貌なし【完結】   作:ジマリス

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4 結果

 カルマの席は、一番後ろの右から二番目。俺から一つ空いた右隣である。これはなにげに幸いだった。

 常に殺せんせーの暗殺を企み、予想外の行動をする彼を、殺せんせー含めみんなが警戒する。一番近くにいる俺の存在は薄れる。

 

 だが……

 

「ねー、國枝ってさ。あんまり暗殺に積極的じゃないよね。なんで?」

 

 カルマが最も近くにいるというのは、同時に不幸なことでもある。

 他が俺のことを気にしなくなっても、彼は違う。飄々としているように見えて、鋭い観察眼と高い知能をもつカルマに絡まれれば、下手な言い訳は通用しない。

 

「授業中だぞ。もっと言えば、授業中だ」

「だってこんなのわかりきってることだし」

「俺は理解してる最中だ」

 

 ずば抜けて頭が良く、先々まで予習してるお前と違って、俺は授業と同じスピードで進んでるんだ。手でしっしっと払うと、それ以上は話しかけてはこない。殺せんせーが隠し持っていたジェラートを食ったり、やりたい放題し始めた。

 しかし諦めたわけではないだろう。授業が終われば、また質問してくるに違いない。

 

 だが、俺がフードを被って街に繰り出して暴力行為を行っている……なんて、いくら彼でもたどり着けないだろう。

 飽きるまで適当な返しを続ければ、いつかは興味を失うはずだ。だから、これはそれほど脅威じゃない。

 

 問題は彼の性格。

 喧嘩っ早い性格のせいで、停学となった暴力沙汰以前にも、何度も注意を受けている。

 殺せんせーがいるこの環境で、それが悪化しなければいいけど。

 

 

 

 ……と危惧していたのも昨日の話。

 暗殺者と暗殺対象という一方的な関係は、次の朝から逆転していた。

 

「おはようございます」

 

 時間ぴったりに教室に現れた殺せんせーに返事する者はいなかった。

 怒るのを恐れて、みんな緊張しながら固唾をのむ。

 その視線の先に、殺せんせーも目を合わせた。

 

 タコ。

 色艶のいいタコが、教卓の上で串刺しにされていた。もちろん、殺せんせー用ではなく、本物のナイフで。

 

「あ~ごっめーん。殺せんせーと間違って殺しちゃった。それ捨てといてくれる?」

 

 悪びれもせず、むしろ舌を出して挑発するカルマ。

 

 殺せんせーが、自分がタコに似ていることをネタにしたりして、それなりに楽しんでるとは渚の談。

 それを聞いたカルマは、わざわざ良いタコを仕入れて用意したらしい。

 

 流石に、殺せんせーの動きが止まった。

 一線を越えるか?

 

 殺せんせーが来た時に説明された、彼がこのクラスの担任になる代わりに政府から出された条件。

 『生徒に危害を加えないこと』

 だがそれも、あくまで殺せんせーをこのクラスに拘束するための条件であり、彼が殺ろうと思えば止められる者はいない。

 

 キュイイインと鋭い音が鳴る。

 殺せんせーが触手の先を回しだしたのだ。別の触手でタコを持ち上げながら、まるでドリルのように高速で回転するもう一方を近づけ、ゆっくりとカルマに近づく。

 ついに痺れを切らしたか、と鳥肌が立った瞬間……

 

「あつっ!」

 

 カルマの口に、何か放り込まれた。

 ほかほかと湯気を立てるそれは……なんとたこ焼きである。ご丁寧にソース、鰹節まで乗っけてあった。

 

「その顔色では朝食を食べていないでしょう」

 

 殺せんせーの手には、ミサイルと切り刻まれたタコ、そして紙箱に敷き詰められたたこ焼きがある。

 いまの一瞬で、作ってみせたのか。ていうか、焼くのにミサイル使ったのか。

 

「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を」

 

