貌なし【完結】   作:ジマリス

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38 黒幕

 今さらになって、死を身近に感じた。

 

 さっき、俺が早く動いたおかげで、銃は俺のほうを向き、放たれていた。

 その時点で、警棒に銃弾が当たろうが当たるまいが、速水と千葉には届かないことは決定していた。

 銃弾の未来は、警棒に弾かれるかそれとも俺を貫くか。

 頭ではわかっていて俺も覚悟して飛び出した。だが、実際にそれを経験した後だと急に恐怖が生まれる。

 

 動悸が収まらず、手は震え、喉が圧迫されているような錯覚。死が俺を迎えに来ていた。

 馬鹿野郎。そんなのは妄想だ。

 俺は生きていて、ここにいる。階段を上っている。

 みんなを助けるためにここまで来たんだ。倒れるのはまだ早い。

 

「みなさん。最上階のパソコンカメラに侵入できました。上の様子が観察できます」

 

 律が各々の端末に映像を流す。

 

「最上階エリアは一室貸し切り。確認する限り残るのは……この男一人です」

 

 その男の後ろ姿しか見えないが、それとなく恰幅がいいことだけはわかる。

 見える限りでは他に誰もおらず、勝機が湧いてきた。

 

 烏間先生も体力が戻ってきていて、すでに俺たちを先導するくらいに回復していた。

 

 代わりに……

 

「……っ、はあ、う……っ」

「國枝!」

 

 階段を踏み外すところだったところを、千葉が支えてくれる。

 一瞬意識が飛んでいた。

 素手の暗殺者と暗器使いとの連戦。そして銃弾を正面から弾くという無茶。さらに……毒が俺の身体を蝕んでいた。

 

 今、竹林と奥田に看病されているみんなが苦しんでいるのは、毒使いが仕込んだウイルスのせいだ。

 そしてそれは不破の推理通り、俺たちがこの島に来てすぐに渡されたウェルカムドリンクが原因。

 俺もそれを飲み干してしまった。

 発症が遅れたのは、俺が多少タフなせいか、殺せんせー暗殺前後では大して動いていなかったからか。

 

 動き、傷つけられ、弱った身体の中で毒が暴れまわり、力を奪っていく。

 足が震え、床を踏んでいる感覚が薄れていく。上下左右が曖昧になるほど視界は歪み、頭はぼやけていた。

 

 死ぬ。死ぬのか。こんな中途半端なところで、足手まといにしかならないのか。

 馬鹿が。黒幕は、このウイルスが人の身体を一週間以内に崩壊させると言った。逆に言えば、こんな短時間で死ぬような代物じゃないってことだ。

 十人以上が苦しんでるのに、目前に救える手段があるのに、甘えるな。

 

 馬鹿らしい弱さを振り切るために、別のことを思考する。

 

 もしも。

 もしも、この感染騒動が特定の人物を狙ったものだったら?

 

 犯人が要求したもののうち、『一番小柄な男女に殺せんせーを持ってこさせること』という条件が気になっていた。

 相手は殺せんせーの存在を熟知していた。E組のことも調べ上げているだろう。

 なら、身長の高低は脅威の基準に当てはまらないことはわかっているはずだ。

 

 だったら、逆か?

 身長の低い誰かを狙っているのか?

 そこまで考えれば、自然と答えは出てくる。この事件の黒幕は……

 

 階段を上り終わり、ようやく最上階の部屋の前まで到達する。

 烏間先生が倒した九階の見張りが持っていたカードキーで扉を開いて、中の様子を窺う。

 

 奥には、椅子に座って複数のモニターを見ている男が一人だけ。

 みんなが音も気配も殺して近づいていく。俺は邪魔にならないよう、一番後ろで息を抑えた。

 

 足を進めるにつれ、男の周りも見えてくる。

 あまり手入れのされていない短髪。黒いジャケットを着ていても、身体が鍛えられていることは見て取れる。

 

 男の足元にはスーツケース。あれに解毒薬が入っているに違いない。問題なのは、それに配線付きの粘土のようなものが貼り付けられていることだ。

 プラスチック爆弾。机の上、手が届くそばにボタンが一つだけの簡単な起爆スイッチ。烏間先生からそれがあるのではないかというのはすでに聞いている。

 彼もまた、この毒テロ騒動を引き起こしたボスが誰か予想がついているようだ。誰があれを、どこから用意したのかもわかってるみたいだし。

 

 烏間先生が銃を構える。

 敵まで十メートルもない。弱っていても、彼の腕なら外さない。

 

 作戦はこうだ。

 接近して取り押さえる。

 近づいている間に気が付かれれば、腕を撃ってスイッチを取らせないようにして、その隙に一瞬で全員で抑えにかかる。

 それでも動けるようなら、寺坂のスタンバトンでトドメをかける。

 

「かゆい」

 

