真っ暗な空間の中で、誰かの持つ銃の先がこちらに向いていることだけははっきり見えた。
俺の手には何もなく、防ぐ手段なんてありはしない。
そこから弾が放たれたら、肉は抉られ、骨は砕かれ、内臓を掻き乱してしまうだろう。そして俺は倒れ、二度と起き上がることはない。
どっと汗が噴き出してくる。
恐怖が身体を蝕んでいた。逃げたいのに動けない。目を閉じることすら許されない。
まだ覚悟もできていないのに……発砲音が響いた。
△
目覚めたのは、島中に轟く爆発音のせいだった。
はっと起き上がって外を見ると、もうすでに陽が落ちようとしていた。
飲まされた解毒剤のおかげか倦怠感もなく起きられたのはいいが、十二時間以上も寝てしまうとは……
ぼうっとした頭で、これまでのことを思い返す。
渚が鷹岡を倒したあと、俺たちはホテルに戻り、みんなに解毒剤を渡して、事件を終わらせたんだ。
本来であれば、俺は本島に戻ってちゃんと治療を受けるべきだ。だが俺はそれを拒否した。みんなの無事を確かめるまでは帰れないと。
傷ついた身体をこれ以上起こしたくなかったのだろう、烏間先生はひとまず俺を受け入れ、しかし本島に戻ったら必ず精密な検査と治療を受けることを命令した。
いつの間にか烏間先生から軽く応急処置を受けて命に別状はないことを確認した後、すでにぐったりと寝ていたみんなに遅れて、俺も部屋に着くなり倒れるように眠りについた。
無理やり運ばれるというようなことはされなかったようだ。ここはまだ普久間島。合宿はまだ終わっていない。
いや、そんなことより、さっきの音はなんだ?
俺は素早く着替えて、外に出る。そこにはすでにたくさんの人がいて、E組もまた砂浜に座っていた。
烏間先生を含め、多くの大人がせわしなく動いている。その視線は海へと向けられている。
俺はひとまずほっとした。E組が一人残らず無事に、そこにいたからだ。
「何があったんだ?」
みんなのもとへ近づき問いを発すると、それまで夕陽に照らされて黄昏ていた顔がぱっと輝く。
「國枝!」
「無事だったんだな!」
「それより、何が起きたんだ?」
「それよりってお前……」
「何があったんだ?」
生きてるんだから、そんなに騒ぐこともない。俺は同じ言葉を繰り返して、それを強調した。
渋々といった表情で磯貝は教えてくれた。
あの球状の殺せんせーを対先生物質で覆い、そして周りをコンクリートで固めて海に沈める。
急ごしらえにしてはしっかりとした作戦だし、遂行するための人員も材料もすぐ用意されていた。
とはいえ、上手くいくとは思ってなかっただろう。実際、元に戻る時のエネルギー爆発により、殺せんせーを囲っていたものは全て弾け飛び、ばらばらになった。
その失敗自体は、予期していたものだ。特に落胆の表情も見せず、烏間先生は後片付けの指令に移る。
あの人だってガスを受けて、俺たちに指示を出して夜通し戦ってたってのに、タフすぎる。
後片付けの命令を下して、彼はこちらを向いた。その目が俺を捉えた瞬間、睨んでいるように見えた。
ああ、そうか。『貌なし』であることを、ばらしてしまったんだった。
昨日、何も言われなかったから安心していた。
わざとその話題を避けていたのだろう。傷だらけの生徒に詰問することをせず、治療と安静を優先した。でも今は少し長い話をしても差し障りがないくらいには回復している。
悪いことに、烏間先生は問題を先送りにする人じゃなかった。
「少しいいか、國枝くん」
そう促されて、俺は彼の後を追う。
烏間先生が座ったのは、パラソルが影を作るテーブル。その上に分厚いファイルを置き、ぱらぱらとめくりながら、険しい顔を見せてきた。
それには『貌なし』が行ってきたとも思われる様々な暴行事件が記載されている。昨日今日のうちに資料を取り寄せたのだろう。仕事が早いな。
対して俺は、ただただ彼の言葉を待つだけだった。
「君がまさか『貌なし』だったとはな」
長考して、先生の口から出たのはそれだけだった。
直接、俺が『貌なし』だとは言ってない。だから少しは期待したが、烏間先生を誤魔化せはしない。
俺は目を逸らして周りを見る。一緒にホテルに潜入した者たちが、遠巻きに俺をちらちらと見ている。
「知って、俺をどうします?」
「……悩むところだが、あのホテルでの一件は、『無かったこと』として扱われる。俺たちは何もしていないし、何も見ていない」
