重さがあることに気づいて強張っている。
烏間先生は、少し悩んで納得した。
まだ痺れている彼では、照準が定まらない。ここは狙撃に長けた者がやるべきだ……と考えているのだろう。
間違えて、あるいは狙いを外して誰かを殺してしまったらどうするんだ。言いたかったが、どうせ誰も俺の言葉に耳を貸さない。
壁に手をつきながら立ち上がる。
心配そうに見つめてくるみんなを、手で払った。
「おら、掴まれ」
ただ一人、寺坂だけはそれを無視した。無理矢理俺の腕を自分の肩に回して、身体を支えてこようとしてきた。
「離せ」
「嫌だね。お前は俺の言葉を聞かなかった。俺だって勝手にする」
残念なことに、今はこいつを振り払うだけの力も残っていない。寺坂のなすがままに、支えられて次へ進むしかなかった。
△
暗い空間に足を踏み入れ、後ろで静かに扉が閉まる。耳を静寂が襲い、自分の荒い息がやけに響く気がする。
ここは防音か。
下があれだけはっちゃけていたのに、ここには一切届いてきていない。
目の前には規則的に並べられたふかふかの固定座席。奥には照明に照らされた舞台。
コンサートホールか?
カルマと木村がこくりと頷き、そっと舞台脇の出入り口に近づいていく。
律が取得してくれたデータによると、上に行くにはその扉をくぐるほうが近く、安全だ。
寺坂はゆっくりと俺の身体を下ろす。
アドレナリンが切れて痛みを自覚し始めてきた。
座席の後ろに隠れるようにして座り込んだ俺は、痛みで漏れそうな声を抑える。未だ血は固まらず、絶えることなく出ていた。
一挙手一投足が痛覚を刺激する。また立てたとして、歩くのが精一杯か。
座席と座席の細い隙間から前を覗くと、偵察に出た二人がUターンして隠れるところだった。
それの意味するところはみんなわかってる。誰か来たんだ。
まずいな。この身体じゃプロの殺し屋相手じゃなくても勝てる気がしない。だが、囮ならできるか。
血液不足でぐらつく身体を押さえて、いつでも飛び出せるように構える。
みんなが隠れ終えたと同時に、一人の男が舞台袖から現れた。
口に銃口を咥えている妙な男。殺し屋だというのは明らかだった。
コツコツとステージを歩く足音が響いて止まる。ごくり、と唾を飲み込む音でさえ聞こえているんじゃないかと思うくらいの静けさ。
緊張感が走り、全員が息を潜める。
「十六ってところか……ほとんどが十代半ば。驚いたな、動ける中でほとんどが来たのか」
銃の男が言う。
なんてことだ。姿は確実に見えてないはずなのに、正確な数まで言い当てやがった。
ズギューン!
耳をつんざくほどの銃声が鳴って、ガラスが割れる音がした。
あの男が、スタンドの照明器具を撃ったのだ。
「言っとくが、このホールは完全防音で、この銃は本物だ。お前ら全員撃ち殺すまで助けは来ないってことだ。お前ら人殺しの準備なんかしてねーだろ! 大人しくボスに頭下げとけや!」
バン!