 とびかかろうとした瞬間、男がそう言った。

 

「思い出すと痒くなる」

 

 呟くような、ではなくこちらに向けての言葉。

 男はガリガリと頬を掻き、笑い声とも苦悶のうめき声ともとれる唸りを漏らした。

 

「でもそのせいかな。いつも傷口が空気に触れるから、感覚が鋭敏になってるんだ」

 

 俺たちの誰よりも、相手が動くほうが速かった。

 男がばっと手を挙げると、たくさんの何か小さなものがばらまかれる。

 即座に飛び退いてよくそれを見ると、机にあったのと同じスイッチだとわかった。

 

「もともとマッハ20の怪物を殺す気で来てるんだ。リモコンだって超スピードで奪われないように予備も作る。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいにはな」

 

 その言葉を聞いて動けなくなった。

 このリモコンのどれもが、スーツケースを爆発させるスイッチなのだ。

 下手に動けば踏んで押してしまうし、避けて近寄ろうものならその間に押される。

 

 人数のアドバンテージがなくなり、人質を盾にしているあっちが圧倒的な優位に立つ。

 

 躊躇している間に、敵のボスはスイッチの一つを手に取り、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「……暗殺を任せようとしていた殺し屋のうち、下にいた四人がいきなり連絡がつかなくなった。そのほかにもう一人、所在がわからなくなった者がいる。そいつは、暗殺に使うはずだった防衛省の機密費をごっそり盗んでいった」

 

 敵の顔を正面から見て、烏間先生は銃を構えたまま喉を鳴らす。

 

「こんなこと、許されると思っているのか……鷹岡!」

 

 そう、姿を見せたのは、あの鷹岡だ。

 烏間先生に代わって体育教師として現れ、俺たちを恐怖で縛ろうとした張本人。

 浮かべるのは狂気の笑み。目は血走り、頬にはいくつものひっかき傷があるが、その顔は忘れない。

 

「ほぉ、見たところ二人感染してるのに、よくここまで来れたな」

 

 二人……?

 その言葉に、俺は他を見渡す。寺坂も息が荒く、全身に力が入ってなかった。注意して見れば一発でわかったはずなのに。

 

「まさか『毒使い(スモッグ)』や『素手使い(グリップ)』だけじゃなく、『暗器使い()』や『銃使い(ガストロ)』までやられるなんてな。こんな大人数で来られたのには焦ったが……結局、これがある限りお前らは俺に従うしかない」

 

 悔しいがその通りだ。

 ここで奴をぶん殴っても、奴はスイッチを押して薬を粉々にする。俺の気がいくぶんか晴れるだけ。つまり何にもならない。

 俺は何もできないのだ。

 

 言いなりになるしかなく、俺たちは屋上へ招かれるままについていった。

 

 まだ陽は上がってない。それどころか、潜入開始してから二時間も経っていない。

 今までの時間も、密度が濃かっただけだと、満点の星空が教えてくる。

 

 屋上からヘリポートへは簡易階段がかけられていて、それ以外で登ろうとするのは難しい。

 

「気でも違ったか。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒たちをウイルスで脅すこの凶行……!」

「おいおい、俺は至極まともだぜ。これは地球が救える計画なんだ。おとなしく二人にその懸賞首をもってこさせりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」

 

 烏間先生に、鷹岡はへらへらと返す。

 計画? 俺たちが疑問を発する前に、彼は得意げになって続けた。

 

「計画では、その女……茅野って言ったっけか、お前に懸賞首を抱いて、対先生弾でいっぱいのバスタブに入ってもらう予定だった。その上からセメントで生き埋めにする。抜け出すには、生徒ごと爆発するしかないって寸法だ。生徒思いの殺せんせーは、そんな酷いことしないだろ? 大人しく溶かされてくれると思ってな」

「そんなことを本気でやるつもりだったのか……!」

 

 全員の顔が真っ青になる。

 正気の沙汰じゃない。あまりにも狂っていて……残酷すぎる。

 

 生徒を犠牲にする方法は殺せんせーに効果がある。だが、今までの殺し屋はそんなことをしてこなかった。

 理由は二つ。

 

 政府に止められているから。

 倫理的な問題もあるが、中学生を囮駒にして、その責任を取ろうとする人間がいないのだ。

 世界が救われるとしても、その後の平和な世界で糾弾されたくはない。

 その臆病さ……未来を考えられる冷静さと言ってもいい、それを持ち合わせているからこそ、国のトップに立てているのだ。

 考えたことを全て実行に移そうとするのは、実行力があるとは言わない。ただの馬鹿だ。

 

 もう一つの理由は、プライド。

 殺し屋として、ターゲット以外の、ましてや普通の中学生を巻き込んだとあっては自身のプライドが許さないのだろう。

 評価だってダダ下がり。目標を殺せても、そのために罪のない者を殺せばテロリストとなんら変わらない。

 