 自分で作ったたこ焼きを口に放り込みながら、口の弧が大きくなる。

 

「今日一日本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君を手入れする」

 

 規格外の笑みを浮かべる殺せんせーの顔を見て、改めてこいつは化け物なのだと理解した。

 

 そんなのに勝てるわけがなく、多少は攻撃の手を緩めるかと思ったが、カルマはしつこかった。

 

 授業中に撃とうとすれば触手で手を抑えられ……

 調理実習の時間でわざとスープの入った鍋をぶちまけようとしたところ、一瞬後には元に戻されていた。

 しかも、可愛らしいピンクのフリフリがついたエプロンを着けられている。

 あまりにも速すぎて、殺せんせーがスポイトを取り出したところしか見えなかった。あれで宙に舞ったスープを戻したようだ。

 なんでわざわざスポイトで? という疑問は置いておいて、俺はカルマの様子を遠目に伺った。

 こういう単純な馬鹿にされかたは、カルマが一番イラつくところだろう。

 思った通り、顔を恥と怒りで赤くして、殺せんせーを睨みつけている。

 

 その後も継続して暗殺をしかける彼だが、警戒している殺せんせーに対抗できるわけもなく、負の感情が募り募っていくのがひしひしと感じられる。

 ああ、くそ。まずいな。

 カルマを怒らせて、ろくなことになったためしがない。

 

 カルマを説得するのは、渚に任せる。正直成功するとは思えないが、彼ならもしかしたら……

 とにかく、俺が話をすべきはカルマじゃない。

 

 職員室の扉をこんこんと叩くと、殺せんせーの返事が返ってきた。

 入ると、一枚の紙に対して、さささと何かを書いている。見れば、それは小テストの問題だった。

 彼なら、もっと速いスピードで作れるはずだが……どうやら一問ずつ、その人に合った問題を考えて作成しているようだ。

 と、それは置いておいて。

 

「殺せんせー」

「おや、國枝くん。私のぬるぬる講習を受けに来ましたか?」

「い、いや、それはまた今度」

 

 『ぬるぬる』を頭につける必要があるのだろうか。もしかしたら全身触手の粘液まみれにされてしまうかも……と思ったが、すぐさま頭の中で否定した。

 『生徒に危害を与えた場合、教師の権利を剥奪する』という制約がある。

 望んでこの教室に来た彼が、そんなつまらないことで退場するとは思えない。

 ……そんなことは今はどうでもいい。

 

「カルマのことで、ちょっと」

 

 それを聞いて、うごうごと動いていた触手が止まる。

 

「あいつが停学になった経緯だけど……」

「ええ、ちゃんと知っています」

 

 俺は驚いた。

 それは、E組の中でも知っている者は少ない。

 大半は『赤羽業は生徒と教師に暴力を働いて、停学処分となったうえにE組に落とされた』という事実しか聞かされていない。

 その奥にある真実は……

 

 

 カルマは、先生を信じていた。

 殺せんせーのことじゃなくて、それより前、E組になるよりも前の時だ。

 そいつはもっともらしいことを言って、自分はカルマの味方だなんてほざいてた。

 だが、カルマが当時の三年E組の先輩をいじめから助けると、態度が一変。成績優良者(いじめていたやつ)に怪我をさせてどうするんだと言って、カルマを見捨てた。

 自分のことしか考えてなかったんだ。カルマを贔屓目で見ていたのは、彼の成績が良く、それで自分の評価が上がるからだった。

 

 表向きの軽い言葉……特に大人のそんな言葉を、カルマはいつしか軽蔑するようになった。

 

「それからあいつは、『先生』っていうのを信じなくなった。殺せんせーを挑発してるのも、あんたも他と同じ奴だと思ってるからだ」

 

 ちょっとというには長い話を、殺せんせーは真剣に聞いてくれた。

 

「多分このままいけば、どんどんエスカレートして、最後には危険なことまでするかもしれない。だから……」

 

 俺は頭を下げた。

 