男の顔のすぐそばを銃弾が通った。それもまた照明器具を貫いた。
今のは速水が撃ったのか。敵の銃を撃ち落とすつもりだったようだ。だが、狙いは外れた。
殺せんせーへの一撃を外したのがきっかけか、初めての実銃だからか、速水の手がずれた。
そろりと覗こうとした速水の顔のすぐそばを、銃弾が通り過ぎる。彼女はすぐに元の姿勢に戻り、汗を滲ませた。
わずかな隙間を縫うほどの正確無比な銃の腕。こちらで対抗できるのは、銃を持ってる千葉と速水だけ。だが速水の場所は割れている。
ここは千葉の腕を信じるべきだが……
もし彼が撃ち抜かれたら? あの正確さだ。当たりどころがよかったという結果にはならないだろう。
「一度発砲した敵の位置は忘れねえ。もうお前はそこから一歩も動かさねえぜ」
相手はたった一人。だが動けない。銃にはそれだけの威圧がある。
それに、こっちが銃持ちなのを理解して、なおも姿を晒しているところを見ると、よほど早撃ちの腕に自信があるのだろう。
このままじゃこっちの勝ち目は薄い。
加えて……
壇上の男がなにやら台の上を弄ると、ぱっとステージ中の明かりが点く。
あまりにも眩しくて、男の姿が見えづらくなった。
こっちが複数いるから有利だと思っていたが、あの銃の腕に、この逆光。何人か死んでもおかしくないくらいに追い詰められた。
「速水さんはそこで待機!」
全員に恐怖が走り切る直前に、殺せんせーの声が響く。
「今撃たなかったのは賢明です、千葉君! 君はまだ敵に位置を知られていない! 先生が敵を見ながら指揮するので、ここぞという時まで待つんです!」
「どこから喋って……」
きょろきょろと見回す銃使いだが、そうしなくても殺せんせーは見える。
目の前にいるからだ。目の前の、一番前席。
完全防御形態の殺せんせーが、にやにやと笑って男を見上げていた。
「テメーなにかぶりつきで見てんだ!」
怒りながら、男は殺せんせーに向かって三発撃った。だが完全防御形態の球体はそれを弾くだけ。
その席の後ろには烏間先生が隠れているが……まだ満足に動けそうもない。
男が舌打ちしながら弾を装填する。
「だが、その状態でどうやって指揮を……」
「ヌルフフフ。では木村君、五列左へダッシュ!」
銃使いが反応する前に、死角に潜んでいた木村が指示通り動く。
「吉田君は右へ三列! 茅野さんは前へ二列!」
目線を右往左往させる敵の隙をついて、殺せんせーが的確に指示を出す。
確かにこの方法なら行ける。
たとえ相手が名前と顔を覚えていたとしても、それを見せていないこの状況では意味がない。
だけれども、指示を出すほどに名前と位置がばれる。
冷静に覚えているのか、男は銃を構えながら落ち着きを取り戻しつつあるように見えた。
「出席番号十三番、右に一列移動して待機!」
「な……」
ならば、さらに相手にわからない情報で名指し。
そのほかにも
これじゃE組以外わかるはずがない。
が、銃声が鳴った。
耳をつんざくほどの大きな音がホールで反響する。
一発放たれるたびに、気が気でなくなる。
誰かが撃たれたのではないかとびくついてしまう。
だが、どうやらみんな無事だったようだ。
律を通じて、千葉に状況を教えていた片岡と のスマホが撃ち抜かれただけだ。
ほっとしたのもつかの間、銃弾が俺の肩をかすめた。
しまった。ぐったりしすぎて、座席から肩がはみでてしまったのか。
幸い服が少し破れたくらいだ。
「大丈夫ですか!?」
「気にするな!」
殺せんせーに返して、俺は完全に身を隠す。
その後も彼は指示を繰り返して、銃使いを翻弄した。みんなもそれに従って、素早く移動する。
気づけば、ほとんどが元の位置から離れていた。
「さて、いよいよ狙撃です、千葉くん」
殺せんせーが言う。
いつの間にかみんなは散って、銃使いに近づいていた。
場所が掴みにくく、相手は接近戦も考えなければいけない状況。一瞬気を逸らしてやれば、一発撃つだけの時間は作れる。
「外しても気に病まず、すぐ隠れてください。他にも作戦はあります。一人でやらなくてはいけなくて、取り返しのつかなくなるようなことを、私は背負わせる気はありません」
千葉と速水だけじゃない。俺にも向けている。そのことはわかっているが……俺はどうしてもその言葉を信じる気にはなれなかった。