つまり、今のところは『貌なし』が俺であることは知らないふりをするということだ。
誰にも何も言わず、ばらされることはない。
「これは俺たちの総意だ」
俺たち。先生方のことだろう。政府が知ってたら、今頃俺は檻の中だ。
「不問……ってことですか?」
「今回はな。だから、この話はこれで終わりだ。またやるならともかく、今は普通の中学生に戻るといい」
「……戻れたらいいんですけどね。あいにく、俺のことは知られちゃったし、元通りなんてのは無理ですよ」
俺が願っても、E組のみんなが俺を見る目は変わってしまう。元通りになるかどうかは、俺が決められることじゃない。
周りだ。俺の評価や価値は、唯一俺だけが決められない。周りの人間がどう思うかによって、個人は立場を得る。
今の俺の立場は『貌なし』であり、犯罪者だ。
「いつか来ることだとは思ってましたが」
いつかどこかで誰かが気づくか逮捕されるか、その結末は覚悟していたが、予想よりも早い。
よりによって防衛省の烏間先生にばれたのは、かなり手痛い。
「君が自分のことを話さないのは、ばれることを予期してか?」
「どこからぼろが出るかわかりませんからね。それに、話して面白いようなこともありませんし」
話して、何かが変わるわけでもない。そして、俺のやっていることを誰かに背負わせるわけにもいかない。
律に知られてしまったことすら後悔を感じているというのに、これ以上他の人間にバレてしまいたくはなかった。
「なぜ、一人で戦ったんだ?」
「他が足手まといだったからですよ。俺は一人で戦うのが性に合ってる」
「嘘ですねぇ」
いつの間にか、殺せんせーが後ろに回っていた。ようやく見慣れた球形ではなく、いつもの姿で。
「殺せんせー、遊んでたんじゃないんですか」
「今も分身しながら遊んでますよ、ほらあそこ」
暗殺者と暗殺対象という関係はどこへやら、浜辺では殺せんせーの残像と生徒たちが花火ではしゃいでいた。
遊びながら話をする教師なんて、あんただけだよ。
「なんの話をしているのか、注目されたくないと思いまして」
お見通しか。
俺は深くため息をついた。
「嘘ってどういうことですか?」
「あの場には、十人以上の生徒たちがいました。全員でかかれば、無傷とはいえないまでも一人相手くらいなら制圧できたでしょう。それなのに、君は一対一を申し込んだ。最終的には自分の正体をばらしてまで」
まくしたてる殺せんせーに、俺は黙った。
「修学旅行でも、あの状況で現れれば、自分がE組の生徒だと言っているようなものです。國枝くんが一人で戦うのは、仲間が傷つくのを避けるためではありませんか?」
ハッと嘲笑する。
正体を知っておきながら、烏間先生も殺せんせーも、まるで俺がまともな人間みたいに扱う。
そこにあるファイルに、どれだけの人を傷つけたかが書かれているのに。
だが……その通りだ。E組が傷つくのを、俺は恐れている。
だけどそれはこんなことをする免罪符にはならない。いっそ、罵られて馬鹿にされたほうが気が楽だ。
優しく諭されても、何にもならない。何も変わらない。
「この話は、帰ってからにしましょうか。それよりも今は中学生らしく遊びましょう」
「なら線香花火でも持ってきてくださいよ。こっちでやりますから」
「いいえ! 先生、みんなと遊ぶって決めたんです! だって辱めを受けたあとにずっと球体でしたもん!」
くわっと殺せんせーの顔が近づき、ぬるぬると触手がまとわりつく。
ここまで避けてきたのに、生ぬるい温度と気持ち悪い感触が同時に襲ってくる。
「ああ、もう、しつこいなこのタコ!」
「しつこくて結構! 先生、國枝くんが遊んでくれるまで恥も外聞も捨てます!」
「教師の言葉じゃないだろ!」
ぐいぐいと引っ張ったり押したりしても離れない触手。ぬるぬるしてるせいで、掴めても力が入らない。
そのあまりのしつこさに諦めかけていたとき……
「おーい、國枝。そんなところで触手と戯れてないで、こっち来いよ」
「そうだよ、こっちで一緒に遊ぼう」
いつの間にかこっちに来ていたカルマと渚が大量の花火を抱えてきていた。
不思議なことに、彼らの俺を見る目はいつもと同じだった。
渚はともかく、カルマはずっと俺を『貌なし』だと疑って、とうとうそれが正しかったことがわかったのに、彼の態度に変わったところはない。
「花火だけだぞ」
彼らの優しさに甘えつつ、俺は腰を上げた。