 つまり、鷹岡は馬鹿で、誇りもなにもないクズだってことだ。

 そのクズが力を持ってしまえば、これほど厄介なことはない。

 

「その超生物さえ殺せば、誰にも文句は言わせねえ。そのためにお前らを鍛えるつもりだったのに、お前らは生意気にも逆らって、俺に屈辱を与えた。どいつもこいつも馬鹿にしやがって……てめえらのせいで俺の評価も落ちちまった! 特に潮田渚ァ! てめえだけは絶対に許さねえ!」

「イカレやがって。テメーの作ったルールの中で渚に負けただけだろーが」

「負けたのも、評価が落ちたのもお前のせいだ。今さらそれを……」

「うるせえ! てめえらの意見なんざ聞いてねえんだよ! このスイッチ一つ押すだけで下の奴ら全員死ぬことを忘れんな!」

 

 こちらの言葉に耳を貸す気もない。そんな余裕があれば、こんな事件を起こしもしてないだろう。

 

「チビ、お前一人で上ってこい」

「渚、ダメ、行ったら」

 

 鷹岡が渚を指名し、先に階段を上る。ヘリポートの上で決着をつける気だ。

 茅野が止めようとして手を伸ばすが、渚はその手に殺せんせーを置いた。

 

「行きたくないけど行くよ。あれだけ興奮してたら何するかわからない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないように渡してもらうよ」

 

 優しい声でそう言って、彼は俺に目線を合わせた。

 

「國枝くん、寺坂くん、きっと治療薬を持ってくるからね」

「待て、渚。待ってくれ。何されるかわからないんだぞ」

 

 あいつは渚を痛めつけるために、こんなことを計画した。

 どれだけ傷を負ってしまうかわからない。もしかしたら最後には……

 

「國枝くんが守ってくれたみたいに、今度は僕が行く」

 

 こんな身体で止められるわけもなく、渚は階段を上っていく。

 彼が一段一段上がるたびに、俺は後悔に苛まれる。

 俺が烏間先生みたいに強ければ、どうにかして俺が鷹岡の説得に回っていたのに。

 

 渚が上がってきたところで、鷹岡は階段を外して放ると、足元にナイフを置いた。

 

「やりたいことはわかったな? この前のリターンマッチだ」

「待ってください、鷹岡先生。闘いに来たわけじゃないんです」

「だろうなァ。この前みたいな卑怯な手はもう通じねえ。一瞬で俺にやられるのは目に見えてる」

 

 鷹岡はブチギレ寸前だ。

 油断させて近づくという手は通じない。間合いに入った瞬間にボコボコにされる。

 

「だがな、一瞬で終わっちゃ、俺も気が晴れない。闘う前にやることやってもらおうか」

 

 鷹岡はヘリポートの床、自分の足元を指差した。

 

「謝罪しろ。土下座だ。実力がないから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」

 

 自分が上に立っていることを示すために、わざとらしくリモコンを掲げた。

 

 渚は逆らわず、その場に正座して、口を開こうとしたその時……

 

「それが土下座かァ!? 頭こすりつけて謝んだよ!」

「……僕は実力がないから、卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい」

 

 手を下について、頭もついて、最悪な相手に屈辱的なことをやらされる。

 渚は下手に出ているが、その中でどれほどの怒りが渦巻いていることか。

 

「そこのガキもここに連れてくりゃよかったぜ。あいつもクソ生意気なこと言ってたからなあ。お前、代わりに謝れよ」

「先生に生意気な口を利いてすみませんでした」

 

 歯が折れそうなほど食いしばる。

 俺にさせたいことを、渚に背負わせるな!

 怒ってるなら、俺を罵るなり謝らせるなり、殴る蹴るとか好きにすればいい。だが、他の奴にそれをやらせるんじゃねえ!

 

「よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃん嬉しいぞ」

 

 ようやく満足したか、彼から邪気が無くなる。だがそれも一瞬。次の瞬間にはクソ野郎の表情に戻っていた。

 

「ご褒美にいいことを教えてやる。あのウイルスで死んだ奴がどうなるか、『スモッグ』に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ、全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れあがってな」

 

 カルマのが可愛く見えるほどの邪悪な笑みを浮かべて、鷹岡がスーツケースを持ち上げる。

 

「見たいだろ、渚くん?」

「何を……」

 

 待て。それだけはやめてくれ。

 

 苦しんでるみんなが、寺坂の身体が弾け飛ぶ光景が脳裏に浮かぶ。

 

 見せつけるように、鷹岡が宙に向かってスーツケースを放る。

 そして、指で思いきりボタンを押した。

 

「やめろおおおおお!」

 

 烏間先生の、寺坂の、俺の叫びがこだまする。

 

 だがそれも空しく……ケースが……空中で爆散した。

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