どれだけ可能性が低くとも、万が一が起これば何もかもが終わる。そんな時に責任を負うのが誰であっても関係ない。いくら悔やもうが死んだ人間が戻ってくるわけではない。
誰かの破滅が嫌なら、代わりに背負う人間が必要だ。適した人材はここにいる。
トドメは狙撃組がやってくれるとして、隙を作るのは他がやるしかない。
もう一度、一瞬だけ座席の間から顔を出して戻す。
男が持っているのは回転式拳銃。最初に脅しで一発、速水のすぐそばを貫いたのが一発、殺せんせーに三発、そして再装填。
その時にリローダーを使ったのは見えたから、装弾数を使い果たしてのリロードなのは間違いない。つまり総装弾数は五。
そして、再装填してから撃ったのは……三発か。
服に大きな膨らみはなかった。突然の戦闘だったからか、もう一丁持っていることはない。なら、残り二発を使わせてしまえばいい。
「寺坂。さっきの警棒をよこせ。俺が囮になる」
「そんなこと聞いて渡せるかよ」
「だったら丸腰で出ていく」
中腰になった俺の膝を、寺坂が抑える。
「バカ、待て」
「二択だ。俺に武器を渡すか、渡さないか」
下手に動けば銃弾が飛んでくるかもしれない状況のなか、組み伏して俺を抑えるなんてことはできない。
つまり、丸裸同然で拳銃の前に身を晒させるか、一縷の望みを託して武器を持たせるか。
もうすぐでこちら側の準備が出来る。敵に装填の隙を与えるわけにはいかない。
どちらにしても、あと十秒で身を出すつもりだ。
悩む寺坂から奪い取るようにして警棒をひったくると、俺は通路側の席へ素早く移動した。
「……くそっ」
動けない寺坂が毒づく。俺はそれを無視して周りの様子を伺った。
殺せんせーの号令が一瞬だけ静まる。
ここだ。
菅谷が動いた。
銃使いがさらに速く動く。
銃弾が放たれ、いま立ち上がったものに真っすぐ向かって、それの頭を貫いた。
……が、敵は遅れて気が付いた。それは人形だ。
先ほどの警備の服を着させて、対殺せんせー用の銃を持たせた、菅谷特製の即席ダミー。
騙された衝撃で隙ができる。そして、千葉と速水が反撃に出ようとしている。
その瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。ダミーに向けられていた銃口が、すぐさまこちらに向く。
やはりプロ。驚いてできた間を、一瞬で埋めてきた。
俺は全意識を集中して、相手の銃口と指を見据える。暗殺者が引き金に力を込めた瞬間、警棒を顔の前で構えた。
バン。
金属と金属がぶつかる甲高い音が響き、俺の身体が後ろへ倒れる。その一瞬あとで、二発の発砲音が鳴る。
何かが倒れる派手な音が耳をつんざき……静寂が場を支配した。
「國枝! 國枝!」
寺坂の声にはっとする。
俺は五体が満足に動くことを確認して、手に握った警棒を見た。先が凹んでいる。危険な賭けだったが、目論見通り銃弾を防ぐことができたのだ。
そのことに数秒間は気づかなかった。正直、撃ち抜かれたと思った。だがあまりにも正確すぎる射撃は、見た通り真っすぐ眉間へ向かってきていたようだ。
生を実感して、大きく息を吐く。まだ鳴りやまない心臓の動きが苦しく感じるほどだが、生きている証拠だ。
「バカ野郎! てめえ、自分で何したかわかってんのか!」
「どうなった? 敵は?」
「そんなことどうでもいいだろうが! 俺の話を聞け!」
「どうでもいいだと?」
俺は寺坂の言葉に耐えきれず、彼の胸ぐらを掴んだ。
「だったら他にどうしろってんだよ!」
銃弾が残っているのに、敵が呆気にとられ続けることを祈って見ていろとでも言うのか?
一歩間違えていたら、千葉か速水のどちらかが死体になって転がっていたかもしれないんだぞ!
再び、しんと空気が静まる。
突き飛ばすように寺坂を離して、速水と千葉、続いて他のみんなを見る。心配するような目が返ってくるが無視。
続いてステージを見る。男は倒れていて、照明器具が散乱していた。
吊り照明の固定金具を撃って当てて、さらに銃を弾き飛ばしたのか。どうやら無事に勝てたようだ。
安堵、そして血が足りないせいでまたしても身体が傾く。手を貸してこようとした磯貝へ、警棒を放り投げる。
「生きてるんだ。文句はないだろ」
そう言ってもまだ、みんなの視線が突き刺さってきていた。