「お願いします。カルマを助けてやってください」

 

 超生物に懇願するなんて、普通はおかしいと感じるだろう。

 だが、おかしくていい。カルマが助かるなら、プライドなんて捨てる。望むならここで土下座したっていい。

 

「顔をあげてください、國枝くん」

 

 彼は俺の身体に触手を置き、姿勢を正した。

 殺せんせーの顔は黄色のまま、表情も変わりはない。けれど、それは信用に値するような気がした。

 

「先生が生徒を助けるのは当然です」

 

 

 

 カルマが自ら崖から飛び降りて、それを殺せんせーが助けたと聞いたのは次の日だった。

 

 

 さて。

 殺せんせーとカルマの関係が一段落ついたところで、問題が一つだけ。

 先日聞いてしまった、『殺してやる』発言である。

 

 その時に聞いていた限り、どうやら集団でカルマを襲う気らしい。

 進学校の生徒がどんな手でくるかと思えば、覆面で顔を隠して夜に襲撃するというありきたりなことをしてくるようだ。

 

 だから……集合場所にいつもの夜の格好で行っても怪しまれることはなかった。

 赤羽家から最寄りの駅の間にある寂れた公園。弱弱しい光があるだけで、人が寄り付く気配はない。少し遠くに目を凝らせば、カルマの家が見える。

 すでに調べはついているらしく、カルマが遅い時間にコンビニに行く習慣があることを、集団のリーダーが教えてくる。

 集まったのは、俺を除いて八人。全員が目出し帽で顔を隠していた。

 

「ヤツが現れたら、すぐボコって退散だ、いいな」

 

 それぞれが鉄パイプやらバットやらを構えて頷く。

 ここからじっと待って、カルマが出てくるまで我慢する気だ。今日がだめなら明日また集合するだろう。

 たったそれだけの、地味な計画。手口はわかった。

 

「いいや、よくない」

 

 興奮気味に息を荒くするリーダーの肩に手を置き、俺は言う。

 

「なんだ、もっといい手が……」

 

 言い終わる前に、その顔に一撃。

 男は鼻血を噴き出しながら倒れ、悶絶する。

 

「一番の手は、いま、ここで、お前たちが何もできずに倒れることだ」

 

 

「今日のニュース見た? 『(かお)なし、現る』だってさ」

 

 杉野が俺の机に朝刊を広げる。

 その話題に、渚とカルマも寄ってきた。

 

 いや、なんで俺の机に集まるの?

 

「見た見た。フードの男が、うちの学生八人をボコボコにしたって話でしょ?」

「うわっ、これ俺ん家のすぐ近くじゃん」

「物騒だよな。本校舎の奴らは集団下校しろって言われてるらしい」

 

 E組にはその情報は回ってきていない。そんな危険なことまで知らせずにいるほど、学校側からはどうでもいい存在ってことか。

 

 いや、それはいいけど、だからなんで俺を中心にして喋るの?

 

「どう思う、國枝?」

 

 カルマが新聞を見せてきて、俺に問う。

 

 マスクにゴーグル、フード。人間であることはわかっているが、その全貌が見えない。ゆえに『貌なし』。

 その存在は前から知られていたものの、今回の事件をきっかけに警察もメディアもその異常性を認めたらしく、同一人物が行ったとされる過去の事件も事細かに書いていた。

 

「大げさ」

 

 俺は呆れる。

 こうやって大きく取り扱われるということは、それだけ注意を向けられる。警察だけじゃなく、一般人に見られても通報される心配がある。

 しかし、これは良い展開でもある。

 『貌なし』の存在が知れ渡り、恐怖する人が増えれば、夜の危険が少なくなる。そう考えると、やはりいつもの服装は変えないほうがいいか。

 被害者が悪い人間、悪いことをしようとする人間であることが報道されれば、もっと理想的だが……

 

 とりあえず、一歩進んだ。

 俺はそう納得することにした。

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